第二十四話 公爵からの手紙
今日も俺は快眠できると思っていた。
少なくとも、寝入る直前までは。
不思議な夢を見た。
細かい部分は時間が経つにつれて、徐々に薄れていく。
けれど、最後の部分は覚えている。
辺りには大きなクレーターがあった。
そこが、何処なのかはわからない。
ただ、壊滅的な状態だった。
目の前には、その元凶であろう、どす黒く、凄まじい巨体を持つ龍がいた。
それも、今にも俺に向かって巨大な腕を振り下ろそうとしていた。
なぜそうなったのかは、検討もつかない。
まあ、夢なんてそんなものだろうけど。
ただ、一番驚いたのはそこじゃない。
なんと、俺を守るように、俺と龍の間に割って入ってきた人物がいたのだ。
綺麗な銀色の長髪をなびかせ、灰色のローブを着こなし、右手には蒼い水晶玉らしきものがついた立派な杖を持った人物。
顔を見ることは出来なかったが、その後ろ姿に、何故だか懐かしさを感じた。
あれは……、レイナだったのだろうか?
いやいや、アイツがそんなことする訳ないだろ。
第一、夢なんだから。
こんなこと、さっさと忘れよう。
---------
このモヤモヤとした気持ちを切り替えるために、俺は朝早くから冒険者ギルドに向かうことにした。
そうすれば、散歩ついでに依頼を確認できるから一石二鳥だしな。
「……雨、降りそうだな……」
空を見上げてみると、昨日とは打って変わって真っ白だった。
所々は、黒く見える。
いざ外に出たはいいが、ちょっと面倒だな。
というのも、俺の髪の色が落ちてしまうからだ。
そうなれば、街中大パニックになってしまう。
俺達もここにいられなくなるしな。
冒険者ギルドは、俺が泊っている宿からそう離れていない。
時間にして、5分もかからない。
とりあえず、雨が降り始める前に戻れば大丈夫だろう。
---------
冒険者ギルドに入ってすぐ、ある男とすれ違った。
人の顔を覚えるのは、そんなに得意な方じゃない。
それでも、この男のことはよく覚えている。
「ん? おいおい、誰かと思えばあの時のガキじゃねえか」
最初にここに来た時、絡んできた男だ。
「あの時の女は一緒じゃねえのか?」
レイナの事か。
生憎、彼女は今頃おねんね中だろうな。
「何か用?」
ハッキリ言おう。
俺はコイツが大っ嫌いだ。
まあ、あんなことがあったから当然だけど。
「ふん! カルスの威を借りてるだけのカスが! 随分とデカい顔をするようになったな!
聞いたぜ!? 星5の依頼を受けたんだってな!」
おうおう、朝っぱらからよくしゃべる奴だな。
こちとら、散歩ついでに依頼を確認しに来ただけだってのに。
「カルスがいなきゃあ、お前は今頃ひき肉だったろうな! いい加減、勘違いしてんじゃねえぞ!!」
やけに好戦的だ。
別に、俺が何かしたわけじゃないんだけどな。
「それで、何の用だよ?」
相変わらず、俺は塩対応だ。
こういう輩には効果が抜群だからな。
「へ!! 別に何の用でもねえよ! 精々頑張るんだな! 次会うときは死体になってないようにな!!」
そういって、男は冒険者ギルドを後にした。
最初から最後までムカつくヤツだ。
コイツが死体になってればいいのに。
なんてな。さすがに冗談だ。
他人の不幸を望むと、いつか自分に返ってくるかもしれないからな。
---------
さてと、さっさと依頼を確認するとしますか。
「すみません、依頼一覧を見たいんですけど」
「………………少々お待ちください!」
受付にいるギルド職員は慌てたように何かを探し始めた。
一体なんだろう。
依頼一覧ぐらいポンと出せるもんだと思うんだけど……。
「あった! すみません、昨日奥にしまってたもんで」
ギルド職員は引きつった顔を浮かべ、ある一枚の紙をカウンターの上に置いた。
依頼一覧じゃない。別の何かだ。
「これって何ですか?」
「昨日、騎士団の方がやって来まして……。こちらの紙をあなたたちに渡すようにと」
騎士団が? 何のために?
もしかして、俺達なんかやらかしちゃったかな?
