第三十四話 謁見の間
徐々に光が弱まり始めた頃、辺りの光景は一変していた。
俺達が入った転送屋は、どこか古臭い感じだった。
けれど、ここは違う。
石造りになっていて、重厚な印象を受ける。
「首都テリラスに到着しました」
隣に立っている人が変わっている。
どうやら、俺達は本当にテサーナ王国に来たらしい。
改めて、魔法って凄いな。
「ご利用ありがとうございました」
ここは人が多い。
話をするにはリスクが高すぎる。
なので、まずは転送屋を出ることにした。
「外も人だらけだな……」
そりゃそうか。
テサーナ王国はギボレー公国なんかとは比べ物にならないくらい栄えてるんだから、
当然住んでる人の数も、外からやって来る人の数も多いに決まっている。
「とりあえず、人気のない所まで行こう」
「わかった」
こんな都市の中で、人気のない所を探すのは骨が折れるな。
どこもかしこも人だらけだ。
「あ! ここ通ったことあるぞ」
この場所は、リダを探していた時に通ったことがある。
その時は急いでいたけど、忘れるはずもない。
この先の裏路地は――――――――
「ビンゴ! ここなら誰もいない」
あのモブみたいな誘拐犯と遭遇した所だ。
初めて能力を使った場所でもある。
なんだか少し懐かしいな。
「へえー、こんなところ知ってたんだ」
「ああ、前に来たことあったからな」
あの時も誘拐犯以外、誰もいなかった。
そして、今もいない。
多分、ここは誘拐犯の出没する路地だから誰も近づかないのだろう。
「さて、この後のことなんだが……」
王城に行くのは決定事項として、そこで緊急事態が起きた時にどうするか事前に話し合ってないとな。
「とりあえず、家族の居場所がわかるまでは大人しくしよう」
「わかった。出来るだけ努力する」
……レイナのことだから、すぐに魔法を放ったりしそうで怖いな。
もしも国王に怪我なんてさせたら、家族を助けるどころの話ではなくなってしまう。
なので彼女には頑張ってもらいたい。
「それで居場所がわかったら、隙を見て助け出そう」
「隙なんかあるかな?」
「そこが問題なんだよな……」
これから行くのは王城だ。
きっとあちらこちらに騎士がいるだろう。
果たして、そんな猛者たちを相手に隙を見つけるなんてことが出来るだろうか。
否、厳しいだろう。
そこでだ。
まず最初は大人しく従うことにしよう。
そうして騎士たちの油断を誘うのだ。
そしてタイミングを見計らって姿をくらます。
うん。完璧だ。
ていうか、それしか可能性がない。
「王城に行く前に、予め何か手を打っておくってのは……」
「無しだ。さすがにリスクが高すぎる」
「だよね」
テサーナ王国に来た以上、もう変な行動をとることは出来ない。
すでに誰かに監視されてる可能性だってあるんだ。
せいぜい、今みたく2人で話すくらいが限界だろう。
「それじゃあ、ほとんど運任せみたいなものだね」
「しょうがないだろ。この先、どんな展開になるかなんてわからないんだから」
この先は、行き当たりばったりだ。
何がどうなるか、見当もつかない。
「それじゃ、覚悟はいい?」
「もう出来てる」
こっから先はもう後戻りはできない。
けれど、進まなければ家族を救うことはできない。
それなら、どっちを取るかは言うまでもない。
カインさんとルビアさん、そしてリダ。
彼らから受けた恩を返す時が来たのだ。
必ず救い出してやる。
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俺達は大してテサーナ王国に詳しくない。
けれど、王城の位置はすぐに分かった。
「流石に、すごい大きさだな」
王城と言うだけあって、凄まじい迫力だ。
正面に立つだけで圧倒されてしまう。
「やっぱり、見張りは結構いるね」
正面に十数人。
おそらく、城の外周にも複数人いるだろう。
城内なんてもっとだ。
「ふぅ……、よし! 行くぞ」
「うん」
王城の正面から、堂々と行ってやった。
悪いことは企んでませんよっていうアピールだ。
「そこで止まれ!!」
立派な甲冑を身に纏った騎士たちに止められた。
あれ? 国王から俺達のこと聞いてないのか?
……いや、単純に顔じゃ判断できないってことか。
「私はレイナ・アルムガルト。国王に用がある」
時間の無駄とばかりに、レイナが堂々と名乗った。
すると、騎士たちは驚いたように顔を見合わせた。
「まさか本当に来るとは……」
「だとしたら、隣の男がもしかして……」
コソコソ話しているつもりなんだろうが、全部ばっちり聞こえるぞ。
こいつら本当に騎士なのか?
