第四十二話 光王
玉座に座る女は、容姿の観点で言えばまさに美女だった。
年齢で言えば20代前半くらいだろうか。
まるで雪を連想させるような美しい白髪。
一目見ただけで虜になってしまいそうな美貌。
その上、国王としての圧倒的な風格さえも兼ね備えていた。
さすがは『光王』といったところか。
「……」
光王は何も言わずに、俺達を睨みつけていた。
……実際は見つめているだけなんだろうけど、相手が雲の上の存在だと俺の脳が認識してしまっているせいでそう感じるのかもしれないな。
少なくとも同じ一国の王であったドルズ・ランベルクと相まみえた際には覚えなかった感覚だ。
「あなたが例の呪子ですか?」
光王はやっと口を開き、驚くほどの美声で俺に問いかけてきた。
まるで天使のように優しく、それでいて力強さを感じる音色で。
「問題に上がっているのは確かに俺で間違いないですけど、俺は呪子じゃありません」
光王の圧倒的な迫力に今にも飲まれそうだが、一旦心を落ち着かせることで何とか答えることが出来た。
「確かに髪色は違いますね」
「……いや、実はこれは――――――――」
光王はどうやら俺が髪に染魔薬を塗っていることを知らない様子だった。
いつもの俺ならそのことを良しとして、そのまま嘘をつき通していただろう。
しかし今の相手は国王であり、あの五雄王の一人。
下手に嘘をついてバレでもしたら、きっと死罪だ。
そうなるくらいだったら正直に話したほうがいい、と思っていたんだが、
なんと背後にいた騎士の1人が俺の頭に水を掛けてきやがったのだ。
「てめ――――――――じゃなくて、いきなり何するんですか!?」
俺はずぶ濡れになった顔を後ろに向けて、水を掛けてきやがった野郎の顔を見上げた。
何故いきなりこんな奇行をしたのか、それは俺にもわかっていた。
「やはり黒髪ですね」
やはり光王にはバレていたらしい。そりゃそうか。
町の人間にはバレたことはなかったんだけどな……。
もしかして染魔薬には何か強者にだけわかる欠陥があるのだろうか。
「一応、伝えようとはしたんですけど……」
「ええ、もちろんわかっています。配下が無礼を働きましたね」
「いえいえ、とんでもないです!」
さすがは大国の王だ。器がとんでもなくデカい。
どっかのドルズ・ランベルクとは大違いだな。
「それでは本題に入りましょうか」
光王の一言で場の雰囲気がガラリと変わった。
心なしか周りの騎士から殺気らしきものが感じられる。
ちょっといい感じの流れだったのに、180度変わってしまった。
「うーん……」
光王は人差し指を顎に当てて空を向きながら何やら考え込んでしまった。
一体何を悩んでいるのかはわからないが、物騒なことじゃないといいな。
「よし、決まりました!」
どうやら決まったらしく笑顔を浮かべてポンと手を叩いた。
その一連の動作だけを見ると、さっきの迫力が嘘みたいだ。
思ったよりも子供っぽい一面もあるんだな。
「まずは私の元まで来てもらった理由から話しましょうか」
どうやら話す順番について悩んでいたらしい。
そのくらい事前に考えておけとは思ったけど、まあ急だったからしょうがないのかな。
「あなたも知っての通り、呪子だと確認された人物は即刻殺すことがこの世の常識です。
しかし、今回は少し気になる点があったため私の元まで連れて来てもらいました」
「……気になることですか?」
「ええ、今までの事例ではあり得ない事です」
今までの呪子に共通していて、俺とは共通してない特徴か……。
うーん、まったくわからん。
ていうか本物の呪子なんて見たことないんだからわからなくて当然だろ。
「それっていったい何のことなんですか?」
「年齢です」
年齢? それが一体どう関係してるって言うんだ?
そう言えば、クリスも俺の年齢を聞いて意味深な反応をしてたな。
「さて、今一度質問をします。あなたの年齢を教えてください」
光王は鋭い眼差しを俺に向けてきた。
そこには彼女の明るさに隠れた殺気が混じっているような感じがした。
きっと嘘はつくなよという無言のメッセージだろう。
しかし安心してほしい。こんな状況で嘘を言う度胸も実力も俺には無いから。
「15歳です。嘘はついてません」
俺はクリスに問われた時と同じ回答をした。
焦ることなくきっぱりとした声で。
実際嘘はついていないのだから、焦る必要はない。
「ふむ、確かに嘘はついてなさそうですね」
光王は再び人差し指を顎へと突き付けた。
もしかして癖なのだろうか。
「それで、呪子と年齢に何の関係があるんだよ?」
「カルス、私は今考え事をしているんですよ? 少し黙っていてください。
はぁ、あなたはあの時から全く変わっていませんね」
「性格ってのはそうそう変わらないもんだからな」
あれ? なんだか馴れ馴れしくない?
