敗北
「グオォオオオ!」
ベインの絶叫は操縦槽内に響き渡る。
映像盤に映るメイスを振りかぶった白い機兵、魔装兵メルセネール・アンターレスに暗黒魔法ドゥ・ランツェで創り出した漆黒の馬上槍を投げつけつつ、右手のフックワイヤーを射出する。
メルセネールは黒い飛翔体をメイスで弾くが、そのメイスにフックワイヤーが絡まる。
ベインは全力でワイヤーを引き手繰り、メルセネールからメイスを奪い取った。
敵機の襲来にすぐさまメルセネールは後退し、予備の小型メイスを二つ、両手に構えた。
『くくく、この暗黒騎士の従者か。主人の仇討ちとはご苦労な事だ。』
嘲るように発せられた敵の言葉。
ベインはますます頭に血が昇る。
「貴様ら、絶対に赦さん! 全員、縊り殺す!」
『はははははっ、やってみろ。』
ベインはカタフラクト・セクトルの主武器である大剣ギラティンを腰溜めに構え、暗黒闘気を両足に集中させる。
次の瞬間には信じられない速度で相手との距離を一瞬で詰める。
だが敵は複数、左右から差し込まれた光剣によってベインの攻撃は挑発して来たメルセネールに届かない。
それでもなお、ベインは前へ出る。
ギラティンを大きく振り回し、他のメルセネールの攻撃を容易く退ける。
流石に接近戦は不利と見たか、6機のメルセネールはベインから距離を取りつつ、それぞれが下位炎魔法ファイア・シューターや下位土魔法ストーンランス、中位風魔法エアロ・ブラストなどを放って来だが、それらをベインは暗黒闘気を全開にして防ぎ切る。
それでもなおメルセネールは立て続けに攻撃魔法を放ち続ける。
攻撃としては物足りないが、ベインの怒りを増長するには十分過ぎた。
相手はベインの冷静さを失わせるよう動いているのだ。
だが、ここでの計算違いは、ベインの怒りの大きさが彼らの予想を超えていた事だろう。
ベインが暗黒魔法ドゥ・ボーゲンで二百本もの黒い矢を一度に創り出し、全方位に射出したのだ。
暗黒魔法の源である反物質の生成は暗黒騎士の命を削る。
暗黒魔法に限らず暗黒剣技や暗黒闘技を使えば使うほど、暗黒騎士は消耗してしまう。
それ故に暗黒騎士も己の限界を計りながら戦っている。
だが、今のベインにはそんな事よりも目の前の敵を屠る事だけが全てだった。
故に自身の消耗など一切考慮していなかった。
この攻撃にはさしものメルセネール達も虚をつかれ、全機が防御あるいは回避に専念せざるを得ない状態となった。
ベインはこの機を逃さず、光剣で黒い矢を切り払ったメルセネールにギラティンを振るい、右腕を肩口から切り落とし、勢いつけてのショルダータックルで吹っ飛ばす。
次いで小型メイスのメルセネールを一刀両断するべく上段からギラティンを振り下ろす。
メルセネールは両手のメイスを交差させてギラティンを辛うじて受け止める。
「このままっ、押し潰す!」
ベインはカタフラクトの膂力でそのまま押し込む。
『くくく、貴様やるな。その戦いぶりに免じて教えてやろう。我らは聖王国クルセイダー第五師団所属、『神威の鉄槌隊』。俺は隊長のバルター、だっ!』
言い終えるとほぼ同時に、バルターは両手のメイスを放棄し、ギラティンを左に逸す。
さらにベインが体勢を僅かに崩した瞬間に4つの光弾を同時に生成する光魔法『聖光弾』を発動し、その全てをカタフラクト・セクトルの右膝に叩き込んだ。
カタフラクトの右足は膝で切断され、堪らず転倒する。
「小賢しい真似を! このままで終わるか!」
ベインは暗黒闘気を強化しつつ立ち上がろうとする、だがその背に容赦なくメルセネールからメイスの連打が打ち下ろされる。
『貴様はよく戦った。その勇戦を表して女神の身許に送ってやろう。」
攻撃の手を一切休めず、バルターはそう宣言する。
ベインはただ耐える事しか出来ず、憎しみと悔しさで頭がおかしくなりそうだった。
「おのれぇ! 殺してやる!」
『はっはっはぁ死ねぃ! ……おっと。』
勝ちを確信し、そのまま嬲るつもりだったバルターは、高速で飛来した漆黒の投擲槍を間一髪で回避した。
そして撃ち出される魔導砲の一斉射撃。
『イルフート卿!』
『イルフート卿、ご無事で。援護します、各隊一斉射、奴らを引き離せ!』
その場に現れたのはリリィを含めた総勢13機の帝国軍機兵。
流石に連戦続きと数の不利故か、神威の鉄槌隊は光魔法フラッシュによる閃光で目眩しを行い、見事なほど素早く撤退した。
「待てっ、まだ勝負はついて無いぞ! まてぇ!」
ベインの無念が虚空に木霊した。




