プロローグ
人生というのは、一つの出来事ですべてが変わってしまう。
いい方向に変わる人もいれば、悪い方向に変わってしまう人もいる。
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俺の名前は江坂斗稀。
自分で言うのもなんだけど、顔は良いほうだと思う。
しかし彼女はできたことがない。
彼女いない歴=年齢の15歳男子だ。
そんな俺なんだが、最近ハマっていることがある。
それは夜遊び。
15歳の俺にとって、誰にも縛られない唯一の時間といえる。
今日も俺は夜遊びを楽しみ、大雨の中帰宅の途についていた。
この後、人生が変わるとも知らずに。
「ハァ……ハァ……ハァ。なんでいきなりこんな大雨が降るんだよ!」
走りながら愚痴る。
天気予報では一日曇りだったはずだ。
さすがに今の技術力を以てしても、天気を完璧に予測することは不可能なんだと改めて思った。
傘も持っていなかった俺は、近くにあった巨木の下に逃げ込んだ。
すぐに止むと思っていたけれど、むしろ激しくなった気がする。
もっと早く帰るべきだったと後悔し始めた時だった。
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ふと気がつくと、そこには見たことがない草原が広がっていた。
「どこだここ……」
ただ目の前の光景を呆然として見ていた。
確か俺は、巨木の下にいて雨宿りをしていたはず。
もしかして俺、瞬間移動に目覚めた!? なんて一瞬思ったりもしたんだが……。
空を見てみると、天気も晴れてるし、太陽も出ているし。
どうやら時間がたっているようだ。
ひとまずここがどこなのかを考えることにした。
俺の住んでいる街にこんな草原はない。つまりはそこ以外の場所だ。
そもそも日本にこんなところはあるのだろうか。
もしかしたら海外!?
――――――そんなはずはない。絶対に。
多分隣町だろう。距離的にそうとしか言いようがない。
記憶が曖昧なのは眠かったからだ。きっとそうだ。
そんなことを考えていると――――――
『あーあ。また起こっちゃったか』
いきなり頭の中から声が聞こえた。
「だ、誰かいるのか!?」
『ここにいますよ。見えないだろうけど……』
「見えない?」
『うん』
「あ、あなたは誰なんですか?」
『名前なんてないよ。まあ、天使っていえばわかるかな?』
俺は困惑した。
いきなり天使を自称する奴に語り掛けられたら、誰だって困惑するだろう。
「そ、その天使様が俺に何の用があるんですか?」
『うーん。なんていえばいいかな……。とりあえず君、自分が死んだこと自覚してる?』
――――――――――は?
何言ってるんだこいつ。
『はぁ……。やっぱり自覚してない……』
「し、死んだってどういうことですか!?」
頭が混乱している。
『君はあの日、あの時、雷に打たれて死んだんだよ』
「―――そ、そんな」
俺の頭の中はまだ混乱しているが、落ち着いて思案しようとする。
仮に本当に死んだのだとしても、記憶も、意識もある。
そうだとも。死んだわけがない。
「死んだのだとしても、俺には意識がありますし、記憶もありますよ!」
『それが問題なんだよ。普通はね、死後、体外に放出された魂は別の次元の世界に転生するんだ。記憶を完全に無くした状態でね。けれど、君のように自分が死んだという自覚がない生物の魂は、ものすごく不安定なんだ』
「不安定……」
『不安定な魂は稀に転生ミスをする。つまり君は転生ミスのせいで記憶を引き継いちゃったんだ。この世界にとって君の存在はバグのようなものなんだよ』
なんてこった。頭が爆発しちゃう。
つまり俺は、自分が死んだという自覚が無かったことで転生ミスをしてしまったのだ。
―――ん? 待てよ。
俺の体は変わっていない。俺のよく知る体だ。
「あの……。それなら、なぜ俺の体は変わっていないんですか?」
『それも多分、転生ミスの影響だよ。私も転生ミスで何が起きるのか全て把握しているわけではないからね』
ああ……。否定できる材料が無くなってしまった。
俺は本当に死んでしまったのか……。
後悔しかない。今までの15年間は何だったのか。
それでも一縷の望みをかけて―――
「お願いします!! 俺を元の世界に返してください!」
頭を深く下げた。今にも涙が溢れてきそうな顔で。
正直断られると思った。いくら転生ミスとはいえ、死んでしまったことは事実なのだから。
しかし、天使様はやっぱり優しいらしい。
『うーん。ちょっと掛け合ってみるね」
その瞬間、俺の心を光が照らした。
戻れる可能性がある。それだけで俺は飛び上がって喜びたくなった。
「どのくらいかかりますか?」
『こう見えて私も忙しいからなー。数年かかるかも』
その瞬間、俺の心を影が覆った。
俺のさっきの喜びを返してほしい。
「許可が出るまで俺はこの世界にいなくちゃいけないんですか!?」
『そうなるね』
一瞬殺意が沸いた。いかん、落ち着かなくては。
「数年もここにいたら死んじゃいます!」
『大丈夫。何とかなるよ』
何とかならないから言っているんだが……。
なんでこんなに楽観的なんだろうか。当事者の気持ちにもなってほしい。
「そもそも、転生ミスを起こさないようにするのってあなたの仕事じゃないんですか?」
軽い気持ちで聞いてみた。そしたら、地雷を踏んでしまったらしく―――
『君に私の忙しさなんか分からないでしょうね!!』
怒ってしまった。こういう時は、素直に謝るのが吉だ。
「ごめんなさい!!」
『ふん!! まあ、考えてみれば少し危険かもね』
考えなくてもわかるような……。
『この世界はちょっと厄介なことが起きてるし……。とりあえず、自分の身を守れる能力を与えることにしますか』
厄介なことというのが引っかかるが……。
そんなことはどうでもいい!! 何せ、能力を授けてくれるというのだから!
どんな能力をもらおうかなぁ。なんて思案していると―――
『さあ、心の準備を!』
「―――!? 待ってください! 俺が決めるんじゃないんですか!?」
『君はさっき私を怒らせたから、仕返しだよ』
「そ、そんなぁ……」
『無いよりはましでしょ! そんなことより、早く始めるよ』
「ちょ、ちょっとまだ心の準備が―――」
直後、俺の体が光に包まれた。
次第に光は弱まり、やがて消えた。
こ、これが新しい俺!
なんて思って自分の体を見てみるが、変化はなかった。
『さ、能力を与えたし、そろそろ仕事に戻らなきゃ』
「ちょっと待ってください! どんな能力か教えてもらってませんよ!」
『ええー。教えたら面白くないじゃん』
このやろう……。
しばいてやろうかと思ったが、何とか我慢する。
正直、まだ聞きたいことが山のようにあるんだが……。
「あ、あの、一つだけ聞きたいことが……」
『何かな? できれば手短にしていただけるとありがたいんだけど』
「分かってます。えっと、俺が死んだことを家族は知っているんですか?」
『もちろん知っているよ』
「か、家族はどんな反応をしていました?」
『えーと。確か―――』
「ス、ストップ!! やっぱりいいです!」
『あらいいの? それなら、そろそろお別れだね。健闘を祈るよ』
その言葉を最後に、天使様の声は聞こえなくなった。
こうして俺は、天使様との約束の時―――
つまり、元の世界に戻れる日が来るのを待つことになった。
右も左もわからないこの世界で。