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異変が起きたことを察知したとして。そこへすぐさまグリモアルマを送り込めるわけではない。
「エリアA5。マギスエフェクト確認。周辺の監視カメラへのアクセス途絶」
「ミツルギ部隊出撃。ただし、ゲート三番から六番までが先ほどのマギスエフェクトの効果範囲内で使用不能のため第三部隊の出撃は遅れます」
「解った。香取、ミツルギから得られる映像データ取得後、即座にアレイスターに照会。敵の特性を割り出せ」
マギスエフェクトの厄介なところがここにある。
セリオンシティにおいてエーテル技術を使っていない電子機器は一部の例外を除いて存在せず、エーテル流に干渉して不具合を発生させるマギスエフェクトは、ありとあらゆる電子機器の機能を停止させる。
結果、情報を得るために遠隔で監視カメラ等の映像を確認しようにも、そのカメラそのものやその映像を保存するためのコンピューターなどが機能を停止してしまう為、遠距離からではどうやっても現場の状況を確認出来なくなる。
「安価で汎用性の高い技術すべてが有用というわけではないのだと常々思わされるわね」
「ドクター。お前にも仕事がある」
「なんだいレっちゃん」
「出撃させるウィザードの選定だ。お前に一任する」
「うっわ。責任重大じゃないの」
「ミツルギからの映像、来ます」
「モニターに出せ」
出撃したミツルギが送ってくる映像。そこには、まさに異形の姿が映し出されていた。
「何、あれ……」
香取は、それを見て絶句した。
何せそこに映っているのは異様に盛り上がった海面のみ。
だが、ミツルギのセンサーはそこにモンスターがいるのだ、と反応を示している。
「まさか、あの盛り上がった海水がモンスター、だと? 香取」
「アレイスターから返答あり。モンスター特定。名称、ウンディーネ。能力は水の操作!」
「ドクター。適任は誰だ」
「コヨミは論外。あの外見から見ても分かる通り実弾が効く相手じゃない。ツキヒも駄目。ミクも駄目。と、なると――」
「消去法でクオン、か。向かわせろ」
◆
盛り上がった海面に銃口を向けたまま立ち往生していた。
本部からの指示が来ない、というのもあるが、その本部も命令を出すに出せない状況であった。
なにせ、相手は水の塊でしかない。少なくとも、視覚的にはそう見えている。
そんなものに銃弾が通用するか、というとほぼ通用しない。
あくまでも人間用のアサルトライフルや対物ライフルの話だが、約90センチも潜れば届かない。
これはそれらが放つ弾丸の初速が速すぎ、その速度で突っ込めばたとえ水であってもコンクリート並みの強度になる。
人間用でそれだ。ならば、それよりも初速の出るアルマ用のマシンガンではどうだ。
単純比較はできないが――まあ通用しないだろう。仮に通用したとして、相手はモンスターだ。通常火器がどの程度効果があるのかも不明。
とはいえ、いつまでもこうしているワケにもいかない。
各機が改めて相手をロックオンし、ようやくマシンガンが火を噴いた。
殺到する銃弾の雨。それらすべてが盛り上がった海面に吸い込まれて、はじけた。
わかり切っていた結果ではある。だが、これも必要なことである。
相手がどんな動きをするのか、それを調べるためだ。
実際、アクションはすぐに起きた。
盛り上がった海面がさらに大きく盛り上がり、形を作っていく。
限りなく人間に近い外見に。全身が水で出来たモンスター、ウンディーネ。
透き通った身体の内側にある人工物が本体であろうということは想像に易いが、今のミツルギに対抗する手段はない。
何せ銃弾が通用しない。加えて、相手が水で出来た身体を持つのならば近接戦も無意味。
それに――もうすべてのミツルギはもう機能停止していた。
ウンディーネの両手の指が伸び、それぞれが鞭のようにしなり、脚を斬り落とし、胴を裂き、胸を穿って、頭を潰す。
二個小隊、計八機のミツルギが一瞬のうちに撃破された。
抵抗する暇など一切ない。操作に若干のタイムラグが生まれる遠隔操作方式の機体だから回避できなかった、というわけでもない。
