第三十八話 馬小屋
カインさんの馬が預けられている馬小屋までは、あまり時間がかからなかった。
まあ、数分ってとこか。
その間も特にトラブルはなかった。
街中からは悲鳴が聞こえてきたりはしたけど……。
「いきなりで悪いが、馬車を探してる。人間5人乗れるやつがいい」
「お~、そうかい、ちょっと待ってな。そこの椅子にでも掛けててくれ」
馬小屋の主人に促され、俺達は大人しく椅子に腰かけた。
「いや~、さっきからなんだか外が騒がしいね。何かあったのかな?」
「……さ、さあ、全くさっぱりです。自分たちは冒険者なんでね……」
いきなり話を振るもんだから、焦っちゃったじゃん。
なんとか誤魔化すことはできたけど、作り笑いだってバレちゃったかな?
「旅人ねぇ……、この国には何もなかっただろう?」
「……いえ、大切な仲間との出会いがありましたよ」
「大切な仲間とのねぇ……」
さっきから何なんだろう。
この男……不気味だ。
何か企んでるのか?
「おい、おっさん。口よりも手を動かしてくれよ」
さすがカルスだ。
相変わらず思ったことをビシッと言う。
そういうところは真似したいな。
「はっはっは、すまないね。つい昔の自分を思い出してしまってね」
馬小屋の主人は懐かしむように目を細めた。
気のせいかもしれないが、その姿が俺にはどこか寂しそうに見えた。
「私も昔は冒険者だったんだ。当時は若かったからねぇ、君たちみたいに仲間と共に世界各地を渡り歩いたよ」
まさかの自分語りが始まってしまった。
高齢者あるあるだな。
こっちは急いでるってのに……果たしてどうしようか。
このままだとカルスがブチ切れてしまう。
「まあ結局、私を残して全滅してしまったがね」
「全滅……ですか」
おいおい、急展開だな。
逆に気になっちゃうじゃん。
「とある魔物に襲われてね。確か……緑色の鱗を持った竜だったかな。
巷では有名な魔物らしくてね、それはそれは凶暴な竜だったよ」
「それは……お気の毒に」
何て言うか……、悲惨な話だな。
仲間はみんな死んでしまったのに、自分だけ生き残ってしまうなんて。
でもまあ、確かにこの世界では竜は強大な存在だからな。
運が悪かったとしか言いようがない。
「まあ冒険者として生きていた以上、覚悟していた事ではあるけどね」
馬小屋の主人はそう言って微笑んだ。
しかし、その様子を見ていたカルスは激怒する寸前だった。
「こんのジジイ……」
「はっはっは、そんな怒らないでくれ。元冒険者として、昔の話をしたくなってしまったんだよ。
ほら、ちゃんと馬車の準備は出来たよ」
馬小屋の主人が用意してくれたのは、かなり立派なものだった。
人間5人に荷物まで置けるであろう荷台と、それを引っ張る2頭の馬。
おそらく、この辺で買える馬車の中では最高級だろう。
つまり、お値段もそれなりにするってことだ。
「それで……いくらだ」
「ふ~む……、金貨45枚だ」
「もう少し安くならないのか?」
「金貨40枚……、これが限度だ」
「……わかった」
金貨40枚か……。
さすがに高いな。
けれど、今はどうこう言ってる暇はない。
「ほらよ」
カルスは金貨40枚が入っているであろう袋を手渡した。
見ただけでわかる、かなりの重厚感だ。
ああ、俺達の努力の成果が消えてしまう……。
「……ふむ、確かに金貨40枚だな」
馬小屋の主人は袋の中を確認して、納得したように頷いた。
「それじゃ、この馬車はもらっていくぜ」
「ああ、今からそれは君たちのものだ」
カルスがまず手綱を持ち、各々の荷物を荷台に置いた。
その後に、俺達は順に乗り込んだ。
「おっと、そう言えば、あの預かっている馬はどうするんだい?」
「差し上げます。大切にしてあげてください」
この先、カインさんの馬を連れて行くには負担が大きすぎる。
なので、残念だがここで手放さなければいけない。
「そうかい。それはありがたいね。それじゃあ、こちらは金貨10枚だけ返すことにしよう」
そう言って、馬小屋の主人は金貨10枚を入れたであろう袋をこちらに投げてくれた。
「ありがとうございます」
「いやいや、気にすることはないよ」
俺はこの主人のことを怪しく思っていたけど、結構いい人なのかもしれないな。
またこの国に来たらよってみようかな。
まあ、来ることなんてないだろうけど。
「よし、行くぞ」
カルスの一言で、馬車は動き始めた。
ゆっくりと、しかし力強く。
「さらば冒険者たちよ。どうか、私とは違う運命を迎えますように……」
最後に、そんな言葉が聞こえたような気がした。
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外は相変わらず騒がしかった。
下手したらお祭りレベルだ。
それほどまでに呪子は恐れられているってことか。
「このまま一直線で国を出るぞ」
馬の扶助はカルスに任せて、俺は国を出るまで荷物の陰に隠れるとするか。
万が一でもバレたらめんどくさいし。
幸い、国を出るまでにそこまで時間はかからないそうなので、それまで辛抱しよう。
「エト、隠れてるの?」
「ああ、静かにな」
アリスに一応、念を押しておこう。
まあ彼女もそこまで馬鹿ではないから分かると思うけど。
「……エトが隠れるなら、私もしなくちゃだね」
レイナも俺に続くように身を屈め、そして荷物の陰に隠れた。
「カルスさん、国を出てその後どこに向かうんですか?」
「そんなこと出てから決めればいいだろ」
「……心配だ」
アンドルは不安そうな表情を浮かべた。
けれど今は特に打てる手もないので、彼も大人しくせざるを得なかった。
とにかくだ。
このまま行けば問題なく国を出られる。
その後はどうするかは分からないが、今は仲間がいるんだ。
皆で力を合わせれば、どんな困難も乗り越えられる気がする。
そして、今度こそ救って見せる。
大切な家族を。




