第二十三話 カルスの魔法講座
死の森での死闘から一夜明けた。
怪我自体は残っていないが、疲労はまだ少し残っている。
回復魔法で疲労まで消えてくれるといいんだけどな。
まあ、消えないもんは仕方がない。
切り替えて今日も頑張ろう。
俺はベッドから起き上がり、正面に位置する窓から、公都クルドレーの街並みを見下ろした。
「んん~。いい朝だな」
上を見れば、隅から隅まで晴れ渡る青空。
下を見れば、街道の端を元気に走り抜ける様々な種族の子供達。
さらには、どこか懐かしく、暖かく、優しいそよ風。
どれも日本では見られなかったし、感じられなかったものだ。
昨日はあんな大変な目に合ったってのに、なんで今日はこうもポジティブなのだろう。
まあ、理由はわかる。
勿論、窓から見える景色のおかげもある。
それでも、一番の理由はこれしか考えられない。
そう……、レイナと別部屋だからだ。
金欠状態なのに、一体なぜ別々の部屋をとったのかって?
順を追って説明しよう。
昨日あの後、俺達はもと来た道を辿って死の森から出た。
すると、小屋の前で依頼の説明をした、あの二人組の男達が待ち構えていた。
まるでポ○モントレーナーのように。
一瞬、勝負でも始まるかもなんて思ったけど、そんな事はなかった。
ただ報酬を渡してきて、そのまま去っていっただけ。
公爵ボーナスの事には全く言及せずに。
でもまあ、そのとき渡された額ってのがビックリもんだったんだよ。
なんと金貨20枚。オーマイガーだ。
これがもしも銀貨5枚とかだったら、俺とレイナは怒りが爆発していただろう。
だが、金貨20枚だ。
5人で割っても金貨4枚。
ふっふっふ。なんか金持ちになった気分だ。
とまあ、お金に余裕ができたから部屋を別々にとったってわけだ。
当然、馬鹿みたいに使いまくるような真似はしない。
無駄遣いはしないように心掛けるつもりだ。
「おーい、起きてる?」
突然、部屋のドアの向こうから声がした。
「ああ、起きてる」
返事をすると、ドアがゆっくりと開いた。
「ふあぁ~」
大きなあくびをしながら、レイナはのそのそと入ってきた。
そしてショボショボとした目をこちらに向けた。
「あれ、なんか元気そうだね。 よく寝れたの?」
「おかげさまでな」
個人的には、肉体的な疲労よりも精神的な疲労の方がきついからな。
ベッドから落とされずに寝れたおかげで、精神的な疲労は皆無だ。
「えっと、集合場所ってどこだっけ?」
レイナは、さっきまで俺が横たわって寝ていたベッドに腰かけ、目を擦りながら聞いてきた。
集合場所と言うのは、カルス達とのだ。
場所は昨日決めたんだが、どうやら彼女はちゃんと聞いていなかったらしい。
「この宿を出て、左に少し歩いたところにある店」
「……ん? ああ、そっか」
うん。絶対理解してないやつだこれ。
まあ最初から期待してないけどな。
「待たせるのもあれだし、早く行くぞ」
そして俺は、今にも寝転がろうとしているレイナを立たせ、手を引いて無理やり部屋から連れ出した。
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レイナを連れて店まで行くのには骨が折れた。
だってレイナのヤツ、足を全く動かそうとしないんだもん。
「ハァハァ……、やっと着いた……」
「あ! おはよ!!」
「おう、なんでそんな疲れてんだ?」
店に入ってすぐに、左奥の席に座っていたカルスとアリスが手を上げて位置を知らせてくれた。
どうやら、俺とレイナが一番最後だったようだ。
「まったく、随分と待たせてくれたね」
「いや、全部レイナのせい」
俺はテーブルに着くや否や、空いている席にドカッと座った。
レイナも、もう一つの席に倒れこむように座る。
これにてパーティーメンバー全員集合だ。
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「うわー、すっごい美味しそう」