ああ、わかったぞ。
昨日のお金だ。
やっぱり公爵ボーナスなんかじゃなかったんだ。
怪しい闇金だったんだ。
……いや、まだ読んでもないのに判断するのは早計だろう。
もしかしたら、「ボーナス追加!」なんて書いてあるかもしれないし。
「ええっと……なになに……」
そこから全文を読むまでに、あまり時間はかからなかった。
「……」
公爵からの手紙だった。
内容を簡潔に言うと、
『マカオンでの働きに感心したから、とっておきの仕事を任せたい。
公都クルドレーのはずれにある、古の洞窟の最奥部に存在する幻の魔草「アスクレピス」を取ってきてくれたら、報酬として金貨60枚を払う。
もしもこの話に乗ってくれるのなら、明日の早朝に冒険者ギルドに来てくれ』
こんな感じだ。
公爵が俺達のパーティーを評価してくれるのはうれしいけど、あの時はほとんどカルスのおかげだったんだよな。
決して自分の力じゃない。
そう、肝に銘じておこう。
それはそうとして、一体どうしようか……。
正直、俺には身に余る話だと思う。
とっておきっていうくらいだから、相当危険な依頼に違いない。
「……とりあえず、検討するってことで……」
散々迷っているが、何も今ここで決めなくてもいいことだ。
とりあえず、みんなに相談してみることにするか。
そして俺は、駆け足で冒険者ギルドを後にするのだった。
---------
幸い、雨はまだ降っていなかった。
そんな中、俺は宿を目指して街中を駆ける。
冷たく、凍えるような風が肌を撫でる。
早朝だということと、服の生地が薄いせいで体感温度は10℃くらいだ。
「ハァハァ……」
通る場所には誰もいない。
昨日だったら散歩のひとつでもしてる人がいただろうけどな。
「ハァハァ……ん!?」
全力疾走をしている最中、ふと二つの人影が視界に入った。
最初はラブラブのカップルかと思い、睨みつけようとしてしまったが、すぐに踏みとどまった。
「ハァハァ……、何で二人がここにいるんだよ?」
一方は、毎日と言っても過言ではないほど見慣れた銀色の髪。そう、レイナだ。
さらにもう一方は、柔らかそうな茶髪。そう、アリスだ。
どちらも昨日見たばっかりだ。
「なんでって、散歩だけど」
「たまたまレイナと会ったんだ!!」
二人とも、いつも通りだ。
「それで、エトはそんなに必死に走って何してるの?」
「これ! 見てくれ」
レイナに例の手紙を手渡した。
すると、彼女はポカンとした顔をした。
「……なにこれ」
「とりあえず、読め」
俺がそう言うと、レイナは黙って読み始めた。
そして、およそ1分後に読み終わったらしく、顔を上げた。
「……どうするの?」
「……みんなで話し合って決めるべきだろ」
「まあ、そうだよね」
そして、レイナはいきなり踵を返した。
それも、手紙を片手に持ったまま。
「どこ行くのー? その手紙なにー?」
すかさず、アリスも後をついて行く。
そして、質問攻めだ。
レイナは口で答えるのが面倒だったのか、アリスに手紙を手渡した。
受け取ったアリスは、夢中で読み始めた。
「何してるの? カルスのとこ行くんでしょ?」
レイナは首を傾げながら言った。
さっさとしろと言わんばかりの声で。
「あ、ああ。ちょっと待て、今行くから」
相変わらず、凄まじい行動力だ。
もしかしたら、彼女は冒険者に向いているのかもしれないな。
魔物を倒す力も十分にある。
彼女にとっては天職なんじゃないだろうか。
「……ねえ」
「ん? どうした?」
いきなり、レイナが立ち止り、こちらを振り返った。
それも、満面の笑みを浮かべながら。
「カルスとの待ち合わせ場所って、どこだっけ?」
思わず俺は絶句した。
まったく、何を言い出すかと思えば……。
ああ、俺はなんて馬鹿なんだろう。
彼女が冒険者に向いているはずがないってのに。
前言撤回。
彼女は行動力のあるただのアホだ。
---------
「おう、今日は早かったな」
すでに、カルスとアンドルは待ち合わせ場所にいた。
ただ、今来たばかりって感じだ。
「アリス!!」
突然、アンドルが立ち上がった。
そしてそのまま、アリスに詰め寄った。
「一人で出歩いちゃ駄目だって何回言えばわかるんだ!!」
何をするかと思えば、まるで保護者のように怒り出した。
アリスはと言うと、意外にも素直に聞いている。
第三者から見れば、まさに親子って感じだ。
そこまでは全然いいんだ。
アリスの身の安全を思ってのことだから。
ただ、長い。
今この瞬間も、アンドルの口から次から次へと言葉が飛び出している。
全く止まる気配がないのだ。
あまりの長さに、レイナは夢の中に旅立ってしまっている。
さすがにそろそろ止めようかと思った矢先、アリスはたっぷり潤った視線を向けた。
まるで、こうなった時のために準備していたといわんばかりに。
そして、一言。
「ぐすん……。ごめんなさい」
溜めに溜められた渾身の一撃。
それは、とてつもない破壊力だった。
「ま、まあ、わかったならいいんだ」
アリスの一撃は、アンドルの口をいとも簡単に閉ざしてしまった。
さすがのアンドルでも、その一撃の前では無力だったのだ。
