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転生ミスで異世界へ  作者: たけのこ
第五章
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第四十四話 対話

 翌朝、俺はふかふかのベッドの上で目覚めた。


 とりあえず俺は体を起こさずに目の前に広がる豪勢な天井をじっと眺めることにした。

 綺麗な模様が彫られており、真ん中には謎の紋章がある。

 もしかしたら、この屋敷の元の持ち主の家紋だろうか。


「んん……」


 時間にして10秒くらい経過したころ、俺はやっと体を起こすことにした。


 体を起こしてすぐ目に入ったのは、綺麗な純白のシーツだった。

 シワなく整えられており、触ってみるとひんやりとしていて少し冷たい。

 まるで新品ものみたいだ。


 さらに驚くべきはマットレスだろう。

 横たわってみるとわかるんだが、抜群の柔らかさなのだ。

 その寝心地はと言うと、まるでふわふわの雲の上で寝ているんじゃないかと錯覚してしまうほどだ。


 なんかまるで、どこかのお偉いさんにでもなったような気分だな。

 明らかに庶民の住居とは雲泥の差がある。

 広いし、豪華だし、庭まで付いてるし。


 まあ多分、この屋敷には元々貴族が住んでいたのだろうな。

 何らかの理由でこの屋敷を手放してしまったようだけど、そのおかげで今俺達がここを借りられてるんだ。

 どこの誰なのかは知らないけど感謝はしておこう。


「ふあぁ」


 まずい。あまりの心地よさにこのままでは二度寝をしてしまいそうだ。

 この後に大事な予定があるから、それだけは避けなくてはいけない。

 まだ寝たい気持ちを抑えつつ、俺はのそのそとベッドから立ち上がった。


「皆はまだ寝てるか……」


 屋敷はまだしんと静まり返っている。

 いつもなんとなく耳に届いていた鳥のさえずりさえも、全くしない。

 そんな静寂の中を、俺の足音だけが微かに響いていた。


「よし、特におかしなところも無さそうだな」


 ベッドの隣にひっそりと置いてあった姿見で自分の身なりを確認して、俺はひとつ頷いた。

 昨夜、この屋敷内を色々と見て回った際に見つけた服だったから心配だったけど、結構似合ってるかもな。


「自分の世界に入ってるとこ悪いけど、入るよ」


 いきなりドアが開き、ボサボサの髪をしたレイナが入ってきた。

 その眠そうな顔を見る限り、寝起きだろうな。


「あのな、そういうのは入る前に言うもんなんだよ」

「まあ、今更だからいいでしょ?」


 そう言ってレイナは俺のベッドにボスっとダイブした。

 果たして一体何を企んでいるのだろうか。


「なあ、別にどこもおかしくないよな?」

「ん? ああ、別に変じゃないと思うよ。ただ、いつもの服装と違うから、私は違和感を感じるかな」

「つまり大丈夫ってことだな」


 俺はレイナの言葉に満足し、ドアノブを掴んでドアをゆっくりと開いた。

 すると、目の前にカルスが立っていた。

 その視線は俺のことを直視している。


「ララのやつの所に行くんだろ? だったらそのついでに頼みたいことがあってな」

「頼みたいこと?」


 俺の問いかけにカルスは答えるよりも見た方が早いと言わんばかりに、懐から一冊の本を取り出した。

 俺はそれに見覚えがあった。


「これって、古の洞窟で見つけたやつだよな?」

「ああ、そうだ。俺達には読めなかったが、もしかしたらこの国の研究者たちなら読める可能性があるかもしれないからな」

「わかった。ララ様に聞いてみるよ」


 カルスから例の本を受け取り、落とさないようにしっかりとしまっておいた。

 とりあえず、これで準備万端だな。


「それじゃ、行ってくる」

「おう、頑張れよ」

「変なこと言わないようにね」


 カルスとレイナに見送られ、俺はゆっくりと屋敷を後にした。




 ---------




 俺が朝早くから向かった先、それはサンダルト城だ。

 そんな場所になぜ二日連続で行く羽目になったかって?  

