誇りと矜持と
「お前、生意気なんだよ。ぽっと出がイキがんな。」
倒れた僕を見下して、彼ら四人は口々に僕をせせら嗤い罵った。
不意打ちで受けたスタンボルトのせいで身体が痺れて動けない。
「いい事を教えてやるよ。お前にスタンボルトを食らわせたコイツは『隠者の魔眼』を持ってるんだ。」
隠者の魔眼、聞いた事がある。
確か魔眼を発動したら、周囲の人間の意識から完全に除外されて、空気のように存在感を無くしてしまう力を持っている。
だから気が付かなかったのか…。
一人が僕の手を踏みつける。
「それとな、お前の機兵の足に細工したのもコイツだ。まぁ、負けたお前が後でグダグダ言っても、誰も信じないだろうけどな。」
……じゃあ、スパーダの異常は過負荷では無く人為的に……。
怒りが込み上げて何か言おうと口を動かすが、上手く言葉が出てこない。
何も出来ず、されるがままに痛めつけられ、罵られる事が悔しい。
「腕の腱をやっちまうか。そうすりゃあ、もう剣も握れまい。」
そう言ってリーダー格が剣の柄に手をかけて鞘から抜こうとした。
「お前達、そこで何をしている!」
そこへ、見覚えのある二人の暗黒騎士が止めに入ってくれた。
「おっと、これはケイ卿、…それにアンヴァーク卿ではありませんか。いやなに、コイツが試合で不正を働いたので粛清してたんですよ。」
嘘だ。
僕は不正などしていない。
正々堂々と試合に臨み、後ろめたい事など何一つしていない。
「それが事実であるならば、到底看過出来ない事だ。だが、だからと言って君達がその子に私刑を加えても良いという道理は無いぞ。」
「その通りであるな。」
ケイ卿の言葉にアンヴァーク卿が同意する。
「御言葉ですがねぇ、暗黒騎士だからってカナド人と亜人は黙っててもらいましょうか? 俺は高貴なる血族に連なる身分だ。お前らなんぞに指図される謂れなんぞ無え!」
二人は深いため息をついた。
「ふぅ、何を言うかと思えば、暗黒騎士を目指すくせに実力では無く身分を振りかざすか。おおよそ実力も足りない上に貴族としての誇りと矜持も持ち合わせていないのであるな。嘆かわしい。」
「は? フッざけるな‼︎ ケダモノ風情が何を吐かす!」
アンヴァーク卿の言葉にリーダー格は激怒したが、アンヴァーク卿は構わず続けた。
「貴公達が先程の試合で不正を行った事は、試合を観ていた多くの暗黒騎士が気付いている事であるぞ? その上でこのような醜態を晒して、なお自分は高貴な生まれとほざくか。貴公は貴族にも暗黒騎士にもなれぬ半端者だとなぜ解らぬか?」
「あ? い? い、いや、まさか。そんな証拠がどこにっ?」
「そこなる者が『隠者の魔眼』で存在を隠し、リコスの機兵に忍び寄り、両の足首に細工をしている姿は映像で確認している。それに、貴公はリコスの機兵の右足に負荷がかかるように立ち回っていたのは戦い方を見れば明白であるぞ。」
そうか、隠者の魔眼はカメラを通せば丸見えになってしまう。
だから判ったのか。
「………あ、あぁ。」
彼らが行った不正はすでにバレている。
そして暗黒騎士達はそれを知っていた。
その事実を突きつけられて彼らは動揺した。
「その通りである。」
さらに通路の奥の暗がりから、まるで本当の闇が滲み出るが如く、一人の暗黒騎士、シークヴァルド卿が現れた。
静かに、とても静かに、空間が怒りに満たされる。
彼等は完全に固まって、動けなくなった。
「貴様らの所業はすでに全て知っておる。貴様らは暗黒騎士の誇りに泥を塗る大罪を犯したのだ。」
それでもこの場の空気に耐えかねたリーダー格の弟子が逃げそうになった。
「動くな。」
