第十三話 喧嘩
時刻は昼頃。
俺たちは町から少し離れた所にいた。
俺も含め、数十人の男たちが二人の男女を囲んでいる。
二人の男女と言うのは……そう、獣人族の剣士とレイナだ。
ここにいる者だったら何故こんな状況になっているのか知っているだろう。
当然俺も知っている。
思い出すだけで気分が悪くなる。
レイナがいなければ、今頃俺は身ぐるみをはがされた状態で町の外に捨てられていただろう。
はぁ、ほんとにめんどくさい事になった。
本当だったら今頃、俺たちは依頼を遂行していただろう。
特に苦労することもなく。
依頼主からは感謝され、お金ももらえる。
まさにハッピーだったはずなのに。
全てはこの剣士のせいだ。
コイツみたいに、自分がちょっと強いからってイキるような輩は日本にもたくさんいた。
俺はそう言う奴等が大っ嫌いだ。
周りのことも考えずに威張りやがって。
指摘したくてもビビッてできないこっちの気持ちにもなれってんだ。
あれ、なんか腹が立ってきたぞ。
そうだ、今の俺には電撃魔法がある。
嫌いな奴を懲らしめられる力があるんだ。
――――――――おっといけない。それだと俺も同類になってしまう。
俺はソイツ等みたいにはならない。
絶対に。
「ぶっ殺せ!!」
「やっちまえ!!」
にしても、野次馬うるせえな。
付け加えよう。他人事の時にだけイキる奴も嫌いだと。
それにしても、あの剣士。
果たして本当に強いのだろうか。
レイナの不意打ちに反応できていなかった辺り、実際はそこまでなんじゃないだろうか。
最初に見たときに感じた強者感も、すでにない。
俺の思い込みだったのだろうか。
今の俺には、一杯食わされて悔しがっている情けない男にしか見えない。
「言っておくが、安心しろ。殺しはしない」
「へえ、勝てると思ってるんだ」
どうやら、あの剣士はレイナに勝てる自信があるらしい。
まさか真の実力を隠しているのだろうか。
そんなに器用そうには見えないけどな。
「は! 当たり前だろ。俺は中級剣術をマスターしているからな!
そこらのちょっと魔法が使えるだけの小娘とは違うんだよ!」
中級剣術か……。
もしも本当なら相当な実力者だ。
ちなみに、今の俺は初級剣術すらマスターしていない。
ただの人間が剣を握ってるって状態だ。
「そう、それはすごいじゃん」
さすがレイナだ。
中級剣士くらいにはビビりもしない。
まあレイナも中級魔法を使えるほどの天才だからな。
それにしても、二人の間合いの距離が思った以上に近い。
あれじゃ剣士の方が有利に決まってる。
うーん。それでも間合いを長くしすぎると、逆に魔法を使うレイナの方が有利になるしな……。
「始める前にひとつ。
俺が勝ったら、俺の女になれ」
まだ言ってるよ。
確かにレイナは顔は良いけどさ……。
実際は人のことをベッドから突き落とすような悪魔なのに。
「わかった。それでいい」
「……ふん。その言葉忘れんなよ」
そして、剣士は剣を抜いた。
その剣がかなりの上等なものであることは、鑑識眼がない俺にもわかった。
「さあ、始めようか」
剣士はそう言って腰を屈め、剣を構えた。
あれがアイツの戦闘スタイルなんだろうか。
「それでは……始め!!」
野次馬の一人が声高に宣言し、決闘が始まった。
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先に仕掛けたのはレイナだ。
「水流弾!」
レイナの手から勢いよく水が放たれる。
水流弾……、それはレイナの最も使い慣れた魔法だ。
殺傷能力は皆無である。
それでも少ない魔力で使用できるため、水魔法の中では割とポピュラーだ。
だが、レイナは人並外れた魔力総量を持っている。
魔力消費なんか気にしなくてもいいだろうに。
もしかしたら相手を殺さないようにしているのかもしれない。
「ふん!」
剣士は左側に跳躍して魔法を躱した。
そして、地面に足が着くと同時に踏み込み、レイナに迫った。
人間離れした反射神経だ。
流石に獣人族なだけはあるな。
近距離戦になるとレイナの勝ち目は薄くなるだろう。
だが、そんなことは彼女も重々承知している。
「水壁!」
その言葉と同時に、レイナと剣士の間に背高い水の壁が出現した。
俺の知らない魔法だ。
いつの間に習得したのか。
「……そんなもの!」
剣士は怯まなかった。
そこまで自分の腕に自信を持っているのか、それともただの馬鹿なのか。
多分、後者だろう。
あろうことか、剣士は水の壁に突っ込んでいった。
普通は罠だと疑うだろうに。
そして案の定、後方へ吹き飛ばされた。
レイナが、水の壁で視界を遮られたところに魔法を当てたのだ。
「くそ……」
すでに剣士は立ち上がっていた。
やはりレイナは殺さないつもりなのだろう。
昨日俺を救ってくれた時に使用した魔法だったら、今頃剣士は真っ二つだったからな。
「まだやるの?」
その言葉に野次馬は皆黙った。
彼らも理解しているのだろう。
これが本当の戦闘だったら、さっきので決着がついていると。
「ふん! どうやらただの小娘じゃないようだな」
一人だけ理解していない剣士がいた。
額にはびっしりと汗をかいている。
誰が見てもみっともなかった。
「いいだろう。本気を見せてやる!」
本気だって!?