 正直なところ、詳しくは俺にもわからない。

 確か俺と話したいとか言ってたっけ。

 まあ理由など関係なしに、屋敷をタダで貸してくれた命の恩人とも呼べる人間が来いと言ったのだから、救ってもらった方としては従うしかないのだ。


「やっと来たか。ララ様がお待ちだ、付いて来い」


 サンダルト城に着いた俺を出迎えてくれたのはクリスだった。

 もしかしてこの男……、親衛騎士団の団長という名のパシリなんじゃないか?

 まあそのことを本人に直接言ったらぶっ殺されそうだから言わないけどさ。


「はぁ……まったく、お前たちがこの国に来たせいで僕は過労で死にそうだよ」


 サンダルト城内を歩いていると、突然クリスが口を開いた。

 正直驚いた。てっきりクリスは俺のことを嫌っていて、会話すらも必要最低限しかしてくれないものだと思っていたから。


「その……、すみません。なんとかこの恩を返したいけれど、何も出来そうになくて……」

「別に恩を返そうなんて考えなくていい。ララ様はそんなものになんて興味無いし、僕もただララ様の決めた事に従うだけだからな。それに、お前たちに感謝していることもあるから」


 感謝だって? 俺らがなんか感謝されるようなことしたっけ?

 むしろ迷惑かけてばっかりだと思うんだけど。


「ここ最近のララ様はどこか陰鬱そうな様子だった」


 クリスの言葉に俺は驚きを隠せなかった。

 だって昨日あんなに明るかったララ様のイメージとどうしても結びつかなかったから。


 けれど、よくよく考えてみると納得できるところもあった。

 8年前に即位したってことは、その時彼女は16歳のはずだ。

 そんな若い頃から国王として日々の自由を束縛され、国を背負わされる重圧に耐える人生なんて、

 きっと俺には想像もできない苦しみなんだろうな。


「昨日、お前たちが来てからララ様は昔のように笑うようになった。

 あんな笑顔を見たのは実に数年ぶりだったよ」


 クリスはどこか遠くを見る様に目を細め、少し微笑んだ。

 なんだか滅多に笑わないタイプだと思ってたから、少し意外だな。


「おっと、少しお喋りをしすぎたかな。このことはララ様には黙っておいてくれ」

「もちろん。黙っておきますよ」


 俺は約束を守る男だ。

 なんてったって俺の口は岩のように堅いで有名だったからな。

 それは今も健在だ。




 ---------




 相変わらずサンダルト城はアホみたいな広さだ。

 城内に入ってみると益々そう感じる。


 小さい頃は王城と言ったら大きいに越したことはないと考えていた。

 けれど、ここまで大きいとなると流石に実用的な面ではマイナスなんじゃないだろうか。

 もしかしたら権力を示すとかそういう意図があるのかもしれないけどさ、

 事実、ひとつの部屋に行くのにも相当な時間を要してしまうことを考えるとやっぱりもう少し小さい方が良いんじゃないかと思ってしまう。


「着いたぞ。ララ様はすでに中にいらっしゃるはずだ。くれぐれも無礼は働くんじゃないぞ」


 かなりの時間を歩き、再び俺は平等の部屋に戻ってきた。


 中に入る前に俺は今一度自分の呼吸を整えた。

 昨日はレイナやカルスがいたから幾分ましだった。

 けれど今回は俺一人だけ。

 つまり何か問題が起きた時に助け舟を出してくれる人はいないってことだ。

 だからこそ、一言一言意識して発言しなくてはな。


「ララ様、例の者を連れて参りました」


 クリスがゆっくりと部屋の扉を開けた。

 すると、優雅にソファに座り込む白髪の女性が目に入った。

 相変わらず圧倒的な美貌なのだが、何故か昨日よりもラフな服装をしている。

 まあラフとは言えその辺の服よりかは高級感があるけど、少なくとも王族の人が着るには違和感がありすぎる。

 おそらくララ様は対話をするにあたって俺が話しやすい様にわざと庶民風な服装を選んでくれたんだろうけど、これじゃあ逆に真面目な服装をしてきた俺が馬鹿みたいじゃないか。


