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転生ミスで異世界へ  作者: たけのこ
第九章
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第九十八話 看病

 夜が明け、木々の間から眩い光が差し込んでくる。

 深い森の中ということもあり、吐く息が白く湯気のようだ。

 未だに女の子はもちろん、グラフォードも目を覚ましていない。


「お帰り。どうだった?」

「ああ、美味しそうなのが採れたよ」


 旅をするにあたって、遭難した時の為に食料に関する知識はある程度蓄えてある。

 現在、俺の手には、偶然発見した食用の魔草に加えて、小さな魔物が握られている。

 どちらもこの森の中で調達したものであり、新鮮そのものだ。

 残念ながら調理するスキルの方は無いに等しい俺だが、こういうのは煮込めば美味しくなるはず。


「見張りご苦労さん。魔力の方はどうなんだ?」

「ん……まあまあって感じかな。グラフォード並みの強敵とは無理だけど、雑魚相手ならやれるくらい」

「安心するがいい。追手は、しばし来ることはない」


 若人の団欒に割り込んできたのは、重厚な男らしい声。

 ……と言うか、強敵だったグラフォードだ。

 どうやら、刺激的な気絶(ねむり)から目覚めたらしい。


「攻撃は……しないって信じてもいいんだよな?」

「ああ、約束したからな。俺は獣人族の戦士だ。二言はない」


 レイナがまたうんざり顔をしている。

 頼むから止めてくれ。獣人族の誇りに傷でもつけたらどうするんだよ。


「一応聞くけど、体調はどうだ?」

「お前、優しいな。すでに勝敗は決したとはいえ、元敵を心配するとはな。まあ、死ぬことはないだろう。体内がむかむかして、気が気じゃないがな」

「それは……ドンマイ」


 間違っても謝りはしない。正当なルールに則って攻撃したんだからな。

 ていうか、電気出力最大の電撃を喰らって、一夜で目を覚ます方がいかれてるんだよ。

 大人しくもう数日寝ててくれれば、俺達はとんずらしたってのに。


「ねえ、それよりさっきの発言はほんと? 追手は来ないって」

「しばし、だ。追手の中では、俺が一番強い。その俺が敗れたとなれば、もう他を差し向けたりはしまい。戦力を無駄に失うことを良しとする程、俺の雇い主は馬鹿ではない」

「雇い主? ってことは、お前はただ金で雇われた傭兵ってことか?」

「俺は元々、ローグ傭兵団という組織に籍を置いていた。ローグ傭兵団とは、金の為なら強盗から殺人まで何でも受ける、ならず者の集団だ」


 初めて耳にした、ローグ傭兵団。

 奴隷組合を奴隷売買専門とするならば、ローグ傭兵団は犯罪全般に通じている組織って感じか。

 明らかに闇の組織だし、ただ旅するだけなら絶対に関わらなかっただろうな。


「今からその雇い主のもとまで戻って、この子の追跡を止めるよう進言できない?」

「追手ならしばしは来ないと言ったが?」

「お前の言い方だと、戦力がまた集まりさえすれば、追跡を再開するようにも聞こえる。だから、しばしじゃなくて、ずっと追手が来ないようにしてほしい」


 グラフォードは何処まで行っても、一介の傭兵に過ぎない。

 雇い主に進言したところで取り合ってくれるかは不明だが、実力を考慮すれば一考の余地ぐらいは生まれるかもしれない。


「それは無理だ。その娘を諦めることは絶対ないと断言できる」

「……この子は、一体何者なんだ?」

「俺の口よりも、この娘から直接聞いた方が早いだろう。直に目を覚ますだろうからな」


 グラフォードはよろよろと立ち上がり、そのまま歩き出す。


「何処に行くの? まだ聞きたいことが山ほどあるんだけど」

「雇い主の情報は売れん」

「また、獣人族の戦士だから、とでも言うわけ?」

「ああ、その通りだ」


 ふらふらな足取りは、今の彼の体調を表しているのだろう。

 その背中は、獣人族の戦士というには、あまりにも頼りないものだ。


「この後、お前はどうするんだ?」

