表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
63/99

集結

 聖華暦835年3月3日 リンドヴルム領 城塞都市アミデューラ


 レスクヴァ要塞奪還作戦の後方支援基地となる城塞都市アミデューラに到着したのはその日の昼をずいぶんと回ってからだった。


 すでに帝国軍の本隊は到着していた。

 陸上艦湾口では艦船の周辺はすでに補給も終わっているのか落ち着いており、いつでも出撃可能となっているようだ。

 ヨルムンガンド級陸上戦艦をはじめとした数十隻の陸上艦がその威容を見せている。


 対して、湾口のその奥では、今だに何隻もの陸上艦が入港している。

 それらの艦には艦種の統一性が低く、それぞれに家紋を示した旗を掲げている。

 貴族が各家々で所有している陸上艦のようだ。


 しかし、どの艦も順番を争うように割り込んだり、誘導を無視して勝手に接舷したりしている。


 あれが今作戦の中核たる貴族連合軍の現状か……


「……貴族どもの張りぼて部隊め。もうあまり時間も無いというのに、まだ集結も済んでいないのか。」


 イルフート卿が忌々しげに吐き捨てた。

 フルフェイスの兜によってその表情は伺いようも無いが、苛立っている事は間違い。


 確かに、イルフート卿が苛立つのも理解出来る。


 作戦が始まるまでに余り時間は残っていないのに、出撃準備はおろか、集合さえ済んでいないのだ。


 これでは集合が間に合っても補給が間に合うか、そちらの方も心配になる。


「まあまあ、私達がそれを気に病んでも仕方ありません。皆さん、ひとまず総司令官への挨拶に参りましょう。」


「チッ。」


 ハーティス卿の言葉にイルフート卿は舌打ちで返し、彼女は困ったような笑みを浮かべる。

 フギン卿が視線で促し、イルフート卿は渋々といったふうに歩き出した。


 俺たち三人も、黙って付き従う他ない。


 貴族連合軍の司令部はラズール公爵家が所有するドラグーン級要塞艦『プラチナム・ラズール』の艦橋という事だった。

 総司令官もそちらにいるらしい。


 ドラグーン級要塞艦は、アルカディア帝国が保有する陸上戦艦の中でも最大級の大きさを誇る。

 特にプラチナム・ラズールにはその巨体に相応しい長大な大型砲『100センチ五連装砲』を搭載しており、まさに要塞と呼ぶに相応しい強大な火力を持った巨大戦艦だ。


 あまりの大きさに、流石の俺もため息が出た。


「暗黒騎士ベイン・イルフートである。総司令官殿に御目通り願いたい。」


「はっ! ただ今お取り継ぎ致します。少々お待ちください。」


 桟橋の前に居た高級ホテルのベルボーイを思わせる出立ちの乗員に声をかけると、確認の為にベルボーイが小走りに艦内へと駆け込む。


 それから待たされる事十数分。

 イルフート卿の全身からじわりじわりと嫌な気配が漂い始めている。

 彼は1秒毎にイライラを募らせているを隠そうとしていない。


 あぁ、まったく。

 いったいいつまで待たせる気だ。

 このままではこの野獣のような男が怒りに任せて何をするか、判ったものではない。


 と、先ほどのベルボーイが再び小走りで戻ってきた。


「申し上げます。総司令官、ガンギーン・フォン・ラズール上級大将閣下は所用にてお会いになれないとの事です。二時間後にまたお越しください。」


「貴様、ふざけ…。」

「判りました、では二時間後に改めて参ります。」


 怒りを爆発させそうになったイルフート卿を遮り、ハーティス卿がベルボーイにそう告げる。

 フギン卿もイルフート卿の肩に手をかけて、抑えるように促した。


 イルフート卿は拳を握り込んでポキリと鳴らすと、無言のまま踵を返した。

 俺たちも仕方なく暗黒騎士達に従い、その後に続いて歩き出した。


 *


「あーまったくよぉ、堪んねぇな。」


 キンバリーが簡易ベッドに寝転がり、独言た。

 気持ちはわかる。

 俺だって、やり場の無い腹立たしさをどうにかして吐き出したい。


 もっとも、カリギュラ級重巡航艦の狭い船室の中、出来る事も無く呑み込むしかないが。


「まあただ待たされるだけ、ってのはなぁ……。」


「そうじゃなくて総司令官殿のアレだよ。天下の暗黒騎士相手に嫌悪丸出しの対応だろ?」


「そんなイラつくなって。貴族派と皇帝派の対立なんていつもの事じゃないかよ。」


 ハンフリーの言う事はもっともだ。