「やっと来ましたか! 待ちくたびれましたよ」

「お待たせしてしまってすみません」

「気にしなくて結構ですよ。大方理由の察しはつきますから」


 ララ様は片手で自分の目の前に座るように促してくれた。

 まったく、相変わらずの寛大さだ。

 今の俺なら彼女が下界に降りてきた天使だと言われても納得できるだろう。

 けれどやっぱり、先程クリスが言っていたような陰鬱そうな様子なんて全く想像できないな。


「それで、ララ様が俺に聞きたいことって……」

「あなたの前に住んでいた世界についてです」


 前の世界……つまり日本に住んでいた時の話ってことか。

 まあ俺に聞きたいことって言ったらそれくらいしかないか。


「あなたの住んでいた世界……、地球というものは一体どんな場所だったのか。

 どんな生物が生息していて、どんな生活を営んでいるのか。実に興味があります。

 時間はたくさんありますから、どうか私に教えてもらえないでしょうか?」


 ララ様は少年のように目を輝かせて、前のめりの体勢のまま俺に頼み込んできた。

 そんな姿を見せられては、俺も満足いくまで話さなくちゃ失礼だよな。


「わかりました!! では、俺の知る地球というものについて詳しくご説明します!」


 こうして数時間に渡る熱き語らいが始まったのだ。

 ララ様が質問をするたびに俺が熱心に答えるという往来が何十と繰り返され、まさに嵐のようだった。

 そんな中を退屈そうなクリスの顔だけが浮かんでいた。


「魔法のない世界でも、人族は独自の技術を発明してこの世界以上に文明を発展させていたなんて……。とても興味深い話でした!」

「できればもっと詳しく話したいこともあったんですけど、俺も全部を知っている訳じゃないので」

「いえいえ、十分楽しませてもらいましたよ! あなたのおっしゃった機械というものにも興味がわきましたし、私の知らない未知の料理などなど、普通に生きていたら知ることすらできなかったであろう話ばかりでした」


 ふぅ……、どうやらララ様を満足させることが出来たみたいで何よりだ。

 俺もちょっと熱が入り過ぎたな。口がもうカラカラだ。


「お飲み物をお持ちしました」


 突然、扉をコンコンと叩く音が聞こえたかと思えば、まるでタイミングを見計らっていたかのように従者が2人分の飲み物を持ってきてくれた。

 1つはもちろんララ様の。もう1つはというと、なんと俺のものだった。

 なんとも気が利く従者である。

 もしかしたら、事前にララ様が頼んでおいたのかもしれないけど。


「すみません、こんなものをいただいちゃって」

「いえいえ、喉を休ませるためにはうってつけですからね。どうぞ遠慮なさらず」

「それじゃあ、お言葉に甘えて……」


 俺は高級そうなグラスを右手に持ち、中に入った薄茶色の飲み物を飲み干した。

 すると、驚くほど滑らかに喉を通っていくのが分かった。

 同時に、喉の渇きが嘘のように吹き飛んでいくのも感じる。

 あっという間に飲み干してしまった。


「これ、凄く美味しいですね」

「我が国に古くから伝わる秘伝の茶ですからね。当然のことです」


 ララ様は自信満々にえっへんと胸を張ってみせた。

 そんなことしなくても元々胸は張ってるってのに……っと危ない危ない。

 そういう余計なことは考えなくていいんだよ。


「はあ~、やっぱり私の勘は正しかったですね」

「勘ですか?」

「ええ。レイナがあなたを別の世界から来た人間だと言った時に、私の脳裏に引っ掛かることがありまして。まずは、これを見てください」


 ララ様は自分の隣にあらかじめ置いておいた一冊の本を手に取り、俺に見せてくれた。

 その本はかなりの分厚さで、表紙にはでかでかと『勇者英雄伝説 その1』と記されていた。


「これは一体?」


 勇者って確か約8000年前に初代五雄王たちと共闘して神龍を討伐したっていう、あの勇者だよな?

