第四十五話 王都ツアー
サンダルト城からしばらくの時間歩き、再び屋敷へと戻ってきた。
俺の腹の虫が騒ぎ出したのを感じる。多分、時間にして丁度お昼ごろだろう。
「レイナ達を呼んできます」
「ああ、僕はここで待っている」
屋敷の敷地前にクリスを残し、俺は一人で敷地内へと向かっていく。
両脇ではたくさんの花がなびくように揺れているのが見える。
何だか俺のことを出迎えてくれているみたいだ。
「お~い!! 誰か~!!」
あまりクリスを待たせたくないので、なるべく急いで玄関の扉を開き、大きな声でみんなを呼んだ。
しかし、屋敷の中からは一切音が聞こえてこない。
もしかしたら、みんな二度寝してしまったのだろうか。
「おいおい頼むよマジで」
このままでは俺とクリスによる二人デートという気まず過ぎる状況になってしまう。
なんとしてもそれだけは避けなければ。
「うるさいな~、私たちに何か用でも――――――――って、なんだエトか」
「ああ、良かった」
何故か玄関の外から声がした。
声のする方に向いてみると、庭の陰からレイナがひょこりと顔を出しているのが見えた。
庭なんかで何やってんだろ。
植物鑑賞なんて趣味はないだろうし、まさか日光浴だろうか?
まあ理由はどうであれ、ひとまず俺は胸を撫でおろした。
「こんなところで何してたんだ?」
「私? 別に何にも……。むしろ、エトの方こそ終わったの?」
「いや終わったっちゃ終わったんだけど、まだ続いてるっつうか……。
とりあえず、今暇だろ? クリスが王都を案内してくれるらしいんだ。レイナもどうだ?」
「まあ暇だからいいけど」
レイナの返事に、俺は心の中でガッツポーズをした。
とりあえず一人、あとはカルス達だ。
人数は多ければ多い程いいからな。
「なあ、カルス達は起きてるのか?」
「中にいるんじゃない?」
「いやそれが、さっきから呼んでるんだけど、全く反応が無いんだよ」
一瞬、最悪なケースが脳裏によぎったが、まあカルスがいるのでその心配はないだろう。
可能性として考えられるのは、外出か二度寝くらいだ。
「どっかに行くのか? 悪いが俺達はちとやることがあってな、レイナと行ってきてくれ」
ようやく屋敷の奥から返事が来たと思ったら、随分と素っ気ないものだった。
そこまで手が離せない用事なんてあったっけ。
まあ無理やりという訳にはいかないからな。あくまで自由参加だ。
「そっか、できるだけ早く帰って来るようにするから留守番よろしくな」
「ああ、わかってる。クリスによろしく言っといてくれ」
「おう」
……今の会話でクリスって単語だしたっけ? いや、だしてないはずだ。
だってその魔法の単語は、聞いただけで行く気を失くしてしまうことで有名だからな。
もしかして勘づかれたのか? それともレイナとの会話を聞かれていたとか?