レイナは今にも閉じてしまいそうな目で、テーブルの隅に置いてあったメニュー表らしき紙きれを凝視していた。
彼女の目線の先には、美味しそうなステーキの絵があった。
さらに左下には、小さく銀貨3枚と書いてあった。
「おい、いつものお金にうるさいレイナはどこ行ったんだよ」
「昨日おいてきた」
やっぱり大金ってのは人を変えてしまうのか……。
なんて怖ろしい。
「冗談だって。眠くておかしくなってるだけだから」
そんなことを言ってるが、レイナの眼はマジだ。
やっぱり怖ろしい。
「まあそんな事は置いといて……、今日はちょっと話が合ってだな」
カルスは足を組んだまま、右手をテーブルの上に置いた。
「今日、朝一で冒険者ギルドに行ったんだがな……。こんなものをもらった」
そう言ってドンっと小さな袋をテーブルに置いた。
中身はそこそこ入ってるようだった。
「開けてみろ」
言われた通り開けてみた。
そして仰天した。
「なになに? 何だったの?」
アリスとレイナも身を乗り出して、中身を覗き込んだ。
そして、みるみるうちに目が見開かれていった。
「金貨だ!!」
アリスとレイナが同時に驚きの声を上げた。
あまりの声量に、周りの人達が一斉に視線を向けてきた。
「おい! この手の話はあまり公衆の面前で言うことじゃないぞ」
ここでアンドルのお仕置きが入る。
俺もアンドルの意見に同意だ。
お金は人を狂わせるんだからな。
それは周りの人間だって例外じゃない。
「それにしても、なんでこんな大金……」
数えてみると、ざっと10枚といったところか。
果たして、素直にもらっていいのだろうか。
ヤバい事件とかに巻き込まれたりしないよな?
「カルスさん。これは誰からもらったんですか?」
「確か……、ギルド職員だったな」
ギルド職員か。
一体なぜ? 何のために?
やっぱり、ヤバいお金なんじゃないだろうか。
「もしかしてさ、これが例の報酬の上乗せ分なんじゃない?」
報酬の上乗せ……。
ああ、公爵ボーナスってことか。
「確かに。それなら納得できる」
「まあ、そうかもしれねえな」
アンドルとカルスは納得したようだった。
それでも、まだ俺は不安だ。
想像以上に高額だからだろうか。
でも、公爵だからな。
このくらいポンと出せるのかもしれない。
それとも、マカオンの地中に埋蔵されてる高魔石でいくらでも元を取れるからだろうか。
「とりあえず、もらったもんは俺らのもんだからな。ありがたく使わせてもらおうぜ」
どうやら、今更返す気は微塵もないようだ。
まあ俺達もお金が必要だしな。
もしも危険なお金だったら、その時は大人しく返せばいい。
それできっと大丈夫なはずだ。
……多分。
すると突然、レイナが俺の肩を叩いてきた。
「ねえ、それだったらさ、さっきの肉食べてもいいよね?」
レイナは期待の眼差しを俺へと向けてくる。
既にレイナはお金に汚染されてしまったのか……。
「まあ今日くらいは良いんじゃねえか? 金はたんまりあることだし」
どうやら、カルス的にはオーケーらしい。
うーん……、でもなぁ……。
「じゃあ私も食べる!!」
「……じゃあ、僕も」
え!? みんなも食べるの!?
「エトはどうすんだ? 食うのか? 食わないのか?」
「………………わかった! 俺も食うよ」
結局、全員食べることになった。
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さて、食事がくるまで一体何を話そうか……。
まだ色々と聞きたいことがあったはずなんだけど、いざこういう場面になると出てこなくなるんだよな。
「そういえば、カルスが昨日使ってた魔法……。あれって上級魔法?」
「……そう!! 俺もそれが聞きたかった!」
昨日、カルスが使っていた魔法……。
あれはおそらく土魔法だろう。
それ自体は何もめずらしいわけじゃない。
しかし、あの規模。
あんなことが出来るのは、きっと上級魔法くらいだ。
「あれは中級魔法だぞ?」
「……え?」
今、中級魔法って言ったか?
