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アイオーンゲートが開かれた。
それすなわち、モンスターが出現する予兆である。
いまだマギスエフェクトは確認されておらず、その影響を嫌いシティーガードは出撃こそしたものの、遠方からエリア全体を監視するにとどまっていた。
何せ、下手に距離を詰めてしまうとモンスター顕現時のマギスエフェクトに巻き込まれてアルマが機能停止してしまう。
「隊長。本当にモンスターが出るんですか?」
「知るか。AAだ出し渋るから現場にまでエーテル観測機が回ってこないんだ。どうなってるか確かめようもねえ」
双眼鏡を最大望遠にしたところで、場所によってはアルマよりも大きな樹木が並ぶ場所だ。その後ろに隠れられていたらどうしようもない。
それに、万が一確認できたところで、戦闘するにも厄介な場所だ。
何せアルマ並みの大きさの障害物がそこら中に生えている。動きにくくて仕方ない。
「偵察ドローンの様子は」
「一番から五番、問題なく稼働中。六番、七番は高度をあげて俯瞰視点から地表を。八番と九番は――あっ!?」
「どうした!」
「高度を上げすぎてアイオーンゲートの影響下に入って機能停止しました」
「……操作した奴、ドローンの費用分減俸な」
アイオーンゲートというものがどのようなものか、シティガードにはよく伝わっていない。
というか、信用されていないと言った方が正しい。
目視できない上に彼らの装備では観測すらできないのだから、アビスアルターが適当なことを言っていると考えている者が多く、何より魔術などというオカルトそのものを戦力として使っている組織など信用したくない、という軍部全体の空気感も強く影響している。
だからこそ、アイオーンゲートからは微弱ながら常にマギスエフェクトが放出されているということを聞かされていても覚えていないものばかりになる。
「目に見えないからといって存在しない訳じゃない、となぜ解らん」
サキモリ隊の隊長、高雄はそういった組織の頭の固さと、それに追従する自身等の部下に苛立ちを隠さなかった。
体験しても、それをなぜ学ばなない。アビスアルター側の提出した資料に目を通していれば避けていられたことだというのに、おかげで高額な偵察用ドローンが二機お釈迦になった。
「隊長は、AAの言うことを信じているんですか」
「信じる? 信じるも何も、現実に起きたことだろうが」
双眼鏡から目を離し、部下を睨みつけながら、高雄は言葉を続ける。
「原理や理論なんざ知ったことか。浅学な俺たちがいくら頭を回したって理解できねえモンに囚われて思考停止するなら、現実に起きた現象を認めたほうがまだ建設的だ」
「そう、ですか……」
まるで触れてはいけないものに触れてしまったかのように感じたのか、ひと睨みされた高雄の部下は引きつった顔で後退りした。
「けどまあ。奴等の思うようになるのが気に入らないってのも理解してるんだがな」
どうあがいても、サキモリやモリトの持つ火力ではゴブリンやドライアドを撃破するので精一杯。
より強い武器を、となるとそれはあくまでも都市防衛のための戦力であるシティガードが所有するには過ぎた武器となる。
「シティを守る為に先手を打つ。だというのに、シティに被害を与えうる装備の携行は許可できないとはな」
「通常火器をありったけ集めても、どこまで効果が出るか」
こちらが用意できる最大火力はモリトのバズーカ。それも普段から市街地での使用を想定して爆発力をわざと低くしたものだ。
そんな手加減をした武装で、実際にモンスターが出現したとして、どの程度のダメージを与えららえる。
「結局、俺たちはAAが到着するまでの時間稼ぎくらいしかできねえわけだ……」
「隊長! 六番と七番からの信号停止!」
「高度は!」
「さっきと変わっていません!」
