第二十六話 古の洞窟
古の洞窟。
そこに一歩踏み入れただけで、明らかに異質だとわかった。
薄暗く、凍えるような寒さ。
洞窟内と外でこんなにも違うなんてな。
鳥肌がこれでもかと逆立つ。
今すぐに、ここから立ち去るよう無意識に体が警告しているのかもしれない。
「念のため言っておくが、火魔法は使うなよ」
ああ、そのことに関しては、どっかの本に書いてあった気がする。
密閉された空間で火を使うと、一酸化炭素中毒になるんだっけか。
そんなので死ぬのは御免だな。
この洞窟内で火魔法は使えない。
つまり今回、アンドルは魔法を使えない。
アリスも戦力にはならない。
そうなると、この古の洞窟を俺とレイナ、そしてカルスだけで攻略しなくてはならないということだ。
想像以上に難しくなりそうだな。
なるべく戦闘を避けて、安全に行くことを心がけよう。
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今回、この洞窟の全容が不明なため、準備を念入りにしておいた。
といっても、ほとんどはカルスがやったのだが……。
まず、食料。
栄養満点……なのかはわからないが、それでも数日は持つ量だ。
洞窟攻略において一番大事なものなので、カルスが持っている。
次に、魔法具だ。
今回使うのは、蜘蛛退治の際にも使用した、あの球体だ。
光球体というらしい。
洞窟攻略には必須品らしいので、とりあえず一人一個持つことにした。
後は止血薬と大きめのタオルだ。
このパーティーで回復魔法を使えるのはレイナとカルスとアリスの3人だけ。
詳しく言うと、アリスは初級、レイナは下級、カルスは中級までだ。
アンドル曰く、部位欠損までいかなければ、大抵の傷は中級で治せるらしい。
ところが、洞窟攻略となると何が起こるかわからない。
パーティーの誰かが怪我をしたときに、その場にこの3人がいない可能性もある。
故に持っておいて損はないということだ。
これも一人一個持っておく。
ではタオルは一体何に使うのか。
結論から言って、特に特定の用途がある訳ではない。
ただ、何か使い道があるかもしれないので持っていくことにしたのだ。
とまあ、準備不足で困ることはないという訳だ。
唯一の懸念点は、洞窟攻略に掛かる日数だ。
もしも、想像以上にこの洞窟がデカかったとしたら、おそらく食料が足りなくなるだろう。
最悪、遭難することだってある。
そうならないためにも、カルスが通った場所に等間隔で目印をつけるようにしている。
本当だったらテープを巻くなりするのだろうけど、今回はそんなものはない。
なので、カルスが土魔法で壁に小さな穴をあけることで目印とした。
まあつまり、遭難の危険はないということだ。
……絶対とは言い切れないけど。
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洞窟に入ってしばらくは一本道だった。
ただ、所々で狭くなったり広くなったりと形は一定ではなかった。
それでも、着々と最奥部に向かうことが出来た。
ところが、30分ほど経ったあたりから通路が広くなり、やがて開けた空間が見えた。
「魔物だ」
カルスの一言で、俺達は瞬時に臨戦態勢をとった。
そして、注意深く前方を確認する。
「……3匹か。俺が正面をやる。レイナは右、エトは左だ」
「わかった」
「了解」
俺とレイナはカルスの両隣に移動した。
そして、いつでも魔法を放てるように構えた。
「――――――――今だ!」
カルスの合図と同時に、俺は『電撃』を放った。
不意打ちの一撃だったため、当然避ける暇などない。
俺の手から放たれた眩い閃光は、容赦なく魔物の命を絶った。
他の2匹も同様に、一撃でお陀仏となった。
「すごい!! さすがだね!」
背後で、アリスが一人喜んでいた。
しかし、アンドルに静かにするように促され、口をへの字にしていた。
「……なんか、蜘蛛に似てるな」
今倒した3匹は、どれも足は4本だった。
それでも、目が複数あるため蜘蛛に見えなくもない。
ああ、トラウマが蘇る……。
でもまあ、大して強い魔物ではなかったな。
まだ洞窟に入ってすぐだからかもしれないけど。
このままテンポよく進んでいけたらいいんだが……。
「……ん? なんだ?」
気のせいだろうか。
今、右の壁から何か音がしたような……。
「エト!!」
「――――――――ッ!!」
紙一重だった。
一瞬でも前のめりになるのが遅れていたら、俺の頭と体は2つに別れていただろう。
しかし、この体勢では次の攻撃には対応できそうにない。
万事休すかと思われたが、すかさずレイナが水魔法を放ってくれた。
おかげで、何とか俺は体勢を立て直し、逃げ出すことが出来た。
壁の中に隠れていたものの正体……。
それは、二足歩行の魔物だった。
両腕は立派な鎌になっており、口からはジュルジュルとよだれがあふれ出ている。
まるで人型のカマキリみたいな感じだ。
ホラー映画にでも出てきそうなほど気持ち悪い。
けど、考えてみろ。相手は1匹だけだ。
こっちは5人もいる。
まあ、戦闘できるのは3人だけだが……。
それでも、十分だろう。
――――――――なんて思ってたら、他にも仲間らしきやつ等が、壁から続々と出てきた。
そして、最終的に5匹になった。
うう、蜘蛛じゃなくても吐き気がしてくるな。
「ありがとう、レイナ。マジ助かった」
「首がくっついてるようで良かった」
それにしても、マジでビビったな。
最初の3匹を倒したせいで、完全に油断してた。
もしかしたら、それがこいつ等の狙いだったのか?
