愛しい少女
聖華暦835年 4月
私、エミリは目の前の愛しい少女にこう切り出した。
「リコス様、明日はまだ修行もお休みです。どこかへお出かけいたしましょう。」
所謂デートのお誘いです。
彼女、リコス・ユミア様とは三ヶ月ぶりの再会。
ここ帝都ニブルヘイムと彼女の故郷バウルスハイムの間で4通の手紙のやり取りを行なって、彼女への想いは膨らむばかりでした。
そして昨日、リコス様の謹慎が解けて、彼女はようやくニブルヘイムへと戻って来られたのです。
あぁ、この日が来るのをどんなに待ち望んだか。
……決して大袈裟に言っているのではありませんよ。
それだけ、彼女は私の中で大きなウェイトを占める存在だということなのです。
ともかく、リコス様ともっと一緒にいたい。
彼女ともっとお喋りがしたい。
彼女ともっと触れ合いたい。
彼女となら、最後の一線を越える事も、……むしろ妄想してしまう。
……決してがっついているのではありませんよ。
それだけ、彼女の事が愛おしくて仕方がないという事なのです。
補足として、私達はまだ清い関係だと宣言しておきます。
「わかりました。僕もそうしたいと思っていたんです。明日が楽しみですね。」
そう言って微笑んだリコス様。
私の心臓は高鳴りっぱなしです。
ですが、こんな事を表に出してはいけません。
好きな方の前では、いい格好を見せたいから。
こんなふわふわと浮き足だった姿を見せて、幻滅なんてされたしまったら、一生立ち直る事が出来ないかもしれませんもの。
ともかく、明日のデートの約束を取り付けて、私は天にも舞い上がる気持ちとなったのです。
*
「はぁ………。」
どんよりとした分厚い黒雲、そこから無限に降り注ぐ雨を前に、私は溜息を吐きました。
昨日はあんなにも晴れ渡っていた天気が一晩で悪くなるなんて、なんて意地悪なんでしょう。
暗雲として天気と同じで、私の心もどんよりと沈み込んでしまいました。
せっかく、せっかくリコス様が帰って来たら、一緒に楽しめるようデートコースも計画していたのに。
今が見頃の素敵な景色や、劇場の観劇、食べ歩き。
けれどもこの雨では出歩く事も億劫になってしまいます。
はぁ……。
再び溜息を吐いてしまいました。
暗く沈んでいても仕方ありません。
気持ちを切り替えて、別の方法を模索しましょう。
そう考えた丁度その時、コンコン、と私の部屋の扉がノックされました。
「エミリさん、居られますか?」
「あ、はい。居ますよ。」
ノックの主はリコス様でした。
私は返事をして扉を開けます。
「エミリさん、入っても良いですか?」
「はい、どうぞ。」
リコス様を私の部屋へお通ししました。
私の部屋はそれほど広くは無く、ベッドにテーブルとイス、机と本棚、洋服入れがあるだけです。
「リコス様、申し訳ありません。せっかくお約束いただいたのに、こんな天気になってしまって。」
「あの、エミリさん。せっかくですから、今日は勉強を見てもらえませんか? えっと…、その、少しでもエミリさんと一緒に居たいな、なんて……」
リコス様が少し照れくさそうにそう言ってくださったのが、なんだか嬉しくなりました。
「はい、喜んで。」
私の愛しい少女、リコス様。
彼女と一緒に居られる時間が、今の私には何よりも掛け替えのない宝物です。