「はあ……、まあレイナがいるだけましか」
とりあえずレイナを連れてクリスの所へと戻るとするか。
これ以上待たせると失礼だろうしな。
こうして王都ツアーのメンバーは決定された。
ラー王国のことを知れると考えるとプラスだが、如何にクリスの機嫌を損ねないかが勝負の鍵だな。
なんなら今後にも響きそうだし、心してかからねば。
「……結局集まったのは1人だけか」
屋敷の敷地前まで戻ると、クリスは腕を組んで道の脇に静かに佇んでいた。
高貴な白い軍服を身に纏い、左腰には洗練された一本の両刃の剣がしっかりと携えられている。
いくら陰に立っていようと隠しきれない存在感。
正直言ってこんなところにいるには違和感がありすぎる。
「一応誘ったんですけどね。みんな予定があるみたいで」
「まあ僕としてもカルスと会わなくて済むのならそれに越したことはない」
クリスは冷淡な一言を吐き捨てるように言った後、ゆっくりと歩き始めた。
向かう先は当然教えてはくれない。完全お任せコースなのだ。
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クリス曰く、王都サンダルトはサンダルト城を中心にその周囲を貴族の住む区画で囲われているらしい。
ちょうど俺達が借りている屋敷もその区画に建てられているようだ。
そして、その区画から一つの城壁を挟んで低級貴族やらの区画、平民の区画と続いて行くらしい。
つまり簡単に言えば中央に行けば行くほどお偉いさんが住んでいるってことだ。
果たして何故このような特徴になっているのだろうか。
考えられる理由としては、敵国が攻めてきた時に迎え撃ちやすいからだったり、それに限らず統制が取りやすいからだろうか。
「さ、着いたよ」
屋敷から歩いて数十分。
クリスに案内され、着いたのは2階建ての石造りの建物だった。
見た感じ住居って感じはしないな。
「……なるほどね。ここは飯屋でしょ?」
「ああそうさ、僕の行きつけでね。味は保証する」
「どうりでいい匂いが漂って来るわけだ」
どうやら王都サンダルトツアーの一番手はクリス行きつけの飯屋らしい。
ちょうど腹がすいているのもあって、実に気の利いたコース選択である。
さすがララ様に信頼されているだけはあるってことか。
「あ、でもお金が……」
「……僕が払うから、好きなものを頼むといい」
「おお、太っ腹!!」
ツアー代金を払った覚えはないが、ここはお言葉に甘えさせてもらうとするか。
けれど屋敷の件もあるし、ちょっと申し訳なくなってくる。
せめてもう少しお金があればな……。
……ん? そう言えばお金と言えば……。
「なあ、レイナ。高魔石って今持ってるか?」
「ああ、そう言えばそんなのあったね。ずっとポケットに入れてるよ」
「あとで換金しにいこう」
「賛成」
カルス曰く、俺達の持つ高魔石はかなり価値の高いものらしいからな。
うまくいけば馬車の購入費を取り戻せるかもしれない。
そんなことを考えながら、俺とレイナはクリスの後を追うように飯屋の中へと向かった。
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「ふう~、美味しかったな」
「ね、あの肉料理は絶品だった」
しばらくして、俺とレイナは満足げな顔を浮かべて飯屋から出てきた。
その後ろには溜息をこぼすクリスの姿もある。
どうやら想像以上に高かったらしい。
「はあ……、まあ3人となるとこれくらいはするか……」
てっきり俺は親衛騎士団の団長というのだから、それなりの収入があるのだろうと考えていたんだが、
クリスの反応を見ていると、もしかしたら違うのかもしれない。
そうなると、本当に申し訳ないな。
「それで、次は何処に行くの?」
「決めてない」
レイナの問いかけにクリスはきっぱりと答えた。
「当然だろう? 僕の役目はあくまで付き添い程度だ。それとも観光地巡りでもしたいのか?」
「確かに観光地巡りはいいかな……。あ、それじゃあ一か所だけ案内してほしい所があるんですけど」
俺はレイナに目配せをした。
すると、それに応えるようにレイナは懐から煌々と赤く輝く石を取り出した。
それを見てクリスは驚いたように目を見開いた。
「これは高魔石……しかもレッドストーンじゃないか。何処で手に入れたんだ?」
「少し前に人助けをしまして……。その時のお礼に貰ったんです」
「お礼にこんな高価なものを譲るなんて……。余程の富豪だったんじゃないか?」
「あー……そうだったかな! ハハハー……」
実際は盗人から貰ったものなんだけどね。
まあ、クリスにそれを言う必要はないだろう。
