第三十九話 焚き火
ギボレー公国を出てから、しばらくの時間が経過した。
現在、俺達は崖道を進んでいる。
右脇から下を覗くと、背筋が凍るような高さを拝むことが出来る。
もしも落っこちてしまえばお陀仏だろうが、道幅には余裕があるため大丈夫だろう。
「今日はここまでだな。馬車を壁際に寄せるぞ」
辺りはすでに薄暗くなっており、気温も下がってきている。
そんな状況下で魔物と遭遇する可能性も考慮して、これ以上進むのは危険だとカルスは判断したのだ。
「それじゃ、まずは焚き火だな」
「あ、僕が火をおこします」
焚き火に使用する木は道中で拾い集めたので問題ない。
肝心の火も、アンドルがいるので心配なしだ。
彼の場合、戦闘で使うには火力不足だが、こういう場面では非常に役に立つ。
この先、別の誰かとパーティーを組む際には、最低でも一人は火魔法が使える人を入れることにしよう。
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「ふぅ……」
パチパチと音を立てながら揺れる火柱を眺めながら、俺はゆっくりと腰を下ろした。
「とりあえず今のところは追手の心配はなさそうだな」
周囲の状況を確認しに行っていたカルスが戻ってきた。
その両手には、馬車の荷台から下ろしてきた袋が2つ握られている。
あの袋の中に入っているもの……、それは食料だ。
片方は古の洞窟の攻略の際にあらかじめ買っておいたもの。
もう片方はここまでの道中で遭遇した魔物の肉だ。
「事前に買っておいた食料なんだが……もう底をつきかけだ。今日は何とかなったが、明日は持つか分からないぞ」
カルスは土魔法で作り出した串に魔物の肉を刺しながら淡々と言った。
「お兄ちゃん~、寒いよ~」
「おい! 危ないから離れるんだ!」
アリスは焚き火なんかに目もくれず、アンドルに抱き着いた。
そして、その勢いのまま服に顔をうずめた。
確かに寒いけど……、そこまでかな?
もしかして、これがブラコンてやつなのだろうか……。
「ん? あれ、もしかして羨ましいの?」
「は!? そんなわけないだろ!!」
一連の流れをボーっと眺めていたら、レイナのヤツが横目で見ていたらしく、冗談を言いやがった。
確かに寒いけどさ、15歳の男がそんなの恥ずかしいだろ。
焚き火さえあれば、俺は十分だ。
「も~寂しがり屋なんだから」
アリスはやれやれと小さく呟き、俺のところまで歩いてきて、そして抱き着いてきた。
もしかしてレイナの言葉を真に受けたのだろうか?
それとも、わざとか?
「あ、あのな……」
う~ん、思ったよりもいいな……。
何て言うか、身体だけでなく心までも温まる感じだ。
ずっとこうしていたい……が、やっぱり駄目だ。
罪悪感がすごい。
「レイナも寂しそうだから、やってあげて」
「え? もう……私人気者だな……」
アリスは嬉しそうに呟きながら、レイナに抱き着いた。
最初はレイナも驚いていたけど、心地よかったのか顔を綻ばせた。
くそ、羨ましい……。
俺の性別が女だったら、堂々と抱き着いていられたのに……。
「イチャつくのはいいが、程々にしろよ」
「イチャついてないもん!!」
アリスは顔をぷくーと膨らませた。
あ~あ、カルスのヤツ怒らせちゃったよ。
女のことをなんも分かってないな。
まあ俺も人のこと言えないか……。
「さて、今のうちに聞いておきたいんだが……、テサーナ王国で何があったんだ?」
カルスは真剣な目つきで俺のことを見つめてきた。
焚き火の火が、カルスの左顔に深い影を落としている。
きっと俺の顔も同じだろう。
そのせいで怪談話をするみたいな雰囲気になってしまっている。
「少し耳を疑うような話かもしれないんだけど……」
そこから俺はカルス達と別れてから起ったことをすべて話した。
テサーナ王国に着いて、そのまま王城へ向かったこと。
謁見の間で、国王であるドルズ・ランベルクと会ったこと。
カインさんはすでに殺されていて、他の家族も奴隷商人に連れて行かれた後だったこと。
去り際にドルズ・ランベルクを殺し、王城から脱出したこと。
そのまま転送屋まで走り戻ったこと。
テサーナ王国に戻り、カルスと合流できたこと。
そして、今に至ること。
俺の話に、カルス達は静かに耳を傾けてくれた。
途中つかえるところもあったけど、レイナのサポートもあり、最後まで話すことが出来た。
俺の話を聞いた皆の反応は様々だった。
アンドルは絶句していた。
