第三十七話 仲間
俺達がテサーナ王国へと転送されるとき、確かにカルスは言った。
「俺はここで待ってる。何かあったらすぐにここに戻って来い」
その言葉通り、カルスは待っていてくれたのだ。
俺達の帰りを、ここでずっと。
その事実に、俺は心の底から嬉しかった。
ただそれと同時に、恐れと疑問が浮かんだ。
俺はてっきり、カルスも怖がって俺から離れて行ってしまうと思っていた。
周りの人達同様に俺の髪を見たから。
呪子の特徴である黒髪を。
しかし、それなのに彼は俺から離れるどころか逆に助けようとしてくれた。
俺は前世のことを、カルスたちには言っていないはずなのに。
「とりあえず、ここから離れるぞ」
カルスは周りを見渡して、瞬時に取るべき行動を決定した。
まだ状況が飲み込めないだろうに、彼は冷静だった。
「はい、これをかぶってて」
突然、レイナが何かをかぶせてきた。
……って、これってレイナの帽子じゃん。
俺が誕生日に買ってあげたやつ。
「ごめんね、逃げるのに夢中で気づけなかった」
「……いや、レイナは悪くないよ。俺のミスなんだから」
冷静でいようと心掛けていたはずだったが、実際は俺が一番焦っていたって訳だ。
ほんと、間抜けだな。
レイナを助けるためだとかぬかしておいて、結局は自分を保つために嘘をついていただけだったのだ。
「ほら、さっさと行くぞ。この先でアンドル達が待ってるからよ」
「……ああ」
俺はやや不安そうに返事をした。
カルスもそのことに気づいたようだったが、今は逃げるのを優先した。
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転送屋を出て、しばらく経った。
幸いなことに、追手はいない。
少なくとも、今のところはだけど。
あの時、顔を見られたのは転送屋にいた人達だけだった。
この世界に写真と言うものがない以上、その人達にさえ見つからなければバレる可能性は低い。
似顔でも書かれれば話は変わるかもしれないが、それにはまだ時間がかかるだろう。
まあ魔法という存在があるから、安心は出来ないけどな。
「追手はいないか……。とりあえず、まずはお前の右手を治すぞ」
「……助かる」
今回もまた、カルスの中級回復魔法で完治した。
痛みはあまりなかったけど、やっぱり完治してるに限るな。
「アンドル達はこの宿にいる。俺が呼んでくるから、お前たちは裏に隠れてろ」
そう言って、カルスは宿の中へと入って行った。
その間、俺とレイナはカルスに言われた通り、宿の裏に身を潜めた。
「……染魔薬持ってない?」
「アンドルに預けたままだから、今はないよ」
「やっぱり、そうだよな……」
テサーナ王国へと向かう際、俺とレイナは最低限のものしか持って行かなかった。
単純に荷物になるってのもあるが、一番は何を持っていこうか考えてなかったからだ。
唯一持って行った金貨25枚も、カルスが持たせてくれたものだったしな。
今思い返すと、いかに焦っていたかが分かる。
「大丈夫?」
「……怖いんだ。アンドル達に拒絶されないか」
俺は空を見上げた。
真上に広がる白一色を。
「……」
カルスの時は大丈夫だった。
けれど、アンドルの時も大丈夫とは限らない。
特に、彼はまだ15歳だ。
噂とかに敏感で、信じ切ってしまっているかもしれない。
仮に事情を説明したところで、受け入れてもらえるかどうかもわからない。
アリスはまあ……どうだろう。
アンドル以上に怖がってしまう可能性もあるけど、彼女の場合そんな感じはしないんだよな……。
「……なあ、レイナ」
「なに?」
「ごめん」
「……謝る必要なんてないよ」
「……俺さ、多分心のどこかで思ってたんだ。
俺には天使様の加護がついていて、そのおかげでカインさん達も最終的には全員無事に助け出せるって。
でもそんなのはなくて、誰も助けられなかった。全部俺のせいだ」
今もなお、空は真っ白だ。
雨など降ってはいないが、視界が滲む。
唇を噛んで我慢しようとしても、おさまることはなかった。
「エトのせいなんかじゃないよ。父さんも言ってたでしょ。
エトがいなくても、いつかはこうなってたって。
その場合は多分、私も一緒に連れて行かれてたと思う。
