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バフォメット事変の終結、そして帰還

 聖華暦833年12月31日


 魔獣の大軍団の北上から、一週間が経過した。

 あれから魔獣の襲撃が嘘のように発生していない。


 僕達は毎日交代で要塞の外へ出ては警戒を行なっているけれど、あれだけ現れていた魔獣が一匹たりとも姿を現さない。


 要塞の方はこれ幸いと応急処置的な補修を急ピッチで進めており、防御体制はかなり整って来ている。


 僕達の方も、戦闘が無いおかげで十分に休息が取れて、体力的に不安は無くなった。


 しかし逆に、北方の同盟領内ではあの魔獣の大軍団が猛威を奮っているのだろう。

 同盟の八個艦隊の内、四艦隊が壊滅したという情報が入ってきている。


 その事は、同盟軍が非常に不利な状態にあり、もしも同盟軍が完全に壊滅したら僕達はここに孤立してしまう事を意味している。


 それを考えてしまうと、精神的に不安でしょうがない。

 今日はもう年末で、明日は新年だというのに……。


 こんな状況だから、要塞守備隊の人達も、僕達も、お祝いをしようなどという気分にもなれず、漠然とした不安を抱えて、なお事の成り行きを静観する事しか出来ない。


 結局、不安を少しでも紛らわせる為、空いてる時間は鍛錬に充てている。


「よおし、ベインさんよ、手合わせしようぜ。俺が勝ったらザンバ様を年寄り呼ばわりした事を低頭して謝罪してもらうぞ。」


「まだ根に持っていたのか……。だが勝敗うんぬん抜きで撤回はしよう。」


「じゃあ俺の勝ちって事で良いんだな?」


「手合わせをしないとは言ってないぞ。」


「そんじゃぁ、始めようぜ。」


 そして、それは僕だけでは無く、弟子の皆も同じだった。

 お互いに手合わせをしたり、それぞれの得意な技や魔法を手解きしたり。


「んーで、こーんな感じ。」


「まぁ、ルディさんお上手ですね。それどうやってるんですか?」


「アタシ、説明すんの苦手なんだよなぁ。なーんてゆうか、こう反物質をグググって集めてグリグリしてバーンって感じ?」


「??? すみません、なんだかよくわかりません。」


「つまりこうしてるんじゃないでしょうか。こうやって……」


 僕達、女性四人はお互いに暗黒魔法について話をしている。

 こうしている間は話や修練に集中出来るから、漠然とした不安を気にしなくて済む。


 いつまで、こうしていなければいけないのか……。


 *


 その日の深夜。

 いや、もうすぐ夜明けというくらいの時間だった。


 不意に目が覚めて、どうにも眠れそうに無かったから、部屋を出て要塞の防壁の上に上がった。


 風は冷たく、肌寒い。

 まだ星が瞬いているけれど、東の空が薄く白じんで来ている。

 なんとなく、北の方を眺めていた。

 と、背後から声を掛けられた。


「おや、お早いですね。」


「おはようございます。スタンフィールド卿もお早いですね。」


「何か胸騒ぎがしましてねぇ。」


 スタンフィールド卿は僕の隣に並び、同じように北の方を見た。


「彼方ではどうなっているのでしょう。」


「さて…、外部から来た我々には、詳しい事は知る由もありませんねぇ。」


 今日はもう元旦だ。

 でもこんなのはあってほしくはない。


 とても多くや人達が不幸に見舞われている。

 それが僕達の家族や故郷では無かったというだけだ。


「ですが、これ以上の被害が出る事には心が痛みますね。」


「はい。……スタンフィールド卿、僕達に出来るはもう無いんでしょうか? 今からでも、少しでも力になれる事はあるはずです。」


「そうですねぇ。確かに、出来る事は沢山あるでしょう。しかし……」


 スタンフィールド卿は一度言葉を切る。


「しかし、わたくし達は暗黒騎士として、勅命によってここに来ました。そしてあくまでもギルガメア王国の救援が目的なのです。これ以上は勅命の範囲を逸脱した越権行為となってしまいます。もちろん貴女は素晴らしい心根を持っています。けれど貴女も暗黒騎士を目指すからには、勅命から外れる事はしてはいけないのですよ。」


