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アビスアルター。
人工島セリオンシティの真下に広がる巨大研究施設兼機動兵器生産プラント複合施設。
同時に。セリオンシティに現れる異形の機動兵器、通称モンスターに対する最終防衛機構。
シティを守るための防衛組織シティガードとは異なり、こちらはモンスター専門の組織であり、表にはなっていない秘密組織でもある。
その指令室では、先の戦闘で得られたデータの整理作業が行われていた。
「ドライアドとゴブリン。そしてリザードマンか」
アビスアルター司令、レキ・ヒストリアは今回出現したモンスターについて上がってきたレポートを眺めながら嘆息する。
「リザードマンはまだしも、ドライアドとゴブリンは下級モンスター。通常火力でも十分に対処可能だが?」
「ま、あっちは化け物の相手なんて専門外なんだろうさ」
レキの後ろに控える女性が、そう言いながらズレた眼鏡の位置を戻す。
「我々の戦闘ドローン部隊が実証済みだ」
「加えて、撃破後に半径500メートル以内に機体を待機させていると乗り移られる、ともね」
「やれやれ。全く。ドクター、例のグリモアルマについて何か判ったことはあるか」
「憶測の域を出ない話でいいのならばあるわ」
「魔導技術研究の第一人者たるドクター・メデューサがずいぶんと弱気なことを言う」
「ドクター・メデューサでもわからないことがあるってことよ」
と、白衣で眼鏡の女性は答えながら、自身がまとめたレポートをレキに渡す。
受け取ったそれに目を通し、レキは眉をひそめた。
「要するに、何もわかりません、と?」
「そりゃあそうでしょ。アレは完全に我々の側にいるグリモアルマの特性から逸脱している。それはそうと、そろそろこっちに来るんじゃなかったかしら」
「何がだ」
「新しい候補者。確か三人だったかしら」
「いいや、一人だ」
「は?」
「先の戦闘に巻き込まれて二人死んだ。残った候補者一人だけが、ここに来る」
そのタイミングで、指令室の扉が開く。
「来たか」
「葛城コヨミ、入ります」
「……狭霧セツナ、入ります」
入ってきた少女二人。うち一人はドクターにも見覚えがあった。が、後から入ってきた少女は初見だ。
「彼女が?」
「ああ。五人目だ」
◆
葛城コヨミは、少しだけ浮ついていた。
と、いうのも先のグリモアルマ同士の戦闘において失態とも呼べる敗北を喫して気分が落ち込んでいたところ、自分と同じウィザードの少女が今日着任すると聞き、しかも自分が施設を案内する役を任されてたとなればマイナスだったテンションは一気に右肩上がり。
足取りも妙に軽く感じている。それこそスキップしそうなくらいに。
「葛城さん、スキップしてる」
「うぇ!? してた?」
「食堂まできてなんでスキップしてるの?」
「だってさ、ツキヒちゃん。このコ新入りのウィザードなんだよ? しかもかわいい」
そういって、すぐ後ろをついてまわる物静かな少女を抱き寄せる。
「むぎゅ」
コヨミの胸に顔を押し当てられるような恰好になり、苦しいのか少女は若干顔をしかめる。
「あら、色白の美人ちゃんじゃない。はじめまして。私は日向ツキヒ。よろしくね」
「狭霧セツナです」
「そんで、あっちでゲームしてるのが鈴谷ミク。その隣でお茶飲んでるのが北上クオンね」
「今話しかけないで、いいとこなんだから」
「よろしく、ね」
ゲームに集中しているミクは一瞥しただけ。一方でクオンはにっこりと笑いながらひらひらと手を振って挨拶をした。
「全員女性なん、ですね」
と、セツナがそう呟く。
「たまたま、だッ。ウィザード、は、少ないッ、ながらに、数は確保できても、魔導書と適合、する、かどうかッ、はぁぁっ! 別、の話だから、なっしゃあ! クリア!!」
