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食堂を離れ、ツキヒ達三人と別れたコヨミとセツナ。
コヨミは次にどこを案内しようか、と頭を回転させる。
「指令室――は案内するようなところじゃないし。食堂、はさっき行ったし。格納庫……とかどうかな」
「格納庫、ですか」
「あ、興味ある?」
と、いう話の流れで格納庫に向かった二人。
そこでは作業員が頭頂高15メートルほどの人型の周りに群がり、それを整備していた。
加えてその周囲にはそれらよりも小型の人型重機ともいえるべき機械が作業に従事し、巨大なコンテナを運搬している。
「アルマ、ですか。でもガードが使っているのとも、民間用の機体とも違うみたいですけど」
人型の搭乗型大型機械。その総称をアルマと呼ぶ。
民間用のものは頭頂高で3メートルから5メートル。警察や消防などの治安維持目的ならば10メートル程度。軍用――シティガードの使う純戦闘用の機体は15メートルと用途と要求される機能にあわせて大きさが異なるが、それらすべてをひっくるめてアルマ、と呼称する。
今、二人の目の前にいる、巨大な機体はまさに戦闘用のアルマ。ただシティガードの使う機体とは形状が大きく異なる。
「これはミツルギ。性能はシティガードのよりも高いけど、人間が乗れるような機体じゃあないんだ」
「つまり、これは無人機?」
「そ。シティガードは都市部が近くならないと出撃できないけど、それよりも遠い場所だとウチが持ってるこのコたちの出番って訳。ほら、グリモアルマをいきなり出すとマギスエフェクトのせいでその周辺のインフラとかに影響出ちゃうから、アレは緊急時以外ではまず使えないのよね」
「マギスエフェクト……ですかたしか、魔術的現象が起きるときに発生するエーテルに作用する特殊な力場、でしたっけ」
「エーテル技術を使っていない電子機器はないからね。携帯電話から発電所の管理プログラムまで。都市部に近づけば近づくほど、その影響は無視できないものになるからね」
「魔術的現象が起きる度にそれですか?」
「いや、さすがにウィザードが生身で魔術使ったり、メイガススーツでの魔術行使程度は防げるようにしてるよ。けど――グリモアルマとモンスターは別」
それも当然のことだ、とセツナは納得したようにうなずいた。
ウィザードが生身のままであれ、メイガススーツを纏った状態であれ、結局人一人が生み出せる規模には限度がある。
それは行使する術式が比較的小規模であるためだ。
ただし、グリモアルマの顕現となると必要となる術式量とそれに伴うマギスエフェクトの規模が大きく跳ね上がる。
モンスターもモンスターで乗っ取った機械を変質させる際に大規模なマギスエフェクトを発生させる。
グリモアルマとモンスター。とにかく、巨大な魔導兵器が顕現する際には周辺に大規模な影響を及ぼしてしまうのは必然といったところだろう。
「だから、まあ。そう。ゴブリンとかの下級モンスターとかだとこうやってアルマで撃退するのよ」
「あれ、でも――」
「そう。そこが厄介でねー」
困ったように笑うコヨミ。
「ウチ、ガードと仲が悪いし、魔術とかってオカルトもいいところじゃない?」
「……あ、はい。なんとなく解りました」
魔術、という一般的には理解しがたいオカルトを使ってモンスターと戦う組織。しかも自分たちよりも豊富な武装を持っている。
おまけに、グリモアルマが出現すればどうやっても都市機能がマヒする。
そんな連中に頼らなければモンスターとはまともにやりあえない。ここまでくると嫌われていないというほうがおかしい。
「なのにガードの機体ってウチが製造して卸してるから、まあ何かとね。特にミツルギってガードの機体より高性能な機体だからそっちを寄越せってうるさくて」
「そりゃあ、そうでしょうね。性能の高い機体が欲しいってのは当然のことかと」
「でもその高性能ってのは、人間を乗ることを想定していないからで、臨機応変に対応させるオペレーションができる人間でもいない限りまともに運用できないと思うけどね。と、そろそろ次いこっか。あまりここにいても整備班の人たちの邪魔になるし」
「はい。次はどこに?」
「そうだなー、資料室とか?」
「……なんか、ここに比べると一気に地味になりましたね」
◆
指令室ではセリオンシティに起きる些細な変化も見落とさないように二十四時間体制で監視が続けられている。
並行してアビスアルター所属ではないあのグリモアルマについての調査も続いている。
とはいえ、得られたのはエーテル技術を使っていない年代物のカメラで撮影された映像からの情報と、ゼノビアと戦闘した際に発揮された能力程度。
「固有振動数を把握し、それに合わせた超音波で対象物だけを破壊する、か」
「実体弾を使うゼノビアでなければわからなかったデータですね」
「香取。アレイスターの反応は?」
「回答待ちです。能力を指定したのでそうかからないとは思いますが」
香取と呼ばれたオペレーターはそう答える。
レキはぴくりと眉を動かすが、彼女に何を言っても仕方がないことも理解している。
「超古代文明が作り上げた遺物の一つ、魔導兵器情報記録媒体。通称、アレイスター。流石に情報が少ないみたいね」
と、ドクター・メデューサは頷きながら上がってくる情報を閲覧する。
