第三十三話 家族を助けに
アルムガルトの生き残りども。
この書状を受け取ったころには、おそらく家族を助けるために何か策を講じようと企んでいるのだろう。
しかし残念だが、その苦労に意味はない。
お前たちが何処へ逃げようとも、俺の手のひらの上で踊り続けているだけだということを忘れるな。
さて、わざわざこの俺が書状を書いてやった理由は大体察しがつくだろう?
大人しく投降しろ。そうすれば、命だけは助けてやる。
どうするかはお前たち次第だ。
もしも投降する気ならば、首都テリラスにある王城で待っている。
ただし、くれぐれも愚かなことは考えるんじゃないぞ。
家族の死体には会いたくないだろう?
おっと、もちろん無視してくれても構わない。
ただ、その場合はそれ相応の覚悟をしておくんだな。
テサーナ王国 国王 ドルズ・ランベルク
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俺は数秒間、何も考えられなかった。
もちろん、文字は読めた。
しかし、内容が頭に入ってこなかったのだ。
「……最悪」
レイナの消えかけの一言で、俺はハッと我に返った。
そして、もう一度落ち着いて読み直した。
脳内で読み込まれる文字は、さっきと変わらない。
けれど、今度はきちんと内容も理解できた。
同時に、身体中から冷や汗が出てきた。
俺はなんて都合のいい考えをしていたんだろう。
国王が家族をさらった時点で、こっちに選択する権利なんてないっていうのに。
最初から、俺達は向こうに従うしかなかったんだ。
ドルズ・ランベルクも俺達が断れないことを理解して、こんな手紙をよこしたのだろう。
ほんと馬鹿みたいだ。
今まで俺がやってきたことは、無駄だったのだ。
「……家族は諦めた方がいい」
アンドルがポツリと呟くように言った。
その言葉に瞬時に反応したのはレイナだった。
「家族を見捨てろって言うの!?」
レイナは凄まじい気迫で、アンドルの胸ぐらを掴んだ。
そして、恐ろしい形相で睨みつけた。
「考えてみろ! こんなの、どう考えたって罠だ!」
一方のアンドルも、冷静にレイナを説得しようとしていた。
しかし、それでも彼女の怒りは収まらなかった。
「理解してくれ! 僕は君たちに死んでほしくないんだ!」
「……」
ようやく観念したのか、レイナは胸ぐらから手をどけた。
「それなら、どうすればいいの……?」
レイナは掠れるような声で言った。
そして俯いて黙り込んでしまった。
「こうなれば、もう選択肢はねえぞ」
選択肢はない……か。確かにそうだな。
おそらく、今このタイミングで手紙をよこしたっていうことは、俺達はずっと監視されていたのだろう。
アルムガルト家から逃げた時から、ずっと。
つまり、こちらの行動は全て筒抜けだったということだ。
これでは、どんな作戦を立てようが意味がない。
「……やっぱり、行くしかない」
「エト、君も読んだんだろう? それだと言うのに、行くのか?」
罠だってのはわかっている。
けれど、もうそれしか打つ手はないんだ。
少なくとも、家族を救える手は。
「こっちに来た俺に、初めて優しく接してくれたんだ。見捨てるわけにはいかない」
覚悟は決めた。
相手の罠だったとしても、そんなもの潜り抜けてやる。
そして、また皆で楽しい日々を過ごすんだ。
「俺もついて行こうか?」
「いや、俺とレイナだけで行く。もしもカルスを連れて来てるのがバレたら、その時点で家族を殺される可能性もあるから」
「……そうか」
カルスはさらに続けようとしたが、踏みとどまって言葉を飲み込んだ。
けれど、俺には何となくわかった。カルスの続けようとした言葉が。
多分、彼が言おうとしたのは家族のことだ。
でも、すでに覚悟は済んでいる。
「カルス達にはすごく感謝してる。でも、ここでお別れだ」
ここからテサーナ王国までは、相当な距離がある。
馬小屋に預けてたカインさんの馬をつかったとしても、最短で数日はかかる。
ここでカルス達とは別れなくてはいけない。
正直、心細くなる。
それほどまでに、カルス達の存在は大きかった。
けれど、いつまでも頼っている訳にはいかない。
「とりあえず、数日分の飯だけ買っておくことにするよ」
道中で、魔物探しにあまり時間を使いたくないからな。
でも数日分って言っても、どのくらい買えばいいんだろうか。
それに生ものは腐るだろうから、やはり長期間もつやつの方がいいかな。
アンドル当たりに選んでもらうことにするか。
「もしかして、徒歩で向かう気か?」
「徒歩でって……、もちろん馬をつかうよ」
「いやいや、馬もつかう必要ないぞ」
「え?」
どういう意味だ。
もしかして、電車があるって言うのか?
こっちの世界は、そこまで発展していたのか?
くそ、世界は俺の想像以上に広いって言うのか!?
しかし実際は、魔法による移動だった。
転送屋と言うらしい。
何でも、金貨10枚払うだけで世界のあらゆる都市に一瞬で移動できるとか。
なんとも便利だ。
当然、公都クルドレーにも転送屋は存在する。
早速、カルス達に案内してもらうことにした。
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転送屋。そこは、見た目はただの小屋だった。
しかし、中に入ってみると度肝を抜かれた。
なんと、地面の至る所に魔法陣があったのだ。
てっきり職員が魔法をかけて転送させるのかと思っていたんだが、実際は違うみたいだ。
どうやら職員は行き先を設定するだけで、転送自体は地面に書かれた魔法陣によって行われるらしい。
「本当にこんなのでテサーナ王国まで行けるのか?」
「ああ、行ける。その魔法陣には転送魔法が組み込んであるからな」
転送魔法を魔法陣に組み込んでいるのか。
おそらく、相当な技術が必要なんだろうな。
「俺はここで待ってる。何かあったらすぐにここに戻って来い」
「ああ、助かるよ」
カルスには本当にお世話になった。
いつか、恩返しをしたい。
「家族のためとはいえ、まずは自分の命を大切にするのを忘れないでくれよ」
「わかった。ありがとう」
アンドルは良い友達だった。
レイナを除くと、唯一の同い年だったからな。
一緒にいて楽しかった。
「悪い奴は迷わず倒すんだよ!!」
アリスは相変わらず陽気だ。
この明るさに、俺は助けられた……と思う。
ともあれ、彼女にはこの先も元気でいてほしい。
「じゃあ、行ってくる」
「お世話になった」
俺とレイナも、別れの言葉を告げた。
まあ別れの言葉と言っても、軽い感じだ。
もう二度と会えないって訳じゃないからな。
……いや、わからないな。
この先の展開次第では、今生の別れになるかもしれない。
それでも、まだ決まったわけじゃないんだ。
重々しい別れなんて、したくない。
「それでは、こちらにどうぞ」
転送屋の職員に案内され、俺とレイナは魔法陣の上に立った。
今のところは何も起きない。
「それでは、転送します」
職員の合図とともに、魔法陣が光りだした。
魔力が流れ出したのだろうか。
何だか、ドキドキする。
光は段々と強くなり、やがて俺の視界を埋め尽くした。




