殺人鬼との対峙
軍人が振り上げたその手にはキラリと光るもの、鋭利なナイフが握られている。
狙いは、エミリさん!
僕は咄嗟に手にしていた荷物を投げつける。
でも軍人は全く怯まず、飛びかかって来た。
僕はエミリさんに抱きつくと、暗黒闘気を発動させた。
暗黒闘気は僕達二人を覆い、軍人のナイフを止める。
ここで軍人は後ろに飛んで距離を取った。
僕は暗黒闘気を解除すると、エミリさんの前に出て、彼と対峙した。
「どうしました? もウすぐですよ?」
表情はさっきと変わりはない。
だけど軍人は豹変していた。
まず両目は血走って赤くなり、顔や首筋には刺青のような模様が浮かんでいる。
口調も感情のこもらない、どこか無機質な感じになっている。
明らかに変だ。
「貴方が、殺人犯ですか?」
無駄とは思いつつ、一応聞いてみる。
「何ヲ言ってイるんです? ワタシは貴方達をお送りシテいるダけでスよ?」
軍人は変な方向に首を曲げ、不思議そうにこちらを見ている。
その姿には違和感を通り越して、もはや不気味さしか感じられない。
「ケァぇぇあぁ‼︎」
奇声を上げ、軍人は再び切り掛かって来た。
僕は咄嗟に腰のナイフを左手で逆手に抜き、彼の振るったナイフを受け流し、同時に右足で溝落ちに蹴りを入れる。
だが軍人は怯む様子も見せず、構わず切り掛かって来る。
効いている様子はない。
まるで……人ではないみたいだ。
言いしれない悪寒のようなものが背中を走る。
とても、恐い。
だけど、僕の背後にはエミリさんがいる。
怖気付いて逃げるわけにはいかないんだ。
無茶苦茶に振るわれる軍人のナイフをことごとく受け流し、ナイフを持つ右腕を切り付ける。
深く切り裂き流血しているにも関わらず、軍人の動きが衰えない。
痛みを感じていないのか?
何か薬物を使っているのかもしれない。
このままでは不利だ。
エミリさんもいる以上、あまり派手な事も出来ないから、なんとか取り押さえようと試みていたけれど、無理かもしれない。
重傷を負わせるかもしれないが、無力化しなければ。
軍人は再び距離を取り、低く構えてにじり寄って来る。
僕は彼の足に狙いを定め、切り掛かる。
彼もナイフを振りかぶる。
彼の右側に回り込み、右足をナイフで突こうとした瞬間、彼は前方へダッシュした。
ダメだ! そっちにはエミリさんが!
急に視界がスローモーションになる。
軍人は僕に目もくれず真っ直ぐにエミリさんに向かって走る。
僕の頭は真っ白になり………。
気がついた時には、血溜まりと、倒れ伏した二人。
それは軍人と……、エミリさん。
僕の手には血塗れのナイフ。
僕はボンヤリと、首筋から血を流して死んでいる軍人の死体を見下ろしている。
あぁ、また殺してしまった。
ゆっくりと暗くなった空を見上げたら、三日月が見えた。
まるで僕を嘲笑っているみたいだ。
僕はナイフの血を振り払い、腰の鞘にしまう。
……そうだ、エミリさん!
はっとしてエミリさんの傍に駆け寄る。
倒れているエミリさんを抱き起こす。
その口からは吐息が漏れる。
良かった、気を失っているだけだ。
あの時、僕は両足にだけ瞬間的に暗黒闘気を纏い、一瞬で彼に追いついてその首を切り裂いた。
自分でも信じられないくらいの速度が出たと思う。
ただ、エミリさんの目の前で殺してしまったから、彼女は気を失ってしまったのだ。
「ごめんなさい、エミリさん。」
気を失った彼女をそっと抱きしめて、彼女が生きている事にひどく安堵した。
「ヒィ、人殺しッ!!」
誰かがそう叫ぶのが聞こえた。




