第十一話 オオカミ退治
今、俺たちはとある村に来ている。
その村は活気があった町とは打って変わって、閑散としていた。
そこに建てられている民家も、お世辞にも立派とは言い難いものだった。
さて、そんな村になぜ来たのか……。
理由は簡単。
俺たちは、ここに仕事をしに来たのだ。
「……なあ、ここに依頼人いるんだよな」
「その筈なんだけど……」
「なんか人が住んでる感じしないんだけど」
村に来たはいいが、人気が全くない。
生活をしている感じも一切しない。
明らかに普通の村ではなかった。
「何ていうか、村全体が貧しい感じだな」
「魔物のせいかもね。ちゃんと報酬払えるのかな」
……あれ? 心配するところ違くない?
まあ、俺たちも払ってもらわなきゃ困るけど。
「ひとまず、民家を訪ねてみよう」
「賛成」
そして、俺たちは近くにあった民家を訪ねた。
すると、案の定村人がいた。
貧相な身なりで、今にも死んでしまいそうな老人だった。
「あ、あの……、あなたが依頼主ですか?」
俺がそう聞くと、老人は顔を上げて俺を見つめてきた。
その瞳からは、どこか諦めを感じさせた。
どうせお前もなんだろ? といった感じの。
「俺たちは依頼を受けに来ました。
なので出来れば内容を教えてもらいたいのですが……」
俺の言葉を聞いても、老人は顔色ひとつ変えなかった。
そんな老人を見兼ねたレイナが俺の前に出てきた。
「あの! 教えてもらえませんか!?」
レイナはまるで高齢者を相手しているように大きな声で聞いた。
まあ実際、高齢者なんだけどね。
「おぬし達は本当にワシらを助けてくれるのかね?」
老人は重い口を開き俺たちに聞いてきた。
質問を質問で返すなと習わなかったのだろうか。
まあ、今は気にしないことにしよう。
「ええ、もちろん。報酬をちゃんと払ってくれるならですけどね」
報酬という単語を聞いた瞬間、老人はピクリと反応した。
「おぬしたちも報酬目当てか?」
「え、まあ、お金に困ってるもんで」
あれ? 俺なんか変なこと言ったかな?
報酬求めちゃいけなかった?
「悪いが、見ての通りこの村は裕福ではないのでな、あまりたくさんの報酬は払えん」
「報酬というのは、一体どのくらいですかね?」
「銀貨2枚だけじゃ。悪いがそれ以上は出せん」
うーん。銀貨2枚と言われても……。
星2の依頼の報酬はどれくらいが普通なのか知らないしな。
報酬をちゃんと払ってくれるなら俺は満足なんだけど。
一応、俺はチラリとレイナの顔を確認してみた。
彼女も別に不満そうじゃなかった。
てことはオーケーだ。
「わかりました。その依頼受けます」
「な、なに! 本当か!」
いきなり老人の目に生気が戻った。
おまけに5歳くらい若返った気がする。
そんなにうれしかったのだろうか。
「半年も待った甲斐があった」
半年って……。
そんなにブラックな依頼なんだろうか。
「あの……、詳しく話を聞いても?」
老人は俺たちに今までの経緯を話してくれた。
この村は昔、農業で栄えていたらしい。
今の村を見た後だとちょっと信じられないな。
おっといけない、話を戻そう。
丁度一年ほど前に、村に突然魔物がやってきた。
そして村人を殺しまわり、食料を奪っていった。
その後も定期的に村を襲いに来て、惨劇を繰り返した。
その頃になって冒険者ギルドに魔物の退治を依頼したが、時すでに遅く、村は今のような状態になってしまった。
「こんなところですか?」
「ああ、理解が早くて助かるよ」
なんて悲惨な話なんだろうか。
ドキュメンタリー映画でも作れるんじゃないかと思うほどに。
「それなのに、誰も助けてくれなかったんですか?」
「ああ、正直に言って割に合わない依頼だからね」
なるほど。
この依頼を受けようとしたパーティーが、いざ現地に来てみて割に合わない依頼だと知って帰ってしまう。
そのような状態がずっと続いたのか。
気の毒だな。
まあ、それも今日まで。
割に合わないらしいけど、ここはひとつ俺たちが一肌脱いであげるか。
「それで、どんな魔物なんですか?」
「白狼だ」
「よりによって白狼か……」
レイナが何やら知っているような口調で言った。
「危険な奴なの?」
「父さんに昔聞いたことがある。
利口で、群れを成して獲物を狙う魔物だって。
最近になって危険度3に引き上げられたらしいし」
そういえば、確か魔物自体にも危険度があるって受付の人が言ってたっけ。
危険度5がマックスだから……。
危険度3って半分より上じゃねえか。
そりゃ、みんな帰るわけだ。
「まあ、あくまで群れとしての危険度だからね」
「いや、それでも危険でしょうが!」
なんか思った以上に危険な依頼だったな。
どうしよう……。
今からでも帰ろっかな。
詐欺まがいの事したのはこの老人だし。
「それで白狼の住処は何処にあるんですか?」
「えええ! ちょっと待って! 受けるの!?」
「だってお金必要じゃん」
「また町に戻って別の依頼を受ければいいじゃん!」
「……戻るのめんどくさい」
オーマイガー!!
