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恋は盲目 前編

 聖華暦830年


 私の名はリューディア・フォーレンハイト。

 フォーレンハイト侯爵家に連なる生まれです。

 栄えある上級貴族の一員として生を受けた以上、誇りを持って生きて参りました。


 ですが、私の人生を根底からひっくり返す出来事が起こったのです。


 それはラズール公爵家の別荘での晩餐会に招待された時の事でしたわ。


 その日は午後からの雨ですっかりと湿気ていて、なんだか気持ちがよくない気分でした。

 けれども、14歳となった私の社交界での御披露目でもありましたら、そのような事はおくびにも出しませんが。


 初めての社交界への参加、フォーレンハイト侯爵家の家紋に傷をつけぬよう、作法は毎日のように学んで来たのです。

 失敗など出来ません。


 そんな風に気負って臨んだのですけれど、私の周りの大人達は私では無く、私の背負っているフォーレンハイト侯爵家という肩書きばかりを気にしている様子。


 集まって来るのはおべんちゃらとご機嫌取りばかり。

 なんだか馬鹿らしく思えてしまいました。


 それでもぞんざいに扱う事も出来ず、ただただ息苦しい思いをしたのを覚えています。


 ふと、ある方達が目に留まりました。

 皆、煌びやかに着飾っているというのに、その二人は漆黒を召していました。


 なんて場違いなのでしょう。

 まるで葬儀の参列者のようだと、この時は思いました。


 その二人がこちらに、というか、一緒にいる御父様や本家当主である叔父様に近づいて来ました。


「フォーレンハイト侯爵、この度我が同輩となった者を紹介します。」


 小綺麗な死神みたいな風貌の初老の紳士が叔父様にそう告げます。

 その死神の後ろから、あの方は現れました。


 短く整えられた黒髪、艶のある浅黒い肌色、切長で涼しげな目元、端正の取れた顔立ち。


「御初に御目にかかります、ヒムロ・ケイと申します。まだ若輩の身ではありますが、栄誉ある『暗黒騎士』を拝命致しました。以後、見知りおきを。」


 その彼が私に気が付いて、私に微笑みかけたその瞬間、私は稲妻に撃たれたような衝撃を受けたのです。


 彼の何もかもが輝いて見える。

 彼の事をほんの少しでも思い浮かべたら、もう頭の中は彼の事でいっぱいになってしまう。


 私は直感したのです。

 彼は、ヒムロ・ケイは運命の人だと。

 そう、一目惚れでした。


 この後の晩餐会の事はよく憶えていません。

 彼の事以外はどうでもよくなってしまったのですから。

 晩餐会が終わるまで、彼をずっと見続けていたから。


 ただ、次の日の朝一番で、側仕えの執事セルバンテスに彼の事を詳しく調べて報告する様に命じた事はよく憶えています。


 *


「御父様、話が違うではありませんか! 前日は了承してくださったのに、どうして今日になって反対なさるのです!」


 私は興奮のあまり、厳しい口調で御父様を問い詰めました。

 御父様は大粒の汗をかきながら「落ち着きなさい」と言いました。


 けれどもこれが落ち着いていられましょうか。


 側仕えの執事セルバンデスが調べ上げたヒムロ・ケイ様の素行調査の結果を確認し、未婚でお付き合いをしている異性の姿も確認出来ない事から、私は御父様に、ヒムロ・ケイ様との婚約を直談判致しました。


 最初は難色を示していた御父様も、三時間の話し合いの末に私の説得に快く応じてくださり、ヒムロ・ケイ様との婚約は恙無く成立するはずでした。


 それなのに、一夜明けての掌返し。

 これで落ち着いていられるはずがありません。


「リューディア、落ち着いてよく聞きなさい。実はフォーレンハイト本家からこの話は絶対に了承出来ないと、きつく言われたのだ。」


「叔父様が? どうして私の事に本家当主である叔父様が口をはさむのですか? 理解致しかねます!」


「いいかい、リューディア。お前が婚約したいと言っているヒムロ・ケイは平民出だ。その上、もとはカナドからの移民の家系だという事が問題なのだよ。フォーレンハイト侯爵家に、そのような血を入れるわけにはいかんのだ。解ってくれ、リューディア……リューディア? こら、待ちなさい、まだ話のとち……」