静かに向けられた殺気にビクンと体を震わせて、彼はその場に立ち尽くす。
「誰が動いて良いと言った? まずは貴様に罰を与える。」
シークヴァルド卿の両目が一瞬光り、そして。
「ッッッあっあっいいぃぃいいい!」
まともな声にならない絶叫を上げてリーダー格は悶絶し、失禁して、気絶した。
「……苦痛の魔眼…」
一人が恐怖混じりに呟いた。
「叩き起こせ。」
一瞬の間。
「聞こえんのか? 叩き起こせ。」
自分達に向けられた言葉だと理解した彼等はリーダー格を乱暴に叩き起こした。
彼等一同は一列に整列させられた。
僕はケイ卿の手を借りて起き上がり、壁にもたれるように座っている。
まだ立てそうに無い。
「さて、ニルギリ卿が弟子コーリングよ、今しがたこの二人を侮辱していたようだが、どのような了見であったか、釈明はあるか?」
「は、彼等は暗黒騎士といえど下賤な成り上がりです。ですので…」
コーリングと呼ばれたリーダー格の言葉を遮り、シークヴァルト卿が言葉を発する。
「なるほど。ではこの二人を暗黒騎士として任命し取立てたのは皇帝陛下であるぞ? それはつまり皇帝陛下を侮辱した事と同義だと、当然知っての事であろうな?」
「そ、それは……。」
コーリングは口籠る。
他の弟子達は顔を青ざめさせて震えている。
「ニルギリ卿が弟子コーリング。貴様は暗黒騎士の誇りに泥を塗るばかりか、あろう事か皇帝陛下への侮辱を行った。これは看過できぬ事。本来ならば貴様と一族郎党処刑となっても致し方ない事だ。」
「そ、そんな! シークヴァルド卿、私が悪うございました。どうぞご容赦を!」
もはや泣き出しそうなコーリングに、されどシークヴァルド卿は冷ややかに見下すのみ。
「謝罪をする相手を間違えておるぞ? まずは皇帝陛下に伏して謝罪し、次にケイ卿とアンヴァーク卿、そしてそこのリコス・ユミアに、だ。」
コーリングは二人と、僕を交互に見やる。
何か言葉を出そうとして、けれども言葉が出てこない様子。
その姿はもはや哀れですらあった。
「謝罪も出来ぬか。帝国統轄騎士會代表の権限によりコーリング、貴様を破門とする。此奴と徒党を組んでいた貴様らは六ヶ月の謹慎を言い渡す。」
「そんな、どうか御慈悲をっ!」
コーリングはシークヴァルド卿の足元に縋り付く。
「貴様のような若い才能を失うのは、帝国にとっても損失よのう。」
「ッ! だったら!」
「だが貴様のような輩が暗黒騎士になっては帝国にとっても害悪なだけなのだよ。」
冷たく言い放たれたその言葉で、コーリングは崩れ落ちた。
「貴様ら、今すぐコーリングを摘み出せ。その後は荷物を纏めて実家へ帰り、大人しくしているのだ。判ったな?」
「「「「はいっ!」」」」
彼等は稲妻に撃たれたように機敏に、崩れたままのコーリングを引きずってこの場を走り去った。
「さて、リコス・ユミアよ、立てるか?」
「申し訳ありません。…まだ、無理のようです。」
「ならばそのままで良い。」
シークヴァルド卿は僕の前で片膝を突き、僕と目線を合わせた。
「此度の試合、残念であった。だが、試合の結果も、先ほどの事も、全ては貴様の未熟が原因である。その事を肝に銘じよ。」
シークヴァルド卿の言葉は、今の僕には痛いほど刺さった。
「シークヴァルド卿、それはあまりにも…。」
ケイ卿の抗議を、シークヴァルド卿は片手を上げて止める。
「貴様は、ちゃんと判っているようだな。であるなら、もっと修行に励み、何人をも黙らせ、認めさせるだけの実力をつけよ。」
その言葉に、僕は一筋だけ涙を流した。
「……はい。」
僕の返事に、シークヴァルド卿はただ一度頷き、立ち上がってこの場を後にした。