まさか実力を隠していたのか?
――――――――いや、そんな訳ないか。
第一、隠すメリットがない。
それに前にも言ったが、アイツはそこまで器用には見えない。
アイツがここから逆転するには姑息な手を使うしかないと思うが……。
そして、俺はふと周りを見回してみた。
まさかそんな事はないよなと思って。
そして気づいた。
レイナの真後ろにいる野次馬の一人が水魔法を放ったのを。
狙った先にいるのは……レイナだった。
その水魔法はレイナのものと比べると数段小さかった。
だが、それでも彼女の体勢を一瞬崩すのには十分な大きさだった。
「レイナ!!」
俺の声が届いたのか、彼女は咄嗟に振り返り、間一髪で躱した。
……が、レイナの意識が後ろに向いた時点で、剣士の作戦は成功したと言える。
「レイナ、前!!」
俺が叫んだ時にはもう遅く、剣士は上段から剣を振り下ろしていた。
レイナはその一撃をなんとか躱した。
しかし、無理に避けたために尻餅をついてしまった。
「へ! よそ見をしちゃあいけねえな!」
そう言って剣士はレイナの腹を蹴り上げた。
何度も何度も。
「がはっ……!!」
やがてレイナは吐血し、動かなくなってしまった。
「……レイナ!!」
俺はレイナに駆け寄った。
決闘中だろうが、そんなものお構いなく。
彼女は生きていた。
どうやら気絶しているだけのようだ。
ひとまず、俺は胸をなでおろした。
「見ただろう!? 俺の勝ちだ!!」
剣士は声高に宣言した。
「よくやった!!」
「ザマ―見ろ!!」
野次馬から歓声が上がる。
一方、「せこいぞ!」と罵声を浴びせる者もいた。
しかし、剣士が睨みを利かせたことで黙り込んでしまった。
「じゃあ約束通り、こいつは俺の女だ」
剣士は剣を収め、そう言い放つ。
確かにそういう約束をしていた。
レイナもそれに同意していたのだから、この事に関して誰も口出しすることはできない。
――――――――だが、俺は納得しなかった。
「……おい、待てよ」
剣士は立ち止った。
そして振り返り、俺を見下ろした。
「おいおい、約束にケチつけるのか?」
「あんな姑息な手を使って、勝ったと言えるのか?」
「ふん! 勝負ってのは勝てばいいんだよ」
確かに言ってることは正しいかもしれない。
だが俺は納得できない。
「それともなんだ? お前も俺と戦いたいのか?」
それもいいかもしれない。
ここでコイツを殺せば、約束は反故になるだろうし。
「ああ、やろう。殺してやるから」
「ハーハッハッハ!! 殺すだって? おもしれぇ事言うじゃねえか!
いいだろう、戦ってやる。だが、手加減はしないぞ?」
手加減だって?
姑息な手を使わなきゃ勝負もできない奴がよく言うな。
「さあ、お前も剣士なんだろう? 早く剣を抜け!」
「剣は使わない」
「ほう? 剣を使わずに俺に勝てると?