と、ガッツポーズしながら立ち上がり、机の上に足を置くミク。
瞬間。その眉間にしゃもじがヒットした。縦で。
「~~~~」
そうとう痛かったらしく、額を押さえて机に突っ伏すミク。その肩にクオンは手を置いた。
「今のはミクが悪い、わ」
しゃもじを投げた当事者はガタイの良いサングラスの強面男。
「テーブルに足を乗せるな」
ただ一言。それなのにとんでもない重圧を放っている。
反論でもしようなら今度はその右手に握った中華包丁が飛んできそうな雰囲気すらある。
「あ、あの人は河内さん。マナーが悪かったらああやってカウンターの向こうから注意してくるから」
「……しゃもじ投げるのはいいんですか」
「気にしちゃ駄目よ狭霧さん。ここではあの人がルールだから」
と、ツキヒは一連の出来事がまるで日常茶飯事だとでもいった風に涼しい顔をしている。
一方、セツナは、というと未だに目の前で起きたことを理解できていないといった風な様子でカウンターの奥にいる河内と机に突っ伏しながら彼を睨むミクの様子を見比べている。
「それ、で。案内の途中なんで、しょ?」
「あ、でももうほとんど終わったし、休憩しよっか。セツナちゃん」
「あ、はい……」
「じゃあ何頼む? 基本的になんでもあるけど時間的に昼ごはん、には遅いし。晩ごはんにも近すぎるし――」
と、コヨミが頭を回していると、その横でメニューを眺めていたセツナが河内のほうに歩み寄る。
「――注文は?」
「豚骨醤油ラーメン。ヤサイマシマシアブラマシマシニンニクマシマシで」
「あいよ」
その注文に、四人の少女が絶句する。
間違ってもその注文は、夕飯の時間が迫っている時間に頼むものではない。
豚骨醤油ラーメンといういかにも胃にたまりそうなものを注文。
その後の呪文の詠唱のようなものを要約すると、野菜と背油とニンニクを大量にトッピングしてくれ、というものだ。
明らかに量が多い。時間とか云々より、女性が食べる量にしては明らかに多すぎる。
「ちょ、おまっ。え?」
他の三人が混乱して反応できない中、ミクだけが何とか声を出す。
「へい、おまち」
「どうも」
トレイを受け取り、その上に乗せられたラーメンとしては異質な存在を見て、四人はそこから目を離せなくなる。
男性職員ですら手を出さないであろう量のトッピング。
「いただきます」
それに向かう狭霧セツナ。四人が唖然とする中、黙々と箸を進めていく。
一度食べ始めると、大量にあったはずのキャベツとモヤシが麺と共に消えていく。
気付けば、どんぶりを両手でつかんで持ち上げ、スープを飲み干していた。
「ごちそうさま」
「……なあコヨミ。何分だった」
「三分も経ってないんじゃないかな。はは」
「狭霧さん、あんなに細いのにどこにあれだけ入るのかしら」
「カロリーすごそう、ね」
空になったどんぶりを乗せたトレイを返却口に持っていき、戻ってくるなり口を開いた。
「ところで、ウィザードとか魔導書とかなんなんですか?」
今度は四人だけでなく、食堂中がざわついた。
「ちょ、待てよ。お前そんなことも知らずにここに来たのか?」
「驚い、た。アビスアルターに来る前に説明を受けると思ってた、わ」
「おいコヨミ。説明してやれ。案内のついでだろ」
ミクから振られ、放心していたコヨミがはっとして自身の顔を軽く叩く。
「えっと。ウィザードっていうのは――なんだっけ」
だが全く頼りにならなかった。
それを見かねて、ツキヒが役目を引き継ぐ。かなり呆れた顔をしながら。
「ウィザードっていうのは、簡単に言うと情報処理速度が常人よりも優れた人間ね。計算するのが速い、物事の理解が速い人、って思ってもらえればいいかな」
「じゃあ魔導書は?」