けど、エトがいてくれたおかげで私は今ここにいるの」
レイナは優しく言い聞かせる様な口調で言った。
そして、ゆっくりと俺の目元の涙を袖で拭ってくれた。
「……でも、カインさんはもう……」
「エト、それはもう過ぎたことなの。今は私たちの安全を確保するのが優先」
もしかして励ましてくれてるのだろうか。
自分もつらい筈なのに。
「……まあ、こんなこと言ってるけど、私も本当は悲しいよ。
だけど、まずは母さんとリダを助けなくちゃ。泣くのは全部終わった後にしよ?」
「……そうだな。今度こそは必ず助けよう。カインさんの為にも」
まったく、こんなところでもレイナに励まされるなんてな。
彼女はきっと今すぐにでも泣き出したい筈なのに、グッと堪えて冷静に振舞っているのだ。
こんな俺の為に。
そんな彼女を見ていると、自分がつくづく情けなくなる。
「なあ、レイナ。俺、もっと強くなるよ。皆を助けられるくらいに」
自分に才能が無いのは十分理解している。
それでも、これ以上誰も失いたくはない。
せめて、頼りになるレベルには強くなって見せる。
「それなら、私も負けないようにしなくちゃね」
そう言ってレイナはにっこりと微笑んだ。
優しく、透き通るような声で。
「エト!! レイナ!!」
突然、俺達の名前を叫びながらアンドルが走って近づいてきた。
その後ろには、カルスとアリスの姿もある。
「よかった、無事なんだな?」
「あ、ああ。俺達は何とかな」
アンドルは心配そうな顔で、勢いよく俺の肩を掴んだ。
反射的に俺は目を逸らし、帽子を深くかぶった。
「ずっと心配してたんだぞ!」
アンドルのヤツ、もしかして気づいてないのだろうか。
それとも、わざと気づいていない振りをしているのか?
「なあ、アンドル」
「ん、どうしたんだ?」
「気づいてるんだろ? 俺の髪のこと」
俺は恐る恐るアンドルに聞いた。
すると、彼はきょとんとした顔を浮かべた。
「ああ、もちろん気づいてるけど……」
「な、なんとも思わないのか……?」
「当たり前だろ。僕はそんな見たこともない呪子の噂なんかよりも、今目の前にいる仲間を信じるに決まってるじゃないか」
アンドルは一切迷うことなく、堂々と言い切った。
まるで、当然であるかのように。
「こんなに綺麗な髪なんだから、元気だしなよ!!」
大きな声でそう言ったのは、アリスだ。
彼女は横からひょいっと現れて、俺の髪を撫でる様に触った。
「……ありがとう」
嬉しかった。
言葉では言い表せない程の感激が体を駆け回った。
こんな状況になっても、俺のことを仲間と呼んでくれるなんて……。
「ほら、これを使うんだ」
アンドルが丸い容器を手渡してきた。
これは、そう……染魔薬だ。
俺がこっちの世界で生きていくための必需品。
幸い、中身はまだまだある。
「さて、これからどうするかだな」
カルスは真面目な顔を浮かべて、よっこらせとカルスは腰を下ろした。
「染魔薬を塗った以上、もう髪に気を遣う必要はなくなった訳だが……、
すでにもう取り返しのつかないほど騒ぎは広がっちまった」
「僕はこの国を出るのが最善だと思う。ここに残るのは危険すぎる」
俺もアンドルの意見に賛成だ。
目撃者が多数いる以上、この国の兵が動く可能性が高い。
そうなれば、俺達の存在を知られる可能性も高くなってしまう。
それだけは避けなければならない。
「よし、この国を出よう。行き先は未定だが、判断は早い方がいい」
「それなら、私たちは何をすればいい? あまり時間を掛けられないけど……」
レイナの問いに、カルスは少し考え込んだ。
彼はきっと、やるべきことを頭で整理しているのだろう。
そして、そこから答えを導きだそうとしているのだ。
「エト、お前らが馬を預けてる馬小屋はどの辺にある?」
「確か……ここからそう離れてなかったはずだけど」
俺の答えを聞いて、カルスは頷いた。
「それなら、そこで馬車を買うことにするか……。幸い、金は有り余ってるわけだしな」
「食料とかは?」
「それは無しだ。このまま一直線に馬小屋に向かう。そして、そのまま国を出る。いいな?」
「了解」
とりあえず、今後の方針は決まった。
そうとなれば、早速行動に移すのみだ。