仮に有人機であったとしても、至近距離で振るわれる超音速の攻撃を避けられるわけがない。
「あら、ら。すごい一撃、ね」
現場からやや離れた場所から視覚強化の魔術を使い様子を見ていたメイガススーツ姿のクオンは、どう動くべきか、と思考を巡らせていた。
自身のグリモアルマとの相性は、決して悪いものではない。
不安要素は相手の攻撃の射程がどのくらいのものか、という話だけであり、今この場所からあの水のバケモノを撃破することも不可能ではない、と考えた。
なので、まずはグリモアルマを呼び出す事にする。
そのために、わざわざライフラインが一切通っておらず、人工物もないような場所に来たのだから。
「顕現せ、よ。呪、え。唱え、ろ。ビルキ、ス」
アイオーンゲートが開き、あふれ出した力場が実体を持って顕現。
同時に機体の周囲に結晶体が四つ出現。マギスエフェクトが機体を中心に渦巻きながら空に向かって放出される。
ビルキス。クオンの操るグリモアルマである。
胸部装甲を開き、主を取り込むなりビルキスは手を遠方のウンディーネに向ける。
「ワイズクリスタル、ウェイク」
その声と共に、機体の周囲を漂っていた結晶体が動き出す。
くるくると舞い、それらが形状を変えて合体。巨大な砲身を作り出す。
これは術者のイメージ。より遠くへ、攻撃を届かせるためにイメージしやすいものの姿を形どる。
「術式展開。発射」
そして。生み出した砲から電撃を放った。
不規則に進みながら目標めがけて伸びていくそれに、ウンディーネもそれに気づいて顔のない頭を攻撃のくるほうへ向ける。
その直後。放たれた雷撃がウンディーネを直撃した。
「……あら?」
だが、クオンは思ったような効果が出ないことに首を傾げる。
◆
アビスアルターの指令室でも、ビルキスとウンディーネの戦闘の様子はモニタリングされている。
顕現レベルのマギスエフェクトでもない限りは機能停止しない、特別製のドローンによる映像である。
「目標、被弾の直撃に反応したものの、リアクションはなし」
「というか、攻撃も通用してないんじゃないか?」
吾妻が攻撃を受けたはずのウンディーネの様子がおかしいことに気付く。
「あー、あれは、だね」
「ドクター?」
「水に電気。確かにいいチョイスだ。水は電気によって水素と酸素に分解できる。基礎的な科学知識だ。中学校レベルのね」
「だったらなんで……」
「――純水、だな。ドクター」
「さっすがレっちゃん。説明するまでもなかったね」
水は電気を通しやすい物質として有名である。しかし、それは何等かの不純物を含んだ水に限る。
純水は絶縁物質。電気は、通さない。
「ちょ、ちょっと待ってください。あのモンスター、ウンディーネは海の上にいて、身体が水で出来てるんですよ!?」
「だから海水で出来た身体のはず? ははは。バカを言うんじゃないよ吾妻くぅん。相手はモンスターだぞ。アイオーンゲートなんて異次元から身体を生み出すバケモノ。我々の常識なんて通用するわけがないでしょうに」
攻撃を受け続けるウンディーネ。だがついに沈黙を破り右腕を大きく振り上げる。
「クオン、奴の身体は純水で出来ている。電気は通用しない」
『了解』
レキの指示に、クオンはただ短く答えた。
◆
通信機から指示を受けたクオンは、電撃の照射をやめる。
「厄介ね」
純水で構成された身体。当初の目論見である電気分解が通用しないとなれば、あとは凍らせるか熱するかの二択。
この時、クオンが選択したのは相手を凍らせること。
四つのうち二つを結合させ、小銃のような形状にして両手に持つと、そこから冷凍弾を発射する。
と、振り上げられていた右腕から水の塊が飛び出し、その冷凍弾を迎撃。
地面に氷の塊が二つ転がる。
「まだまだ……ッ!」
冷凍弾を連射。それらすべてが次々と迎撃されていく。
脅威の反応速度。
こちらが攻撃し、その攻撃が当たるよりも前に迎撃される。
ならば接近戦だろうか。
――それはない。
近づけば近づくほどミツルギを撃破したあの攻撃への対処が難しくなる。
流石に超音速で振られる水の塊の脅威を理解できていないクオンではない。
「どうしましょうか。千日手のような気がするのだけれど」
千日手とは口にしたものの、実際は向こうの方が有利なのは明らかだ。
