熱
聖華暦834年 10月10日
今日はエミリさんと買物に出ている。
いつものように買い出しのお供なんだけど、こんなでもないと彼女と一緒にいられる時間は限られているから、すごく嬉しい。
最近は、特に彼女の事が気にかかる。
彼女の細かい仕草が目につく。
視界の端に、いつも彼女の姿を入れようとしてしまう。
修行の時は余裕が無いけど、それ以外では彼女の事を考えてしまい、気がつけば結構な時間が経っている事もちょくちょくある。
彼女が近くにいるだけで嬉しいし、姿が見えないと寂しく感じる。
指先が彼女に触れるとドキリとして、彼女の指先が僕に触れると熱を帯びたように熱くなる。
これは、一体どうしたというのだろう。
以前からそういう感じはあったのだけど、少しずつ、時間が経つほどこの感じは強くなっている。
彼女の笑顔が僕に向いている。
それだけで、胸が高鳴り顔が熱い。
「さあ、次のお店で最後ですね。もう少しですよ。」
次のお店で買物を済ませたら、後はお屋敷に帰る事になる。
まだ、もう少し、このまま彼女と一緒の時間を過ごしたい。
そんな願望が頭をよぎっては消えていく。
なんだか変だ。
これではまるで、恋愛小説の主人公がヒロインに抱くような感情のよう……。
………これは、恋なのだろうか?
解らない。
普段の精神状態からすれば、今のは正常な判断とは言えない。
そうは思っても、気がつけばエミリさんの事ばかり考えてしまう。
どうして……?
こんなのは初めてだから。
こんな気持ちになったのは、初めてだから。
「リコス様、どうしました? 顔が赤いですよ。」
「え? あ、いえ、これは、なんでも…」
「少し失礼します。」
そっと、彼女の手が僕の額に触れた。
一気に熱を帯びて顔中が熱い。
「……熱がありますね。すぐにお屋敷に戻りましょう。」
言うなり彼女は僕の手を引いて、急足でお屋敷へと帰ってきた。
それからそのまま僕は部屋へと押し込められて、ベッドに寝かしつけられた。
そのうちお医者様がやって来て、僕を診察した。
「軽い疲労のようですね。二日ほど休めば問題ありません。」
「そうですか……、ありがとうございます。」
情けないな。
帝国の護りたる暗黒騎士を目指しているのに、軽い疲労で熱を出すなんて。
師匠からもゆっくり休むように言われて、ベッドの中でぼんやりとしていた。
ここ最近、少し変だったのは熱が出てたからかもしれない。
そう思うと、妙に納得した気になった。
熱が出たせいで、何かに変に影響されてたんだろう。
それでも……、油断してるとなぜかエミリさんの事を考えている事に気がついて、頬をピシャリと叩く。
まったく、僕は一体何を考えているんだろう。
自分の事ながら呆れてしまう。
あぁ、思考が纏まらず、取りとめのない事ばかり考えている。
もう止めだ。
布団を頭からかぶり、無理矢理眠る事にした。
*
目が覚めると、窓から入ってくる光で部屋は明るくなっていた。
時計を見れば、すでに朝の10時を回っている。
随分と眠っていたんだなと、実感の無いままそう思った。
額に手を当てると、まだなんだか熱っぽい感じがする。
億劫だったけどベッドから立ち上がる。
口の中がカラカラだから、テーブルの上の水差しから水をコップに注いで口に流し込んだ。
飲み込んだ水は、意外にもまだヒンヤリとしていて、おそらくは僕がまだ寝ている間にエミリさんが交換しておいてくれたのだろう。
そこで、また彼女の事を思い出した。
彼女は、僕の事を心配してくれているだろうか。
今この時に彼女が近くに居てくれない事がひどく気掛かりだった。
………あぁ、まただ。
僕はまた彼女の事を考えている。
彼女の笑顔が見たい。
それはきっと、僕の心を暖かくしてくれる。
心配そうな彼女の顔は見たくない。
それはきっと、僕の心を騒つかせてしまう。
ダメだ。まるでエミリさんの事ばかりだ。
まだ熱があるせいかもしれない。
眠れるかは判らないけど、もう少し寝よう。




