第十二話 冒険者ギルドにて
時刻は朝方。
昨日の戦闘の疲労は残っていない。
体調も万全だ。
何も心配することは無い。
しかし、さっきから身体中に不快感がある。
まるで硬い台の上で寝ている感じの。
――――――――いや、俺はこの感覚を知っている。
ていうか昨日も体験した。
このザラザラとした感触。
どこか懐かしいにおい。
そう、床だ。
俺は無言で立ち上がり、ベッドでへそを出しながら大の字で寝ているレイナから毛布をはぎ取った。
「うっわ! さっむ!」
レイナは仰天し、勢いよく体を起こした。
素早い動きだった。
「急になに?」
彼女はきょとんとした顔をしていた。
何故毛布を取り上げられたのかわかっていないようだった。
「……いい加減にしろや!!」
そんな感じでまた一日が始まった。
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宿を出るなり眩しい日差しが俺たちを照りつけた。
そう言えば、この世界にも太陽はあるんだったな。
いや、正確には太陽ではないか。
ここ最近は曇り空が多かったからな。
今日はビタミンⅮをたくさん生成できるぞ。
まあ、この身体にビタミンなんてものがあるのかわからないが……。
「いい天気だね」
そんなことをレイナがポツリと呟いた。
彼女は手で日差しを遮りながら空を見上げていた。
透き通る銀色の髪がキラキラと輝く。
その姿は、まるで女神のようだった。
美術館に飾ってある絵画に描かれていても違和感がないほど。
「さ、ご飯食べよ」
「お、おう」
おっと危ない。
今日の予定を忘れるところだった。
さてさて、本日の予定は至って簡単だ。
昨日と同じでお金稼ぎをする。
ただそれだけ。
だが、その前に朝食を食べる。
腹を満たすことは重要だ。
腹が減っては戦はできぬと言うしね。
そんな事を考えているうちに酒場に着いたのだった。
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20分ほど食事をし、酒場を後にした。
酒場と言うからには酔っ払いが多いだろうと身構えてたが、特にこれといった問題も起きなかった。
強いて言うなら、レイナが「もう少し安くてもいいのに」とか愚痴を吐いていたぐらいか。
まあ出された料理には文句を言わずに食べていたから大丈夫だろう。
「今日はどんな依頼が来ているかね」
「さあ。出来れば報酬が多いやつがいいけど」
俺たちは今、冒険者ギルドに向かっている。
酒場からはそこそこ距離があるので、すでに15分ほど歩いている。
食後の運動としては丁度いいけどね。
「あ、今日はちゃんと安全第一でな」
「わかってるよ」
ほんとにわかってるんだかね……。
昨日のこともあって、俺はレイナに対してちょっぴり恐怖を感じている。
彼女のことだから俺のことを身代わりとして使いだしてもおかしくないし。
よし、戦闘中は出来るだけ近づかないようにしよう。
「はぁ、やっと着いた」
色々と考えているうちに冒険者ギルドに着いた。
横目でレイナを見てみると、彼女は横っ腹を手で押さえていた。
もしかして胃が痛いのだろうか。
それにしても――――――――
「なんか騒がしいな……」
冒険者ギルドがやけに騒がしかった。
一体何があったんだろう。
もしかしたら有名な人が来ているのだろうか。
なんか嫌な予感がする。
面倒なことにならなきゃいいけど……。
「何してんの?」
そんなことを懸念していると、レイナが俺のことをジト目で見ていた。
その目は「またかよ、いい加減にしろや」なんて言っているようだった。
「今行くよ!」
彼女は何とも思わないのだろうか。
もうどうなっても知りませんよ! 俺は!
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冒険者ギルド内は相変わらず目つきの悪い男たちばっかりだった。
昨日とあまり変わっていない。
ただ一点を除いて。
俺たちの正面のやや右側に一人の獣人族の男が座っていた。
その男は剣を腰に携えていた。
そう、剣士だ。
俺はゴクリと唾を飲み込んだ。
ソイツは明らかに他の奴とは雰囲気が違った。
こんな危なそうな奴に目をつけられたら、たまったもんじゃない。
レイナはそんなこと気にも留めずにトコトコと受付まで行ってしまった。
まるで、そんな奴最初からいなかったかのように。
そういうところだけは真似したいな。
俺はソイツと目が合わないように受付まで行った。
出来るだけひっそりと。
俺は影だ、と自分に言い聞かせて。
「はぁー、疲れたー」
ひっそりと歩くのって結構疲れるな。
いや、どちらかと言うと精神にきたのか。
ともあれ、何とか受付まで来れたぞ。
「なに疲れてんの?」
「……!?」
この人やっぱりバケモンだ。
日本が誇るYAKUZAの目の前を堂々と通るようなもんだぞ。
すさまじい精神だ。
俺の中では、もはや尊敬の域にあるぞ。
「すみません。依頼を受けに来ました」
「かしこまりました」
俺の精神がヒーヒー言ってるってのにレイナは気にも留めない。
この女は悪魔だ!
魔神だ!
