閑話 風呂場にて
今日はいろいろなことがあったな。
変な奴に絡まれて、なんやかんやあってソイツを仲間にした。
まあ、仲間ではなくパシリなんだけど……。
とりあえずソイツのおかげで今日は銀貨10枚と銅貨6枚を稼げた。
確か銀貨10枚で金貨1枚分の価値だったから……。
実質、金貨1枚と銅貨6ってことか。
だいぶ余裕はでてきたところだし、今日は宿を2部屋とることにしよう。
そうすれば快眠できるだろうしな。
そんな事を考えながら、俺は今、湯船につかっている。
黒髪を見られないように貸切にしてあるため、俺一人しかいない。
すでに30分は経過しているだろう。
それでも俺はのぼせていない。
こちらの世界のお湯は、日本に住んでいた俺からするとぬるいのだ。
まあ、さすがに一時間もつかっていたらのぼせるだろうけどね。
「……ふぅー」
いつにも増して疲れたな。
心の荷が下りたからだろうか。
今考えてみても俺はバカだったと思う。
最初から最後まで。
俺はレイナを過信しすぎたのかもしれない。
彼女ならきっと大丈夫だろう……と。
その結果、危うく失いかけた。
そんなことになったらカインさん達に合わせる顔がない。
俺は彼女のことを任せられているのだから、もっとしっかりしなくては。
ふと俺は右手を見た。
傷などは残っていない。
それなのに痛みが取れない。
レイナは下級回復魔法を使うことができる。
それでも完全に治せないってことは、思った以上に重傷だったのかもしれないな。
やっぱり電気出力を考えなくちゃな。
いつか自分の身を滅ぼすことになるかもしれないし。
「……上がるか」
ポツリと呟き、俺は立ち上がろうとした。
その時だった――――――――
ガラガラ~
浴室の扉が開く音がした。
せっかく貸切にしたってのに、一体誰だ?
ていうか髪が見られちゃうじゃん!
俺はすぐに布を頭に巻いた。
ところどころから黒い髪の毛がはみ出ているが、それをどうかする時間はもう無い。
俺は最高のピンチを迎えてしまったのだ。
とりあえず湯船の底に隠れた。
小学生の頃に水泳を習っていたため、そんなことはお手の物だった。
それにしても、ここからどうするか……。
いつまでもここに隠れている訳にもいかないし。
タイミングを見計らって脱出するしかない。
俺はひとまず様子を伺うことにした。
胸と腰を隠すように巻かれた布。
程よい肉付き。
肩にかかる銀色の髪。
まるで何処かで会ったことがあるような……。
――――――――て、レイナじゃねえか。
何で入ってきたんだよ。
それにしても……。
隠れて女子を観察してる俺って、まるで変態じゃないか。
断じてそんなつもりは無い。
もしもやるなら、ちゃんとした計画を立てるからな。
レイナになら髪を見られてもいいんだが……。
どちらにしても、気まずいことに変わりはない。
さて、どうしたものか……。
「そんな年になってまで水遊びしてるの?」
あれ? 俺がいるのを知ってるのか?
だとしたら、何故入ってきたんだ?
「あ、あの、俺が入ってるんだけど……」
俺は湯船の底から浮かんで、ポツリと質問した。
すると、レイナは一瞬きょとんとした顔をした。
「そんなこと知ってるけど?」
「……だったら何で?」
「節約」
彼女は迷うことなくそう答えた。
貸切だと何人で入ろうがお金がかからないんだっけ。
確かに俺たちはまだお金に余裕があるとは言えない。
それでも、風呂ぐらいは別でいいんじゃないだろうか。
お互いにリラックスできないだろうし。
ただ彼女はそれすらも無駄遣いだと思うらしい。
自分の身体を男に見られるとしても。
もしかしたら彼女には羞恥心と言うものが無いのかもしれない。
自分の身体くらい大事にしてほしいのだが……。
「そ、そうなんだ! じゃあ、俺はそろそろ上がるね!」
そう言って俺は立ち上がった。
このままここにいると何かヤバい気がする。
色々と。
「そう? 勿体ないね」
なんだ? 一体何が勿体ないんだ?
せっかく一緒に入れるのに、てことか?
まったく、どうしてもって言うならしょうがないなぁ。
「わかった。もう少し温まることにするよ」
俺の心の中は祭り状態だ。
「やったー! 女子と一緒に風呂に入れるぞ!」ってね。
逆に、俺のチキンな方は「ダメだ! 紳士として今すぐ上がれ!」と喚いている。
ほんとはただ勇気がないだけのくせにね。
正直、俺は自分でも認めるほどのチキンだ。
友達には余裕だし~、とかほざいていても、実際に本番が来たらビビってしまうだろう。
ただ今回は勇気を出した。
彼女も嫌がってはいないし……。
実際は嫌がってるのかもしれないが。
とりあえず、今日頑張った自分へのご褒美だ。
まあ、さすがに厭らしいことはしない。
ていうか出来ない。
出来るわけないだろ。
そんなことを考えていると、レイナが湯船に入ってきた。
布を身体に巻いたまま。
「それはルール違反だぞ」って指摘したくてもできない。
「ふぅー」
レイナは目を閉じ、一息ついた。
リラックスしているようだ。
「……エト、改めて今日はありがとう」
彼女は俺の目を見ながら言った。
頼むからそんな直接見ないでくれ。
「い、いや、まあ、どういたしまして」
俺は目を逸らしながら答えた。
今、レイナのことを見たらヤバい。
どうなるかは分からない……、それでも本能が警告している。
「そ、そろそろのぼせてきたし、上がろうかな」
俺はそう言い、腰を上げた。
自分では確かめようがないが、恐らく今の俺の顔は真っ赤だろう。
のぼせたという言い訳が使えなかったら危なかった……。
まあ、実際のぼせてるんだが。
まともな思考もできないほどに。
「あ、あれ?」
突然、目の前が暗くなった。
レイナが何やら叫んでいるが、全く聞こえない。
「レイ……――――――――」
そのまま意識が消失した。
---------
次に目が覚めた時には、すでに日が変わっていた。
どうやら俺は倒れてしまったらしい。
それにしても、誰が俺をベッドにまで連れて来てくれたんだろうか。
もしかしてレイナか……?
「マジか……」
ご丁寧に服まで着せてくれたようだ。
つまり、俺のあんなところやこんなところが見られてしまったということだ。
想像するだけで顔が真っ赤になっちゃう。
今すぐにでも穴に入りたい気分だ。
でもまあ、彼女は命の恩人だな。
あとで感謝しておこう。
さあて、今日も面倒事に巻き込まれないようにしつつ、お金を稼ぎますかね。
そんな事を考えながら、俺は部屋を後にするのだった。