随分と舐めてくれるじゃねえか! このガキが!」
剣の勝負だと俺に勝ち目はゼロ。
つまり、奴の間合いに入ったら俺の負けだ。
「その生意気なガキを黙らせろ!!」
「やっちまえ!!」
思わぬ2回戦目に、野次馬のテンションが上がっているようだった。
俺はチラリと後ろを確認した。
またレイナの時みたいに、姑息な手を使ってくるかもしれないから。
まあ、アイツは俺のことを舐めてるみたいだし、使わないかもしれないけど。
後ろにはレイナが座っていた。
まるで「後ろは任せろ」と言わんばかりに。
とりあえず意識が戻ったようでよかった。
彼女の口元についている乾いた血が、より一層俺の怒りを助長させる。
「まあ、俺も優しいからな。先制させてやるよ」
そう言いつつ、奴の手にはすでに剣が握られている。
意外に用心深い奴なのかもしれない。
「じゃあいくぞ」
そして俺は怒り任せに右手に力を込める。
電気出力なんか意識しない。
確実に目の前の男を消すために。
「お、おい、ちょっと……」
何か聞こえた気がするが、そんなものは知らない。
ただ、ありったけの力を込め、解き放った。
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俺は何が起こったのかよく分からなかった。
あまりの眩しさに、目を閉じてしまったから。
そして今、目の前にはべったりと地面に座り込む男と一直線にえぐれた地面があった。
男は目を見開き、口を半開きにしていた。
彼の足元には、剣柄の先が無くなった剣が落ちている。
もしかして俺がやったのだろうか。
だとすると、俺はどんな魔法を放ったのだろう。
地面の形を見るからにビームでも撃ったのだろうか。
「……痛っ」
ふと自分の右手を見ると、真っ赤にただれていた。
電気出力を考えずに攻撃した代償だろうか。
「……大丈夫?」
気が付くと、レイナが俺の隣にいた。
「ああ、ちょっとやりすぎちゃった」
周りを見てみると、野次馬が唖然とした顔で突っ立っていた。
腰を抜かしている奴もいた。
「手を見せて」
「……ああ」
レイナが俺の右手に治療魔法をかけてくれた。
「ありがとう」
右手はみるみるうちに治った。
しかし、火傷のような痛みが少し残った。
「こちらこそ、ありがとう。
私、ちょっと思いあがってたかもしれない。
エトがいなかったら私は今頃……」
そう言い下を向いてしまった。
「相手が卑怯な手を使ったんだから仕方がないよ」なんて言おうとしたが、止めておいた。
実際の戦闘では、『卑怯』なんて言葉はない。
相手に勝つことが何よりも重要なのだから。
その過程なんか関係ない。
彼女も今回の経験を経て、また一段と強くなるだろうし。
あれ? なんで俺はこんな上から目線でものを言ってるんだろうか……。
「――――――――それにしても……」
俺とレイナは一人の男を見る。
すでに戦意を喪失した男を。
「コイツをどうしようか……」
剣を失った彼には、もう打つ手はなかった。
本気で走れば、きっと逃げられるだろう。
だが、彼にはすでにそんな事を出来る勇気もなかった。
自分よりも格下だと思っていた男にやられたのだ。
それも見たこともない魔法で。
さらには、自分を殺さないように剣だけを狙ってみせるという余裕さえあったのだ。
――――――――まあ実際には、あまりの力にコントロールできなかっただけだが。
そのことを彼が知るすべは無いのであった。
「い、今までの無礼をお詫びします!
どうか、命だけは……」
そう言って男はこうべを垂れる。
俺はレイナと顔を合わせた。
コイツをどうするべきかと。
正直、怒りはもうない。
まるで、あの魔法と一緒に身体からきれいさっぱり放出されたような感じだ。
まあ、つまり俺はコイツのことはもうどうでもいいのだ。
レイナ次第だ。
「……そういえばコイツ、私のこと蹴ったよね」
「す、すみませんでした!!」
そう言って男は平伏した。
なんかちょっと可哀そうになってきたな。
「ふんっ!!」
彼女はそんな事気にも留めずに蹴りを入れる。
ま、まあ、自業自得ってことで……。
「あ! 良いこと思いついた」
「どんなの?」
「俺たちの受けた依頼をコイツにやってもらおう。
そして俺たちは別の依頼を受ける。
そうすれば一日で二つの報酬がもらえるから効率が上がるぞ」
俺の提案に彼女は目を輝かせて賛成してくれた。
「もちろん、それでいいよね?」
俺は悪そうな目つきで男を見る。
男は顔を上下に振った。
「……そういえば、名前聞いてなかったな」
「ロドルフ・モンタールです」
「じゃあ、よろしくな」
こうして、俺たちにパシリができたのだった。