 それはもちろん俺も知っている有名な話だ。けれど、何で今ここで出てくるのかが分からない。


「ご存知ないのですか? 『勇者英雄伝説』シリーズを」

「いえ、勇者自体は知ってますけど、その本自体は読んだことはありません」

「そうですか……、面白いので是非読んでみてくださいね」


 ララ様は俺が読んだことないと知って、少し残念そうな顔をした。

 なんだか申し訳ないな。でもアルムガルト家にもなかったんだから、読む機会がなくて当然っちゃ当然なんだけど。


「それで本題はここからです。このシリーズはかの有名な勇者が世界各地で打ち立てた武功を記した伝記となっています。しかし世の人々はこの伝記は偽物だと言い張り、あろうことか存在そのものを疑う人までいるのです」

「えっと、それは一体どんな理由で?」

「まずは活動時期ですね。このシリーズは全部で10冊なのですが、その内の全てを実際に勇者が打ち立てたと仮定すると、どうも計算が合わなくなるんです。

 始まりは神龍を討伐した約8000年前、そして一番最近のものになると500年前の巨大なドラゴンの退治となり、少なくとも7500年は生きていることになってしまうのです」


 7500年か。どうも果てしない年月だな。

 長生きしても100年くらいの人間じゃあ、とても生きられないだろうな。


「勇者が人魔族だったっていう可能性はないんですか?」

「断言はできませんが、少なくともこの伝記の最初には人族であったと記されています」


 う~ん。どうもそれだけじゃなぁ。

 確かめる手段がないんだし、むしろ人族じゃない可能性の方が高いとまで思ってしまう。

 けれど存在そのものまで否定するには、まだ理由が若干足りない気がするな。


「そしてもう一つの理由は出自の謎です」


 おいおい、出自まで謎なのかよ。

 それは存在を疑われてもしょうがない気がするな。

 何て言うか、創作もの感が出てしまうし。


「この伝記によると、勇者は別の世界からやってきた人族であると記されているのです」

「……それって」

「ええ、まさにあなたと同じです」


 それってつまり、伝記が正しいとしたら勇者も俺と同じ転生ミスの被害者だったってことだよな?

 仮にそれが本当だとして、俺は実際に体験してるから信じられるけど、普通の人だったらまず信じないだろうな。

 転生なんて信じる方が馬鹿だと思われるだろうし、存在そのものが否定されるのも頷ける。


「私は、この勇者の存在を世の人々に知らしめたいのです。

 この伝記の主人公は空想上の存在ではなく、実在した人物なんだということを」


 ララ様は燃えるような信念を孕んだ視線を、俺に向けてくる。

 その迫力に、俺はちょっと気圧された。


「どうしてそこまで勇者に拘るんですか?」

「……それはおそらく、悔しいからなんだと思います」


 ララ様から返ってきた答えは、俺をさらに困惑させるものだった。


「私がまだ小さい頃、亡き母に代わって父がよく言い聞かせてくれたんです。

 どんな強大な相手にも剣一本で挑み、打ち倒す人族の勇者の物語を」


 ララ様は昔を懐かしむように小さく笑い、手に持った本を優しく撫でた。


「父はいつも言っていました。

 勇者は存在するのだと。自分たちの先祖である初代光王は勇者と友好関係を築いていたのだと。

 父にそう言われ、私は幼いころからそのことを誇りに思って生きてきました。

 正直、憧れの存在でもありましたよ。私も将来は勇者のように強くて頼られる存在になりたいと常に思っていました」


 ララ様の口から語られたのは、幼き女の子の話。

 強くて、逞しくて、皆から頼られる存在に憧れたひとりの女の子の話。


「けれど大人になるにつれ、自分のこの思いが愚かなのだと理解しました。

 昔に父が語ってくれた憧れの存在など、空想のものでしかなかったのだと。

 ただ同時に、私には父が馬鹿にされているのだとも思えてきたのです」


 ララ様は依然として本を撫で続けている。

 ただ、その表情は少し曇っているように見えた。


「その時くらいからですかね。いつか絶対に勇者は存在するのだと、この伝記に記されていることは真実なんだと、みんなに認めさせてやると強く心に決めたのは。結局、その決心も虚しく父は亡くなってしまいましたけどね」


 そう言い、ララ様はやっと顔を上げた。

 そしてそのまま、力強い視線を俺に向けた。


「正直、私も諦めかけていました。どこの文献を調べてみても異世界の存在など一つとして記されていないのですから。けれど、そんな時にあなたが現れた!