「各員、機体に乗れ。来るぞ!!」
機体への搭乗をせかす高雄。
その声に緩んでいた空気が引き締まり、あわただしくパイロットたちが機体へ飛び込んでいく。
高雄自身も自分の機体へと飛び乗り、ハッチを閉めるなりありとあらゆるセンサーを起動。
機体のセンサーは異常を観測しない。
ただ、それを視覚化すると異変は確かに異変が起きている。
何かが、空から降りてきている。それを機体のセンサー越しに、高雄は見せつけられている。
「これは、なんだ」
赤外線、放射線、電磁場、超音波などなど。サキモリに備わったセンサーのすべてを同時に表示して、ようやく確認できる異変。
空にある何かから降りてくるよくわからない何かの流れ。
空のそれはアイオーンゲートと呼ばれるものであるのは間違いない。では、そこから降りてくる何かはなんだ。
地上に降り注ぐそれを眺めていると、地面が揺れ始める。
「地震……? いや、こんな揺れありえない!」
振動の伝わり方がいくらなんでも不規則すぎる。いうなれば、地面を何か巨大なものが動き回っているような、そんな揺れ方。
「隊長、何が起きて――」
「地面の下だ! どこからくるかわからんぞ!」
と、地面が隆起し、地面の下にいたバケモノがその姿を現す。
それは、まるで巨大な蛇。シールドマシンのような頭部をもたげて自身を囲んだサキモリを見渡す。
「隊長ッ!」
「各機、発砲許可!」
号令とともに、各機が発砲。弾丸の雨が頭部に集中する。
だが。当然のように全く通用していない。
「モリト隊、バズーカ!」
「撃て撃て!」
反動の強いバズーカを構え、それを大蛇の頭に向けるモリト。
が、そのうちの一機めがけて大蛇が動く。
瞬間。大蛇の姿が視界から消える。
否。ただ地面を這い、木々をなぎ倒して――獲物を襲う寸前に起き上がる。
「う、うわああああああ!?」
モリトの眼前に現れる、地面から頭頂部まで軽く50メートルは超える巨体。
その威圧感にモリトのパイロットは死を連想し、恐怖でトリガーを引きまくる。
結果。あっという間に弾を使い切り、銃口は何も吐き出さない。
ただ、少しは効果があったのだろう。銃弾が吐き出されている間、大蛇は動かなかった。
故に、間に合った。
「口を閉じろッ!!」
高雄はスラスターを全開にし、襲われているモリトのもとへ駆けつけるなりその機体を掴んで後退する。
直後、シールドマシンのような頭部が振り下ろされ、先ほどまでモリトのいた場所を掘り返す。
「AAに連絡。こいつの相手は、俺たちでは無理だ!」
「しかし、隊長……」
「メンツなんざ気にしてる場合か! AAのウィザードが来るまで、逃げ回って逃げ回って時間を稼ぐんだよ!!」
◆
エリアE9でシティガードの部隊がモンスターと交戦を始めたことは、彼等から連絡を受ける前に、アビスアルター側も把握していた。
当然と言えば当然で、こちらはアイオーンゲートの状況を事細かに観測できる。
「吾妻、戻りました」
「許容範囲だな。各員、状況確認と報告」
「ドローン展開完了。映像、来ます」
メインモニターに表示される戦地の映像。
そこに映し出されるのは、這いまわる巨大なシールドマシン。
「なんだあれ。掘削機械、か?」
「香取、アレイスターは?」
「それが、回答不能、と」
「何?」
映像があり、その動きもわかっている。にもかかわらず、アレイスターが回答してこない。
つまりそれは、まだ情報が足りないということだ。
しかし、モニターに映し出されるモンスターの頭部はシールドマシンのように、掘削機構のようなものが見え、実際にそれを使って地面を掘り進んでシティガードの部隊を翻弄している。
「情報を引き出せないか」
「流石にガードの指揮権までは回ってきませんよ!」
「……相手の能力が解らんとこちらも手の出しようがないな。動けるウィザードは?」
「葛城以外、施設内にいます」
「コヨミ以外? コヨミはどこにいる」
