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恋は盲目 後編

 聖華暦831年3月


 私の名前はヒムロ・ケイ。

 アルカディア帝国に仕える暗黒騎士だ。


 もっとも、暗黒騎士に就任したのは去年の事で、まだまだ若輩者だ。


 そんな私は今、とても困惑している。

 原因は、私の目の前にいる彼女、リューディア・フォーレンハイトだ。


 彼女との出会いは一年前、ラズール公爵家の別荘で開かれた晩餐会だった。


 当時、私は暗黒騎士に就任したばかり。

 師匠の勧めで門閥貴族への挨拶回りの為に参加していた。


 そこは平民出の私などがいるのは場違い甚だしいのだが、帝国の守護者たる暗黒騎士になったのだから、華々しい社交界を見知っておくのも勤めの一部だと、師匠には諭された。


 晩餐会は実に煌びやかで、豪華。

 その裏ではなんとも醜くドロドロとした駆け引きが繰り広げられていた。


 参加していた貴族達は皆、建前という仮面を被って他の者を褒めたり称えたり、見えぬところでは他の者を貶したり罵ったりしていた。


 背筋が薄寒くなる。


 そんな中、私は一輪の華と出会った。

 その人はとても愛らしく、可憐だった。

 彼女の声、仕草は私の心をガッチリと掴み、離さなかった。


 彼女の名前はリューディア・フォーレンハイト。

 フォーレンハイト侯爵家の分家の御令嬢だった。


 私は晩餐会の間中、片時も彼女を視界から外さなかった。

 外せなかった、というべきだ。


 私は彼女に一目惚れしてしまったのだ。


 けれども、これは許されない恋だ。

 なぜなら私は平民、彼女は上級貴族。

 決して結ばれるはずも無い。

 ならば、実ることの無いこの恋は封印してしまおう。


 あの日、そう心に決めたのだ。

 だというのに、運命はあまりにも皮肉めいているという他ない。


 再び、彼女が私の前に現れた。

 それも、私の弟子となる為に……。


 *


 リューディアが私の弟子となって一ヵ月が過ぎようとしている。

 彼女にとって、暗黒騎士の修行は過酷なものだ。


 大の男でも悲鳴をあげて逃げ出すものもいるくらいなのだから、それは当然の事である。

 それに、彼女に過酷な修業を強いなければならないのは、他ならぬ私自身なのだ。


 仮に彼女が暗黒騎士の修行を全て修め、正規の暗黒騎士になれたとして、その先に待っているのは血塗られた戦いの日々である。

 ただただ殺戮の為に駆り出される兵器のような存在なのだ、私たちは。


 私は彼女にそのような思いをして欲しくは無い。


 そもそも魔眼を持ったからと言って、必ず暗黒騎士を目指さなければいけないわけでは無い。


 彼女には何の心配も無く、健やかに、穏やかに日々を過ごして欲しい。

 これは私のささやかな願いだ。


 彼女が早々に諦めてくれる事を願う。


 *


 彼女が私のもとで暗黒騎士の修行を始めて半年が経った。

 正直言って、彼女には才能が無い。


 全く何も出来ないという事では無い。

 ただ彼女には飛び抜けた能力は無かったというだけだ。

 けれど、才能の無さを努力で補おうと人の倍は鍛練に励んでいる。


 最初は彼女に早く諦めてもらおうと思っていたが、遅れまいと必死に修行に食らいついてくる彼女の姿に、私自身も、彼女の努力に応えたいと思うようになっていた。


 だから、今は彼女がどうすれば上達するか、そればかりを考えている。


 彼女は今、基礎体力訓練を行なっている。

 最初の頃は、本当に修行について来れるか不安しかなかったのだけど、こうして半年も続いている事を嬉しく思う。


 ひたすらに修行に打ち込んでいる彼女の横顔は、初めて会ったあの時の可憐さとは違い、凛々しさがあって……美しい。


 はた、と気がついた。

 これはいけない、彼女をついつい見入ってしまっていた。


 私は結局は彼女の事ばかりを考えている。

 だが、これは師匠としての事なのか。


 それとも、あの時に封印したはずの感情が首をもたげたせいなのか……。


 私は首を振る。

 今は余計な考えに耽っている場合ではない。


 こんなにも弟子に心を乱されるなんて、師匠というのは、とても難しい立場なのだなと、改めてそう思った。


 *


 聖華暦832年4月


 リューディアが遂に、暗黒闘気を習得した。

 実に1年1ヶ月かかったのだが、彼女の努力が実を結んだ大きな進歩だ。


 彼女の喜んだ笑顔が眩しく、私も嬉しくて微笑んだ。

 けれど、これは彼女がやっと半人前になったという事に過ぎない。


 これからさらに修行を続け、暗黒剣技や暗黒魔法を習得してもらわなければならない。


 それらは暗黒闘気を習得するよりも、はるかに難しい事だ。

 彼女の努力もそうだが、私自身も彼女が一日も早くそれらを習得できるよう、解りやすく指導して行く事が求められる。


 彼女の成長が、こんなにも嬉しく感じられるようになったのは、私も師匠として成長している、という事だろうか。


 今の私の望みは、彼女を一人前の暗黒騎士として育て上げ、共に並び立つ日を迎える事だ。


 時間はかかるかもしれない。けれども、それまでは彼女と共にある喜びを密かに仕舞っておこう。

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