第十六話 人助け
オメドの町を出てからしばらく経った。
俺たちは今、山間の道を進んでいる。
周りにはたくさんの木々が生えている。
大樹だったり、小樹だったり。
自然が豊かな場所だ。
「ほんとにこっちでいいのか?」
俺の言葉にレイナが反応する。
「絶対あってる」
レイナは力強く答えた。
相当自信があるらしい。
それもそのはず。レイナはオメドの町で買った地図を持っているからだ。
方向音痴の俺なら未だしも、彼女が方向を間違えるはずがない。
「それでさ、次は何処に向かってんの?」
俺はまだ次の目的地を知らない。
この道の先に、どんな場所があるのかも知らない。
地図を見ていないからだ。
見たところで理解できないだろうし。
だから、レイナに口頭で目的地だけ教えてもらおうと考えていた。
「ギボレー公国。小さい国だけど、それでも身を隠すには十分だと思う」
おお! ついにテサーナ王国を出れるのか!
つまり、俺たちがいるこの場所はテサーナ王国の国境近くということか。
あともうひと踏ん張りだな。
---------
さらに時間がたった。
時刻は夕方。
周りの木々が夕日に照らされている。
まさに芸術的な景色だった。
「ねえねえ、そろそろ休むところ探さない?
暗くなってからだと危険だし」
ここに来るまでにまだ一回も魔物と遭遇していない。
けれど、もしかしたら夜行性の魔物とかいる可能性もあるからな。
明るいうちに探したほうがいいに決まっている。
「まあ、確かに……」
レイナも同意した。
そして周りを見渡し始めた。
「どこかいい所ないかな……」
俺も周りを見渡した。
野宿に対して、俺はこれといった知識はないが、とりあえず広く開けた場所がいいだろうと判断した。
そんな場所が都合よくあるとは思えないが。
---------
そんなこんなで20分ほど探した。
正直、諦めかけていた。
だがそんな時、丁度見つかったのだ。
俺が想像していた場所よりも随分と狭い場所だったけど。
夜はレイナと交代しながら一方が睡眠をとり、もう一方が見張りをする。
魔物が現れたときは、寝ている方を起こして二人で対処する。
そうすれば、いくら山の中と言えども安心だ。
馬から降りて腰を下ろす。
レイナ曰く、このペースのまま進めば3日もあればギボレー公国に着くそうだ。
それまでに、面倒事に巻き込まれないといいけど。
そんなことを考えていると――――――――
「あ、あんたたち!! お願いだ! 助けてくれ!」
映画の悪者みたいな風貌の男がこちらに向かってゼーゼーと息を切らしながら走ってきた。
立派なお腹が上下に揺れている。
それが胸ならうれしかったんだけどな。
ともあれ、俺は困っている人がデブなおっさんだったとしても、すぐに見捨てるなんてことはしない。
話だけでも聞いてみよう。
「まあまあ、落ち着いて」
俺は手で落ち着くよう促した。
レイナが俺の隣に移動した。
きっと目の前の男が攻撃してきた時に俺を守るためだろう。
けれど、男からは殺意など感じられない。
その顔には不安と恐怖が浮かんでおり、体は小刻みに震えていた。
まるで、おぞましいものにでも遭遇したかのようだ。
もしかしたら、この辺一帯は心霊スポットで、彼は女の亡霊にでも追いかけられたのだろうか。
だが、残念! 俺は怨霊とかポルターガイストとか、そんなもの信じていない。
ホラー映画だって、コメディー映画として見ていたほどだ。
だって、普通に考えてみてほしい。
そんなものが存在するわけないだろう。
みんな魂がなんちゃらかんちゃらって言ってるけどさ。
胡散臭いんだよな。
――――――――あれ? そういえば、天使様が魂はある的なこと言ってたような……。
ていうか、俺も魂が転生ミスしたせいでこんなところに来たんだっけ。
つまり、魂は存在するってことか……。
なんだか怖くなってきたな。
もしかしたらお化けって本当に存在するんじゃ――――――――
いや! そんな訳ない!
俺は首を振り、自分に言い聞かせた。
もし存在すると言っても、きっと守護霊だけだろう。
そう考えた方が気分がいいしな。
ていうか、なんで俺は一人で妄想してるんだ?
