第二十一話 森の中で
星5の依頼を受けるために必要なパーティーメンバーの人数を、最低5人に変更しました。
死の森。
その言葉を聞いた時は、薄暗く、不気味な森を想像するだろう。
最初は俺もそうだった。
しかし、実際に足を踏み入れてみると、その想像は一転した。
木々の間からは燦々と陽光が降り注ぎ、身体をポカポカと温めてくれる。
今にも木の陰からひょこっと可愛いクマさんが出てきそうな雰囲気だ。
本当にここが死の森と呼ばれているのか疑いたくなってくる。
「なんだか、思ってたよりも穏やかだな」
心の中に留めておいた言葉が、ついポロっと口から漏れてしまった。
すぐに俺は自分の口を押さえた。
星5の依頼の途中でこんな呑気なことを言ってしまうなんて。
緊張感のないカルスたちと一緒じゃないか。
「確かに!! 私も思った!」
アリスが元気に言葉を返してきた。
正直、聞き流してほしかったけど、アリスならしょうがないな。
「テラーモンキーの住処って、どの辺にあるんだ?」
「もう少し奥にあるはずだ」
もう少し……か。
周りの光景が変わらないことを祈ろう。
「ていうかさ、アンドルはまだしも、アリスまで連れていく必要あるのか?
小屋で待っててもらう方が安全だと思うんだけど……」
何度も言うが、今回の依頼は、最も難易度が高い星5だ。
当然、死ぬ可能性だって高い。
そんなところに10歳の少女を連れて行くなんていうリスクをわざわざ背負う必要はないだろう。
「あー、そのことなんだが……。昔、ちょっとあってな」
カルスは頬をポリポリと掻きながら目を逸らした。
何か隠したいことがあるのだろう。
バレバレだ。
「なに? 言えないこと?」
「いや、別に話したくないってわけじゃねえけど……」
カルスはため息を一つつき、仕方ないなと言わんばかりの顔で話を始めた。
「確か……6年くらい前に組んでいたパーティーの中に、アリスと同じくらいの歳の子供がいたんだよ。
そのパーティーで星4の依頼を受けた時、エトの言ったように依頼に連れて行かなかったんだが、そのことをどっかの誰かがギルド職員にチクってな。
人数が足りないのに星4の依頼をやったとかで、そこのギルドを出禁にされたんだよ」
まあ確かに、人数が満たないパーティーが危険度の高い依頼をやるのはギルドのルールに反するもんな。
それは分かる。けど、それだけでギルドを出禁にされるものなのだろうか。
カルスのことだ。どうせ他にもやらかしたんだろうな。
「えー!! カルス! その話まだ続きがあるでしょ!」
「シィー!!」
カルスは慌ててアリスの口を塞いだ。
……怪しい。怪しすぎるぞ、この男。
一体何を隠しているんだ。
「カルスさん、違反の罰として依頼の報酬が没収になったことに怒ってギルドで暴れまわったんだって。
そのせいで出禁にされたらしい」
口を塞がれてしまったアリスの代わりに、アンドルが暴露した。
カルスの顔がみるみるうちに赤くなっていくのがハッキリと分かった。
「くそ、あのとき酔っぱらってなきゃ……」
カルスは手で顔を覆い隠しながら、小さな声でそう呟いた。
どうやら、以前に酒場とかでうっかりアンドル達に口を滑らせていたようだな。
「その時は俺も若かったんだよ」
顔を上げるや否や、カルスは言い訳めいたことを言い始めた。
本人は知る由もないだろうが、未だに顔は真っ赤のままだ。
しめしめ、カルスの弱みを握ってやったぞ。
これで明日の飯を奢ってもらうとするか。
「ともかく、わざわざこんなところまで来たんだ。
タダ働きなんてなったら堪ったもんじゃねえ。そういうリスクは出来る限り無くしたい。