「こちらが現在受けることが可能な依頼です」
「どれどれ……」
彼女は顎に手を当てながら、依頼一覧を凝視していた。
俺も横から見てみる。
・星2
畑を荒らす魔物を退治する
報酬:銀貨8枚
・星1
町の北に生えているカエンソウを採取する
報酬:銀貨2枚、銅貨6枚
・星3
町の南に生息する魔物の群れを退治する
報酬:金貨2枚、銀貨1枚
依頼一覧に書いてあったのはこの3つ。
星3の依頼はパーティー人数的に受けられないので、実質2つだ。
それにしても、こうして見てみると昨日の依頼の報酬がいかに少ないのかがわかるな。
まあ過ぎた事だし、もういいか。
「じゃあ、この星2のやつで」
二択となったら報酬が多い方を選ぶのは当然だな。
昨日の依頼よりは楽だろうし。
さて、そうと決まればすぐに行動しなくては。
善は急げだからな。
「……あ」
そこで俺は気づいてしまった。
ここを出るためには、もう一度あの剣士の前を通らなくてはいけないことを。
今度こそ俺の精神が持たないかもしれない。
「……何してんの?」
「い、いや、なんでもないです」
レイナに急かされて、俺はビクビクとした足取りで歩き始めた。
目を合わせないように細心の注意を払いながら。
大丈夫だ! さっきも通れただろ!
そう自分に言い聞かせた。
そして、剣士の横を通り過ぎようとしたとき――――――――
「うわ!!」
俺は転んだ。
そして、そのままテーブルにぶつかった。
上に乗っかっていた酒とおつまみか何かが床に落ちる。
「おい! 何してくれんだ、このガキ!!」
そのテーブルに着いていた男が怒鳴り、俺の胸倉を掴んできた。
酒臭い息が顔にかかる。
「す、すみません!」
俺は、自分の心臓がバクバクと鳴るのを感じた。
……ああ、俺は緊張しすぎる余り足を滑らせてしまった。
最悪のミスをしてしまった。
――――――――いや、おかしい。
いくら緊張していたとしても、あのタイミングで転ぶなんていうヘマはしない。
それに、転ぶ瞬間に足に何かがあたった感じがした。
「おいおい、なに転んでんだよ」
ワザとらしい声でしゃべる男……獣人族の剣士。
こいつのせいだ。
「あーあ、酒もおつまみも全部ダメになっちまったな。これは弁償だな」
剣士は、俺のことを指さしながら嫌味ったらしく言った。
周りの奴らも便乗して罵声を浴びせてくる。
俺は焦った。
考えうる最悪の展開だ。
落ち着け……。 そして考えろ。
どうすればこの状況を切り抜けられる。
転んだきっかけを作ったのはこの剣士だ。
だが、それを指摘したところで周りの奴は全員向こう側だから意味がない。
ここに俺の味方は誰もいない。
――――――――うん? 味方がいないだって?
味方ならいるじゃないか! それも最も頼りになる人が!
「あんたから足掛けといてなに言ってんの? それともただの馬鹿?」
「あ? なんか文句あんのか?」
この場で唯一、俺の味方であるレイナの存在を面白くないと思ったのか、剣士は彼女を睨みつけた。
だが、そんなものでレイナは怯まない。
怯むはずがない。
「まあ、確かに俺が足を掛けちまったかもしれねぇ。
けどな、実際、酒もおつまみもダメにしたのはコイツだ。
キッチリ弁償はしろよ」
その言葉に外野が「そうだ! そうだ!」と声を上げる。
「あ、それともお金がなくて弁償できねえか?
あんな糞みたいな依頼を受けるほどだもんな。
相当ビンボーなんだなお前ら。
ま、お前は面だけは良いから俺の女になるってんなら弁償はしなくてもいいぞ」
は? 今の言葉は聞き捨てならんぞ、この毛むくじゃら男が!
俺は心の底から湧き上がる怒りを抑えるのに必死だった。
「おいおい、時間は有限なんだからよ。早く答えろよ」
「あっそ、それなら――――――――」
「ぐお!!」
レイナはお得意の水魔法を放った。
彼女の不意の行動に反応できなかった剣士はもろに喰らい、そのままテーブルをなぎ倒し、壁まで吹き飛んだ。
「け、喧嘩は外でお願いします!!」
受付の男が声を張り上げた。
まあ、彼からしたら大迷惑だわな。
テーブルと壁が壊れちゃったし。
「大丈夫です!」
レイナは受付の男を見て、声高にそう宣言した。
一体何が大丈夫なのか俺にはちょっとわからないが。
「アイツを吹き飛ばしたのは私です。けれど実際、テーブルと壁をダメにしたのは、吹き飛んで
ぶつかったアイツです。
弁償なら、アイツがしてくれますよ」
「て、てめえ……」
壁まで吹き飛ばされた剣士は、すぐに立ち上がり再びレイナを睨み始めた。
その眼には、先ほどは無かった殺気が込められていた。
余程、恥をかかされたのが気に食わないのだろう。
いやー、それにしてもいい気分だ。
今すぐにでも「ザマ―見ろ、バァーカ」って言ってやりたい。
まあ、今は我慢しよう。
それにしても、レイナにはほんとに頭が上がらないな。
後で感謝の一つでもしよう。
「表に出ろ! 本当の強さってやつを見せてやる!」
「受けてあげる。でも私が勝ったらお金をもらうから」
「……いいだろう」
え?
ちょっとそれは聞いてないぞ。
「ついてこい!」
剣士はそう言い、冒険者ギルドを出て行った。
レイナもそれについていく。
「……レイナ」
俺は心配げに彼女を見た。
彼女は頷いた。
まるで「大丈夫」とでも言うように。




