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ウンディーネ戦から一夜明け、アビスアルターの食堂は昨夜現れたモンスター・ウンディーネと、所属不明のグリモアルマ――ヴィルヘルミナの話題で持ち切りであった。
まず普通のモンスターではなかったウンディーネは、現状のアビスアルターの戦力では到底太刀打ちできなかった。
そしてそれを倒したグリモアルマ・ヴィルヘルミナ。その名前と能力が判明したとなれば、当然かもしれない。
が、面白くないのは実際にグリモアルマを操っている人間である。
「気に入らねえ」
と、一切れのトンカツめがけて乱暴に箸を突き刺し、逆手で持ったまま口へと運ぶミク。
その隣では先の戦いで実際に出撃したクオンがすました顔でハンバーグを切り分ける。ただし、思うところがあるのか切り分ける回数がやたらと多い。もはやそれはハンバーグではなく、デミグラスソースのかかった肉そぼろである。
「まあまあ、北上さんはともかく鈴谷さんがそこまで気にする必要あります?」
「っるせぇ。どこのどいつか分からねえ相手にいいところ持っていかれて、それで素直に喜べるかってんだ」
「そう、ね。ヴィルヘルミナだったかし、ら。あのグリモアルマには悪い感情は持ってないの、よ? でも、ね。まるで自分が評価されていない気がして、あまりいい気分ではない、わ。ね?」
と、談笑している職員たちのほうを向くクオン。その顔は笑顔なのに、目は一切笑っていない。
「やめとけ、クオン。お前のその顔マジで怖ぇんだよ」
「そうかし、ら?」
と、そのままの顔で振り返る。
瞬間、ミクが小さい悲鳴をあげた。
「そういえば葛城さんと狭霧さんは?」
「コヨミは必殺技の開発とかでトレーニングルームに籠りっぱなし。セツナは確か――」
「魔導書との適合検査らしい、わ」
◆
遺物管理施設。海底遺跡から発掘された遺物を種類ごとに保管する施設であり、同時に魔導技術研究施設が密集している区画でもある。
そこにある一室――魔導書保管エリアにセツナは連れてこられていた。
「さて、と。初めまして――ではないね。二度目だね、セツナちゃぁん」
「ねっとり絡んでこないでください、ドクター・メデューサ」
「まあ、それはそうと。キミに合う魔導書を探す必要があるかどうか、いう事なんだけど……まあ、君の生体パターンで照合した結果、まさかの現在アビスアルターに保存されているすべての魔導書から返答アリだ。信じられない結果だね」
「そう、ですか。ちなみに、どれだけ保管されているんですか」
「現状では――そうだね、解析を終えているのが1875。未解析が1947。発掘途中が未知数、といったところかな」
「滅茶苦茶多くないですか?」
「そうだねえ。多すぎるくらいに多い。それだけの数がなぜあるのか、という仮説は――いや、話が長くなる。ここらでやめておこう」
と、コンソールを操作し、リストを表示させる。
「正直、これだけ返答があるとどれを選ばせるべきか、研究者として悩みどころなのよね。グリモアルマの顕現が可能だとしても、その機体とウィザードの相性がいいとは限らない」
「相性とかあるんですか」
「そりゃあね。例えばゼノビア。あれは銃やボウガンみたいな実体弾を放つ射撃武器を際限なく精製してそれを使用する。けれどそれ最低限の知識があってこそ成立するし、その理解度がそのまま戦闘力に直結する。ビルキスは多種多様な攻撃手段を持つがゆえに、それを適切に使用できるほどの状況把握能力と術式構築のための演算能力が必要となる。今の術者を入れ替えて顕現させたところで、コヨミには戦闘中にそこまで術式を構築する演算能力はないし、クオンには銃器に関する知識がない。と、なると――」
「まともに戦える機体にならない、ですか」
「Exactly。まあ、相性が悪い場合はそもそも魔導書が反応を示してくれないから、普段は悩むこともないんだけど……」
そこで、選ぶのに悩む、という発言につながる。
普通ならやる必要ない作業、起こりえない工程。
だからこそ、ドクターは頭を悩ませる。一見するとそうは見えないほど気楽な口調ではあるが。
むしろ口を開くたびに妙にテンションが高い。
「あの、ドクター。つかぬ事を聞きますが」
「何かなセっちゃん」
「セっちゃ……? いや、その。寝てます?」
「記憶では二十歳になってからは寝てないね。まあ全く寝ない人間なんていないから気付かないうちに寝てるんだろうけど」
「普通に寝てください」
「まあ、そんなことよりも、だ。あーだこーだと言ってきたが、要するにキミと相性がいい魔導書を、キミの特性を調べて選ぶ必要がある、って話だ。まずはカウンセリングから始めようか」
「え、ここからですか?」
散々喋った挙句、まだ本題が始まってすらいなかったということにセツナは驚きを隠せなかった。
◆
先日の戦いを終えたとはいえ、いつモンスターが再出現するか分からない以上、指令室の機能を停止させるわけにはいかない。
「香取ちゃん、吾妻は?」
「さっき休憩に。入れ違いですか、山城さん」
「あーそうだったか。頼まれてたゲームが手に入ったから持ってきたんだが」