この男はまだ何も話してないだろ。
「一体何があったんだ?」
男はゴクリと喉を鳴らし、話し始めた。
---------
目の前の男はマルクという名前だそうだ。
そんなマルクの口から語られたのは、二人の男の話だった。
二人の男――マルクとフライドはギボレー公国からテサーナ王国まで、あるものを荷馬車で運んでいた。
やがて、日が沈みだしたため野宿スポットを探し、洞窟を見つけた。
洞窟内で夜を過ごそうとしたが、奥の方から魔物が現れて襲われた。
マルクはフライドを置き去りにして逃げ出し、ここまでやってきた。
「……お前、仲間を見捨てたのか」
俺の無慈悲な言葉でマルクは泣き出してしまった。
いい歳こいたおっさんがワーワーと。
なんかゴメン。
「お願いし、ます。フライドを助けてください」
マルクは嗚咽を漏らしながら、土下座ともとれるポーズで俺に懇願した。
おいおい、そんなこと言われると断りづらいじゃないか。
第一、もう日が沈むってのになんで魔物と戦わなくちゃいけないんだよ。
俺たちにメリットがなさすぎる。
「お礼はきちんとしますので!!」
あらま、メリットができちゃったよ。
でも銀貨2枚とかじゃ割が合わないぞ。
俺はチラリとレイナを見る。
彼女も難しそうな顔をしていた。
「それって、いくらくらい?」
おお! レイナが聞いてくれたぞ!
俺なんか図々しくてそんな事聞けないってのに。
「お金は今、持ってないです。
でも、代わりと言ってはなんですが、高魔石を差し上げます」
高魔石……?
魔石なら知ってるけど、一体何が違うんだ?
確か、魔石は魔力が結晶化したものだったはず。
つまり高魔石は普通の魔石よりも多く魔力がこもっているってことか?
「それって、どのくらいの価値がある?」
「それはもうとんでもな~く」
ほう、それはいい話じゃないか。
「どうする?」
レイナは俺を見ている。
俺が判断してもいいってことだろうか。
「俺的には美味しい話だとは思うけど……。
その高魔石とやら、本当に価値があるんだよな?」
俺の言葉にマルクは首を上下に振る。
うーん。俺には嘘を言っているようには見えないけどな……。
「とりあえず、その洞窟に案内してくれ」
そう言うと、マルクは顔を綻ばした。
---------
例の洞窟はそこまで離れていなかった。
「ここです」
俺たちは洞窟の前まできた。
左側には高魔石を乗せたと思われる荷馬車があった。
「思ったよりも暗いな。なんか明るくするもの持ってない?」
マルクに尋ねると、彼は思い出したようにポケットから手のひらサイズの球体を出した。
「それは?」
「魔法具ですよ。これに魔力を込めると、ほら!」
その球体はマルクの手のひらの上で光を発した。
「光の強さも、込める魔力の多さで調整できます」
「あらま、すごい便利」
俺は球体をマルクから受け取った。
「よし! じゃあ真っ暗になる前に、ちゃちゃっと魔物を退治しますか」
そして俺とレイナは洞窟の中へと足を踏み入れた。
洞窟内は薄気味悪く、じめじめとしていた。
側面にはコケと思わしき植物がびっしりとお生い茂っている。
「ねえねえ、これって……」
レイナはマルク達のものと思われる食器を持ち上げていた。
もちろんそれ自体に問題はない。
ただ、その食器にくっついていたものが問題なのだ。
「……蜘蛛の糸?」
食器には白く、太い糸が付着していた。
ベタベタとした感触だ。
「マルク達を襲った魔物って、もしかして蜘蛛なのか……」
俺は鳥肌が立つのを感じた。
蜘蛛なんて俺が一番嫌いな生き物じゃないか。
それも、人を襲うほどの大きさ。
ああ、めまいがしそうだ。
「怖いの?」
レイナが心配そうに俺のことを見ていた。
俺は自分の体が震えていることに気づいた。
俺は目を閉じて、深呼吸をする。
自分の心の中にある嫌悪感を押さえつける。
「……ふぅー。よし、もう大丈夫」
俺は自分の頬を叩き、また歩き出した。
奥に行けば行くほど外の光は届かなくなっていく。
もはや、俺たちの命運はこの魔法具にかかっていると言っても過言じゃない。
