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どこからそれは現れたのだろうか。その問いに応えられるものはいないだろう。
ただ、確かなのはそれは自然に現れたものではないのだ、ということだけはわかる。
何せ、どうみたってそれは人工物。
人の形をしたもの。
『モンスター確認』
『アルマ部隊展開急げ』
『敵、ゴブリン三。ドライアド二。市街地に向けて進行中』
シティガードの通信を傍受し、それを聞きながら事の成り行きを見守る。
ゴブリンとドライアド。そのどちらも下級モンスター。
シティガードの使う通常装備でも十分対応可能。よっぽど下手を打たなければ十分対処可能なはずだ。
『こちらサキモリ第一部隊。現場到着。これより攻撃を開始します』
空から降りてくる三つの巨影。
人型機動兵器アルマ。機種名はサキモリ。この都市を防衛するために配備されている機体だ。
それらがパラシュートを開き、逆噴射で勢いを殺して着地するなりシールドを構えながらマシンガンから弾を吐き出す。
だが放たれた弾丸は明後日の方向へと飛んでいく。
「あーあ。ありゃあ駄目だ」
攻撃対象になるゴブリンは3メートルから5メートル。ドライアドも6メートル前後。
15メートル級の機体が、同等の大きさの相手を想定した設定をしたままオート照準で狙えば距離感がおかしくなる。
「こちらスカウト。駄目です。アイツ等、機体の整備もロクにしてません。ウチも動いたほうがいいんじゃないですかね」
戦闘の様子を確認しつつ、そう報告する。
『駄目だ。今回の目的はモンスターの殲滅ではない。我々は、奴の存在を確認しなければならない』
「了解。でも、このままだと市街地に到達しますよ?」
『ヤツは来る。それまでは動くことはできん』
「知りませんよ、ガードからまた文句言われても」
『構わん。アビスアルターを軽視する奴等に我々の必要性を理解してもらう必要もある』
そう吐き捨てる声に、嘆息する。
かねがね同意できる意見であるが、見逃せば一般市民に犠牲が出てしまうとわかっている状況で行動しないのはそれはそれで問題がある。
何せ、シティガードとは違い、アビスアルターにはモンスターと戦えるだけの戦力があるのを、シティガードは知っている。
あとで苦情の一つくらいはくるだろうが、アビスアルターとしてはそれは些事。
それよりも重要視するのは、これから現れるであろう存在。
『くそっ、攻撃が当たらない!』
『あれだけオート照準にモンスターのサイズに合わせたデータ入力しておけって言ってただろうに!』
『バカ。マニュアルに切り替えるんだよ!』
「うわーしっちゃかめっちゃか」
傍受した通信からはパイロットたちの混乱した様子が聞こえてくる。
そうしている間に、ゴブリンたちがそれぞれ動き出した。
跳躍。もっとモンスターチックな言い方をするのであれば、サキモリ達に飛び掛かった。
左右非対称な長さと太さの腕。それを振り上げてまるで棍棒のように一気に振り下ろす。
攻撃を受けたサキモリ達は、それぞれの方法で対処する。
自身と比較して小柄なゴブリンの放った一撃を咄嗟にシールドで受け止めると、そのシールドはものの見事にくの字に折れ曲がり、それを保持していた左腕もパワーに押し負けてひしゃげる。
残りの二機のうち一機はそのまま頭を破壊され、コクピットのある胴体部分まで陥没。中のパイロットは当然、死んでいるだろう。
最後の一機。こちらは攻撃を回避したものの、ドライアドによる光弾攻撃の直撃を受けて上半身が丸ごと吹っ飛んだ。
最低限のアクションでこの結果。
「見てられないんですけど。まあ、ドライアドは動けないからまだいいとして、ゴブリン三体はちょっと洒落になってないんじゃあないですかね?」
後続のシティーガード部隊が到着し、防衛戦を構成するが、距離をとっていてもドライアドの光弾が飛んでくる。近づけばゴブリンに殴り潰される。