多分、国王を殺したことに対してだろうな。
それに関しては、彼には申し訳なく思う。
カルスは普段通りだった。
特に驚いたりも呆れたりもしなかった。
てっきり怒られると思ったのに、少し意外だったな。
アリスは……まあ、言わなくても分かるだろう。
元々ネガティブに考えないタイプだしな。
「一つ聞きたいんだが……、ドルズ・ランベルクは噂通りの男だったか?」
カルスは真っ直ぐに焚き火を見つめ、真面目な顔で聞いてきた。
俺にはその質問の意図が読めず、答えるのが遅れてしまった。
ただしその代わりに、レイナが答えてくれた。
「噂通りもなにも……それを超えてきた。あんな外道には多分世界を探しても会えないと思う」
レイナの包み隠さない答えに、カルスはふっと笑った。
「それなら仕方ねえな。殺されても」
カルスは満足そうな顔をして、腕を組んで頷いて見せた。
その反応を見るに、どうやら彼にとっては満足な答えだったらしい。
しかし、アンドルは不満そうだった。
「それならこんなところで呑気にしてられないじゃないか!! もっと遠くへ逃げないと!!」
アンドルは勢いよく立ち上がり、大声で叫んだ。
その声は、沈黙を保っていた夜空に響いた。
彼自身もまずいと思ったのか、ハッと口を押さえた。
「いいかアンドル、こういう状況だからこそ、冷静でいることが大事なんだよ。お前もわかってるだろ」
「……すみません」
カルスの言葉に納得したように、アンドルは静かに座り直した。
そして心を落ち着けるように焚き火の火をまじまじと眺める。
「それなら、これから何処へ向かうんですか」
「そうだな……」
俺とレイナに国王殺しの罪がある以上、どこの国に逃げても安全とは言えない。
今頃、指名手配されている可能性だってある。
もしかしたら、この世界に安全なところなんてもうないのかもしれないな。
「ラー王国に行くってのはどうだ?」
「そんな! 自殺行為ですよ!」
カルスの提案に、真っ先に反論したのはアンドルだった。
ラー王国、確か現存する世界最古の国だっけか。
アンドル曰く世界有数の大国で、力、金、人脈、その全てを持っている国らしい。
もしもその国に、テサーナ王国から俺達の情報が渡っていたとしたら、
きっと大変なことになるだろう。アンドルの言う通り、自殺行為ともいえる。
「ラー王国の国王は、あの『光王』なんですよ? 僕たちの存在がバレれば全員殺されるのがオチですよ」
ん? 光王だって?
もしかして、アルムガルト家で読んだ本に書いてあった、あの光王?
「光王って、もしかしてあの有名な五雄王の一人のか?」
「ああ、そうさ。ラー王国では代々『光王』の称号を授かったものが、同時に王位を継承するんだ」
「なるほどな」
本には五雄王は権力ではなく、あくまで力を示す称号と書いてあったはずなんだが……。
まあ『光王』だけが例外なのかもしれないな。
「どうするのカルス~」
アリスは急かすようにカルスに言った。
彼女、何だか楽しんでるように見えるな。
いや実際、彼女はこのシチュエーションを楽しんでいるのかもしれない。
「私的には~お母さんに会えるから行きたいな~」
ついでにと言わんばかりに、私情を挟んできやがった。
まったく、彼女らしいな。
「わかった、明日の出発までには決めておく。だから今日はもう休め」
「は~い」
カルスはそう言って立ち上がった。
もしかして、俺らが寝てる間も見張りを続けるつもりなのだろうか。
何だかそれは申し訳ないな。
せめて交代制にすればいいんだろうけど、彼のことだから認めないだろうな。
「みんなお休みなさ~い」
アリスはその場に横になり、目を閉じてしまった。
完全にお眠りモードだ。
「明日も早いだろうし、君たちも疲れてるだろ? だから早く休むんだぞ」
アンドルは、はにかんだような笑顔を浮かべた。
そしてそのまま、彼も横になってしまった。
「それじゃあ、私たちも寝る?」
「……そうだな」
俺もアンドル達のように体を横にした。
すると、恐ろしいほど強い睡魔が襲ってきた。
目を瞑ったら、今すぐにでも飲み込まれそうだ。
思い返せば、今日は大変な一日だった。
おかげで今日はもうすでに精神的にも、肉体的にも限界が近かったのかもしれない。
とにかく休むことも大事だからな。
今日はもう大人しく寝よう。
「………………レイナ、今日はお疲れ様」
「……うん、エトもね」
最後に些細な言葉を交わし、俺は眠りについた。
 