もしかして、カルスのヤツは光王とも知り合いなのか?
「今から話すことは公にはされていない情報です。くれぐれも口外しないようにお願いしますよ」
光王はそう前置きをして、淡々と話し始めた。
限られた者しか知らない、呪子についての秘密を。
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「世間では呪子は何の法則性もなく突如として出現し、この世に災いをもたらす存在だとされてきました。
事実、これまでに起きた大事件の中心には呪子の存在が多く確認されてきましたし、
古くから存在した国が、たった一人の呪子によって一晩で滅ぼされた、なんていう実話もあります」
マジかよ。そんな実話まであるのか。
そりゃあ、恐れられる訳だな。
「しかし今に至るまで、呪子については何も判明していません。
どのようにして生まれるのか。なぜ破壊衝動に駆られるのか。
その生態全てが謎に包まれているのです」
確かに、人間は未知のものに恐怖心を抱くっていうもんな。
オマケに、その存在が自分にとって害だとすれば尚更だ。
「……と、ここまでが世間一般の認識です。
しかし実際には全てとはいかないまでも、ある程度はわかってきています」
その内の一つが年齢ってことか。
なんだか俺なんかが聞いちゃいけない話な気がするけど、話してきたのは向こうだし大丈夫だよな?
「結論から言うと、普通、呪子は15歳までは生きられません」
「……え?」
無礼だとは重々理解はしていた。
しかし、それでも心の声を抑えることが出来なかった。
「そりゃあ、どうしてだ?」
「カルス、勝手な発言は控える様に言ったはずだぞ。それとも、今ここで死にたいのか?」
馴れ馴れしいカルスに、クリスが後ろから警告をした。
それに対して、カルスはハイハイといった感じで受け流した。
「そう慌てないでください。物事には順序があるんですから」
いがみ合う2人に対して、光王は手慣れた様子で大人な対応をしていた。
いや、どちらかというとカルスに対してか。
「それでは話を戻しましょう。
我が王城には歴代の光王が遺した呪子についての記録があります。
その記録によると、いずれの呪子も皆15歳になる前に死亡していることがわかっているのです。
そのため、我々は呪子は15歳以上は生きられないという推測を立てていました。
しかし今回、その推測から外れた呪子が出たという報告を受けたため、その張本人に来てもらったという訳です」
光王が呪子について調査しているなんて、初耳だ。
それに、15歳になる前に死ぬだって?
呪いの影響でか? それとも、別の理由で?
どんなに考えようと、理由がさっぱりわからない。
けれど、もしかしたら光王はその理由を知っているのかもしれない。
俺達にそこまで話すつもりはないだろうけど。
光王は説明を終えて、再び俺に向けてニコっと笑顔を向けた。
俺にはその笑顔が一瞬、悪魔のように感じた。
「……つまり、俺には実験体になってほしいということですか?」
「あなたが呪子ではないと証明できないのならば、残念ですが……」
恐る恐る聞いてみると、光王は恐ろしいことに声の調子を変えずに平然と答えた。
その間も一切笑顔は崩さないので、俺には彼女が悪魔に見えてきた。
それに、証明しろと言われてもな……。
俺には呪子じゃないですと主張する以外何もないんだよな。
いくら過去の呪子の記録が残っているからって、全員たまたま15歳未満で死んでいただけって可能性は捨てきれないわけだし。
「エトは異世界……つまり他の世界からやってきた人間です」
突然、レイナが呟くような口調で告げた。
まるで悩んだ末に絞り出したような感じで。
俺にはレイナの意図が分かった。
おそらく俺が呪子ではないと証明する方法がないことを、彼女もまた理解していたのだろう。
だからこそ、俺が転生者であると進言したのだ。
信じてもらえる可能性は低いけれど、一か八かの賭けに出たのだ。
「異世界? それは一体……」
当然、光王は戸惑いの表情を浮かべた。
それだけじゃない、カルスさえも俺に視線を向けていた。
言葉は言わなかったが、表情からは戸惑いが感じられた。
「えっと、少し長くなるのですが……」
「構いません」
光王の許しも出たことだし、一縷の望みに賭けるとしますか。
思えば、この話をするのもアルムガルト家の人達以外には初めてだな。
彼らは信じてくれたけど、果たして今回はどうだろうか。
「俺は元々は別の世界の住人でした。そっちでは黒髪が普通でして。
ただ普通に暮らしていたんです。けれどある日――――――――」
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俺はあの日から今に至るまでの経緯を話した。
