第二十八話 上を目指して
光球体を手に入れて、まず最初にすること。
それは、周囲の確認だろう。
光球体は込める魔力量によって明るさを調節できる。
つまり、思いっきり魔力を込めれば、たとえ一つしかないとしても十分な明かりになる。
「……気持ち悪いな」
周囲を明るく照らした際に、真っ先に目に飛び込んできたのはピンク色の地面だった。
これが、柔らかくて、ねちょねちょしたものの正体か。
いや、結局なんなんだよ、これ。
「見ろ、向こうに続いてるみたいだ」
アンドルの指差す方向を見てみると、ピンク色の地面が、一本道になってのびていた。
先は真っ暗なため、どこまで続いているのかはわからない。
この先に、何があるのかもわからない。
真上はと言うと……、だめだった。
どうやら、相当な高さを落ちたらしい。
登っていくのは、まあ無理だな。
土魔法でも使えれば、何とかなるかもしれないが。
――――――――そういえば、土魔法と言えば……、
「カルスの土魔法で、何とかここまで助けに来れないかな?」
なんかこう……、土魔法で螺旋階段をつくるとか。
梯子でもいい。
カルスの技量なら、可能だと思うんだけどな。
「はぁ、いいかいエト。土魔法で使う土は、魔力で1からつくるわけじゃないんだ。
仮にここで大規模な土魔法でも使ってみろ。
洞窟内を保っていた土が無くなって、最悪、僕らは仲良くお陀仏さ」
だそうだ。
土魔法も万能ってわけじゃないんだな。
「じゃあ、俺達はこのピンクの地面に従って歩いて行くしかないってことか」
「この先に、上に戻る何かがあることを信じよう」
こうして、俺達の命がかかった探索が幕を開けたのだった。
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歩き始めて、しばらく経過した。
周りの環境に、変化はない。
相変わらず、ずっとピンクの地面を歩き続けている。
「……そろそろお腹減った」
ポツリと呟くように言ったのは、レイナだった。
くそ、考えないようにしてたってのに……。
彼女のせいで、思い出しちゃったじゃないか。
「今は食べるものがない。我慢するんだ」
そこに無慈悲にも現実を突きつけるアンドル。
途端にレイナは肩を落とした。
その顔は、この世の終わりみたいな感じだ。
「やっぱ、この地面を食べるしかないか……」
ついには、おかしなことを言い出した。
如何にも人体に有害そうな色をしているってのに……。
「もう少しだ。もう少しだけ辛抱するんだ」
「……わかった。我慢する」
何とかレイナの奇行を防ぐことが出来た。
やはり、彼女にはストッパーが必要だな。
じゃないと、いつか自らの奇行で自滅する未来しか見えない。
「おい、見ろ! 行き止まりだ」
前方を見てみると、通路を塞ぐように大岩がそびえ立っていた。
しかし、ピンク色の地面はこの先も続いているようだった。
「……通り抜けられなそうだな。レイナ、水魔法で何とかできないか?」
「さすがに、無理」
即答だ。
まあ、かなりの大きさだしな。
「アンドル、どうするんだ?」
「……」
アンドルは顎に手を当てて、深く考え込んだ。
しばらくして、顔を上げた。
「仕方がない、引き返そう」
そう、結論を出した。
しかし、レイナは違ったらしい。
彼女は俺やアンドルとは別の所を見つめていた。
「ねえ、あっち通れそうじゃない?」
「どれどれ……」
レイナの指さす方向に、アンドルは近づいた。
そして、光球体で暗闇を照らす。
すると、人ひとり通れるくらいの隙間が現れた。
「確かに……、通れそうだ」
隙間の先に、大きめの空間があるのも確認できた。
一先ず、引き返さずには済みそうだ。
まあ、その先がまた行き止まりって可能性もあるけど。
そんな時だった。
ドドドという、耳障りな音が響いたのは。
最初、俺は天井から響いているのかと思った。
瞬時に、天井が崩落するかもしれないという考えが頭をよぎった。
それと同時に、もう手遅れだとも。
しかし、実際は違った。
音の原因は、地面だったのだ。
「一体なんなんだ!?」
動いていた。
文字通り、地面が。
俺達が歩いてきた向きに、鈍い音を立てながら。
そして、俺は確信した。
このピンク色の地面。
その正体は、魔物であると。
地球でも、こんな動く地面なんて見たこともない。
いや、もしかしたら機械を使えば出来るのかもしれないが、
少なくとも、こっちの世界はそこまで発展していない。
故に、魔物以外考えられないのだ。
それに、柔らかくて、ねちょねちょしている原因が、魔物の外皮だからだと言われれば納得できる。
嘘みたいなサイズだが、これも高濃度の魔力の影響だと考えれば合点がいく。
この地面の全容は、おそらく馬鹿でかいミミズのような魔物なのではないだろうか。
「また崩れたりでもしたら大変だ、急いでこの隙間を通ろう」
アンドルに続いて、俺とレイナは急いで隙間に体を通した。
途中途中レイナの胸が支えたが、何とか通り抜けることが出来た。
「なんだか、不思議なところだな」
隙間を抜けた先の空間は、他とは少し違った。
左右には、洗練された石壁。
天井と地面は、綺麗に平行になっている。
なんて言うか、人工的につくられた部屋って感じなのだ。
「はあ~。空気が美味しい」
レイナのヤツ、今度は空気でお腹を満たそうとしているらしい。
まあ、空気くらいならいいか。
「ここに、誰かいたのか?」
アンドルも、やはり感じたらしい。
この空間の異様さを。
「ねえ、見て。こんなところに本があったよ」
「本?」
レイナが、何処からか本を持ってきた。
最初は、耳を疑ったが、彼女の手に握られているものを見て、本当なのだと理解した。
「何でこんなところに……」
正面には、何やら紋章らしきものが刻まれている。
シンボルマークなのか?