「なんですか?」
「香取ちゃんが生まれる前のクソゲーだよ。アイツ、クソゲーコレクターなんだよ」
「……クソゲーって面白いんですか?」
「……面白くないからクソゲーなんだよ。ただ、再生数は稼げるって言ってたぞ」
「ああ……ウチ、こっちの業務に支障ないなら副業してもいいですもんね」
山城が自分の席に座るなり、コンソールを操作してセリオンシティ全体の監視を始める。
「ん? 香取ちゃん。エリアE9とF10。エーテルの集束反応がないか」
「えっ。さっきまではなかったのに……」
「規模が小さいな。ガードには連絡しておこう」
「あ、やります」
香取がシティガードへ通報を行う。
そのタイミングで、指令室へレキが戻ってくる。
「変化はあったか」
「E9とF10で微弱ながらエーテルの集束を確認。ガードには報告済みです」
「そうか。それ以外に変化が起これば報告しろ」
「了解しました」
とはいえ、ここでやれることは戦闘時でもない限りかなり少ない。
島全体の監視。変化が起きればその状況に合わせて対応。それ以外にやることといえばこれまでの戦闘で得られた情報の処理くらい。
尤もその情報処理の規模が莫大であり、加えて日々その量は増えていく一方。
正体不明のグリモアルマ……もといヴィルヘルミナについてはクオンの証言をとりあえずは信じるという形で対処保留。こちらから攻撃を仕掛けない限りは反撃してこないというのだから、警戒は続けるにしてもそこまで気を張って対処しなくてはならない相手ではない。
むしろ問題はのは、先日現れたウンディーネのほうである。
顕現時に観測されたアイオーンゲートの規模からして、中級モンスターに分類されたウンディーネであるが、実際の戦闘においてビルキスを完封した。
これは単純な相性という問題でもない。
相手が陣取った場所。それによって攻防ともに隙が無い無敵の存在と化していた。
今回はたまたま埠頭に出現し、自身が最も得意とする、最も自分自身にとって有利になるような戦場を選んで陣取ったことでそれだけの戦闘力を発揮した。
これは興味深い事象である。
「ウンディーネについての報告は?」
「前例のないモンスターですからね。地形をまんま利用した環境適応型のモンスターなんて」
「過去出現した中級モンスターと比較しても異例な存在ですよね。身体が水で出来てるなんて」
「……確かにな」
今まで出現したモンスターは全身が金属か、アイオーンゲートの向こうから呼び寄せ実体化させた物質――ヴォイドマテリアルと呼称される物質で構成されている。
本体から離脱すれば瞬く間に霧散していく、観測できないが実在するその素材は、圧倒的な防御力を持っている。
何せ、下級モンスターであるゴブリンやドライアドですら、アルマの火器類を大量に集中して浴びせなければ撃破できず、中級ともなるとまず通用しない。
そういうものが、グリモアルマやモンスターの体表を覆っているのだ。
閑話休題。
そのヴォイドマテリアルで体表を覆っているのが基本であるモンスターだが、ウンディーネはそうではなかった。
本体である奇妙な人型の物体がどんな素材でできていたのかは不明だが、そこにだけ使用されていた可能性はあるが――もう確かめようがない。
尤も。あの厄介な特性をどうにかできないと再出現などされても対処しきれないのだが。
「あっ。司令、アイオーンゲート開放確認。エリアE9です」
「E9……あそこには何があった」
町の中心部からは外れ、郊外もいいところ。何もないと言えば何もない場所で、レキ自身そこに何があったかなど記憶が定かではない。
「ライブラリーと照合――来ました。現在はハイキングコースとして利用されている森林地帯ですね」
「……そんなところにモンスターの素材にできそうな機械類があるのか?」
森林地帯。人工的に作られた自然とはいえ、ちゃんと樹木は生きたものであるし、それらが十分に根を張れる程度の深さまで土が敷き詰められている。
当然再開発などするはずもなく、そのあたりに機械はおろか、金属製の人工物すら存在しない、はずだ。
「F10の反応はどうだ」
「依然としてエーテルの集束反応はあります」
「そこを含めて森林地帯だったはずだが……何か変化はあるか」
「いえ。こちらはただエーテルの集束反応があるだけでゲートの発生にまでは至っていません」
妙な動きをしている、と口元に指を押し当てて少しばかり考えを巡らせる。
「現場の見張りはガードに任せ、周辺エリアのエーテル流の監視を続けろ。現状、それ以外とれる手はなさそうだ。ただ――いや、なんでもない」
妙な感じがする。
モンスターそのものに、あるいは原初の魔導書のページそのものに意思があるとしか思えない場所に出現したウンディーネ。
それ以前の戦いで、撃破されたゴブリンから抜け出たページがアルマに再度寄生してリザードマンが発生した件もあわせて考えると、何らかの意思の存在を感じてしまう。
レキ自身、あくまでもそれは直感的なもので、まだ参照にできる事例が少ない以上その直感が正しいと信じるべきではない。
故に、彼女は言葉に出さず、一旦飲み込んだ。