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修業開始

 聖華暦833年 2月14日 5:30


「おはようございます、リコス様。まずはこちらをお召し上がりください。」


 エミリさんはそう言って、コップ一杯のミルクを出して来た。


「空きっ腹ではトレーニングの効率が落ちてしまいますよ。」


 僕は欠伸を噛み殺してミルクを飲み干した。

 正直言ってまだ眠い。


 修行を始めて三週間。

 といっても軍学校での基礎トレーニングとなんら変わりは無いメニュー内容ではあったけど。


 ただ、ボリュームはその比では無かった。

 まずは軍学校でやっていた準備運動を行ってからジョギング20km、御屋敷から出発して3区間を往復する、それも全力疾走で。

 その後、5分の休憩をして、腕立て伏せ30回・腹筋30回・反復横跳び30回・御屋敷の庭を端から端までダッシュ10本、それぞれ10セット。

 それからアルカディア正統剣術の各種型で素振りを200本ずつ。


 アルカディア正統剣術は、ここアルカディア帝国で軍に制式に取り入れられてる剣術だ。

 発祥はアルカディア帝国の建国期にまで遡り、歴史に裏打ちされ洗練された戦闘技術だ。

 軍学校でも体育のカリキュラムに組み込まれていたので、僕も一通りは身に付けている。


 まずはこれらを昼食までに全てこなす。

 最初の4日は終わったのがお昼を1時間以上過ぎていた上に、疲れでまともに食べる事も出来なかった。


 最近ようやく、どうにか12:00までには済ませられるようにはなった。

 ヘトヘトになっているのは一緒なんだけど。


 そして、昼食は肉も野菜もたっぷりと出されて、これを平らげないといけない。

 体力をつける為にはたっぷり食べてたっぷり運動すること、というわけなのだ。

 お陰でいくら食べても大して太っていない。

 救いなのはこれくらいだ。


 昼食を食べた後は、間髪入れずに宮廷作法の講義を受ける。

 これはエミリさんのお母さん、フリーダさんが担当する。

 フリーダさんは以前に宮廷で奉仕していたので、宮廷マナーはバッチリだ。

 至らない所は教鞭でビシビシと指摘されている。


 ちなみにエミリさんのお父さんは御者兼庭師をしている。

 一家揃ってイディエル家に仕えているのだ。


 作法の講義が2時間行われた後、休憩でティータイム。

 今ではこの生活の中で、1番の楽しみとなっている。


 その後は、夕食までエミリさんが勉強を見てくれる。

 エミリさんは軍学校を中等部まで出ており、しかも主席になれるほど優秀だったそうだ。


 疲れてはいたけれど、エミリさんの教え方はとても解り易くて、スラスラと頭に入っていった。


 夕食後、さらにアルカディア正統剣術の各種型で素振りを200本ずつ。


 お風呂に入って部屋に戻ると、ベッドに倒れ込むようにして眠りにつく。

 そんな生活だ。


 これで、まだ暗黒騎士の本当の修行である『反物質を操る術』を、まだなにも、何一つ教えてもらっていないのだ。


 暗黒騎士はこの反物質を自由に操り、それを自身の力として行使するのだ。

 反物質はこの地上のあらゆる物質を侵食して崩壊させる力があり、それ故に反物質を操る暗黒騎士は地上最強となり得るのだ。


 だから、反物質を操る術の初歩、命を削って反物質を生み出す方法である『同化』を身に付けて、初めて暗黒騎士としてのスタートラインに立てたと言える。

 つまり僕はまだ、スタートラインにすら立っていない。


 師匠であるオルテア様は、今いないのだ。

 僕を帝国統括騎士會へ連れて行った次の日には、勅命を受けて出立していた。

 それでこのトレーニングメニューという訳なのだ。


 帰ってくるのは早くても後二週間先だという……


 ならばせめて、トレーニングはキッチリこなせるようにしておかなければ。


 僕はそう思いながら、早朝のニブルヘイムを全力で駆け抜けて行った。


 *


「こんにちは、リコス。トレーニング頑張っているかい?」


 午後2時のティータイム、アーダルベルト様が弟子二人を伴ってやって来た。


「アーダルベルト様、お久しぶりです。」


「オルテアに様子を見るように頼まれていてね、弟子の紹介も兼ねて来たんだよ。二人とも挨拶だ。」


 アーダルベルト様の後ろに控えていた二人が前に進み出て来た。

 どちらも同じ顔をしていた。


 もちろん、全く同じという事はない。

 ないけれど、よく似ていた。

 どちらも肩までのショートカットの金髪で、右側の人は青い瞳、挑発的な笑いを浮かべている。胸が膨らんでいるから女性だと思う。


 対して左側の人は翠色の瞳、僕には大して興味なさげな感じだ。こっちは男性だと思う、多分。


「アタシはルイース・ヴィンセント。こっちの陰気なのはディック、アタシの双子の弟だ。よろしくな。」


「ちょっと姉さん、雑に紹介しないでくれる? 初めまして、私はディック・ヴィンセント。このガサツな姉の言った通り、双子だ。」


「ルイースさんとディックさん、ですね。僕はリコス・ユミアです。よろしくお願いします。」


 名乗った二人に対して、僕も名乗り、お辞儀をした。


「うんうん、礼儀正しいのは良い事だ。それに女か。暗黒騎士にも見習いにも女は少ないからな、仲良くしようぜ。」


 ルイースさんは僕に顔を近づけてニシシと笑った。

 口調は乱暴そうだけど、良い人みたいだ。


「ところで……リコスはどんな魔眼持ってる?」


「僕の魔眼ですか? 僕のは『遠視の魔眼』と言って、かなり遠方まで見渡せる魔眼です。」


 聞かれたので、つい答えてしまった。


「おいおい、初対面で素直に答えるのはイケナイなぁ。魔眼の能力は極力秘密にしとくもんだぜ。特に見習い同士ならよ。」


「それは?」


「見習いのうちは周りは皆んなライバルだからな、相手を出し抜くのにそういった情報集めるのに必死になるもんだぜ?」


 あぁ、なるほど。

 自分の手の内を晒すのは得策では無い、という事なのか。


「だけど素直なところは気に入った。」


 ルイースさんはそう言って、僕の頭をガシガシと撫でた。


「ちょっ、痛いです。」


「アッハッハ」


 そんな様子のルイースさんに対してディックさんは呆れた笑いを浮かべて肩をすくめていました。

 アーダルベルト様も、僕たちのやり取りを笑って見ています。


 この人達は信用出来る。

 そう思いました。

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