仮にそうだとしたら、レイナの『水斬撃』と同じ階級ってことだ。
いやいや、まさかな。
魔法自体が違うってのもあると思うが、そうだとしても魔法の規模が違い過ぎるだろ。
カルスはきっと嘘を言っているに違いない。
「いやいや、マジだって」
うーん、とても嘘を言っているようには見えない。
やはり、カルスは本当のことを言っているっぽいな。
「じゃあ、何で私の中級魔法とあんなに規模が違うの?」
レイナは立て続けに質問する。
「……お前ら、魔法を使う上で重要な二つの要素って何だと思う?」
きた。カルスの先生モード。
これは真面目に聞かなければ。
「才能と努力?」
俺が考え抜いた結果、出た答えはこれだった。
魔法だけに限らず、スポーツだってそうだ。
結局は才能と努力が大事なのだ。
「うーん、違う」
どうやら違ったらしい。
才能と努力だって大事なのに……。
「……魔力総量?」
レイナが辿り着いた答えは、魔力総量。
まあ確かに、魔法を使う上では大事な要素か。
単純に言えば、どれくらい魔法を使えるかってことだからな。
「正解だ。じゃあ、もう一つは?」
魔力総量とは別で、あと一つ……。
駄目だ。全くわからん。
てか、この世界に来てまだ一年もたってない俺がわかるかってんだ。
「私もわかんない。答えなに?」
どうやらレイナもパスらしい。
「答えはな……、ズバリ『魔力出力』だ」
「魔力出力……!? ってなんだ?」
知らない単語が出てきたな。
そんなのが魔法とどう関係しているのだろうか。
「魔力出力ってのはな、まあ簡単に言えば、魔法に込める魔力の量だ。
込める魔力が多ければ多い程、その魔法の威力は強くなるし、規模も大きくなる」
なるほど……。
つまり、俺の電気出力みたいなもんか。
「そもそも魔法ってのは型みたいなものだ。
レイナが使う『水流弾』は、水の弾を放出する魔法。
俺が昨日使った『大地の破壊』は、地形をぶっ壊す魔法。
こんな感じで、それぞれの魔法には特有の効果がある。
つまり、同じ魔法の場合、誰が使おうが効果自体は変わらない」
「そこで、優劣をつけるのが魔力出力ってことね。なるほど」
あー、まあ簡潔に言うと、魔力出力はめっちゃ重要ってことだな。
「だがな、魔力出力には上限がある。人によって違うけどな」
「今までそんなこと意識したことなかったから、とりあえず今度試してみる」
なんか、俺には物騒な話に聞こえてしまう。
だって考えてみてほしい。
レイナの持てる全ての魔力を込めた魔法なんて、厄災でしかない。
まあ、そうならないために上限があるんだろうけど。
「それにしても、なかなか食事こないな」
肉料理だから時間がかかっているのだろうか。
もうすでに俺のお腹はペコペコ状態なんだがな。
「……ん? 何だこれ?」
その時だった。
俺の周囲の空中に、六角形状の小さな魔法陣みたいなのが何個か浮かんでいた。
一体なんだろう?
こっから何かが出てきたりして。
まあ、そんなわけないよな。
「……うわ!!」
いきなり、白っぽく、やや黄色がかった鎖が出てきて俺の身体に巻き付いてきた。
あまりに早いフラグ回収に、びっくりしちゃうね。
「いやー、手荒な真似して悪いね」
何処の誰だか知らないヤツが、勝ち誇ったように俺の肩に手を置いてきた。
その手の主を見てみると、肌が緑色の大柄な男だった。
人魔族だろうか。
「さっきのやつ、俺によこせよ」
どうやら、さっきのお金目当てらしい。
原因は……まあ十中八九、レイナとアリスが大声で言ったからだろうな。
「あのー、俺は持ってませんよ?」
事実、俺は持っていない。
もしも持っていたら、大人しく渡していただろう。
痛い目には合いたくないし。
「それなら俺が持ってるぜ」
「――――――――ブヘェ!!」
次の瞬間、人魔族の男は後方へ吹き飛び、壁に激突した。
それも、おそろしい速さで。
「朝っぱらから愉快なことしてくれんじゃねえか」
「て、てめへ」
床にずり落ちた人魔族の男は、真っ赤に腫れあがった唇を押さえながら、カルスを睨みつけた。
実に痛々しいな。
まあ、自業自得だけど。
ていうか、なんでカルスはこの鎖みたいなので拘束されてないんだよ。
「はぁー、私たちも人気者になったなー」
レイナが棒読みで、なんか変なこと言い始めた。
極度の空腹で、おかしくなってしまったのだろうか。
あれ? レイナも拘束されてないぞ?