足元には束になった蜘蛛の糸がたくさん落ちていた。
それを踏むたびにグチャっと嫌な音を立てる。
側面や天井にもびっしりと張り巡らされている。
巣の中心が近づいていることは明らかだった。
「うーう! うーううう!」
突然、奥の方から男のうめき声が聞こえた。
おそらくフライドだろう。
彼はまだ生きていたのだ。
俺たちは音を立てないように足を動かした。
やがて、広い所に出た。
天井は高く、びっしりと蜘蛛の太い糸が張っていた。
その天井から吊るされているものの中に、人の形をしたものがあった。
「うーう! うーううーう」
人の形をしたものから声がする。
間違いない、あれがフライドだ。
「レイナ、天井につながっている糸を切ってくれ」
「……」
「レイナ?」
彼女は天井を凝視していた。
俺も再度、天井に視線を移した。
そしたら、そこにいた。
「キイイィィィ!!」
天井に引っ付いていたソイツは、壁を這って地面に着地した。
頭部についている8個の眼は俺たちを映している。
灰色の毛が生えた8本の足が、俺たちを目掛けてカサカサと動き出した。
「『水斬撃』!」
レイナの手から魔法が放たれる。
そしてそのまま大蜘蛛の足を2本切断した。
「キイィィィ!!」
大蜘蛛は怯まなかった。
お返しとばかりに糸を吐きかけてきた。
だが、そのスピードは速くはない。
俺とレイナは容易に回避することが出来た。
すぐさま、俺が電撃魔法で攻撃をしようとしたとき――――――――
グチャッ!
嫌な音がした。
同時に感触も。
俺は自分の足元を見た。
そこには、無残にも潰れた卵らしきものがあった。
一体誰の?
いや、そんなこと考えなくてもわかる。
さらに答えを裏付けするかのように、卵の残骸から小さな蜘蛛がカサカサと出てきた。
その光景を見て、胃の中からこみ上げるものがあった。
さらに足を上げてみると、靴の裏にドロッとした液体がくっついていた。
足元には潰れた小さな蜘蛛の死骸が5、6体ある。
それを見て、俺は堪え切れなくなった。
「けっ…うおぇっ…」
嘔吐した。
戦闘中だというのに。
「エト!!」
レイナの呼びかける声が聞こえる。
俺は口元を拭い大蜘蛛へと向き直った。
「電撃」
俺の手から放たれた魔法はいともたやすく直撃した。
電気出力など特に意識はしていなかった。
それでも、あの巨体では避けようがない。
「キイイィィィ!!」
大蜘蛛は悲鳴のような奇声を上げる。
そして、その場から動かなくなった。
「水斬撃!!」
すかさず、レイナが魔法を放つ。
その魔法は、大蜘蛛の頭部を2つに切り裂く。
そして、頭部から紫色の血が噴き出し、そのまま力なく崩れ落ちた。
「ふぅー」
レイナはため息をついた。
そして、すぐに己の体に汚れが付いていないか確認する。
「よし! 汚れなし!」
彼女は小さくガッツポーズをした。
そんな時、俺はと言うと、ほとんど放心状態だった。
---------
辺りが暗くなり始めた頃、俺たちは洞窟から出てきた。
俺はすぐに近くの木まで走っていき、もう一度吐いたのだった。
「おお! フライド!」
全身にまだ糸が残っているというのに、お構いなくマルクはフライドに抱き着いた。
これが男の友情か。
それともホモなのか。
今となってはそんな事どうでもいい。
「本当にありがとうございます!! 約束通りこちらを」
マルクは赤く光り輝く結晶をくれた。
触れただけで、かなりの魔力が内包されているのがわかった。
「では、私たちはこれで」
約束通り高魔石をくれた後、マルク達はすぐさま荷馬車に乗り、この場を去った。
なにやら急いだ様子だったな。
まあ、そんなことどうでもいいか。
「……大丈夫?」
顔色の悪い俺を心配したのか、レイナが声をかけてきた。
「う、うん。今はだいぶマシになってきた」
外の空気に触れたことで、吐き気は治まってきた。
やっぱり自然が生み出す空気ってのは別格だね。
「私たちもそろそろ休もう」
俺は静かに同意したのだった。