もちろん嘘などは付かずに。
ただ、アルムガルトという単語とテサーナ王国での騒動については話さなかった。
彼女は『光王』であると同時に、国王でもあるため、
そこら辺の話をするにはリスクが大きいと思ったからだ。
それに光王たちの反応を見る限り、俺達が国王殺しの犯人だとは気づいてないみたいだった。
けれど、バレるのも時間の問題。
なんとか今のこの状況を乗り切ってしまえば、きっと逃げる時間の余裕くらいはあるはずだ。
追手に関しては考えないようにしよう。
「ふむ……、実に興味深い話ですね……」
光王に関しては信じてるのか信じていないのか、どっちなのかよくわからなかった。
信じているように見えるけど、頭のおかしいヤツの妄想だと流してしまったようにも見える。
カルスはまあ……多分信じてくれてるだろう。
ていうか、そう信じたい。
「あなたのその話が本当かどうかは正直、定かではありません」
……ですよね。
こんな嘘みたいな話が証拠になんてなるわけないか。
第一、前にいた世界では黒髪が一般的でしたなんて都合が良すぎるもんな。
「……ですが、あなたが呪子であるかどうかという点に関しては、証明できる方法があります」
「え!?」
思わず声が出てしまった。
だって、もうどうしようもないと思っていたから。
何て言うか、暗闇の中に一筋の光が見えたみたいな感じだ。
「方法に関しては話すより見てもらった方が早いですね」
光王はそう言って、玉座からゆっくりと腰を上げた。
そしてそのままこちらへと歩み寄って来る。
「えっと……」
「じっとしていてください」
そう言われ、俺は体をガチっと硬直させた。
もちろん目上の人に言われたからというのもある。
けれど一番の原因は距離だ。
考えてみてほしい。
可憐なオーラを纏った超絶美女が自分に向かって優雅な歩みで近づいてくる様子を。
まさにパニックだ。世紀の大事件。
間違いなく俺の歴史の中に強く刻まれる出来事だ。
それに、近づいてくるたびに甘く心地の良いにおいが鼻を通り抜けて脳へと作用してくる。
それは女とまともに関わったことのない俺みたいなひ弱な男には、あまりに効き目が強すぎる。
「動くな」
しかし自分の首元に刀身が添えられている事に気が付き、俺の中の興奮はどこかへと飛んで行ってしまった。
あまりの圧に首を動かすことが出来ないが、声でクリスだとわかった。
もしかして俺が光王を襲うとでも思っているのだろうか。
俺の実力じゃ光王を殺すことなんてできないとわかっている筈なのに。
まあ、もしものことがあったら騎士失格だもんな。
「……」
そんなことを考えている間にも、光王はどんどん近づいてくる。
そして遂には目の前にまで来てしまった。
「あ、あの……俺は何を……」
戸惑っている俺を気にも留めずに、光王は右手を上げた。
そしてそのまま俺の頭の上へと乗せたのだ。
すると、次の瞬間――――――――
「え……?」
あっという間に俺の髪が全て真っ白に変わってしまった。
一瞬、自分が老化してしまったのかと思った。
けれど、どうも老化による白髪とは違った。
「えっと、これは……?」
状況を飲み込めずにポカンとしている俺に対して、光王はニコっと笑いかけた。
「これで証明は完了です。」
光王はそう言い残し、くるりと優雅に踵を返して玉座へと戻っていった。
その間も俺は状況を飲み込めずにいた。
「あなたに今かけた魔法は、呪法の中では最も簡単な部類のものです」
えっと……、それが一体どう証明になるんだ?
ただ単に髪を白くしただけなのに……。
「我々の知る呪子の特徴の一つに、呪法が効かないというものがあります。
あなたにはしっかりと効果が出ていたため、証明は完了しました」
「それはつまり……」
「ええ、あなたは呪子ではありません」
光王の口からそう言われた瞬間、俺はその場で飛んで喜びたくなった。
けれど、ここでやるのは明らかに無礼なので、必死に抑えた。
「それで、この髪は……」
「元の髪色で出歩くよりは、そちらの方がいいでしょう」
「……ありがとうございます!!」
果たして白髪が俺に合っているのかはわからないけど、これで人目を気にして染魔薬を使う必要がなくなった。
これで堂々と雨に当たることが出来るな。
「さて、本当だったらこれで終わりなのですが……、あなたたちにはまだ聞きたいことがあります。
クリス、私は後から参りますので、彼らを例の部屋に案内しておいてください」
「……かしこまりました」
あれ!? 終わりじゃないの?
完全にお開きの流れだったじゃん。
第二ラウンドなんて聞いてないぞ。
「ほら、行くぞ」
無慈悲にもクリスは俺達を謁見の間から追い出した。
そしてそのまま城外に向かうことはなく、謎の部屋へと連れて行かれるのだった。