『弾幕を展開する。下がれ!』
『くっ、了解』
左腕を潰された機体が交代。その援護として後続部隊のサキモリと、砲撃戦仕様機のモリトが展開する。
流石に数に押される形で、二体のゴブリンが銃弾の雨に撃たれて倒れる。
残った一体は逃げるように後退していく。
「お? これは状況は一転したかな?」
瞬間。先ほどコクピットを潰されたサキモリがぎこちない動きで再起動した。
あり得ない。どう見たってコクピットが潰れている。オートパイロット機能なんてものもない。
なのに、動き出した。
「まさか……こちらスカウト。緊急事態! ガードの機体が乗っ取られました!」
『変化は?』
「えっと……」
機体の周辺にバラバラと散らばる薄い何か。それらが機体全体を覆いつくし、何かの形を模して変化していく。
「リザードマンです!」
『リザードマンか……少々ガードだけでは厳しいか』
「いや、待ってください。リザードマンの視線が――あっ」
『いたか?』
「はい。確認できました。我々以外のメイガススーツです」
大破した機体が転がる大地。工業施設の並んだ風景に、一点の異物。
明らかに小さい。文字通り、人間大。
ただしその全身は奇妙の一言。
SF世界のボディスーツのような印象を受けるのと同時に、そんな機械的なものは感じない。
むしろそれは、幾層にも積み重ねられた紙といった感も強く、同時に動く石像のようにも感じられるという矛盾した存在。
ただ確かなことは、それが現状においては、モンスターたちにとって厄介な存在である、ということだ。
『メイガススーツ、ということはまだアレは出さんつもりか』
「動きま――えっ、そっちは……」
メイガススーツと呼ばれたそれは、モンスターではなく退避しようとしているサキモリめがけて、もはや飛翔といっても差し支えない跳躍で急接近。そのコクピットハッチに張り付くとそれを強引に引っぺがした。
『な、なんだこいつは!? いや、イガススーツ? だがAAの連中は――』
『――飛び降りて』
女の声が、傍受した通信を垂れ流す受信機から聞こえてくる。
明らかにパイロットのものではない。だとすれば、当然その声の主はメイガススーツの装着者である。
「正体不明のウィザードは、女。これだけでもかなり情報が絞れますね」
『だと良いがな。このセリオンシティ全体にどれだけの人間が暮らし、そしてどれだけの未登録住民がいると?』
「あ、コクピットからパイロットが降りました。代わりにメイガススーツが乗り込んで」
『エーテル集束現象確認。コヨミ、生身のままでは巻き込まれるぞ』
「了解っと。んじゃあこっちも装着しますかね」
これまでの一連の流れを見ていた女、コヨミは自身のメイガススーツを纏う。
先ほど確認したメイガススーツとはまた質感が異なるが、全体的に受ける印象は大きく変わらない。
コヨミがそれを纏った直後、正式なパイロットを失ったサキモリの周囲に薄い板状のものが出現し、それが機体全身に張り付いていく。
同時に、リザードマンめがけて走り出す。
『アイオーンゲート開放。マギスエフェクト、来るぞ!』
張り付いたものが一瞬にして機体の形状を作り替えていく。
その過程は大破したサキモリがリザードマンに変化した様子とよく似ている。
だが決定的に違うのは、強烈な光を放つとともに非科学的な暴風を巻き起こす。
「くぅ……」
暴風の正体はマギスエフェクトにより発生したエーテル流の氾濫。その影響を受け、先ほどまで使っていた受信機が小さな悲鳴と共にお釈迦になった。
それどころか、爆心地となった場所は大きく陥没。物理的な破壊力を持ったそれを生身の状態で受けていればどうなるか、とは考えたくない。
かろうじてサキモリから飛び降りたパイロットはなんとかその爆心地からは逃れているようだが、それでも十分危険地帯。
「やっぱエーテル技術で作ったのは全滅か」
