私の決意
聖華暦834年 3月
「良いな、リューディア。来年の建国祭までに結果が出なければ、きちんと約束は守ってもらうぞ。」
「……。」
私、リューディア・フォーレンハイトは忸怩たる想いで目の前の男が発する言葉を聞いておりました。
「返答やいかに?」
「……承知致しました。」
ようやく、それだけを絞り出し、叔父であるフォーレンハイト侯爵へと返しました。
本当に、心底、一切の比喩では無く腑が煮えくり変える想いを致しました。
貴族のしがらみは、否応無く私を捕らえて離してはくれません。
私の人生だというのに、どうしてこうも儘ならないものなのでしょう。
本当に、口惜しい……。
*
同年 5月
本当に、人生は儘ならないもの。
私には、才能が与えられませんでした。
今更それを嘆くつもりはありません。
ありはしないのだけれど……
こうも、違いを見せつけられてしまうと、心が折れてしまいそうになります。
あの子、リコス・ユミアさん。
暗黒騎士の弟子として修行を始めて一年ちょっとの彼女は、すでに……そう、すでに暗黒闘気はおろか、私が2年と半年かかったソウルイーターの習得を、わずかに8ヶ月ほどで済ませてしまった。
そうでなくても、嫌味な男であるビクトルなどの他にも才能のある者は多くいるというのに。
私と同じく女でありながら、私と同じくらいの年齢で修行を始めたというのに、この違いは一体なんだと言うのでしょう。
私が人よりも懸命に努力を重ねて、ようやくここまで辿り着いたのに、彼女はあっさりと到達したどころか、さっさと追い抜いて行ってしまった。
そして、今年の御前試合の予選にも参加する。
私は今だに勝ち抜ける自信が持てず、参加も見合わせているのに、この違いは一体なんだと言うのでしょう。
無論、彼女がまったく努力をしていないという事はありません。
むしろ、私と同じく懸命な努力を重ねるからこその上達ぶりだと、それはわかっているのです。
わかってはいても、それは、やはり……。
やはり、自分自身の才能の無さ、努力が報われない事ばかりが、私の心に渦巻いてしまいます。
このまま、彼女がさっさと暗黒騎士になってしまったら……。
彼女が、あの方と並び立つ姿を想像してしまい、すぐにそれを否定しました。
そんな事、許す事など到底出来ない。
あの方の隣に立つべきはこの私。
私以外にあってはならないのです。
どうにかして、彼女を出し抜かなくては。
どうにかして……。
その時、自分の生まれを最大限に活用しろと、私の中の悪魔が囁いたのです。
*
聖華暦834年 12月
「……ハァ。」
私が冷静さを取り戻したのは、皇帝陛下の勅命によって、帝国統轄騎士會の綱紀が粛正された後の事でした。
私は、それまでにフォーレンハイト侯爵家の看板を最大限に利用して、統轄騎士會代表の幾人かにある働きかけを行なっておりました。
リコス・ユミアさんの暗黒騎士任命に関する妨害を。
その幾人かの代表から確約もいただきました。
もちろん、彼女が暗黒騎士に任命される事が確定しているわけではありません。
けれども可能性がゼロでは無い事も、また事実。
その事を酷く危惧した私は、自分を見失っていたのでしょう。
今となっては、彼女の将来に影を刺すような卑劣な行為に、自分自身の愚かさも併せて、とても申し訳なく思っています。
けれども、その事を口に出して、彼女に謝罪をする勇気が持てず、なんとなしに彼女の事を避けてしまっています。
私の誇りは何処へ行ってしまったのでしょう。
これでは私はあの方、愛しいヒムロ・ケイ様にも、合わせる顔がありません。
その為、ここ数日は鬱々とした気分が私の心を占めています。
このままではいけません。
どうにかしなくては。
今までも、儘ならないながらもどうにか出来て来れたのです。
それに、残りの時間ももう僅か。
このまま時間切れとなってしまったら、私はフォーレンハイト侯爵家の為に、『女』としてその生涯を捧げなければなりません。
未だ何処の誰とも知らない男性へと嫁ぎ、フォーレンハイト侯爵家の安寧を図る為の駒として。
ここでなにもかもを諦めて、燻っているわけにはいかないのです。
今こそ、私は行動を起こさねばいけません。
私は意を決します。
ダメで元々、これでダメだったなら、もうなんの未練も無く、フォーレンハイト侯爵家の一員としての責務を果たす事が出来るでしょう。
どちらに結果が傾いたとしても、リコスさんにはキチンと謝罪を致します。
そう思うと、もう居ても立っても居られなくなりました。
善は急げと申しますもの。
「セルバンデス、ケイ卿のお屋敷まで参ります。馬車の用意を!」