「任務が失敗した以上、俺はもう足を洗うことにする。

 ……最後にひとつ助言をするが、その娘には関わらないことをお勧めする。今ならまだ引き返せるぞ」

「どんな事情であれ、こんな幼い女の子を見殺しになんてできるわけがないだろ」

「その正義感は立派だが、世の中、綺麗事だけでは生きていけんぞ」


 おいおい、さっきまで戦士がどうちゃらとか言ってた奴の発言とは思えないな。

 とは言え、まあ、正論ではあると思う。


 俺の目に入らないだけで、世の中では汚れた行為が横行しているに違いない。

 それは地球でも、そしてこの世界でも変わらないだろう。

 社会とは、そうやって成り立っているのだ。

 その点に関しては、俺も重々理解している。

 ただ、それはあくまで社会の話だ。


 もちろん、全てとは言わない。

 ただせめて、俺の目に入ったのならば、目を逸らさずに手を差し伸べてやりたいと思う。

 あの時の……転生して来た俺を救ってくれた、カインさんのように。


「そうか、ならばもう言うことはない」


 強い魔物が生息していないとはいえ、この深い森の中を満身創痍の状態で抜けるには骨が折れるだろう。

 そうは言っても、元気になるまで面倒を見る義理はこちらにはない。

 グラフォード自身も、そこまでは望んでいないだろう。

 なんてったって、獣人族の戦士なのだから。




 ---------




 グラフォードが去った後、俺はすぐに調理を開始した。


 まずは適当な枝を重ねて、そこに魔法具で軽く火をつける。

 その上に自前の土鍋を設置し、中に水を張る。

 沸騰した後、捌いた魔物の肉と魔草と調味料を加えて、しばし煮る。


 普段料理をしない俺だが、いざやってみると楽しいものだ。

 バックではきっと、聞き慣れた音楽が流れている事だろう。

 タイトルは3分クッキングならぬ、1時間クッキングになるだろうけど。


「ほら、できたぞ。俺特製ごった煮飯だ」

「うわーおいしそー」

「棒読みやめろ! その反応をするのは、味を確かめてからにしてもらおうか」

「どれどれ……」


 レイナがスプーンを手に、土鍋の中身をすくう。

 そして、一瞬の躊躇を挟みつつも、勇気を振り絞って口に運ぶ。

 数秒の咀嚼の後、ごっくんと飲み込んだ。


「どうだった? においは悪くないと思うんだけど」

「……味見した?」

「え? してないけど……」


 レイナが鋭い目つきで睨んでくる。

 どうやら、味は悲惨なものだったらしい。

 よかった、味見しなくて。


「私は別にいいよ。でも、小さな女の子にこれを食べさせるって考えたら、殺人未遂にでもなるんじゃないかな」

「そこまでなのかよ。悪い、機会があったら料理について学ぶから、今回は大目に見てくれ」

「その言葉、そのまんま女の子に掛けてあげなよ」

「……起きたら伝えるよ。それより、温かいうちに食べさせてあげよう」


 スプーンを手に、中身をすくう。

 魔草の色素が溶け出したのか、スープの色は緑色。

 所々に魔物の肉の繊維が浮いており、見た目は散々使い倒したモップを、水の中でちゃぷちゃぷしたような感じだ。

 うん、自分で言ってて食う気が失せる。


「ほら、あーん……」


 この子、気絶しててよかったな。

 目を開けてたら、きっと拷問か何かと勘違いしていたに違いない。


「う……うう……」


 口元に温かい空気を感じ、女の子が小さな反応を示す。

 頼むから目を開けないでくれよ。

 そう願いながら、スプーンを口元まで運ぶ。


「あぁ……」


 口元に運んだだけで、自然に小さく口を開けてくれた。

 朦朧としているだけで意識があるのか、はたまた、生物の本能的なやつなのか。

 まあ、食べてくれるのならどっちだっていい。


「もぐもぐ……う!!」


 可愛い咀嚼音が中断され、何かに気づいたかのように体が硬直した。

 その後は唸り声をあげ始め、プルプル震える。


「ちょっと、症状悪化したんじゃない?」

「そ、そんな馬鹿な……」