 もはや聞くに耐えません。

 御父様には目もくれず、この場を立ち去って部屋に篭りました。


 悔しくて悔しくて、その日は一日中泣き明かしてしまいました。


 ああ……、貴族に生まれた事をこれほど恨めしく思った事はありませんでした……。


 *


 この後、数日は何もやる気が起きず、ずっと部屋に篭っていました。

 あの人の事を想うたび、愛しさと切なさと悔しさがない混ぜになった感情が湧き上がって来て、涙が溢れて泣いていました。


 けれど、いつまでもくよくよしているわけにもいきません。

 私はフォーレンハイト侯爵家に連なる者ですから。


 あの方と婚約出来ないのならば、せめてお側にいたい。

 何か方法はないか、一生懸命考えました。


 そういえば、あの方は暗黒騎士なのでしたね……。


 私は部屋を飛び出し、御父様の元へ向かいました。


「御父様、勉強の為に暫くの間、図書館へ通いたいのですが、よろしいでしょうか。」


「うん? 急にどうしたのだ、リューディア。何も図書館に行かずとも、教師を呼べば…」


「いいえ、図書館で勉強がしたいのです!」


 私は強く訴えました。

 教師を呼ばれたのでは、本当に知りたい事が調べられません。

 どうしても図書館へ行って調べなくてはならないのです。


「……ぅうむ、判った。好きにしない。」


「ありがとうございます。セルバンデス、すぐに馬車の用意を。」


 私の呼び声に、側仕えの執事セルバンデスが困惑の表情を浮かべました。


「お嬢様、今すぐでございますか? もう午後三時でございます。今からでは遅くなって……」


「つべこべ言わずにすぐに用意をなさい!」


「……判りました、すぐにご用意致します。」


 初老の執事は猫背気味の身体をくるりと翻すと御者をよびに走り去りました。


 ほどなく馬車の準備が出来た事をセルバンデスが知らせに来て、私は馬車に飛び乗って図書館へ走らせました。


 確かに、その日は調べ物も大した時間を使う事が出来ず、結局、図書館通いは数週間続きました。


 ですが、それなりに成果はありました。


 暗黒騎士のお側にいるならば、その弟子になる事が一番手っ取り早い。

 ならば、弟子になれば良いのです。

 その為に、どうすれば良いか、その事を調べました。


 そして『魔眼』が絶対に必要だと言う事が判りました。

 魔眼は、魔眼病を発症する事で両眼が魔眼へと変貌する病気です。

 魔眼となったら、その両目には異能を宿す事となるのです。


 魔眼病が発症する条件、それは一定以上の濃度を持った反物質を体内に取り込む事。


 ですが反物質は目に見えない代物です。

 ですから、どこでどう反物質濃度が高いのか、判るわけがありません。


 そこで、私はダークライトを使う事を思いつきました。

 ダークライトは高濃度の反物質が結晶化したものです。


 すぐにセルバンデスにダークライトを入手するように命じました。


 またつべこべと言い訳を並べ立てようとしたので一喝し、なおかつ御父様には黙っているようにも厳命したのです。

 セルバンデスは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて、「承知致しました」と言って走り去りました。


 あとはダークライトが手に入るのを待つばかり。


 ………それから四ヶ月、随分と時間がかかってしまいましたが、遂にダークライトが手に入りました。


 セルバンデスは私への側仕えをしながら、入手困難なダークライトをどうにか都合をつけて手に入れてくれました。


 私の我儘に付き合わせた事は申し訳なく思っています。

 そして、御父様に黙って尽力してくれた事に感謝の念を禁じ得ません。


 私は、ダークライトを砕き、その粉末を飲みます。

 これで、魔眼病が発症するはずです。


 魔眼病は高熱が出て、下手をすれば死ぬ事もあります。

 それに、魔眼病ではなく、同じく反物質が原因で発症する黒石病という身体が黒く石のように固まって死に至る病気になる可能性だってあります。


 リスクは非常に大きいのです。

 ですが、このままヒムロ・ケイ様のお側にいられないのなら、もうこの世に未練なんてありません。


 オッズがどれくらいかは判りませんが、賭けをする価値は十分にあります。


 ヒムロ・ケイ様、どうか、待っていてください。

 貴方の身元に、参ります。


 *


 それから、私は二日後に高熱を出して生死の境を彷徨いました。

 その間はとても苦しくて辛い思いをいたしました。


「リューディアお嬢様、これは魔眼病です。残念ながら魔眼を発症しております。」


 医師からそう宣告された瞬間、私は第一の関門を突破した事を大いに喜びました。


 体調を戻し、しっかりと作戦を練った上で、私は御父様に全力で頼み込みました。

 私の思いの丈を全てぶつけます。


「御父様、私は『暗黒騎士』を目指しますわ。私をヒムロ・ケイ様の弟子にしてもらえるよう、是非とも取り計らって下さい!」


 もう遠慮する事なんてありません。


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