 周知の事実として、皇帝陛下の威光を背負う暗黒騎士と、自身の生まれ血筋を誇る貴族は基本的に仲が悪い。

 けれど、今はそんな事を言っている場合では無いはずだ。


「お前ら、少し黙ってろよ。」


 少なからずイラついていたため、二人のやりとりを鬱陶しく感じた。


 キンバリーは溜息つき、ハンフリーは肩をすくめた。

 ともかく、あと一時間以上もこうして待機していなければならない。


 自由に行動する権限を持たない弟子の身である事がもどかしかった。


 船室のドアがコンコンと鳴る。


「皆さん、居られますか?」


 ハーティス卿だ。

 すぐに扉を開けて敬礼する。


「はい、皆居ります。何用でしょうか?」


「こうして待っているのもなんなので、皆で食事に行きましょう。」


 俺たちは顔を見合わせる。


「了解いたしました。すぐに準備します。」


「では桟橋で待っていますよ。」


 どうせする事もない。少しでも気が紛れるなら良いだろう。


 *


 俺たちはハーティス卿に伴われ、港区近くのレストランへとやって来た。

 無論、イルフート卿やフギン卿も一緒だ……。


「このお店はここらで一番美味しいお店だそうですよ。楽しみですね。」


 外観は上品な雰囲気を醸し出すレストランを前にハーティス卿は上機嫌だが、全身鎧にフルフェイスヘルムのこの2人がどのように食事するのか気にはなる。

 だが、まずは普通に食事が出来るかが心配だ。


 なにしろ店に入るなり目についたのは、外の雰囲気とは裏腹な、多くの傭兵達。

 その態度はお世辞にも上品とはとても言えない。


「よおよお、お兄さんがた、今日は貸切だ。悪いけど他を当たってくんなぁ。」


 一人の傭兵が俺たちの前に進み出て、酒臭い息を吐きかける。


「そっちのオネェちゃんは俺たちと食事しても良いんだぜぇ、ひゃっはっは。」


 さらに二人ほど傭兵が寄って来る。


「おい、暗黒騎士ハーティス卿に無礼だぞ、退がれ。」


「ヒュー、聞いたか皆? 天下の暗黒騎士様だってよ。こんな別嬪さんとカタツムリが暗黒騎士なら俺らは天下無敵の強者だぜ。」


 周囲から下卑た笑いが巻き起こる。

 それから、奥からイルフート卿よりもさらに大柄な男が近づいて来た。


「悪りぃがアンタ達はお呼びじゃ無いんだよ。わかったら出てってくれっか、よっ!」


 言うなり大男はあろう事か、イルフート卿の顔面に拳を叩き込んでいた。

 イルフート卿はそれを避けもせずにまともに受ける。


 大男がニヤリと笑うが、それもそこまでだった。


「なんだそれは? それで殴ったつもりか?」


 イルフート卿の右手が一瞬消えたように錯覚した。

 次の瞬間には大男の腹に深々と拳が突き刺さり、大男は堪らずに膝を折る。

 だがそれだけでは終わらない。


 イルフート卿は大男の顔面を鷲掴みにする。

 大男はその手を払い除けようとするが、ガッチリと万力のように食い込んだそれを振り解く事が出来ない。

 イルフート卿は構わず大男を引きずって、店の外へ放り出した。


「て、テンメェっ!」


 傭兵の一人が椅子を両手で掴んでイルフート卿の背中に叩きつける。

 渾身の力を込めて振り下ろされた椅子はイルフート卿に当たるやバラバラになった。


 しかし、イルフート卿はやはり微動だにせずにわずかに振り返り。


「今、何かしたか?」


 酒を飲んで面白がっていた傭兵達も、もう引くに引けない。

 席から立ち上がり、武器に手をかけ始める。


 ちっ、やっぱりこうなるか。

 覚悟を決めて俺たちも臨戦体勢を取る。


 それからレストランの中が一瞬で凍土と化した。

 正確には、そう錯覚するかのような冷たくて恐ろしい重圧が空間を満たしている。


 その中心は、フギン卿。


 動けば死ぬ。

 本能的にそう思えた。

 傭兵達は顔を引き攣らせ微動だに出来ない。


 パンっ、と乾いた音が響く。

 ハーティス卿が手を叩いたのだ。


「さぁ、余興はここまでですよ。食事にしましょう。」


 さぁっと重圧が無くなり、傭兵達は先を争うようにレストランから出て行った。


 大男を全く問題にしないイルフート卿、多くの敵を気配だけで黙らせるフギン卿、あの重圧を受けても平然としているハーティス卿……。


 やはり、正規の暗黒騎士は格が違う。

 俺も、早くあの高みへ登らねば。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