 レイナの冗談が、このままじゃ本当になってしまう。

 手作りの料理を振舞い、幼気な女の子を殺害しようとした犯罪者になってしまう。

 それだけは駄目だ。


「ちょ、ちょっと待っててくれ! 今すぐ味を調整するから!!」


 幸いなことに、この森には様々な種類の魔草が生えている。

 それに、旅の携帯食として持っていた缶詰も幾つかあるし、それで味を調えよう。

 美味しいとまでは行かなくても、せめて食えるくらいには。


「あのー今度はちゃんと味見してよね」


 背後からレイナの怒気を感じる。

 ああ、そうか、味を調えるには、そもそも俺が味を知らなくちゃ意味が無いのか。

 くそぅ……食べるしかないのか。


「ほら、食ーえ、食ーえ、食ーえ」


 レイナの掛け声とともに、俺は勇気を振り絞って食した。

 その直後、口内に広がる独特のえぐ味。

 甘さはなく、辛くもないのに舌がピリピリと痺れる。

 肉の繊維が想像以上に堅く、よく噛まないと飲み込めないのに、噛めば噛むほど苦みが溢れ出て来るジレンマ。

 多種に渡る魔草が個々の味を発揮し始め、重なり織りなす味の不協和音。


 ああ、俺もう料理やめよう。


 そう決心するまでに、咀嚼10回も掛からなかったという。




 ---------




 まさか自分の作った料理で死にかけるとは思ってもみなかった。

 ともあれ、缶詰の汁や魔草、そして調味料等を加えて何とか食えるものには仕上がった。

 レイナが言うんだ、間違いない。


「やむを得ないとはいえ、数日分の食料使っちゃったね」

「そうだな。まあ、次に寄った町で調達すればいい」


 それより今重要なのは、これからのことだ。

 グラフォード曰く、しばらくは追手は来ないらしいが、この情報が信用できるかは微妙なところ。

 少なくとも、この子が動けるようになるまでは、町に足を踏み入れない方がいいだろう。


「やることは全部やったし、見張りは俺がやるよ」

「ありがとう。……そういえば、エトって魔力切れ起こしたことないよね」

「多分、お前ほど魔法を連発しないからだろ。もしくは、電撃魔法はあまり魔力を消費しないとか」

「う~ん。そんなものかな」


 女の子の隣はレイナに任せ、俺は近くの木に登って周囲の状況を確認する。

 積み重なった葉が邪魔で森の中の様子はよく見えないが、森の外には人の影はない。

 耳を澄ましても、魔物の騒ぐ声は聞こえない。

 とりあえず、今は安全だろう。


 その後は一日中、食料集めに勤しんだ。

 手に入れた大半は女の子の腹の中に消えて行ったが、容態が安定している証拠だろう。

 睡眠も取れているみたいだし、グラフォードの言葉が正しいのなら、快方に向かうはずだ。


 そして、翌日――――――――


「うんん……よく寝た」

「おはよう。今のところ異常はないぞ」

「了解。ごめん、夜の見張り任せっきりにしちゃって」

「いいって、それくらい。それより魔力はどうだ?」

「もうほとんど全快だよ。問題ない」


 レイナは大きなあくびをし、寝ぼけ目のまま顔を洗う。

 朝っぱらの洗顔に、冷たさで身じろぎする。


「このまま同じ場所に留まるのは危ない気がする」

「けど、森を出れば目立つ。だから、この森の中を移動しよう」


 この森は密度こそ凄いが、半日もあれば端から端まで移動できるくらいの規模。

 それくらいだったら、ある程度適当に移動しても方向感覚を失うことはないだろう。


「うぅ……ここは……?」


 この森の中で、俺とレイナ以外の声がする。

 振り返って確認してみると、女の子が体を起こしているじゃないか。

 予想よりも早かったけど、目覚めたようで良かった。

 きっと、俺の料理のおかげだな。


「おはよう。その……調子はどうだ?」

「……」


 襲撃した張本人に対して、被害者が優しく語り掛ける。

 女の子は目覚めて間もないためか、ボーっとした表情のまま固まっている。

 しかし、時間が経つにつれて、その顔は一気に豹変する。


「ご……ごめんなさい!! もうしないから許して!!!」