見た感じ、老朽化はしていなかった。
と言うことは、最近のものなのだろうか。
試しにその本をレイナから受け取り、開いてみた。
するとそこには、誰かの手書きであろう謎の文字が、ズラッと羅列していた。
「……」
まあ、最初の1ページだけだろう。
なんて思って、次のページをめくると、またもや謎の文字が続いていた。
次のページも、また次のページも。
次第に、俺の顔は困惑したものに変わっていった。
そして、まだ半分にもいっていないところで、本を閉じた。
「どうだった? 何か書いてあったのか?」
アンドルは心なしか、少し興奮しているようだった。
そんな彼に向けて、俺は首を横に振ってみせた。
すると、彼の表情はみるみるうちに曇っていった。
「何も、書いてなかったのか?」
その問いにも、俺は首を横に振った。
すると、アンドルは怪訝な顔を浮かべた。
「いや書いてあるっちゃ書いてあるんだけど、読めないんだよね」
「一回、僕に貸してくれ」
言われるがまま、アンドルに本を手渡した。
そして、彼は本をめくりだした。
「ところでレイナ、お前は読めたか?」
「ううん、さっぱり」
一応、レイナにも聞いてみたが、案の定だったな。
まあ、あんなの読める人の方が少ないだろう。
「なるほど……」
アンドルが清々しい顔をして、本を閉じた。
まさか、読めたのだろうか。
「僕にもわからなかった」
なんだよ。
結局わからないのかい。
期待した俺が馬鹿だったよ。
それにしても、アンドルでもわからない言語か……。
もしかして、他種族の言語だろうか。
……いや、獣人族や人魔族、巨人族に至っても、みんな人族の言語を話せるのが普通だ。
わざわざこんな言語を使う必要性が見当たらない。
もしかして、同種族だけに向けたメッセージなのか?
「とりあえず、この本は僕が預かっておく」
そう言って、アンドルがしまってしまった。
後々、図書館とかで調べようとでもしているのだろうか。
個人的には売りたいんだけどな。
どっかのマニアが高く買い取ってくれるかもしれないし。
そうすれば、俺達はお金をもらえて、相手もハッピー。
まさに、win-winだ。
「ねえ、今度は階段があるよ」
「今度は階段かよ」
レイナの言う通りだった。
俺達が通ってきた隙間とは反対方向の石壁に、ひっそりと階段が設置されていたのだ。
やはり、この空間は人工的につくられたらしい。
「この階段は上につながっている可能性が高い」
アンドルはそう推測した。
俺も同じ考えだ。
おそらく、この部屋をつくった人物はこの階段で出入りしていたのだろう。
ということは、この階段の先が上、もしくは地上にまでつながっている筈だ。
「ご飯は、まだまだ先か……」
レイナが悲しむように嘆いた。
そして、まるで妊婦のように、自分のお腹を撫でまわし始めた。
「レイナ、きっとこの階段の先に、美味しい食事が待ってるから。だから、もうひと頑張りだ」
精一杯、レイナを励ました。
すると、彼女は笑顔を浮かべ始めた。
相変わらず、単純だな。
「そうと決まれば、急ぐしかない!」
そう言って、レイナは階段を駆け上がり始めた。
そんな急いだら、余計にお腹が減るだろうに。
まあ、急ぐに越したことはないけどね。
「まったく……、僕らも急ぐぞ」
「ああ」
そして、俺とアンドルも急いでレイナの後を追いかけたのだった。