なんならアンドルもだ。
そこで、俺は気づいてしまった。
拘束されているのは、俺とアリスだけだということに。
アリスはまだ幼いからしょうがないとして、俺は一体なにをしてるんだろう。
なんか恥ずかしくなってくるな。
「な、なんで、お前ら俺の魔法で捕まってないんだよ」
うん。全くその通りだ。
「ずっと私たちのこと、観てたでしょ? バレバレだったよ?」
「オマケに、魔法の発動が遅すぎるぜ? あんなの誰でも避けられるぞ」
おいおい、ちょっと待て。
俺は何にも気づかなかったし、拘束されちゃったぞ?
まあ、油断してたってのもあるけどさ。
「はぁ、だからこういう場所でお金の話をしちゃいけないんだよ」
アンドルは陰鬱な顔をしていた。
その気持ち、俺もわかるぞ。
「さてと、光魔法の使い手。お前をどうしようか……」
カルスは顎を撫でながら、考え込む。
別に悩む必要はない。警察に突き出せばいいだけだ。
いや、この世界に警察なんて存在してないか。
「それよりさ、俺とアリスを助けてくれない?」
なんか蚊帳の外扱いされてないか?
割と恥ずかしいから、早く助けてほしい。
「そんくらい自分で何とか出来るだろ」
カルスから素っ気ない返答が返ってきた。
なんて最低な男なんだ。
「そんなこと言われても、どうやって……」
「引きちぎればいいんだよ」
今度はレイナから脳筋な返答が返ってきた。
期待はしていなかったが、案の定だったな。
「うおおぉ!!」
とりあえず、身体に巻き付いた鎖を、両手で思いっきり引っ張ってみた。
すると、バキッっという音とともに、鎖は切れて、消えてしまった。
「あれ? 案外、簡単だったな」
そのまま、アリスの身体に巻き付く鎖も力任せに切ってあげた。
すると、やはり鎖は消えてしまった。
これが魔法で作られたものだからだろうか。
「あーあ、鎖、面白かったのに……」
アリスは残念そうな顔をしていた。
あれ? 俺って助けたんだよね?
なんか思っていた反応と違うぞ?
まあいいけどさ。
「ところでさ、私たちの話聞いてたんだよね?」
レイナはしゃがみ込んで、人魔族の男と目線を合わせた。
この感じ、何か企んでるな。
「……あ、ああ」
人魔族の男は恐る恐る首を縦に振った。
すると、レイナはニッコリと笑った。
「じゃあさ、魔力出力がなんちゃらってので、私が今、試したいことがあることも知ってるよね?」
試したいこと……。
ああ、魔力出力を意識して魔法を使うことか。
……ってそれはヤバい!
どうなるかわからないってのに、初っ端から人に向けて使おうとするなよ!
「それが嫌だったら、飯代払え」
怯える人魔族の男に対して、レイナは驚きの提案をした。
……いや、レイナらしいといえばレイナらしいか。
「どうするの? それとも、実験台になってくれるの?」
これじゃあ、脅迫みたいだ。
なんか、この人魔族の男に同情しちゃうよ。
「は、払うから!! だから頼む、許してくれ!!」
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結局、人魔族の男は銀貨15枚を払って、足早にこの場を去っていった。
レイナは実験台にできなくて、ちょっと残念がっていたが、料理が来たらすぐに笑顔になった。
今日はもう、朝の出来事だけでお腹いっぱいだった。
幸い、お金はがっぽりと手に入った。
おかげで今日は依頼を受けないことになった。
けど、俺とレイナにとってはまだまだお金が欲しい。
だから、明日からまた仕事再開だ。
とりあえず、明日に備えて、今日はゆっくりと休ませてもらうとしようかな。
 