自分の命よりお金を取ったよこの女!
なんて恐ろしいんだ!
「白狼はここから西にある山に住んどる」
「じゃあ退治してくるので、ここで待っていてください」
「二人で大丈夫なのかね!?」
無理です。
たった二人でなんか無理です。
死にます。
「この村にもまだ戦える者はおる!
せめて、戦力として連れてって――――――――」
「心配ご無用です。
私は大丈夫だし……、この男もこう見えて結構強いので」
今、褒められても全く嬉しくないんだけど!
しかもレイナのその自信は何処から湧いてくるんだよ!
お金に目が眩んだのか!?
「で、ではせめてこちらだけでも」
そう言って老人は俺に剣をくれた。
使い古されたようで、少しボロボロになっていた。
「じゃあ行ってきます」
そしてレイナは俺の手を無理やり引っ張りながら民家から出た。
ああ、これが死地に赴く兵士の気持ちか……。
もしかして、レイナは俺を死へと誘う死神なのだろうか。
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ここは、噂の白狼の住処があるという森の中。
そんな危険な場所を進むのは二人の男女。
女の方は、臆する事無く森の中を進んでいます。
一方、男の方は、おどおどとした様子で女の陰に隠れています。
なぜなら、この男にとってここが死に場所になるかもしれないからです。
果たして男は無事に生きて帰ることが出来るのだろうか!?
――――――――茶番はここまでにしよう。
「ほんとに大丈夫なのか?」
「シィー! 音が聞こえないでしょ」
村を出てしばらく歩いたのに、一向に白狼と遭遇しない。
もしかして俺たちはあの老人に騙されたのだろうか。
いや、白狼は利口だってレイナが言ってたからな。
俺たちを無視して、今頃村を襲ってるかもしれない。
――――――――さすがにそんなことは無いか。
「……止まって」
いきなりレイナが呟いた。
何かに気づいたように。
「もしかして見つけた?」
「うん」
おお!
やっぱりレイナは優秀だな。
俺なんかさっぱりわからなかったのに。
「それで、何処にいるんだ?」
「私たちの周り」
うん?
今なんて言った?
まさか囲まれてるってこと?
「それなら早く逃げなきゃ!」
「もう遅いよ、ほら」
そう言ってレイナは指をさした。
すると、その先からのそのそと白いオオカミが出てきた。
さらに、そいつに呼応するように俺たちの周りから次々と仲間が出てきた。
俺たちは囲まれた。
「ああ、終わった」
正直、俺は半分諦めてた。
せめて前に倒したカエルみたいな魔物だったら希望もあったんだけどな。
オオカミに人間が勝てるわけない。
――――――――前の世界だったらね。
「エト、来るよ」
「わ、わかってる」
今の俺には電撃魔法がある。
勝てないにしても、逃げることはできるかもしれない。
「ウオオォォォォン!!」
白狼は遠吠えをするな否や、俺たちに向かって一斉に走ってきた。
数はざっと10匹ほどだった。
「ど、どうするレイナ!?」
「どうするって……。みんな倒せばいいの!」
策なしですか。
はぁ、そんなことだと思った。
「『電撃』!!」
とりあえず、俺は正面から向かってくる白狼に攻撃をした。
そいつは俺の攻撃を躱そうとしたが、間に合わずに直撃し地面に転がった。
倒したのか確認する間もなく隣の奴にも攻撃を喰らわせる。
「キャン!!」
悲鳴を上げ、また一匹倒れた。
心がちょっと痛む。
だが、いちいちそんな事に気を取られていたらこっちが死んでしまう。
さらにもう一匹に電撃魔法を放つ。
しかし、さすがに学習したのか、躱された。
俺が攻撃をするタイミングを読んだのだ。
「マジか……」
やっぱりそんな簡単に行かないよな。
くそ、どうすればいい?
躱されないように攻撃のタイミングをずらすか?
