第四十七話 本屋
次の日の昼頃。
俺とレイナはサンダルト城にある平等の部屋にいた。
内容は昨日カルスが言った通り、例の本についてだった。
「まずはこちらを返却します」
ララ様はテーブルの上に例の本を丁寧に置いた。
すると、表に光る紋章がこちらを覗きこんでいるような感じがした。
「それで、どうでした?」
今俺は、目の前にある開かずの金庫を開ける瞬間と同じくらいの期待を胸に抱いている。
ようするに好奇心だ。
いくら詳しくなくても、自分の見つけたものが歴史的なお宝かもしれないというだけで興奮する。
「サンダルト城内に保管されている文献の中に、この書物と全く同じ言語で記されているものがあったそうです」
「……!! それで、どんなことが記されていたんですか!?」
俺は目を光らせながら尋ねると、ララ様は残念そうに首を振った。
あれ? なんだか思っていた反応と違うな。
「誠に残念ながら、我々をもってしても未だに解読できていないのです。
ただ、字の形や癖などから、おそらく著者は同一人物の可能性が高いです」
歴史的な価値とか以前に、まず解読すらされていない謎に包まれた本。
その事実が、ますます俺の好奇心が掻き立てる。
もしかしたら、この世界の核心を突くようなことが記されているのかもしれないな。
「ところで、この書物はどこで発見したのですか?」
「ギボレー公国の公都の近くにある古の洞窟です。そこの地下に人工的に作られた部屋があって、そこに置いてありました」
「古の洞窟ですか……。聞かない名称ですね」
ララ様でさえ聞いたことがないなんて、よっぽどだな。
まあ、その辺り一帯を立ち入り禁止区域に指定されていたらしいし、存在そのものが隠蔽されていた可能性が高いな。
「ララ様、さっき同じ言語で記されている書物がサンダルト城に保管されているっておっしゃってましたよね?」
「はい、確かに言いました」
「それって、どこで見つかったんですか?」
喰いつくように質問したのはレイナだった。
どうやら彼女も俺と同じく興味があるようだな。
「記録によると西の果てにある名もない孤島で発見されたそうです。それも、今から500年ほど前に」
500年か……。仮に俺が見つけた本もその辺りで記されたのなら、この保存状態はおかしいな。
全く外見に劣化が見られない。もしかしたら、何らかの魔法がかけられているのだろうか。
「う~ん、それじゃあ位置はあんまり関係ないのかな」
「私もそう思います。まだ2つしか発見されてませんから、断言はできませんけどね」
ララ様の言う通り、まだ2つしか発見されてないから絶対とは言えない。
けれど、その2つの発見場所からして、著者はかなり広い範囲で活動していたみたいだな。
もしかして、トレジャーハントみたいな感じで世界中に隠したのか?
理由は、誰かに見つけてもらうため?
ますます謎が深まるばかりだ。
「……ララ様は著者がどんな種族だったと思いますか?」
ふと俺はララ様の考えを聞いてみたくなった。
俺自身は著者は人魔族あたりだと予想しているが、俺よりも知識のある彼女の考えの方が答えに近いだろうしな。
「そうですね……」
突然、俺に質問を振られたララ様は少し戸惑ったようだった。
しかし、すぐにいつも通りの表情に戻り、自分の考えを話し始めた。
「おそらく遥か昔に絶滅した種族、もしくは我々人族と関わりを一切持たない種族ではないでしょうか」
「関わりを持たない種族……ですか」
前者は太古の昔に繫栄していた文明の名残が現代まで一部残ったが、情報が少なく解読できないパターンだ。
それは地球でもあった気がする。確か、インダス文字がそうだったっけ。
一方の後者だが、俺達みたいな異種族と関わりを持つことを拒否する種族はもちろんいるだろう。
しかしだ。それなら、どうして古の洞窟なんかに残されていたのだろう。
あそこは昔から人族の土地だったはずなのに。
考えられる可能性としては、離反者の存在だ。
もしかしたら、自分たちの種族の方針に反発して、外界と繋がりを持った人物がいたのかもしれない。
そうだとしたら、この本の内容は自分たちの種族についてか?
「そんな種族、いたんですか?」
「ええ、もちろん。前者で言えば、小人族や龍人族、そして人魔族のいくつかが挙げられます」
ララ様の口からは聞いたことのない種族ばっかり出てきた。
小人族に関しては、巨人族がいるんだから別におかしくはない。
けれど、龍人族ってなんだよ。名前からして絶対凶暴だろ。
ほんと絶滅していてくれてよかった。
「後者に関しては、魔人族が挙げられますね。太古から今に至るまで、魔の大陸を牛耳ってます」
魔の大陸は聞いたことがあるぞ。
確かアルムガルト家で読んだ本に載ってたな。
「魔の大陸って、『魔王』が支配してるんですよね?」
「ええ、魔人族の長が『魔王』として君臨し、全てを支配しているのです」
ああ、どうやら魔人族もヤバい奴らしい。
絶対話の通じないような戦闘狂なんだろうな。
人族とは関わりがないのが、不幸中の幸いだ。
「魔人族は我々に敵対的ですから、その文明を調べることはおろか、まともに目撃した人すらいません。
ですから、存在そのものを疑われているのです」
なんだ、結局は前者なんじゃないか。
ビビッて後悔したよ。
「――――――――ただし、この数十年の間に魔の大陸に調査に出た人達は誰一人戻ってきていません。
故に、我々も迂闊に調査できないのが現状です」
最後の最後にめっちゃ怖いこと言うじゃん。
戻ってこないってことは、みんな捕まって殺されたってことだろ?