「それについてはアビスアルターがどういう組織か知っているかどうかでどこまで話すか変わるわね」
「私は、セリオンシティの真下にある海底遺跡を調査するための組織、と聞いてますが」
「その海底遺跡から発見された超文明が遺した本型の事象介入デバイス。それが魔導書よ」
なるほど、という顔をするコヨミ。それにミクが脳天めがけて手刀を落とす。
「何するのさ!」
「お前も魔導書の主なら知ってて当然の話だろうが」
「――あっちは無視するわね。魔導書はありとあらゆる現象に介入することができる。たとえば、火のないところに火を出す、とかね。けれどその力を行使するには、ウィザードの情報処理能力がなければ不可能。加えて魔導書とウィザードにも相性があって、全てのウィザードが魔導書を使えるわけではないのよ」
「だから、魔導書を持っているウィザードは貴重ってこった」
と、なぜか最後だけ持っていったミクが誇らしそうにしている。
その横にいるクオンはよほど滑稽にみえたのか鼻で笑っているが、ミクは気付いていない。
「それと。モンスターはわかるわよね。流石に」
「はい。いつどこから出現するかわからない機械のバケモノ、って認識ですけど」
「魔導書はね、そいつらと対抗できる手段を持っているの。それが――グリモアルマ」
「身も蓋もない言い方だけど、ね。対モンスター用のロボットみたいなもの、よ」
「まあ、シティガードの連中も頑張っちゃあいるが、下級モンスターはともかく中級モンスターは難しい。そこで出てくるのがアビスアルターに所属するあたし等がいるってわけだ」
と、三人から説明を受けてセツナは自分の中で反芻して理解できたのか頷いている。
何故か知っていて当たり前のはずのコヨミまで頷いているが。
「コヨミちゃ、ん? コヨミちゃんって、戦う時以外本当にポンコツよ、ね」
「えっ、そうかな?」
「クオンも普段はぽやぽやしてる感じだけどなァ――――!?」
「ふふふー」
クオンが全く目が笑っていない笑顔でミクの横腹を掴んで思いっきり捻っていた。
「狭霧さん、北上さんは絶対に怒らせたら駄目よ?」
「はい。わかりました」
静かな人ほど怒らせてはいけない、という典型パターンを見せられたセツナの顔は少し引きつっていた。
「ああ。それと。モンスターについても一応説明しておこうか。狭霧さん?」
「お願いします。日向さん」
「ツキヒでいいわよ。で、モンスターなんだけど。あれはね、魔導書の力でしか完全に倒せないの。仮にシティガードが討伐に成功しても、根絶には至らない。何故なら、あれは原初の魔導書のページが機械に取り付いているだけのバケモノだから」
魔導書のページが取り付いている、という言葉に現実味がないのか、セツナはきょとんとした顔をしている。
「まあ、そうなるよね。でもね。本当なのよ。で、私達魔導書の所有者はその原初の魔導書のページをモンスターから引き剥がして回収するのが目的、って訳」
「その、えっと。まあ理解が追い付いていないんですけど、質問が一つ」
「何かな、狭霧さん」
「そのページ、集めきったらどうなるんですか?」
その質問に、一瞬言葉に詰まるツキヒ。
他の三人も似たような反応で、これまで考えてもいなかった、といった感じだ。
「まあ、ページを取り込めば取り込むほど、あたし等の魔導書の力は強くなるから、集めといて損はないな」
「そう、ね。言ってみれば転ばぬ先の杖かし、ら?」
「実際、ページを手に入れてから前は苦戦したモンスターにあっさり勝てたこともあったしね」
「ようするに、強化パーツになる程度しかわかってないんだよねー」
ははは、とコヨミが笑い飛ばす。実際その通りなので、他の三人はため息で肯定した。
「そうですか。それは、残念です」
と、セツナは少し笑いながら呟いた。