「Z26です」
「演習場……? そうか。ならコヨミにエリアE9に急行するよう伝えろ」
「了解!」
レキとしては、そのままシティガードがもがいてくれてモンスターの能力を引き出してくれれば御の字だ。
しかし。シティガードから救援を求められている以上、このままだんまりを決め込んでおくこともできない。
「香取。ガードに伝達」
「何をですか?」
「五分持たせろ」
「了解」
「吾妻、コヨミに五分で現着させるように伝えろ」
「聞こえてる、コヨミちゃん?」
『無茶いわないでください!』
◆
連絡を受けたコヨミは、ゼノビアを使った特訓を切り上げ、頭の中でどうやって五分で目的地まで到達できるかを考える。
エリアZ26。セリオンシティの最南東部にある、アビスアルターの管理下にある演習場。
グリモアルマを顕現させても問題のないよう、周囲にはマギスエフェクトの影響を受けるものは一切ない。
そんな場所から、北西のエリアE9まで五分。
無茶ではある。けれど、不可能とまではいかない。
「展開ッ!」
マスケットを空中に展開。五つほどを束ねて一組とし、それを並べて道を造る。
マスケットで出来た足場めがけて跳び、一歩ごとにマスケットの束を踏み砕きながら駆ける。
まるで坂のようになったマスケットの束。
その束を生み出す度に相応のマギスエフェクトを生じさせる以上、進路上にある施設へ被害を与えないよう、高度を確保する必要がある。
結果、とんでもない高さになる。
「これ、五分で間に合うのかな」
言葉を口にはしたが、おそらくギリギリになるだろうとコヨミは考えていた。
あるいは、その五分の間にシティガードの部隊が壊滅するという可能性もある、と。
とにかく急がねば、とマスケット束を展開する速度を上げ、進路上に敷き詰めてその上を走る。
もっと、もっと速く、と速度をあげ最短距離で目的地へと向かう。
「方角指定。最大拡大」
エリアE9の方角の景色を拡大し、目の前に表示させる。
さすがはグリモアルマというべきか、かなりの距離があるにも関わらず戦場の様子が確認できた。
まだ距離が離れているせいか、相手の細かい部分までは目視できないものの、戦闘用アルマを超える巨体を見逃すわけがない。
「……あれ、ここから突けるんじゃね?」
マスケットの足場を密集させその上に着地。
『ちょ、何してんの!?』
「どう考えても現着間に合わないから、ここから狙撃します」
山城の焦った声が専用の通信機から聞こえてくるが、コヨミは冷静に返答する。
「精製」
まず基部となるグリップを生み出す。その形状からして、普段ゼノビアが精製しているマスケットとは明らかに違うもの。
それを中心として、長い銃身が生み出される。
世間一般的には、それを狙撃銃と呼ぶ――のだが、ここにひと手間加えた部品を製造する。
弾丸を生成する弾倉部はドラム型に。銃身も複数のものを束ねた、ガトリングガンの砲身のような形に――というか、見た目は完全に細身のガトリング砲である。
「それじゃあ……レッツパーティ!」
超長距離からの速射砲による狙撃。
秒間1000発もの弾丸を吐き出す、規格外のそれは射程も規格外。
ゼノビアが目標を拡大表示しているからこそ、こちらからは攻撃が届いたかどうか確認できるが、相手からはこちらの姿など一切確認できないだろう。
加えてとんでもなく巨大な相手だ。まず外さない。
放った弾丸は面白いように巨体に命中し、その装甲に大穴をあけていく。
すると、それに耐えかねてか巨体がうねって地面に潜っていく。
その間もずっと弾丸を放ち続け、その弾は次々と大蛇型モンスターの身体に穴をあけていくが、結局その全身は地面の中に消えていってしまった。
「……ちょっと待って」
目標がいなくなったことで攻撃の手を止めたコヨミは、とあることに気付いて顔をひきつらせた。
「あのモンスターの潜航速度で、全身潜るまで何秒かかった……?」