やっぱり、やべー種族じゃねえか。
「しかし、今のままでは推測の域を出ません。もっと情報があればいいですけどね……」
そう言って、ララ様はしょぼんとした。
どうやら、彼女も少なからず興味があるようだな。
「つきましては、こちらの書物を我々がもう一度預かってもよろしいでしょうか?」
「もちろんです。俺達が持ってても何もできないだろうし」
「ありがとうございます! 何か判明次第、お教えしますね!」
さっきのテンションから一転、ララ様はにこやかな顔を浮かべた。
そんな彼女を見て、俺はなんだか申し訳なくなった。
感謝するべきなのは、俺の方なのに。
「あの、ララ様!」
「わ、どうしましたか!?」
俺は居ても立っても居られなくなって、勢いよく立ち上がった。
いきなりのことで、ララ様だけでなくレイナも驚いていた。
「昨日のこと、カルスから聞きました。こんな俺達の為に力を貸してくれるって」
「ああ、そのことですか。いいんですよ、友達の為なら力を貸すのなんて当たり前のことですから」
「本当に、ありがとうございます!!」
ララ様は別に大したことはやっていないと言わんばかりに微笑していた。
しかし、そんなことお構いなしに俺は頭を下げた。
「ありがとうございます!!」
レイナも慌てて俺に続いた。
体勢をビシッと整えて、深く深く。
「こんなことしかできなくて、すみません」
「本当に大丈夫ですって。対価はカルスから貰いますから」
ララ様はそんなことを言っているが、彼女は古くからカルスを知っている人物だ。
きっと、彼が王位を継承する気がないことくらいわかっているのだろう。
つまり、表向きには取引をした形にしているが、結局ただで俺達を助けてくれようとしているのだ。
「それに、力を貸すと言っても公にはできません。あくまで、裏からの手助けだけです」
「それだけでも、十分です。ありがとうございます」
俺とレイナはもう一度頭を下げた。
出来る限り感謝の気持ちを体で表現しようと心掛けて。
「う~ん。あ! それならお時間があったらで大丈夫ですので、私に前世の話を聞かせてください。
それが対価というのはどうでしょう?」
「もちろん!! いつでも大丈夫です!!」
あまりの熱量に、ララ様はちょっと苦笑いをしていた。
どうやら彼女は悩んだ挙句に、俺との対話を対価として求めてきたのだ。
まだ全然受けた恩とは釣り合ってない気がするけど、こういうところからちょっとずつ返していくしかない。
こうして、今日の対話は終わったのだった。
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サンダルト城を後にし、俺が向かったのは屋敷ではなく本屋だった。
それも、レイナを連れずに一人で。
俺が求めているのはもちろん本、さらに詳しく言うなら知識だ。
知識と言っても、ただ単にこの世界の常識的なことではない。
俺が求めているのは、剣術や魔法についての知識だ。
ルビアさん達の居場所はララ様が特定してくれるが、その後のことは自分たち次第。
つまり結局のところ、彼女たちを助けられるかは俺達自身の力にかかっているということだ。
それならば尚更、今の猶予を無駄にするわけにはいかない。
「強くなるって言っても、まずは知識からだよな」
奴隷組合の拠点ではきっと戦闘になる。
敵の数はどれくらいなのかは定かではないが、強い剣士や魔法使いも何人かはいるだろう。
そうなった時、俺が皆の足を引っ張るなんてことが起きないように強くならなくちゃならない。
そう考えた時、まず俺に必要なのは知識だと直感で感じた。
俺はこの世界……特に戦闘に関しては無知といっても過言じゃない。
今までは魔物相手がほとんどだったから死なずに済んでいたけれど、次の相手は人間だ。
ちゃんと知能もあるし、剣術や魔法を使ってくるだろう。
きっと今までのようにはいかない。
「ここで、いいんだよな……?」
本屋までの道のりはララ様に教えてもらった。
彼女曰く、他国とは比べ物にならない程の歴史と蔵書数を誇るらしい。
だから、きっと俺の求める本も見つかるだろうとのことだ。
「さすがにデカいな」
少し茶色がかった赤レンガで建てられた本屋は、長い歴史を感じさせるような傷もなくシンプルなデザインだった。
特に派手なところもなく、本屋と言われなかったら気づかないような外見だ。
ただそれ故に、圧倒的な洗練さを感じる。
中に入ってみると、右も左も見渡す限り本棚だらけだった。
小さな絵本から分厚い図鑑まで、ありとあらゆる種類が天井近くまで羅列している。
この中から目的の本を探すのは、少々骨が折れそうだな。
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数十分経過した。
未だに目当ての本を見つけることはできていない。
ていうか本が多すぎなんだよ。
「あらあら、何か探してるのかい?」
突然、後ろから声を掛けられた。
心に直接語り掛けてくるような、少し不気味な音色だった。
振り返ってみると、顔中に深い皺を刻んだ老婆が腰を曲げたまま立っていた。
「えっと……」
「ああ、そんなに怖がらなくても大丈夫だよ。私はただの司書さ」
慌てふためく俺を察してか、その老婆は自分から名乗ってくれた。
見た目は怪談に出てくるお化けそのものだが、案外優しいのかも?
