第四十九話 剣術指南
3日が経過した。
未だにルビアさん達の居場所の特定はできていない。
そのせいで日が経つにつれて、俺の心の中にある不安は大きくなっていく。
ただ、マイナスなことばかりではない。
この3日の間、俺は剣術の鍛錬を積むことができた。
レイナも部屋に引きこもって俺の買ってきた水魔法の図鑑を読み込んでいるようだし。
アンドルの方も、母親との確執を解消できたみたいだ。
とまあ、ここ3日のことはこれくらいか。
特に大きなイベントもなく、平凡な日々が続いたという印象だ。
まあ、平凡って言っても暇という訳ではないけどな。
今日だって、カルス先生による剣術指南がある。
カルスは主に魔法を使って戦闘をする。
しかし、彼は剣術の方も一流で、なんと真剣流中級の認可を受けているらしい。
つまり彼は近距離から中遠距離まで戦えるオールラウンダーというわけだ。
まさに先生に相応しい人物と言えるだろう。
――――――――そう最初は思っていた。
この3日、カルスの剣術指南を受けて判明したことは、彼は教えるのが絶望的に下手くそということだ。
多分、カルスは天才型なのだろう。やれば出来ちゃうタイプの人間なのだ。
だから、言語化して他人に教えるのに慣れていないのだと思う。
「なあ、もうちょっと分かりやすく教えてくれないか?」
「いや……、ここをこうしてだな……」
こんな感じのやり取りを何度したことか。
さっき剣術の鍛錬を積んだって言ったけど、身に付いてはいないかもしれない。
そう考えると、この3日間の成果は微妙だと言える。
まあ、いくら非効率だからと言っても、簡単な型ならもう覚えた。
間違いなく、強くなっているとは思う。
だからもう少し、自分に自信を持ちたい。
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時刻は昼前。
俺は庭にて、カルスと向き合っていた。
お互いの手には土魔法でつくられた剣がしっかりと握られている。
ただお互いに動かず、タイミングを見計らうようにじっと見つめ合っていた。
しかし、次の瞬間――――――――
「うおぉぉ!!」
漫画などでありがちな雄叫びを上げて、俺は先制攻撃を仕掛けた。
剣を下段に構えて、思い切り地面を蹴った。
俺が狙ったのは足。
まずは相手の機動力を奪おうという作戦だ。
「はっ!! 甘ぇな!」
カルスも俺の意図が読めたらしく、左足目掛けて繰り出された刺突を難なく受け流して見せた。
そして体勢が崩れた俺の首を目掛けて剣を振るった。
その攻撃を防ごうと俺も剣を振るったが、当然間に合うはずもなく、俺の首は切り捨てられた。
――――――――実際は痣ができる程度で済んだが、実戦ならば俺の命はなかっただろう。
やはり、かなりの差がある。
まあ、たった3日で勝てるようになるほど剣術は甘くないか。
「何で俺のやろうとしてることがわかるんだよ」
「さあ、何でだろうな。だけど、これだけは言える。お前の剣は読みやすい」
読みやすいって言われてもな……。
俺にはカルスの剣は読めない。これが経験の差ってやつなのだろうか。
「この3日で俺も理解できた。俺にこの役割は向いてない」
カルスは両手を腰に当て、やれやれと溜息をついた。
「確かに俺もそう思う。けど、カルスしか剣術を教えてくれる人がいないんだよ」
「いや、俺以上に適任な人がいるぞ」
カルス以上に適任な人。
思い当たる人がいないわけではないが、素直にOKと言うだろうか。
否、断るに違いない。
だとすれば、一体誰だろうか。
「こちらの方だ」
カルスの合図とともに姿を現したのは、ひげを生やした大柄の男。
見た目的にはカルスよりも年上だな。
左腰には、一際存在感を放つ大剣が携えられている。
その大きさは、クリスの持つ剣とは比べ物にならない程だ。
「ご紹介にあずかりました、ディオンテという者です。親衛騎士団の副団長を務めております」
「あ、その、お願いします」
しまった。言葉が詰まってしまう悪い癖が出てしまった。
けどさ、いきなり目上の人が来たら緊張しちゃうよ。
それにしても、親衛騎士団の副団長か。
団長がクリスだから、その部下ってことだ。
そんな人が何で俺のことを?
「クリスのやつは後から来るのか?」
「いえ、クリス団長ならやることがあると仰っていましたよ」
「あいつ……」
ああ、何となくだがわかったぞ。
きっとカルスは最初、クリスに頼もうとしてたんだ。
けど、クリスのやつはめんどくさいとかの理由で部下に丸投げした。
うん、最低だ。
……いや、でも俺に剣術指南をすることが嫌なのはわかる。
ただでさえ多忙なのに、こんな知り合ったばかりの人間に剣術指南をしてくれと頼まれれば、誰だって断るだろう。
俺が逆の立場だったとしても、きっと同じことをするだろうな。
「それで、そちらが例のエト君ですかな?」
「ああ」
2人の視線が俺に向けられた。
カルスは慣れてるにしても、ディオンテさんの視線には萎縮してしまう。
まるで初めて担任の先生と会った時のようだ。
「それで、動きを見てどう思った?」
「そうですね……。あれだけで判断するのは早計でしょう。
ですから、私も一度手合わせをしたいのですが……。よろしいでしょうか?」
あれ? もしかして断れない流れ?