「ええい! どけお前たち!!」
騎士たちの後ろから、一際大きな甲冑を着た男がズンズンと現れた。
この雰囲気……、まさか騎士団長だろうか。
それとも騎士団長に次ぐレベルか。
少なくとも、そこら辺の下っ端って感じではない。
「まったく、役立たずどもが。……それで、アルムガルトの者だな」
「うん。さっきそう言ったでしょ」
「では付いて来い。くれぐれも変な真似はするなよ」
「はいはい」
大柄な騎士に連れられて、俺達は王城へと足を踏み入れた。
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王城内は実に素晴らしいものだった。
通路にはお高いであろう美術品や絵画がズラッと並んでおり、一瞬ここが美術館なのではないかと勘違いするほどだった。
今みたいな状況じゃなかったら、一つひとつじっくりと鑑賞したかったな。
「どうだ、見事なものだろう?」
「え? あ、ああ」
いきなりでビックリした。
まさか話しかけてくるなんて……。
てっきり、もっと厳格な人だと思ってたんだけどな。
もしかしたら、案外優しい人なのかもしれない。
「この階段を上がれば、謁見の間だ」
「ついにご対面か」
この先に、全ての元凶がいる。
話し合いで解決できれば一番なんだが、まあ無理だろうな。
けれど、なんとしても家族の場所だけは聞き出す。
その後は向こう次第だ。
「エト、大丈夫?」
「大丈夫……とは言えないな。なんていうか、怖いんだ」
俺は嘘偽りのない正直な気持ちを告げた。
すると、レイナは驚くことに俺の手を握ってきた。
そっと包み込むように。
「実はね、私も怖いんだ」
意外だった。
彼女のことだから、怒りでいっぱいだと思っていた。
家族を陥れた男がすぐ目の前にいるっていうのだからなおさら。
それに比べて俺は、怒りどころか恐怖が勝っている。
今にも帰りたくなるほど。
ここまで来たのは後悔していない。
けれど、心のどこかで恐怖が広がっていくのがわかる。
時間が経てば経つほど、どんどん広がっていく。
そんな自分が情けなかった。
だから、わざと本心を打ち明けた。
そうしたところで、何も変わるわけがないとわかっていながら。
……いや、心のどこかでレイナが殴ってくれるかもなんて考えていたのかもしれない。
そうすれば、少しはましになるかもしれないと。
けれど、返ってきたのは拳ではなく、言葉だった。
ああ、彼女も俺と同じように怖いんだ。
そう考えるだけで、何故だかホッとした。
彼女の本心を聞けたからだろうか。
それとも、俺と同じことを感じていたから?
おかしな話だ。
普通だったら、2人とも恐怖を感じているなんて非常にまずい状況だろう。
これから家族を救おうと言うのなら、なおさら。
けれど、それだと言うのに、俺は心の底から安心できたのだ。
「国王!! 例の者を連れてきました!!」
「よい、入れ!!」
謁見の間へと続く大きな扉を、大柄の騎士は両手で押し開けた。
すると、目の前には息を呑むような光景が広がった。
左右対称につくられており、
無駄なく、それでいて雑でもない、まるでその場所全体が芸術作品とでも言うような空間だった。
「進め!!」
大柄の騎士に言われた通り、俺とレイナは一人の男の前まで歩いて行った。
その男は優雅に玉座に君臨し、いかにも余裕だと言わんばかりの態度だった。
間違いない。
この男がテサーナ王国国王ドルズ・ランベルクだ。
「思っていたよりも早く来たな。アルムガルトの生き残りども」
ドルズ・ランベルクはまるで虫を見るかのような眼で見下してきた。
この傲慢な態度……。腹が立って仕方がない。
けれど、我慢しなくてはな。
少なくとも、家族の居場所を聞き出すまでは。
「ふむ……。まずは何から話そうか……」
ドルズ・ランベルクは何やら悩んだように天井を見上げた。
そして、いいアイデアが浮かんだとばかりに薄気味悪い笑みを浮かべた。
「決めたぞ! よし、まずはあれを見せよう! 例のものを出せ!!」
ドルズ・ランベルクの言葉に従うように、二人の騎士が大きめの袋を引きずって俺達の目の前までやってきた。
そして、ドカッと置くと、そのまま後ろに下がっていった。
「これは……」
「開けてみろ!」
どんどん心臓の音が大きくなるのがわかる。
手も震えて仕方がない。
何か嫌な予感がする。
この袋の中身は、きっと想像を絶するものだと、無意識のうちにわかったのかもしれない。
「ハア……ハア……」
言われるがまま、大きな袋を開けた。
そして、俺は戦慄した。
袋の中には、無残に変わり果てたカインさんの死体があった。