「あんた、見ない顔だね。ここに来たのは初めてかい?」
「……はい、少し前に」
何もかも見透かしているかのような言い草に、俺は少し背筋がぞっとした。
やべーよ、まだ日は落ちてないのに見えちゃってるよ。
普通、お化けってのは暗くなってから出てくるのが相場だろ。
「そうだねぇ……、アンタみたいな生きのいい若者に人気なのはこの辺かい?」
司書を自称する老婆は迷うことなく棚から一冊の厚い本を取り出した。
その表紙にはドス黒い大文字で『世の八不思議』と書かれている。
「ほれ、これとかどうだい?」
……確かに俺も年頃の男の子だけどさ。流石にもう、そういうジャンルには興味が湧かないんだよな。
俺の目当ての本とも全然違うしさ。
「おや、違うのかい? おかしいねぇ……。この本に載ってる『未来を喰う怪人』の話は若者から人気なんだけどねぇ」
「そういうのはもう卒業してるので」
「そうかい……。それじゃあ、こっちとかどうだい?」
そう言って老婆は反対の棚から別の一冊取り出した。
「ほれ、目当てのものはこれだろう?」
えっと、なになに……『伝説の魔物の正体!!』だって?
何考えてんだ、この婆さん。
結局、ターゲット層変わってねぇじゃねえか。
「おや? また違うのかい? おかしいねぇ」
老婆は少し残念そうな顔をした。
どうやら、相当自信をもって勧めてくれたらしい。
何だかこっちまで心が痛くなってきた。
「……買います」
あまりの申し訳なさに、俺は耐えられなかった。
まあ別に一冊くらいは余分に多くても特に影響はないだろうから。
それに、興味が無いって訳でもないし。
……やっぱりまだ俺はガキだな。
「おお、そうかい。ありがとうねぇ」
老婆は不気味な声を上げながらニッコリと笑った。
やっぱり、怖えぇ。
「あ、あの……、剣術の本ってどこにありますかね?」
「……ついてきな」
恐る恐る老婆に聞いてみると、急に真顔になって背を向けて歩き出した。
何だか不機嫌そうだ。こっちから質問しちゃまずかっただろうか。
「ほれ、ここにある」
「ありがとうございます」
老婆に付いて本屋の奥まで行くと、辺り一面の雰囲気が変わった。
何て言うか、手前側が子供向けだった分、そのギャップかもしれない。
「剣術って言っても、やっぱり多いな……」
確かロドルフが言うには5つの流派があるらしいしな。
あ、でも一つはもう継承者が存在してないらしいから、実質4つか。
その4つの流派、それぞれの生まれた歴史から、型の解説まで。
内容がかぶってる本も含めると、この棚一面だけでも何百冊はあるんじゃないだろうか。
一冊一冊中を確認しながら選ぶと果てしない時間がかかるだろう。
なのでとりあえず、パッと見で良さそうなやつを選ぶことにした。
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あれから結局、6冊の本を購入した。
代金は高魔石を売った時に手に入れた金貨200枚のうちから出した。
もちろん、カルス達の了承は得ている。
購入した本についてだが、4冊は剣術についてのものだ。
それぞれの流派の型、そして対処法などが載っている。
そして1冊は老婆おすすめの『伝説の魔物の正体!!』だ。
如何にもな名前である。
時間があるときに読んでみようとは思う。
では残りの1冊は何なのか。
答えは事前にレイナに頼まれていた水魔法についての図鑑だ。
どうやら新しい魔法でも習得しようとしているらしい。
彼女も俺と同じ考えのようだな。
今日も色々とあったが、何とか乗り越えることが出来た。
……いや、本当にきついのはこれからだ。
一先ず、明日からは特訓の日々だ。
だから、今日くらいはゆっくり休もう。
そんなことを考えていると、屋敷が見えてきた。