「なら、こうするだけ」
二つを合体させたのではなく、分離させた状態で四つのワイズクリスタルから冷凍弾を連射。
それに対し、ウンディーネはさらに攻撃頻度を上げて反撃してくる。
その速度は次第にゼノビアの攻撃を圧倒し始める。
「あら。これは拙いかしら」
ゼノビアの装甲を何発かの水弾が打ち付ける。
それそのものは大したダメージではない。自動修復機能でリカバリーできる程度。
しかし、だ。その頻度が上がれば話は別。加えて威力も次第に上がりだし、ついには迎撃不能なほどの弾幕がゼノビアめがけて殺到する。
「くっ……」
完全に失策。そして相手の力量の読み違え。流れは良くない方に動き出したのを嫌でも感じる。
ワイズクリスタルを機体の前方に展開し、水弾の攻撃を受け止める。
クリスタルの表面を超高熱状態にすることで直撃した水を瞬時に蒸発させることで攻撃を受け止めるが――これでは攻撃に転ずることもできない。
何より苛烈を極める攻撃の連続で表面温度が下がり、水弾の衝撃でクリスタル自身にダメージが蓄積し始めている。
『――――』
と、今度は両手を掲げ、水の塊を作り出す。
その間も弾幕は途切れることなく、ゼノビアを追い詰め始める。
「よくない流れね……」
水の塊をある程度の大きさまで生成すると、それを圧縮。ゼノビアめがけて発射した。
その速度は、今まで放ってきた水弾のそれとは桁違いに速く、またその一発の密度も桁違い。
被弾すればそのままワイズクリスタルどころか本体まで貫通するであろうことは想像に易い。
「あ、無理ねこれは」
回避は到底間に合わない。
ウィザード特有の処理能力の高さに由来する、状況把握能力と行動予測。そのすべてが自身の敗北を――最悪のパターンでは死という結果を導き出した。
圧縮水弾が迫る。それをスローモーションのように見つめながら、クオンは目を閉じた。
『――――――!!』
だが、圧縮水弾が命中する寸前に耳をつんざく叫び声に目を開く。
するとどうだ。自身に迫っていた水弾は何かによってすべて消し飛ばされ、一瞬の静寂が訪れる。
「マギスエフェクト……?」
何が起きたのかクオンが理解できないまま、それは現れた。
正体不明のグリモアルマ。それは顕現と同時に発生したマギスエフェクトで攻撃をすべて払いのけ、無防備な姿をさらすウンディーネめがけ両肩の鞭を振り抜き、両腕を切断した。
本体から切り離された途端、ただの水に戻り海へと還っていくが、所詮一時しのぎにしかならない。
斬り落とされた直後に海水をくみ取り、ウンディーネは両腕を再生させる。
直後。頭部の周辺に水の塊を生成し、そこから超高圧水流を発射した。
いわゆるウォーターカッターというやつである。被弾すれば問答無用で万物を切断するような攻撃。
『――――、――――!!』
その攻撃を、そのグリモアルマは超音波を放って防いで見せた。
それどころかその音の振動によってウンディーネが放った水は沸騰し、その振動が届く範囲に入るなり攻撃を無効化してしまっている。
これではいけない。そうウンディーネは判断したのか、水流による攻撃をやめ、全ての指を伸長し、それを一斉に振るった。
多方面からの不規則な軌道で迫る攻撃。
本来ならば回避困難な攻撃だっただろう。
が、そのグリモアルマは一気に前進。攻撃を掻い潜ってウンディーネに急接近。
直後に両肩の鞭を相手の身体に突き刺して、咆えた。
『――――!!』
その絶叫と共に、ウンディーネの身体に異変が起こり始める。
ぼこぼこと中に気泡が生まれ始め、表面からは湯気が上がる。
「超振動による加熱……」
熱はウンディーネが面している海にも影響し、海が沸騰している。
『――、――――!!』
そしてついに、限界を超えたウンディーネの水の身体が周囲を巻き込む大爆発ともにはじけて消えた。
その爆発の中からまるで不格好な人の形になりそこねたような小さな人型が飛び出してくる。
落下してくるそれめがけて正体不明のグリモアルマは拳を突き上げ粉砕。
人型が砕け散った際に抜け落ちた紙切れを吸収すると、その機体を分解し消滅。
その場にはゼノビアと、拳を突き上げたままの恰好で停止したミツルギの融けかけたフレームだけが遺された。