もしも、俺がアンドルの立場だったとしても、結局同じ結果になっただろう。
なんなら、そのままなんでも買ってあげちゃうだろう。
甘々お兄ちゃんに一直線だ。
――――――――おっと、いけない。
こんな話をしている場合じゃなかった。
「カルス、これを見てくれ」
そう言って、俺は手紙を手渡した。
カルスは怪訝な顔を浮かべていたが、読み進めていくにつれて納得したように頷いた。
「報酬は悪くねえな……。けど、俺は反対だ」
「え!?」
カルスから返ってきたのは、意外な言葉だった。
てっきり、賛成派だと思っていたんだけどな。
何か俺の見落とした落とし穴があったのだろうか。
「確かに、公爵様から直々に仕事の誘いをもらえるなんて光栄なことだ。
ただ、アスクレピスって名に聞き覚えがあってな」
手紙にも書いてあったが、アスクレピスとは一体何なんだろう。
幻とか胡散臭いけど、一応魔草なんだよな。
「それは何? 危険なものなの?」
そう聞いたのはレイナだった。
さっきまで寝てたのに、一体いつ起きたんだ。
「アスクレピスってのは、数十年に一度、この世界のどこかに一本だけ生える魔草だ。
そいつを磨り潰し、茶にして飲むと、あらゆる病を完治させるといわれている。
本当かどうかは知らんがな。
だが実際、そこらに生えてる魔草とは比べ物にならないほど高価だ」
なんだその嘘みたいな効果。
でも、その話が本当だとしたら、この報酬額も納得だな。
「それで、なんで反対なの?」
そう、問題はそこだ。
その魔草を取りに行くだけだが、そこにどんな危険があるのか。
あのカルスが反対するほどの。
「まず第一に、もしも危険じゃないなら俺達に頼まないだろ」
まあ、それはそうだ。
けれど、それだったらマカオンの時も同じだったはず。
「それに、超貴重な魔草だぞ。それが、その辺にポンと生える訳ないだろ」
「ってことは、何か条件があるってことか?」
俺の言葉に、カルスは頷いてみせた。
まるで「その通り」とでも言うように。
「そういうのは大体、高濃度の魔力が充満したところに生える。
今回は、古の洞窟ってのがそうなんだろ」
高濃度の魔力か……。
ヤバい所ってことだけはわかる。
でもまあ、確かにゲームとかでもそうだな。
貴重なアイテムをゲットするには、それなりに難しいダンジョンをクリアしないといけないし。
「高濃度の魔力が充満してるってことはだな、そこに存在する魔物も凶暴化してるってことだ。
テラーモンキーなんか比にならないくらいのな。
そんなヤツらが、うじゃうじゃしてるところに行ってまで受けるような仕事じゃねえよ」
カルスの言っていることは、ごもっともだ。
正直、俺もそう思う。
けれど、俺の中にある危機感が俺の判断を鈍らせる。
カインさん達と別れてから、もう随分と時間が経ってしまった。
今どんな状態なのか知る由もない。
ただ、無事ではない事だけはわかる。
もう形振り構っている暇はない。
今すぐにでもお金を稼いで、そして傭兵でも何でもいい、
カインさん達を救えるだけの戦力が必要なのだ。
おそらく、レイナも同じだろう。
彼女も焦燥感に駆られているに違いない。
「それって、別に人数指定とかないよね?」
「……一人で行く気か?」
カルスは勘づいたらしい。
そして、鋭い目つきでレイナを睨む。
「悪いが、パーティーリーダーは俺だ。
そんなところに一人で行かせるわけにはいかない」
「それだったら、私はパーティーを抜ける」
凄まじい覚悟。
こうなると、レイナを止められる人はいない。
「どうしてそこまで金を求める?」
「家族を助けるため」
カルスの問いに、レイナは迷わず答えた。
その眼光はナイフのように鋭い。
「死ぬぞ?」
「かもね。でも、それは行かなくても同じ。
家族を失ったら、それはもう死んでるのと一緒。もう時間がない」
カルスとレイナの視線がぶつかる。
お互いにひく気がない。
だが、この場において、俺はレイナと同意見だ。
「俺もだ。俺もレイナと一緒に行く」
もしかしたら、死ぬかもしれない。
それでも、レイナだけは死なせない。
それだけは絶対にだ。
「カルスさん、僕もエト達について行きます」
突然、アンドルはそう言った。
そして、立ち上がり、カルスを見た。
「事情の全てを把握している訳じゃないけど、それでも仲間が困っているんだ。
僕は、助け合うのがパーティーだと思う。だから……」
「あ~もう! わかったっての!」
カルスは椅子の上で、仰向けに寝そべった。
そして、言葉を続ける。
「俺もついてく。条件は、俺の指示に従うことだ。いいな?」
カルスの言葉に、俺とレイナ、そしてアンドルが大きく返事をした。
「よし! じゃあ、みんなで力を合わせようね!!」
そう言ったのはアリスだった。
とても無邪気な声で。
その瞬間、俺達全員がアリスに視線を向けた。
今回は別に5人以上だとは指定されていない。
つまり、わざわざ危険なところにアリスを連れて行かなくていいってことだ。
ていうか、アリスを除いた俺達全員は連れて行かない体で話を進めていた。
この後、その事実を知ったアリスは滅茶苦茶暴れた。
その結果、アリスも連れていくことになったのだった。