それとも、たまたまだったのか……。
「こんな魔物、今まで見たことがないぞ」
物知りアンドルでさえも知らない魔物か。
なかなか手強そうだな。
「とりあえず、アンドルとアリスは下がっててくれ」
未知の敵相手に、アリスは当然として、魔法の使えないアンドルを戦わせるわけにはいかない。
なので2人には後ろで大人しくしててもらおうと思っていたのだが……。
「カルスさん、僕も戦います」
こんなことを言い出した。
一体何を考えているんだろうか、アンドルは。
さっきのカルスの話を何も聞いてなかったのか?
「待ってろ、今つくる」
今度はカルスまで、おかしなことを言い出した。
まさか、古の洞窟に入った者はみんなおかしくなってしまうのだろうか。
しかし、俺はすぐにカルスの言葉の意味を理解した。
「土魔法って、そんなことも出来んのかよ」
なんと、カルスは器用に土の剣を作り出したのだ。
かかった時間は、ものの数秒だった。
「エト、お前にもやるよ」
そう言って、カルスは俺にもお手製の剣を作ってくれた。
「あ、ありがとう」
受け取ったはいいんだが、残念なことに俺は剣の腕に自信がない。
こんな2つの鎌を使う魔物相手に、対応できるか不安だ。
「私とカルスが援護するから、エトとアンドルは前をお願いね」
おいおい、レイナは俺が剣術出来ないの知ってるだろ。
でも、もう剣を受け取っちゃったからな。
ええい、こうなったらやけくそだ。
「うおおおおお!!」
俺は目の前の一体に向かって一心不乱に斬りかかった。
しかし、その一撃は右の鎌で簡単に受け止められてしまった。
この魔物……、想像以上の膂力だ。
こうなったら、至近距離から電撃魔法を浴びせてやる。
そう考えた時には、すでに左の鎌が袈裟懸けに斬りつけようと動き出していた。
「――――――――あっぶね……!」
またも紙一重だった。
全身の力を抜くように、体を屈みこませたおかげで斬りつけられずに済んだのだ。
「エト! 跳べ!」
その言葉が聞こえた瞬間、俺は屈んだ状態から跳んだ。
出来るだけ足を高く上げるのを意識して。
「はあぁぁ!!」
雄叫びを上げ、アンドルが身を低く保ちながら剣を振るった。
同時に、か細い足が宙を舞った。
「グギュイィィ!!」
足を失った魔物は、凄まじい悲鳴を上げた。
しかし、そんなものお構いなしに、俺は両手で剣を握り、振りかぶった。
そして、着地すると同時に魔物の頭を真っ二つに斬り裂いた。
頭を失ったら、さすがに魔物といえども生きられるはずがない。
これで1匹撃破だ。
「まだだ、来る!!」
一息つく暇もなく、残りのやつ等が一斉に襲い掛かってくる。
けれど、テラーモンキーみたいに協力しているようには見えない。
チームワークという考えがないのだろうか。
仲間がやられても、特に怒っているわけでもないし。
ただ、そのおかげで、一旦下がる余裕があった。
「『水斬撃』!」
俺とアンドルが下がったのを確認した後、レイナが水魔法を放った。
――――――――が、両の鎌で防がれてしまった。
「足だ! 足を狙うんだ!!」
「『水斬撃』!!」
アンドルの言葉を受け、レイナはすかさず水魔法を放った。
今度はやや下に向けて。
「グギィィィ!!」
先程は防がれたが、今度は綺麗に切断して見せた。
やはり、アンドルの言う通り、足が弱点らしいな。
「『土の槍』」
カルスの言葉と共に、地面から槍のようなものが伸びて、魔物たちの足を貫いた。
体を支えるための足を失い、魔物たちは為す術なく地面に落ちた。
頑張って体を起こそうとしているが、持ち前の鎌が邪魔をして起こせない。
これは誰がどう見てもチャンスだ。
「今だ! やれ!」
俺とアンドルは迷わず突っ込んだ。
両手に、しっかりと剣を握りしめて。
「おらぁ!!」
