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上級大将

「吾輩が此度の神聖にして崇高なるレスクヴァ奪還作戦の総指揮官、『不敗の猛将』ガンギーン・フォン・ラズール上級大将である。暗黒騎士諸君、遠路遥々御苦労である。が、此度の戦では諸君らの出番は無い。我が乗艦の近くで高みの見物をしていたまえ。」


 開口一番、ガンギーン上級大将はそう宣った。

 正直言って、およそ軍人とは思えない。


 門閥貴族ラズール公爵家の当主、レルアン・ギル・ラズールの甥に当たる目の前の男は、兵科の訓練をした事が無いのではと思えるような小肥りで、おそらく矢面に立った事も無いだろう。

 その上で自称『不敗の猛将』である。


 確かにこれまでの功績は聞いている。

 聖王国との緩衝地帯においての小競り合いにて、ガーター黒騎士団を率いていくつもの戦果を挙げている。


 だが、ガーター黒騎士団はかのアイオイ・ユークリッド卿……今は国外追放され、バフォメット事変で自由都市同盟を命と引き換えに救った英雄……が築き上げた精鋭部隊だ。

 指揮官の力で戦果を挙げて来たとは俄かに信じ難い。


 それに、暗黒騎士三人を暗に自艦の直掩につける算段、事実上の戦力外通告である。

 この戦いは、敵である聖王国にとっても重要なものになるはずだ。

 生半可な戦力を投入してはこないだろう。


 それにも関わらず、戦力の有効な配分を考えているのか疑わしい。


「吾輩はこれより軍議に入るゆえ、諸君らは出発まで待機しておきたまえ、以上だ。」


 あとは五月蝿いとばかりに手を振って俺たちに退席を促す。


 イルフート卿が指をポキリと鳴らして艦橋から出た。フギン卿やハーティス卿も後に続き、俺たちも退出した。

 艦を降りる際、ベルボーイに俺だけが呼び止められた。


「ビクトル・ライネリオ様、ラズール上級大将様がお呼びです。どうぞこちらへ。」


 一瞬戸惑い、暗黒騎士三人に視線を向ける。

 フギン卿は興味は無いというふうに、イルフート卿は苛立った視線で睨め付け、ハーティス卿は頷いてついて行くようにという目配せをした。


 ふぅ、と短く息を吐いてベルボーイについて行った。


 *


「ビクトル・ライネリオ様をお連れしました。」


「うむ、入れ。」


「失礼致します。」


 俺は、プレミアム・ラズール内のガンギーン上級大将の私室へと通された。

 艦内に私室があるとは、流石に総司令官だ。


「よく来たな、ビクトル。そちの父上は吾輩の知古でな、此度の出征では目をかけるよう頼まれておるのだ。」


「父上が…、そうですか。」


 確かに俺の実家もラズール公爵家の派閥、かなり遠いが縁者筋ではある。


「何かあれば遠慮はいらん。吾輩に言って来るが良い。」


「ありがとうございます。」


「……それと、暗黒騎士どもの動向を吾輩に報告せよ。」


 やはりな。縁者筋の俺を、暗黒騎士達の監視に使おうという腹か。


「お言葉ですが……」


「あの暗黒騎士ども、ハーティス卿は曲がりながら貴族の出であるから少しは信用出来ようが、後の二人は下賤な成り上がり。そんな者どもなど信用ならん。」


 言いかけた俺の言葉など全く無視して、ガンギーン上級大将は吐き捨てるように本音を漏らした。

 俺が身内だと思ってのことだろうが、流石にそれは……


「では用は済んだ。よろしく頼んだぞ。」


 やるかどうかも言わぬうちに、あとは一方的に退出させられた。


 ……こんな人物が今回の戦の趨勢を握っているというのか。

 重大な戦局の前に、薄暗い暗雲が立ち込めているような気分になった。


 *


「どうでしたか?」


 戻ってすぐに、ハーティス卿がガンギーン上級大将との面談について聞いて来た。


「は、我々の動向を報告せよと命じられました。」


 少しも迷う事なく、正直に報告する。


「ふん、どうせそんな事だろうな。」


 イルフート卿は苛立った口調で吐き捨てる。


「あら、それならその事を正直に言ってしまって良いのですか?」


「構いません。今の私は暗黒騎士の従者です。主人を裏切り、間者のような真似は出来ません。」


 俺の返答にイルフート卿は、ふんっと鼻を鳴らし、ハーティス卿は柔和に微笑んだ。


「貴方は誇り高い人ですね。その志を忘れないでください。」


 ついこの間まで、誇りを失いかけていた自分には勿体無い言葉だ。

 言葉に詰まった俺は敬礼を持って返した。


「イルフート卿、ハーティス卿、総司令官から出撃時刻の通達が来ましたよ。」


「ガーランド卿。」


「"卿"は辞めなさい。今は落伍者でこのカリギュラ級重巡航艦の艦長です。」


「失礼しました、ガーランド艦長。」


 ハーティス卿の言葉を訂正して、目の前の女性、元暗黒騎士シルビア・ガーランド艦長がイルフート卿とハーティス卿に報告をする。


 ガーランド卿、もといガーランド艦長は前年の帝国と聖王国の国境紛争『デンバー戦役』においてクルセイダー6騎との戦いで重傷を負い、身体の自由を失った。

 今は本人も言うように暗黒騎士を落伍し、この重巡航艦の艦長に収まっている。


「聖華暦835年3月8日03:30より同作戦を開始するそうです。」


「3月8日だと? 作戦開始は3月7日のはず、1日遅れてるじゃないか。」


 確かに、作戦開始が3月7日というのは決定事項だったはずだ。


「貴族連合軍主力の終結が遅れているのだとか。総司令官の権限で遅らせたのでしょう。」


「糞貴族どもが、戦いを遊びだと思っているのか!」


 イルフート卿が激昂する。

 全身から威圧感を滲ませながら、苛立ちを隠そうともしない。


 ゴツンっ。


 そんなイルフート卿にガーランド艦長が松葉杖で頭に一撃を入れた。

 驚いた事に、大男の拳や椅子で殴られてもびくともしなかったイルフート卿がよろけた。


「落ち着きなさい、イルフート卿。今作戦における皇帝陛下の名代という重責を負っているのですよ。この程度でいちいち腹を立ててどうしますか。」


「ぐ…、申し訳ない。」


 ガーランド艦長は以前はこのイルフート卿とハーティス卿の師であった。

 今でも頭が上がらないらしい。

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