まあ、剣術を指南してもらうためには避けては通れない道か。
ええい、こうなれば倒す勢いでやってやらあ!!
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眩しい太陽が照りつける中、俺は大地に背を向けて大の字に倒れていた。
そして放心状態で何処までも続く青空を眺めていた。
あれは鳥だろうか。
羨ましいな。俺も鳥のように自由に世界を羽ばたいてみたいと何度考えたことか。
「おい、いつまで寝てんだ」
「なあ、カルスって鳥になりたいと思ったことある?」
「はあ? ……別にねぇよ」
「悩みとか全部忘れて、空を飛びたいとか思わない?」
「思わないな。俺は今に満足してる。それに、鳥にだって苦悩とかあるかもしれないぞ」
「……そっか。そうだよな」
鳥にはきっと、俺達人間の悩みなんかわからないだろう。
けれど、それは逆もまた然りだ。
俺が知らないだけで、みんな自分だけの悩みと戦ってるんだろうな。
「ふぅ……。よし、頭をリフレッシュできた」
一旦整理しよう。
俺は親衛騎士団副団長ディオンテさんと何回か手合わせをしたんだ。
確か3回だったかな。
結果は惨敗。
もう虐めと言っても過言じゃないくらいボコボコにされた。
全身が痛い。多分、痣だらけだろうな。
それにしても、恐ろしい強さだった。
こちらが仕掛ける前に剣を叩き落とされ、素手の俺に強烈な一撃を浴びせてくるのだ。
俺の独断だが、剣術に限って言えばカルスよりも上だと思う。
さすがは副団長というべきか。
「これで分かっただろ?」
「ええ。直接手合わせをしてみて、私にもよくわかりました」
ディオンテさんの視線がこちらに向く。
ああ、きっとボロクソに言われるんだろうな。
剣術のセンスがないとか。戦いに向いてないとか。
「エト君。君の動きは正直すぎる」
「正直……ですか」
「視線、重心、タイミング。その全てがわかりやす過ぎるんです。
自分がしようとしている動きを意識しすぎて、それが体に自然と出てきてしまっている。
ある程度剣術を学んだ剣士であれば容易に動きを読まれてしまいますよ」
ディオンテさんの言葉は思っていたよりも辛辣なものではなかった。
それは良かったが、また新たな課題が生まれてしまったな。
カルスが言っていた俺の動きは読みやすいという原因は、おそらくこれだろう。
習ったばかりの技を繰り出す際に、少しでも最適の形に持っていこうと無意識のうちに体が動いてしまっているのだ。
それが相手にとって初見の技ならいい。けれど、そうじゃないなら相手に狙いがばれてしまう。
慣れてくれば意識的に抑えることも出来るだろうが、俺にはまだ不可能だ。
「しかし、ある程度経験を積めば改善されるはずです。なので、そこまで問題ではないでしょう」
問題はない。その言葉に少しホッとした。
全否定されずに済んだから。
「ただし、まだ合格とは言えません。私も忙しい立場でしてね。
簡単な条件を達成できた時、私が直々に剣をお教えしましょう」
流石にタダで、という訳にはいかなかった。
けれど、それでも破格なことに変わりはない。
だって、あの親衛騎士団の副団長から直接教えてもらえるんだから。
普通の人からしたら、あり得ない話だ。
「それで条件とは?」
「私の教え子の一人と戦って勝つ。それだけです」
ディオンテさんが提示した条件は、意外なものだった。
てっきり腕立て伏せ100回だとか、10キロ走だとかの肉体改造系だと思っていたのに。
それに、教え子って言われてもな……。
果たしてどれくらいの実力なんだろう。
ディオンテさんが指南しているから、弱いことはないだろうしな。
「まあまあ、そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。
教え子と言っても、まだまだ若造ですからね。エト君でも十分勝てますよ」
「そうですか……」
ディオンテさんはそう言っているが、あまり真に受けないようにしよう。
俺は自分が思っている以上に戦闘が下手くそなのだから。
「それでは、今日はこれくらいで失礼します」
「ああ。明日も今日と同じくらいに頼む」
「もちろんですとも」
そう言い残して、ディオンテさんは屋敷の敷地を出て、馬に乗って帰ってしまった。
急いでる様子からして、やっぱり彼も忙しいんだろうな。
本当に頭が上がらない。
「よし、これで前半戦は終わりだな。休憩を取ったら後半戦行くぞ」
「ああ」
前半戦というのはさっきの剣術指南である。
それでは後半戦とは何なのか……。
答えは魔法の特訓だ。
奴隷組合との戦闘では、必ず近距離戦になるという保証はどこにもない。
むしろ、中距離での戦いの方が多い可能性すらある。
そうなった時には、剣術よりも魔法の方が重要になってくるのだ。
「なあ、カルス」
「ん? なんだ?」
「こんなに俺に時間を割かせちゃって、ごめん」
「は! 今さら何言ってんだよ」
カルスは笑って背中をバシッと叩いてきた。
少し痛かったけど、何故だかやる気がみなぎって来るのを感じた。
「とりあえず、腹減ったろ? 話はそれからだ」
「ああ、だな」
俺とカルスは二人で笑い合いながら、ゆっくりと屋敷の中へと戻って行った。