 あなたの存在そのものが、勇者の存在を証明できる鍵なのです!!」


 ララ様はさっきの曇り顔がまるで嘘だったかのように笑い、俺の両手を力強く握りしめた。

 こんな美女と顔を合わせるなんて、俺にはちょっと恥ずかしいな。

 けれど俺も彼女の喜びに精一杯合わせた。


「でもララ様は俺の話を嘘だと疑わないんですか? もしかしたら、その勇者の伝記を利用してるだけの可能性もあるのに」

「もちろんその可能性も疑いました。けれど、こうして直接言葉を交わしてみて確信しました。

 あなたは嘘をついていないと」


 俺のどんなところから嘘をついてない確信を得たのか、詳しくはわからなかった。

 けれど、よくよく考えてみると『光王』の前で堂々と嘘を突き通せる奴なんて滅多にいないだろうと自己解決した。


「異世界がどうちゃらってのは良いとして、活動期間の方はどうするんですか?

 7500年なんてどう考えても人間じゃ無理ですよ」

「そのことに関して何ですけど、昨日ひとつの仮説を立ててみました」

「仮説ですか?」

「ええ、それは『異世界から来た人間はこちらの世界では年を取らない』というものです」

「……」


 ララ様の仮説に、俺は唖然としてしまった。

 もしもその仮説が正しいのなら7500年も生きることは可能だろう。

 けれど、あまりにも常識離れしてないか?

 いやまあ異世界とか出てくる時点でもう十分常識離れしてるけどさ、

 少なくとも年をとるってのはどの生物も共通のはずだ。


「まあまだ仮説の段階ですから。だからこそ、これからあなたが年を取るのかどうかで確かめるのです」

「確かめるって言っても、どうやってですか?」

「それは……まあ身長が伸びるかとかですかね」

「……」


 本当にそんなので確かめられるのだろうか。

 もしかしたら年は取らないだけで身長だけ伸びるって可能性も……ないか。

 年を取らないってことは成長が止まるのと同意義とみていいだろうし。


「……でも、あんまり期待はしないでくださいね」

「ええ、私は気長に待ちますから」


 ララ様は依然としてにこやかな笑顔だ。

 それがちょっと怖く感じたのはここだけの秘密にしておこう。


「ララ様、お時間です」

「あら、もうそんな時間だった?」


 部屋の隅に存在を消すかの如く立っていたクリスが突然口を開いた。

 彼の言ったことから察するに、多分この後に大事な仕事があるのだろう。

 まあララ様は一国の王なのだから、忙しくて当然か。


「すみませんね、本当はもっと話したかったのですけど……。

 あ! この後何か予定はあったりしますか?」

「予定ですか? 特にないと思いますけど……」

「それは良かった! それではこの後ぜひ我が国を見て回ってください。もちろんクリスの案内付きでね」

「な!?」


 ララ様の突然の提案にクリスは驚きの声を漏らした。

 なんだかいつも振り回されてて可哀そうだな。

 やっぱり扱いがパシリだ。


「よろしくお願いしますよ、クリス」

「………………了解しました」


 流石のクリスもノーとは言えず、渋々従うようにしたらしい。

 哀れ、クリス。


「あ、そういえば」


 ララ様が今にも部屋を出ようという瞬間、俺は大事な頼みごとを思い出した。

 そして懐にしまっておいた一冊の古い本を取り出した。


「そちらは?」

「少し前に古の洞窟で見つけたものです。俺達じゃ全く読めませんでしたけど、ラー王国の研究家たちなら解読出来るんじゃないかと思いまして」

「ふむ、興味深いですね。わかりました、私が預かります」

「ありがとうございます」

「いえいえ。それでは達者で」


 そう言い残してララ様は扉を開けて待機していた従者たちと共にどこかに歩いて行ってしまった。

 この部屋に残されたのは俺とクリスだけ。

 実に気まずい。


「はぁ……、僕たちも行くぞ」

「はい、その……ありがとうございます。あと、その……レイナ達も一緒にじゃだめですかね?

「……構わない」

「ありがとうございます!」


 こうしてララ様との対話はひとまず終わり、今度はクリスによるラー王国ツアーが始まったのである。


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