アレイスターと呼ばれる遺物は、所謂魔導書やグリモアルマ、加えてモンスターなどの情報をまとめたデータベースである。
海底遺跡から発掘された遺物の中では最も近代的な構造――具体的には現代で使用されるコンピューターに似た構造をしていたこともあり、解析を進めてメインコンピューターと接続。
アビスアルターはその中身を閲覧し、必要な情報を与えることで相手の正体を知ることができる。
だが、今回はそうではない。
得られた映像の少なさとその解像度の低さ。そして判っている能力だけでは、絞り切れない、ということだろう。
「もしかすると、能力そのものは他のグリモアルマやモンスターも持っているのかもしれないわね」
「その点は否定できんなドクター。山城、吾妻。お前たちは島の監視を続けろ。香取は引き続きアレイスターにアプローチを続けろ」
「了解しました」
「吾妻、お前は西側半分を頼む」
「了解っと。とはいえ、何事も起きないことを願うばかりですがね」
それぞれのオペレーターがコンソールを操作し、割り振られた作業を行う。
香取は引き続き、アレイスターに与える情報を少しでも増やし、特定作業を。
山城と吾妻の男性二人はセリオンシティを東西に分けてサーチ。モンスターの出現に備える。
「いくらサーチしたところでモンスターの出現位置なんて割り出せるものじゃあないと思うのだけれど」
「しないよりはマシだ。それに、アイオーンゲートが開いてすぐならば我々のアルマ部隊で迎撃し時間を稼ぐことができる。というか、だ。ドクター。いつまでここにいるつもりだ?」
「んー?」
くるくると椅子に乗って回るドクター。その周囲には食い荒らしたスナックの袋やらペットボトルがロクに分別もされず同じゴミ袋に突っ込まれ、その山が出来上がっている。
おまけに空き缶にはこれでもかとドクターが吸いまくったタバコが突っ込まれて花のようになっている。いや、そんなにきれいなものではないが。
加えて今現在もドクターの口にはタバコが咥えられている。
「ラボよりこっちのほうが集中できるのよ。それに、ここ空調も優秀でタバコの臭いもこもらないし」
「だったらタバコやめろ」
「レっちゃんの頼みでもそれは聞けないわねー」
と、灰皿替わりにしている空き缶にタバコを押し付けた。
「それで、作業は?」
「じぇーんじぇん駄目。アレイスターがあるとはいえ、出てくるのはそれがどういったものか、というだけ。そもそもアレイスター自身もその全容を把握できていないんだし、やる事山積み。仕事山積み。もうげんかーい」
と両手を上げるドクター。レキはため息をつく。
「何もわかっていないものを使ってる、というのも気持ち悪い話だってのはわかるわ。だから必至こいてグリモアルマのシステムを解明しようとしてるじゃない」
「そう、だな……」
そう。魔導書のことも、グリモアルマのことも、モンスターのことも。人類はまだ何も知らない。
よく理解しているわけでもない。魔術とは何か。何故そうなるか。どうしてそんな現象が起こせるのか。
ただ今は、結果そうなる、とだけしか解っていない。
そんなものを、どんなデメリットがあるかもわからず、そのメリットだけを利用し続けているというのは非常に危ういものであるとレキは考え、その考えはアビスアルターの総意でもある。
一刻も早い解明が求められているが――現状はお手上げといった感じである。
「これは……! おい、吾妻!!」
「間違いない。エーテルの集束反応だ。司令!」
「場所は」
「エリアA5です!」
「南埠頭だと……? 山城。民間人は」
「現在、寄港している船舶はありません」
「集束率、アイオーンゲートの開放値に到達。デカいぞ……エリア内のミツルギにスクランブル!」
「吾妻、各機のコントロールは任せる。香取、ガードに通達。一応は義務だからな」
「はい」
やるだけ無駄だとは思うが、と親指の爪を噛みながらレキはシティーガードへモンスター出現の予兆アリ、と連絡させる。
無論。予兆なんてものではない。
アイオーンゲートが開いた以上、確実にそこに何かが現れるのだから。
◆
セリオンシティにあるいくつかの埠頭のうち、単に南埠頭と呼ばれている施設。
普段は荷下ろしのためにコンテナ船が停泊。ひっきりなしに作業用アルマが場内を動き回り、積み下ろしや仕分けなどを行っている――はずだが、今この場所は静寂が広がっていた。
当然と言えば当然のことで、つい数分前に避難命令が出ていた。
何せここは今から戦場になる。
上空に開いた不可視の門。万物をドロドロに溶かしたエネルギーの坩堝に繋がる門からあふれ出た何かが、広がっていく。
目には見えないもの。特殊な技術を持たなければ認知すらできないもの。
それが――たった一枚の紙切れ目指して、確かに下りてきていた。
紙切れ。そう、紙切れだ。それは、空から降りたものに触れるなり埠頭の施設内にある作業用アルマに張り付き、その姿を変化させていく。
一つでは足りない、と。隣にあったもう一つの機体をも取り込み、形を変えていく。
そして、周囲に放置されたパレットやコンテナ類をマギスエフェクトで吹き飛ばしてそれが顕現する。
「――――」
その様を、無人の施設内で見ていた人影がひとつ。
少女の姿をしたそれは、生まれたそれを眺め、満足そうに笑う。
「ウンディーネ」
少女の声に応えるように、異形が動く。
這いずり、蠢き、あるべき場所へと向かって。