「それで察するに、これを換金したいのかい?」
「はい、ちょっとした事情がありまして、お金が少しでも必要なんです」
「そうか、それなら付いて来い。換金するのにうってつけの所がある」
おお、さすがクリスだ。とても頼りになる。
「ありがとうございます!!」
俺は感謝の言葉を述べ、クリスの後に続いた。
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歩き始めて随分と時間が経過した気がする。
詳しくはわからないが、少なくとも足に溜まった疲労は本物だ。
「ここだ、店名はウォーラード。騎士から魔法使いまで、ありとあらゆる人々が利用する店だ。まあ、見てもらった方が早い」
クリスに続いて店内に足を踏み入れてみると、クリスの言っていたことが本当なのだと瞬時に理解できた。
「すげぇ」
右手には端から端までズラッと剣が置かれていた。
ボロボロのなまくらみたいなものから、研ぎ澄まされ洗練された業物まで、実に幅広く扱っている。
左手を見てみると、そこには剣ではなく魔法使いが使用するであろう杖が並べられていた。
真っ直ぐになっているもの、渦巻くようにねじれているもの。
実にたくさんの種類がある。
この光景を見て俺は言い知れない感動を覚えた。
今までゲームでしか見たことのない光景が、今目の前に広がっているのだ。
生粋のゲーマーである俺に、感動以外にどんな感情が浮かんでくるというのだ。
「この店の店主は貴重品の収集家でね。その高魔石もかなりの高値で買い取ってくれる筈さ」
クリスは周りにある装備品に目もくれず、一直線に奥のカウンターへと足を進めた。
俺としては剣とか杖を見て回りたいんだけどな。
まあ、それはまたの機会にするか。
「突然ですまないが、話があるんだ」
「こ、これはこれは、クリス様。本日はどのような御用で……?」
「ああ、今日は僕じゃないんだ。こちらの客人が君に用があるらしくてね」
「客人……ですか」
クリスの言葉を受けて、店主の視線がこちらに向いた。
そして右手が伸びてくる。
それに応えるように俺も右手を伸ばした。
「初めまして、この店の店主をやっているモーザスと申します」
「エトと申します。どうぞよろしく」
お互いの右手が力強く握られる。
なんでだろう。握手をするだけで、お互いがまるで古くからの友人だったような感覚を覚えてしまう。
なんだかこの人とは仲良くなれそうな気がする。
「えっと、そちらの方は?」
「ああ、彼女は……。お~い! 呼ばれてるぞ!」
「え!? あ、ごめん」
レイナはどうやら杖を見て回っていたらしく、自分の世界に入り込んでいたようだ。
はあ……まったく。気持ちはわからんでもないが、目的を見失わないでほしい。
「レイナと申します。よろしく」
「モーザスです。どうぞよろしくお願い致します」
俺に続いてレイナも握手を交わした。
お互いにこやかな笑顔を浮かべている。
「それで、本日はどのような用件で?」
「これを換金してほしくて」
「ほうほう……、む!? これはまさか!!」
レイナが懐から取り出した高魔石に、モーザスは目を光らせた。
その目はまるで獲物を狙う猛獣のようだった。
「こんなものを、一体どこで!?」
「人助けのお礼に譲り受けたものらしい。どうか買い取ってもらえないか?」
「もちろんですとも!! レッドストーンなんて、この機会を逃したら一生手に入らぬであろうお宝ですぞ!!」
モーザスはウキウキでカウンターの奥に走っていき、大きな袋を抱えて戻ってきた。
「さ、お金はこの通りです」
「どうも……」
俺とレイナはそろって袋の中に視線を向けた。
すると、びっくり仰天。
「金貨200枚です。どうですか? 足りませんか?」
「金貨200って……、本当にこんな貰っちゃっていいんですか?」
「ええ、幸いこの店は商売繁盛なので。お金には余裕があるのです」
おいおい、太っ腹なんてレベルじゃねえぞ。
こんなちっぽけな石に金貨200枚……、まさか場所によってこんな何十倍も違うなんてな。
マジで公都クルドレーで換金しないで正解だったな。
「交渉成立だ」
こうして俺の持つ高魔石は金貨200枚へと変わったのだ。
正直言って予想以上だ。これで、家族探しもかなり楽になるだろう。
まあ楽と言っても、まだ居場所すら判明してないんだけどな。
とはいえ、今日はかなりの成果だった。
午前はララ様との対話でかなり仲を深められた。そして午後は金貨200枚。
後はこれをどう活かすかだ。
詳しくは帰ってからカルス達と話し合って決めよう。
今日は疲れたからな。残りの時間はゆっくりと休もう。