手始めに、一番手前で這いつくばっているヤツの首を目掛けて、力いっぱい斬りつけた。
途端に、血しぶきが上がる。
同時に、断末魔も。
そんなものは気にも留めず、返す刀でもう一匹の首も斬り裂いた。
こちらも、綺麗に首を真っ二つだ。
正直、自分でもびっくりしている。
映画に出てきた剣士の真似をしただけだが、想像以上にうまくいってしまった。
くそ、これを前の世界でやっていたら、間違いなくモテただろうに。
まあ、前の世界には魔物なんていないから意味ないんだけどね。
それにしても、この剣……。
土魔法でポンと作ったとは思えないほどの切れ味だ。
間違いなく、前に持っていた剣よりもいい。
これを俺の愛刀にしようかな。
――――――――おっと、いかんいかん。
ちょっとうまくいったからって、調子に乗ってはいけないな。
まだ戦闘は終わってないんだ。
集中しなくては。
なんて思った時には、残りの魔物もアンドルとレイナが、あっさりと倒してしまっていた。
「ふー、久しぶりに剣を使ったよ」
アンドルは膝に手をあてて、疲れ顔をしていた。
比べて俺はまだまだ余裕だ。
まあ、俺は昔っから体力はあったからな。
学校の長距離走でもトップを争うレベルだったし。
ただ、それだとしてもアンドルの体力は人並以下ではないだろうか。
剣士は体力がないとやっていけないと思うんだが……。
「なんで剣、使ったんだ?」
そう聞くと、アンドルは少しムスッとした。
もしかして聞かない方がよかったかな。
「たまには使わないと、鈍っちゃうだろ。でもまあ、確かに僕には剣術の才能はないけどさ」
怒ったかと思ったら、今度は落ち込み始めたぞ。
なんか、ものすごく申し訳ないな。
すまない、アンドル。
「それにしても、気持ち悪い魔物だったな」
改めて自分の倒した魔物を見ると、今にも吐きそうになってくる。
こんなのを見た後だったら、本物のカマキリが可愛く見えるだろうな。
「気持ち悪いけど、倒せない敵ではなかったね」
そう言ったのはレイナだった。
彼女はしゃがみ込んで、先程自分で倒したヤツをツンツンと突ついている。
美味しそうだとでも思っているのだろうか。
「こいつ等はまだ序の口だ。この先はもっと危険な奴らがいる」
序の口か……。
でもまあ、強いかと言われたら微妙だったな。
確かに斬撃だけでなく、魔法さえも防ぐ鎌は驚異的だった。
けれど、知能は高くなかったし、弱点もしっかりとあった。
「アリス、絶対にカルスさんから離れるんじゃないぞ」
「も~! お兄ちゃんしつこい!」
またも心配性なアンドルが、アリスにあれこれ言っている。
まさに兄と妹ってかんじだ。
なんだか羨ましい。
俺も前の世界で、兄とこんな関係になりたかったな。
「さっさと進むぞ」
カルスが急かしてきた。
せっかく、微笑ましいやり取りを見てたのに……。
この男は絶対、一人っ子だな。
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カルスを先頭に、俺達は古の洞窟のさらに奥へと進む。
進めば進むほど、辺りは暗くなり、寒くなる。
ただ、あれから魔物には一切あっていない。
不吉な予兆かな?
「なあ、あとどれくらい進めば、アスクレピスが見つかるんだ?」
そろそろ腹も減ってきたし、休憩したい。
このままじゃ、疲労のせいで戦闘どころではなくなってしまう。
「カルス、そろそろ休憩を――――――――」
その時だった。
「うお!!」
「わ!」
「な!」
足元に違和感を感じた瞬間、地面が崩れた。
何かに掴まろうと手を伸ばしたが、間に合わなかった。
「お前ら!!」
最後にカルスの叫ぶ声が聞こえた。
ただ、それだけ。
俺とレイナ、そしてアンドルは、深い闇の中へと落ちていった。
 