どこの誰にチクられるか分かったもんじゃねえしな」
まあ、そのことに関しては俺も同意見だ。
せっかく命がけで依頼を完遂したのに、報酬が無しになったら俺も激怒するだろう。
流石にカルスみたいに暴れはしないけどな。
……レイナは暴れるだろうけど。
「まあ、アリスは俺が守るから大丈夫だろ」
カルスは自信満々に言い切った。
先程までの赤面とは打って変わって、笑みを浮かべている。
余程、自分の腕に自信があるようだ。
そういえば、まだカルスの戦闘方法を聞いていなかったな。
おそらく、剣を携えていないから、魔法を使うのだろうけど。
すると突然――――――――
「止まれ」
カルスが立ち止り、手で止まるように促してきた。
その姿は、先程とはまるで別人のようだった。
「……」
カルスは一瞥し、俺達が止まったのを確認すると、一歩、二歩、三歩と、足を進めた。
警戒しながら、ゆっくりと。
その場に剣呑な雰囲気が漂う。
明らかに普通ではないことが起こったのだろう。
例えば、テラーモンキーが近くにまで迫っているとか。
「……お前ら、こっち来い」
カルスは地面に視線を向けながら、冷静な声で言った。
その言葉を受け、俺が先頭、続いてアンドルとアリス、最後にレイナという順番でカルスのもとへとゆっくりと歩いていった。
「……」
カルスの視線の先……そこには鎧を着けた人型の何かが横たわっていた。
いや、これは死体だ。それも白骨化している。
ここに相当な時間放置されていたのだろう。
「これを見てみろ」
カルスは一言、寂しげに横たわる死体の左胸を指差しながら言った。
そこには、つい昨日見たばかりのデザインがあった。
ギボレー公国の国章だ。
一体なぜこんなところに死体があるのだろう。
それも、ただの冒険者ではなく、ギボレー公国の騎士の。
「やっぱり、公爵は騎士を使ってテラーモンキーを排除しようとしていたんだ」
アンドルがぼそりと呟いた。
「ちょっと待て、それだったら何で依頼する必要があるんだよ」
俺はすぐさま反論した。
しかし、心のどこかでは何故なのかは分かっていた。
ただ、認めたくなかったのだ。
「元々どれくらいの数だったかは知らないが、全滅したんだろ。
だから、冒険者ギルドに依頼を出すことにしたんだな」
カルスは無情にも恐れていたことを言いやがった。
全滅という言葉を。
「……こんなの、俺達じゃ無理だろ」
これが現実だ。
やっぱり、星5なんて受けるべきじゃなかったんだよ。
すぐに引き返すべきだ。今からでも遅くない。
「すっごくワクワクしてきた!」
一人、空気の読めない馬鹿がいるようだ。
すぐに誰だか分かる。もう、結構な時間一緒にいたしな。
「……レイナ、死ぬぞ?」
そう、レイナだ。
何とか彼女を説得したいが、俺には到底出来そうにない。
彼女の好奇心を抑えることは、人間には無理なのだ。
「それだったら、エトだけ小屋に戻ればいいじゃん」
あらま。
こっちは心配してんのに。なんてひどいんだ。
「おいおい、さっきの話忘れたわけじゃねえよな?」
「覚えてるって。人数的に、俺がいなくちゃダメなんだろ? 俺も行くよ。レイナも心配だし」
本心を言えば、今すぐ帰りたい。
帰って楽な依頼を受けたい。
けれど、レイナは危なっかしいからな。
俺が少しでもサポートしてあげなくちゃいけない。
「ギイィヤアアァァーー!!」
突然、誰かの悲鳴が耳を通って頭の中へと届いた。
どうやら、この先で何かあったらしい。
それも、想像を絶するなにかが。
「……近いな」
カルスの一言で、みんなの気が引き締まった。
そんな中、俺は汗がこびり付いた手を、ギュッと握りしめたのだった。