「え……ちょっと……」

「ごめんなさい!!」


 目が覚めて俺の存在を認識するや否や、泣きだした。

 沈黙が漂う森の中に、女の子の大声が響き渡る。

 体が震え出し、目からは大粒の涙が滝のように流れている。


「あ~あ、泣かせた」

「いや、俺のせい?」


 冗談は置いておくとして、一体何が原因なんだ。

 ここまで露骨に怖がられるなんて、普通じゃない。


「落ち着いてくれ。俺達、別に捕まえに来た悪者じゃない」

「うわあぁ~ん!!」


 駄目だ。これは、しばらく泣き止みそうにない。

 こういう時は抱きしめて安心させてやるのも手だが、ほとんど初対面みたいな関係値の為、ただの変態に成り下がってしまう。

 う~ん、参ったな。


「レイナ、何とかできないか?」

「……仕方ないな。ほんとは、私、泣かせる方が得意なんだけど」


 ごにょごにょと愚痴をこぼしながらも、レイナは女の子にそっと寄り添う。

 そして、肩に手をかけて、優しくこう語り掛けた。


「ねぇ、泣き止んだら、美味しいお肉食べさせてもらえるよ」

「……お前が食べたいだけだろ」


 駄目だコイツ。

 子供の慰め方というものを、全く理解していない。

 期待した俺が馬鹿だったようだ。


「真面目な話、私達が出来ることはないよ。この子のことを私達は何一つ知らない上に、泣いている原因すら分からないんじゃ、お手上げだよ」

「じゃあ、泣き止むまで待つしかないか……」


 長時間大きな声を出されると、魔物や追手に気づかれるリスクがあるんだけど……。

 まあ、それしか打つ手はないか。


「分かった。この子が落ち着くまで待つ」


 女の子が泣き止んだのは、ここ数日で摂取した水分が全て涙で排出されたんじゃないかと疑い始める頃だった。

 真っ赤に腫らした目が、俺達をジッと捕らえて放さない。


「落ち着いたか?」

「はい、何とか……」


 こうしてみると、やっぱり幼いな。

 背丈だけじゃなく、雰囲気でも分かる。

 この世界でも珍しい紫髪に、初めてみる麻呂眉。

 言葉遣いも丁寧だ。


「その……取り乱してごめんなさい」

「いいよ、全然。むしろ、取り乱さない方がおかしい」


 この歳で放浪することになり、さらには物騒な追手と来た。

 混乱しない方が異常な状況だ。

 むしろ、よく落ち着いたと感心さえする。


「俺はエト。こっちは、レイナだ。俺達は君の味方だ。それだけは信じてほしい」

「はい……信じます。断片的にですが、介抱して頂いた記憶がありますから」


 あ、ご飯をあげている時の記憶が残ってるのか。

 つまり、あの試作品一号の味も覚えているわけで……いや、そこは忘れているという体で会話しよう。

 その方が、お互いの為だ。


「病み上がりのところ悪いんだが、聞きたいことが幾つかある。まずは一つ目、君は一体何者なんだ?」


 俺の問いかけに、女の子は硬直する。

 その表情からは、躊躇うような、後ろめたさのような、そんな複雑な感情がうかがえる。

 この子は、理解しているんだ。

 自分が話せば、共犯者として俺達を巻き込んでしまうことを。


 この子は賢い。

 多分、アリスよりもずっと聡い。

 それは話し方からもそうだし、倒れるまで独りで生き抜いていた事実からも分かる。


 あ、決してアリスを馬鹿にしているわけじゃないぞ。実際、馬鹿じゃないし。

 彼女には、彼女にしかない魅力がある。

 ただ比較するとそうなるってだけだ。


「遠慮する必要はないよ。俺達はもう覚悟を決めてある。君の力になるってな」

「で、でも……殺されちゃうかも……」

「私達がいくつ修羅場を潜り抜けてきたと思ってるの? 大丈夫、話してごらん」

「わかりました」


 俺とレイナの説得もあり、ようやく女の子は口を開く。

 そして語られたのは、何気ない幸せな日常が、惨たらしい現実に変わっていく過程だった。

 そう、あの時の俺達のように。


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