とりあえずの平穏
聖華暦834年 10月16日
この二週間、特に何事も無く平和な時間が流れている。
帝国統轄騎士會にもしょっちゅう行くわけでは無いので、ビクトルやこの前話した(因縁つけられた?)ばかりのリューディアさんとも顔を合わせずに済んでいる。
それだけでも随分と平穏なものだと、不謹慎ながらそう思っている。
不謹慎というのは、今この帝都の、特に貴族街においてとある事件が現在進行形で発生しているから。
それは貴族に仕える使用人で、しかも女性ばかりを狙った殺人事件だ。
警邏の話によると連続殺人事件の可能性が非常に高いという事らしい。
ちなみに話を聞いたのは師匠。
まだこの近所では発生していない、というだけなのだけど。
夜間は外出を控えるよう呼びかけがあり、警邏の巡回も増えている。
だから、まぁ不謹慎ながら、という事。
とは言え、エミリさん達も夜間外出はしてないし、出掛ける時は僕も一緒だから、そんなに心配しなくても大丈夫そうだ。
帝都の警邏も優秀だし、近いうちに事件も解決するだろう。
これはディックさんの言ってた事。
こんな事件なんかは関わり合いにならないのが一番だ。
好き好んで首を突っ込みたくは無い。
なにしろ僕は、暗黒騎士の弟子でしかないんだから。
暗黒騎士は帝国最強の戦力であるから、さまざまな権限を持っている。
軍や警邏に指揮権を行使する事も出来る。
かえってその弟子はというと、なんの権限も持たされていない。
軍務に就く際、師匠から暫定的に少尉相当の権限を付与してもらえるくらいで、一般市民となにも変わらない。
むしろ勝手な事をすれば法によって処罰される事だってある。
『力』を持ったからといって、特別な存在になったわけではないのだから、まぁ半端な未熟者にはこれくらいで丁度いいのかもしれない。
それなのに、血気に流行る一部の先輩達は、帝都の安全を守る為、自分達も夜回りをしようと有志を募っている。
それはもちろん師匠達に嗜められ、どうにか諦めたようだけど。
「やれやれ、物好きと言うか、身の程知らずというか……。」
ディックさんが呆れた様に呟いた。
「まぁ、気持ちは分からんでもないな。ここで殺人犯を捕縛すれば多少は名が売れるからな。ようは点数稼ぎみたいなものだ。」
「そんな事で事件に首を突っ込もうとしてたんですか? 」
僕も呆れて返した。
「そうは言うがな、暗黒騎士になれるのは抜きん出た才を認められた者だけだ。何年修行すれば必ずなれます、というものじゃ無いのはお前も解っているだろ。少しでも暗黒騎士候補の選定に有利になる為に手柄を立てたい奴は多いんだ。」
それはそうなのかもしれない。
僕は修行を始めてまだ1年経っていない。
だからあまり実感は無いけれど、確かに自分が必ず暗黒騎士になれるとは限らない。
そう思うと、ほんの少しでも足しになるのならば、と思わなくも無い。
「まぁとにかく、姉さんが馬鹿な考えを起こしているから、一緒に説得してくれ。」
嗜められてた先輩の中に、ルイーズさんも含まれていて、それでもなお、隙を見て夜回りをしようとしているらしい。
「判りました。協力します。」
僕達は、早足でルイーズさん達を探した。
*
聖華暦834年10月26日
殺人事件の捜査は混迷を極めているらしい。
日増しに警邏と遭遇する回数が増えていて、以前の倍にはなったと思う。
そのおかげかは解らないけれど、ここ最近は事件が発生したという話は聞かず、僕の周辺では状況は落ち着いている。
帝国統轄騎士會は今日も平和である。
変わった事と言えば、ルイーズさん以下数名の先輩達が、勝手に夜回りをしていた事がバレて、ニ日間の謹慎処分を受けた事くらいだろうか。
今回はディックさんも含まれていたから、逆に無理矢理押し込まれてしまったのだろう。
結局、あんなにも説得したのに二人ともやっちゃったんですね……。
ただただ呆れてしまい、もうなんて言えば良いかわからない。
ただひとつだけ言えるのは、帝国統轄騎士會は今日も平和である。