 僕は顔を伏せる。

 それは、判ってはいたんだ。

 それでも、やっぱり。


 風が、吹いた。

 北から南へ。なぜか、ソワソワして落ち着かない。

 チリチリとした、妙な感じがする。


 スタンフィールド卿も何かを感じたらしく、北を凝視している。

 僕も北を凝視した。


 薄らと広がる夜明けの中で、そこだけ切り取ったように立ち昇る一筋の夜空が見えた。


「あの藍色は………全てをかけて、貴方は…。」


 そして立ち昇った夜空は振り下ろされて……消えた。


「……ふふふ、終わったようですね。」


「スタンフィールド卿?」


 スタンフィールド卿には、アレが何か心当たりがあるようだった。


「きっと、全て終わりました。もう心配は要りませんよ。」


「何が起こったか、判るのですか?」


「ええ、ええ。間違いないでしょう。ユミアさん、この戦いは命を賭した多くの者達によって勝ち取った貴重なものです。その事を心に刻み、忘れないでいてください。」


 どういう事か判じかねている僕に向かって、スタンフィールド卿は。


「ふふふ、じじぃの戯言、と流してくだされば。」


 そう言って、柔らかく微笑んだ。


 *


 それから数時間が過ぎて、昼前になろうかという時間、僕達にもその報告が齎された。


『魔王級魔獣の撃破、及び魔獣群の撃退に成功。』


 その瞬間、要塞中が沸いた。


 全員が腕を振り上げ、歓声を上げ、隣り合う者と抱き合い、涙を流して生き残った事を喜んだ。


 僕達も、その輪に加わり、一緒に喜んだ。

 これで、もう被害も出なくなるだろう。

 これで、もう誰も死なずに済むだろう。

 これで、もう帰る事が出来るだろう。


 その日、皆は喜びを分かち合った。

 生き残った事を。

 死んでいった者達に、哀悼の祈りを込めて。


 *


「我らは明日20:00を持って撤収する。」


 ファリオン卿から、正式に帰還する旨が皆に伝えられた。


 聖華暦834年1月2日、僕達はギルガメア王国を撤収し、アルカディア帝国へと帰還する。


「なお、此度の勅命に関し、公式の記録は一切残らない。それに伴い、ここで起こった事、見聞きした事、その全てにおいて一切の口外を禁じる。これは決定事項であり絶対である。」


「つまり、アタシらはここには居なかった、って事で通すんだね?」


「その通りだ。」


 それは僕らのやってきた事も、無かったものとして扱うという事なのだろう。

 何か、虚しい気持ちになる。


「では各自、帰還の準備にかかれ。解散。」


 僕は自分の機兵スパーダをファイデリン級軽巡航艦に移動させて、荷物を纏める。

 ここに来る時も、僅かな日用品以外は持って来ていなかったから、纏めるほど荷物も無いんだけど。


 結局、撤収までにかなりの時間が空いてしまう。

 要塞の防壁の上で、北をぼぉっと眺めていた。


「あぁ、リコスさん、ここに居たんですね。」


「サヤさん、それにリリィさんにバキアさんも。」


「隣、座るぜ。」


 三人は僕の側に来ると、やはり北を見た。


「はぁ〜、俺のザウラント30匹討伐は公式記録に載らないのかぁ……。遣る瀬無いぜ。」


「仕方ありませんね、そもそも極秘の勅命でしたから。やはり知られるのは今後の政局に影響が出てしまうのでしょう。」


「でも……僕達のして来た事が無かった事になってしまうのは……、遣る瀬無いですね。」


「リコスさん、それは違いますよ。」


 サヤさんは、僕の眼を真っ直ぐに見た。


「確かに公式の記録としては何も残らないかもしれません。けれど、私達が守り助けたこの要塞の人達は生きているんです。私達は大勢の人の命を繋いだんですよ。その事を、決して忘れてはいけません。」


 僕は、ハッとした。

 スタンフィールド卿にも言われた事だ。


 命を賭した人達がいた事、命を救った人達がいた事。

 それは、僕の中にちゃんと残っている。

 たとえ、誰に知られる事が無くっても。


「……そうですね、……うん、そうですよ。サヤさん、ありがとうございます。」


「うふふ、どういたしまして。」


 サヤさんは微笑むと、僕の頭を優しく撫でた。


「ああ、サヤさんズルいですよ。私も撫でさせてください。」


「すみません、僕は小動物ではないんですよ?」


 最近この二人、いや、ジェラルディンさんも含めて三人から、こんな感じの扱いを受けている。


 三人とも、妹にしたいと言っているけれど、扱いは小動物のそれである。

 それはそれでなんとも言えない。


 *


 1月2日 19:40


 もうすぐ、僕達はアルカディア帝国への帰還の途に着く。

 この要塞とも、ギルガメア王国ともお別れだ。


 戦い尽くしで良い思い出とは言えないけれど、帰るとなると惜しむ気持ちが湧いて来る。


「ジュベール中佐、世話になった。マクシミリアン少将、今後の武運を祈る。」


「いやいや、貴方達には本当に感謝に堪えません。我が祖国を助けてくれた事、ギルガメア王家に代わり、御礼申し上げます。」


「ファリオン卿、皆様、どうか無事の帰還をお祈りしています。……総員、敬礼!」


 要塞守備隊やそれ以外の人達が、僕達に向かって一斉に敬礼を捧げる。


 僕達もそれに敬礼で応える。


 巡航艦に乗り込むと、ゆっくりと艦は動き出す。


 僕達は、帰還する。

 大切な人が待つ、僕達の祖国へ。


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