第二十七話 暗闇の中で
気が付くと、辺りは真っ暗闇だった。
1メートル先すら見えない。
こんな時に役立つ光球体も、落下するのと同時に失くしてしまった。
「いってえな……」
どのくらいの高さを落ちたのだろうか。
真上を見ても、黒一色なので確認のしようがない。
ただ、この腰の痛みはあるけれど、死んでないってことは、そこまでの高さではないのか?
「――――――――って、何だこれ!!」
立ち上がろうとした時、やっと気づいた。
俺が落下したのは、何やら柔らかくて、ねちょねちょしたものの上だったのだ。
おそらく、これが落下の衝撃を和らげてくれたのだろう。
正体を確認したいが、なにせ暗闇の中だからな。
確認のしようがない。
「はぁー、これからどうしよう」
ひとまず、手に着いた粘液のようなものを拭った。
そして、辺りを見回す。
……が、もちろん何も見えない。
これって、もしかして……、遭難ってやつ!?
「そうなんだ~!」 なんて言ってくれる人もいない。
独りぼっちだ。
こういう時って、一体どうするのが正解なんだろう。
自分たちで戻る道を探すべきなのか。
はたまた、その場でずっと助けが来るのを待つべきなのか……。
いや、ちょっと待てよ。
俺以外にも、確かレイナとアンドルも巻き込まれてたよな。
つまり、近くにいる可能性が高いのではないだろうか。
「おぉーい!! レイナァー!! アンドルゥー!!」
俺の渾身の叫びが響く。
これで聞こえないのならば、絶望的だ。
「よかった、生きてたんだね」
「うわ!!」
いきなり、暗闇の向こうから声がした。
それも、かなり近くで。
顔は見えないが、声でレイナだと判断できた。
「マジで驚かせんな。寿命縮まるだろ」
心臓が、今にも爆発しそうなほど騒いでいる。
俺はホラー系は得意じゃないだからな。
今回だって、レイナじゃなくて別の女だったとしたら、多分俺はショック死してたかもしれない。
でもまあ、これで一先ず安心だ。
……所詮、遭難者が2人に増えただけだけど。
それでも、独りよりは百万倍ましだろう。
「アンドルはどこ?」
「わかんない。でも、多分この辺にいると思う」
レイナがいたんだ。
アンドルも、きっといるはずだ。
……死体で、かもしれないけど。
「この気持ち悪い地面は何?」
「……わかんない」
これに関しては、マジでわかんない。
何かの液体なのか? それとも、もしかして生き物?
せめて明かりさえあればわかるのにな。
「とりあえず、上に戻る方法を探そ」
「……え、ちょっと待て。本当に移動していいのか?」
「じゃあ、移動しないでここにずっと居る気?」
レイナが、一体どんな顔をしているのかは見えない。
けれど、声の感じからして、おそらく真面目な顔をしているんだろう。
「もしさ、助けが来なかったらどうするの?」
「……どうするって……」
一体どっちに賭ければ正解なんだ?
カルスを信じて、ここにずっと留まるのか。
それとも、自分たちで上に戻る方法を見つけるか。
本音は、前者を取りたい。
カルスはああ見えて、情が厚い。
きっと、俺達を見捨てたりしないと思うからだ。
それに、魔物に遭遇する危険性もない。
……それでも、迷ってしまう。
現に、カルスの気配は今もない。
俺が先程叫んだ時も、返事はなかった。
それにだ。
俺達は今、食料を持っていない。
カルスに持たせたのが、裏目に出たのだ。
このままカルスが来なかったら。
もしくは、助けに来るのが遅れたら。
そうなれば、俺達は死ぬだろう。
「………………わかったよ」
結局、俺は後者をとった。
この判断が、どう転ぶのかはわからない。
ただ、最終的に「ああすればよかった」なんて後悔は絶対にしたくない。
だから、選んだからには全力でやる。
「……」
その時、カルスのあの言葉が俺の脳裏をよぎった。
「今回は前みたいに助けられるかわからん」
ああ、この言葉には、こういった事態のことも含まれていたのだろうか。
そうとなれば、尚更カルスを頼っている訳には行かないな。
「よし、行くぞー!! って言いたいところだけど、まずは明かりをどうにかしないとね」
「でも、こんな暗闇の中で、手のひらサイズの光球体を探すなんて無理だろ」
「……だよね。どうしようか」
正直言って、この暗闇の中を明かりもなしに進むのは危険だ。
魔物にでも襲われたら、対処のしようがないし、また落下する可能性だってある。
やはり、明かりは必要だろう。
「とりあえず、今度は離れないように、手を繋ごう」
「わかった」
許可が下りた。
なので、レイナがいるであろう方向に、暗闇をかき分けるように両手を前に伸ばしながら進んだ。
しかし、なかなか見つからない。
「レイナ! 声を出し続けてくれ!」
「あーーーーーー」
「ん? 何だこれ?」
声のもとまで迫ったっていうのに、なにやら障害物が邪魔をしている。
……柔らかい手触りだ。
それに、なんだか触っていると幸せな気持ちになる。
――――――――おっといけない。
今はそんなことをしている暇はないんだった。
「レイナ! 少し下がっててくれ!」
この障害物の正体を知りたかったが、仕方がない。
とりあえず、俺の電撃魔法で取り除く!
