懲罰と勅命
聖華暦835年 2月15日 帝都ニブルヘイム
一ヶ月の謹慎が明け、俺は再び帝都ニブルヘイムへと戻った。
禁止されていた決闘を行った事への懲罰として、暗黒騎士フギン卿、イルフート卿、ハーティス卿3名の指揮下に入り、勅命を遂行する為だ。
あの時は色々と頭に血が昇り、つまらない過ちを犯してしまったが、この一ヶ月で十分に頭は冷えた。
だが今思い返しても、なぜにこうもアイツを意識していたのか、全く見当がつかない。
暗黒騎士として敬愛するイディエル卿の初めての弟子だからか?
俺の恐慌の魔眼を破ったからか?
アイツの異様な成長に危機感を持ったからか?
どれもしっくりと来ない。
自分の中で腑に落ちる理由が思いつかない。
確かにアイツは生意気な奴だ。
組手で二本取られ、決闘に負けたのは事実だ。
だがそれだけだ。
依然として経験でも修練でも俺の方に分がある。
さりとて、俺の中でアイツは随分と大きなウェイトを占める存在となってしまった。
癪ではある、だが『好敵手』と認めざるを得ないだろう。
俺はこれから死地に向かう。
そこでさらに経験を積んで、アイツを突き放す。
もうアイツに負ける事など無い。
感謝するぞ、リコス・ユミア。
この俺、ビクトル・ライネリオに、更なる高みを目指すきっかけを与えてくれた事を。
*
「ビクトル・ライネリオ、ロイズ・ハンフリー、ノーマン・キンバリー、着任致しました。」
俺たち三人は、目の前で異様な空気を放つ暗黒騎士に敬礼し、着任の報告をする。
相手の名はベイン・イルフート卿。
俺たちよりも遥かに鍛え上げられた肉体を持つ巨漢だ。
彼は前年のデンバー戦役においてクルセイダー六騎と渡り合い、負傷。
その後、自らを鍛え直して大幅にパンプアップしたと聞いている。
確かに、以前の暗黒騎士就任式典で見た時よりも、大男となっている。
その為か一時、帝国軍の中でも別人説が流れた事がある。
だが、今は見てくれの事はどうだっていい。
戦地に赴いてもいないというのに、彼からはピリピリとした威圧感が滲み出ている。
「話は聞いている。貴様らが誰の弟子でどういう生まれかは一切関係ない。勅命を遂行する上で邪魔になるなら容赦無く切り捨てる。」
それだけ言うと、イルフート卿は俺たちに目もくれずに退室した。
「ふぅ、ごめんなさいね。彼はああ見えて今回の勅命では張り切っているんです。貴方達はまず自分の命を第一に考えて行動してください。」
イルフート卿の異様な雰囲気とは違い、リリィ・ハーティス卿が柔和に微笑む。
彼女は先ごろ正規の暗黒騎士に就任したばかりの新米暗黒騎士だ。
それと、壁に背を預けて黙りこくったままのフギン卿。
あちらは音に聞こえし歴戦の猛者と名高い人物だ。
……変わり者としても有名だが。
「了解致しました。今後のご指導、ご鞭撻をお願い致します。」
けれど、新米だろうと変人だろうと暗黒騎士は暗黒騎士。
それはいまだ弟子である俺たち三人とは大きな隔たりだ。
「ええ、よろしくお願いしますね。」
この三人の下に付くことに、一抹の不安を覚えたものの、俺はもっと上を目指す為に彼らから拾えるものをとことん拾い集める。
そう決意を固めた。
*
聖華暦835年2月27日
暗黒騎士三人との顔合わせからこっち、俺たちは準備に追われていた。
暗黒騎士三人に下された勅命は、前年のデンバー戦役によって聖王国に奪取されたレスクヴァ要塞を奪還する軍事作戦に、皇帝陛下の名代として参加する事だ。
皇帝陛下の名代という、なんとも大仰な立場なのは、このレスクヴァ奪還作戦が門閥貴族であるラズール公爵家の主導によって行われるものだからだそうだ。
今回のレスクヴァ要塞の失陥も、前年のデンバー戦役の勃発も、元を正せば貴族連合軍が国内の反対を押し切って、バフォメット事変によって疲弊した自由都市同盟へと侵攻した事がキッカケだった。
いわば門閥貴族の権威はレスクヴァ要塞の失陥によって大きく失墜してしまったのだ。
どんなに贔屓目に見ても、その事実は覆る事は無い。
なればこそ、門閥貴族は己が威信を賭けてレスクヴァ要塞の奪還を成し遂げなければならないのだ。
俺の実家もラズール公爵家の縁者筋。
俺にとっても他人事ではない。
聖華暦835年3月7日にレスクヴァ奪還作戦は発令される。
この作戦は是非とも成功させなくてはな。