……いや、そんなこと俺には難しい。
だとすれば、電気出力を上げて攻撃速度を速くするしかない。
「今度こそ……、くらえ『電撃』!」
俺の手から放たれた電気は、躱す暇なく直撃した。
これで後は二匹だけだ。
――――――――ところがここで問題が起きた。
残った二匹の間隔が広かったのである。
電撃魔法は両手で放つことが出来ない。
……いや、練習すれば出来るのかもしれないが、その練習を俺はしていなかった。
あの時は、こんな状況になるなんて思っていなかったから。
だが、そんな事を考えている暇はない。
二匹がもうすぐそこまで迫ってきている。
「くそ……!」
俺はひとまず右側の奴を攻撃した。
その攻撃は躱される事無く直撃する。
そして俺は急いで左を向いた。
――――――――だが、すでに遅かった。
最後の一匹は俺に向かって飛びかかっていた。
もはや電撃魔法は間に合わない。
その時、俺は何を考えていたんだろう。
後になって思い出してみても分からなかった。
ただ俺は無意識に老人からもらった剣を抜いていた。
カキィーン!!
剣が地面に落ちた。
それと同時に、俺の腕に切り傷ができた。
ただそれだけ。
「痛った!!」
俺は地面にへたり込んだ。
今の攻撃は間違いなく致命傷だっただろう。
剣で防がなければ。
何故そのような行動をとったのか自分でもわからない。
「グルルルル……」
致命傷を与えることに失敗した白狼はすぐにこちらに向き直った。
そして、もはや戦意もない俺に再び飛びかかってきた。
今度こそ殺してやると言わんばかりに。
俺に防ぐ手はない。
今度こそ絶体絶命だった。
「『水斬撃』」
その言葉が聞こえるとほぼ同時に、白狼の首が飛んだ。
そして首のなくなった体は力なく地面に落ちた。
「危なかったじゃん」
そんな呑気な言葉と共に人影が現れた。
俺には聞きなれた声だった。
「レイナだって怪我してるじゃん」
彼女は身体中に切り傷を負っていた。
そのどれもが致命傷ではないのは一目でわかるが、実に痛ましかった。
「思っていた以上に手間取っちゃった」
そう言いつつも、レイナはどこか自慢げだった。
それもそのはず、彼女がさっき使った魔法は中級水魔法だ。
15歳で中級魔法が使える者はこの世界においてもそうそういない。
やはり彼女は天才なのだ。
「ま、エトもなかなかやるね」
……素直に喜んでいいのだろうか。
俺たちは、見事に白狼の罠にハマった。
俺は死ぬところだった。
レイナもそうだったかもしれない。
それなのに喜んでもいいのだろうか。
「……当たり前だろ」
そう言って俺は笑顔で立ち上がった。
そうだよ、喜んでいいんだ。
確かに死ぬところだったかもしれない。
――――――――でも、俺たちは生き残った。
俺たちは白狼に勝ったんだ。
喜んでいいに決まってる。
「それにしても、レイナの方が怪我してるじゃん」
「……」
彼女は己の身体をまじまじと見る。
まるで、今怪我をしているのに気づいたような顔をしていた。
「……『回復』」
レイナはポツリと呟くと、みるみるうちに身体中の切り傷を治してしまった。
「あれー? エトの方が怪我してるね」
彼女は勝ち誇った顔をしながら俺を見てきた。
回復魔法はズルだろ。
俺が使えないのをいいことに、この女は……。
「さ! 村に帰ろ」
そう言って彼女は踵を返した。
「……あの、レイナさん」
「なに?」
「俺も回復してくれませんかね」
彼女は、忘れてた! とでも言わんばかりに俺を回復したのだった。
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村に帰ってくると、7人くらいの村人が俺たちを迎えてくれた。
彼らに白狼を退治したことを伝えると、歓声が上がった。
老人は俺たちにお礼の言葉と、約束の報酬をくれた。
こんなに頑張って銀貨2枚か……。
――――――――と、思ってしまったことは秘密だ。
まあ、ここからこの村がかつての姿を取り戻せるかは彼ら次第だ。
俺たちはその手助けをしたに過ぎない。
ともあれ、無事依頼は達成だ。
今日の収穫は銀貨2枚。
あと、俺は剣も譲ってもらったな。
明日もまたお金を稼がなくてはいけない。
もしかしたら、今日みたいに死にそうになるかもしれない。
より一層、気を引き締めないとな。
ひとまず、今日は町の宿でゆっくりと休むとしよう。
俺はそんなことを考えながら、町へ帰ったのだった。