使えるのは、アビスアルター本部と直通の特性通信機のみ。
『見えるか』
「ばっちりと。前も現れたアレと同一機とみて間違いないですね」
『正体不明のウィザードか……できれば、敵には回したくないな』
「ていうか、あのパイロット回収しないとやばいんじゃ――」
と気付いた時、暴風の中からサキモリとは全く異なる姿の巨人が現れた。
一歩、一歩と力強く大地を踏みしめ、そのペースを上げていく。
「ああもう、アイツ周りのことなんて気にしちゃいない!」
太い腕を振り上げ、リザードマンに殴り掛かる。
リザードマンはそれをバックステップで回避しようとする。が、そこを狙って巨人の両肩から生えた紐状の部位がしなり、リザードマンの足に巻き付きそれを持ち上げるなり地面めがけて振り下ろす。
一撃与えて、すぐにそれを元の位置に戻すと爆音とともに跳び上がり、リザードマンを踏みつぶすように着地する。
足をどけ、動かなくなったリザードマンの胸部に拳を叩き込んで完全に沈黙させる。
「あー、やっぱ回収してるなー」
『つまり、奴の目的は――』
「ええ。原初の魔導書のページ回収です」
続けて、その巨人の戦闘力を目の当たりにしたことでドライアドのそばまで撤退していたゴブリンたちに狙いを定め、両肩の鞭を伸ばす。
それが縦一閃。それだけでゴブリン二体とその後ろにいたドライアドがまとめて両断された。
先ほどまでサキモリ部隊の攻撃がほとんど通用していなかったモンスターたちが数えるほどのアクションで全滅した。
『仕掛けるぞ。奴を逃がすな』
「了解」
様子見はここで終わり。
コヨミは自身の魔導書を呼び出し、それを開く。
「顕現せよ。射貫け、射殺せ。ゼノビア!」
その声に応じ、魔導書のページがバラバラと宙に舞い始める。
それらは巨人の姿を形作り、強烈なマギスエフェクトを発生。その姿をこの世界に確立する。
ゼノビアと呼ばれたそれは胸の装甲を開き、その内側へとコヨミを招き入れる。
「さあて、と」
巨人と一体化し、その権能すべてを掌握。
出現したモンスターを滅ぼしたばかりの巨人――名称不明のグリモアルマめがけて手を伸ばす。
瞬間。ゼノビアの周囲に筒状の物体が出現する。
それが何であるか、というのはよくよくそれを眺めていれば銃であるとわかる。
大量のマスケット。時代遅れの銃を模したそれを展開し、次々と放つ。
「さあ、どうす――」
大量の弾丸。それらをすべて両肩から生えている鞭で叩き落していく。
それも、ぜのビアのほうを一切見ずに。
「嘘ッ!?」
展開したすべてのマスケットが弾を吐き出し終えるまでに放たれた弾丸は軽く三桁を超える。
それらすべてを払いのけてみせた。
攻撃が止んだ時、ぐりん、とその顔がゼノビアのほうを向いた。
両肩の鞭を大きくしならせ、大地を叩いて跳び上がったそれはまっすぐ向かってくる。
「くっ」
それを何とか撃ち落とそうとマスケットを再展開して発砲。
が。それらは一切命中することはない。
『――――――!!』
「なっ――」
耳に痛い音。かろうじて音だと認識できるほどの音。それが放たれるとともに放った弾丸はすべて消滅した。
「まさか弾丸の固有振動数に合わせた超音波で弾丸だけ消滅させ――うわっ!?」
両脚がそろった跳び蹴り。それを受けてゼノビアは転倒する。
一方で、蹴りを放ったグリモアルマはその反作用で距離をとって着地。
続いて駆け出し、未だ立ち上がれないゼノビアに胸に拳を叩きつける。
「くっ……」
流石に死を覚悟する。
だがしかし。その時は来なかった。
『なるほど。そこにあったのか』
「何を……」
直後。ゼノビアに覆いかぶさっていた巨人の姿が崩れていく。
代わりに残されたのは、フレームだけになったサキモリだった鉄塊。
「……助かっ、た?」
ゼノビアを魔導書に収容し、自分の目で周囲を見渡す。
そこには何もない。
戦いの痕跡だけが残され、そこに魔導書の巨人がいた不自然な痕跡だけが残されていた。