「いくぞ!! 電……」
「おちつけ」
殴られた。
それも、レイナに。
あれ? 障害物があるはずなのにどうやって?
「そんなに私の胸が好きなの?」
「………………胸?」
え? もしかしてだけど……、障害物ってレイナの胸?
あれ? もしかして俺、めちゃめちゃ犯罪行為してた?
「ご、ごめんなさい!!」
暗闇の中で、俺は土下座をした。
1秒もかからないほどのスピードで。
土下座世界大会があったら、多分一位だっただろうな。
「いいけどさ、別に減るもんじゃないし」
なんと、許してもらえた。
ああ、彼女は天使だ。
それにしても、胸か……。
しかも、女子の。
こんな経験は、赤ちゃん以来だ。
あの感触を、俺は未来永劫忘れないだろう。
「あれ? まだ何かある」
今度は足元に何かが転がっている。
すぐにでも触って確認したいが、またさっきみたいになりそうで気が引けてしまう。
――――――――いや、なるわけないか。
レイナの位置はわかってるんだし。
だとしたら、一体なんだ?
もしかして、アンドルだろうか。
……くそ、考えていても埒が明かない。
ここは勇気を出して触ってみることにしよう。
「魔物かもしれないから、レイナは下がっててくれ」
「いや、魔物だったらすでに襲われてるでしょ」
まあ、確かにそうだな。
俺は何をビビってるんだ。
「………………これは、人か?」
「アンドルじゃない?」
とりあえず、顔と思われる部分をピチピチと叩いた。
すると、反応があった。
「い……たいな」
この声、アンドルで間違いないな。
「……は! ここはどこだ!?」
アンドルは目覚めると同時に、慌てだした。
それを両手で制止する。
「落ち着け、アンドル」
「その声……、エトか!」
「私もいるよ」
「その声は、レイナ!」
俺達の存在を認識したからか、アンドルは落ち着きを取り戻した。
「くそ、アリスはどうなったんだ……」
「アリスには、カルスがついてる。だから、大丈夫だ。
それよりも、ここから出る方法を考えないと」
アンドルは頭がいい。
彼がいれば、何かいい案が浮かぶかもしれない。
「確かに、そうだな。とりあえず、周りの状況を確認しよう」
おいおい、こんな真っ暗闇の中で、どうやって周りの状況を確認するってんだ。
まさか、火魔法を使うつもりじゃないよな。
「………………え」
「何をそんなに驚いているんだ?」
なんと、アンドルから光が発せられた。
いや、違う。
正確には、彼の持つ球体からだ。
「アンドル、お前……」
「なんでそんな、裏切られた! みたいな顔をしてるんだ?」
俺とレイナはちゃんと失くしたってのに、アンドルはしっかりと持っていただと……?
そんなんじゃ、さっきの一連のやり取りが茶番じゃないか。
「もしかして、失くしたのか」
「そうなんです……」
だってしょうがないじゃん! いきなりで驚いたんだもん!
まさか、あそこで地面が崩れるなんて思わないもん!
とまあ、言い訳はたくさん浮かぶ。
「まあ、嬉しい誤算ってやつだよ。気にしないで」
なんかレイナがフォローしてきた。
でもさ、お前も失くしたんだからな。
なに自分は関係ありませんみたいな顔してるんだよ。
「とりあえず、僕が先頭で行こう」
こうして、俺達は明かりという強力な助っ人を手に入れた。




