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師と弟子

「オルテア、貴様には確かに才がある。だが天賦の才では無い。」


 ……ああ、またこの夢か……。

 これまでに、何度か観た夢。

 正規の暗黒騎士に任命されたあの日、師父であるシークヴァルド卿から、私に投げかけられた言葉だ。


「貴様は暗黒騎士としては大成はせんだろう。だがな、貴様は……」


 シークヴァルド卿の声が遠くなり、姿がぼやけてゆく。

 最後は何を言っているのか、聞き取る事が出来ない。

 はて、なんと言っていたのか……


「……エル卿、イディエル卿、おやすみのところ申し訳ありません。もうすぐ到着致します。」


 私を呼ぶ声に、意識が現実に引き戻された。

 目を開くと、若い士官が恐縮そうに私を見ていた。


 少し眠ってしまっていたようだ。


「イディエル卿、彼方が本日視察していただくバウルスハイム軍学校です。」


 馬車の窓を見れば、大層に立派な校門と、その奥の大仰な建物が目に入る。


 この軍学校はダンゲルマイヤー侯爵家の領地内の工業都市バウルスハイムで最も大きい学校だ。

 ダンゲルマイヤー家は私設の軍学校を領地内にいくつも持っており、ここのその一つだ。


「ようこそ、お待ちしておりましたよ、イディエル卿。当校はダンゲルマイヤー侯爵領内でも第二の規模を誇る軍学校です。ですが、ボーダルンシュタットの軍学校にも引けは取りません。」


 校長は開口一番にこの軍学校の過去の実績からちょっとした自慢話までを次々と披露している。


 実際には、そんな話には興味が湧かない。

 子供らが平和に勉学に勤しんでいるか、そちらの方が気掛かりだ。


 暗黒騎士など、平和であるならばこれほど無用な存在も無い。

 暗黒騎士である自分がそう思うのだから間違い無いだろう。


 せめて、そんな無用の長物である自分が帝国の平和に貢献しているという実績として、こうした学校の視察をする事は、自分の存在意義を確かめる機会だと、そう思う。


 一つ一つ、授業中の教室を廊下から眺めて回る。

 生徒らは懸命に教師の言葉に耳を傾け、黒板に書き込まれた事をノートに書き写している。

 教師も生徒も、真摯に学問に向き合い学んでいるようだ。


 校長が自慢するだけあり、この軍学校の教育水準は確かに高い。


「素晴らしい。これならば帝都ニブルヘイムの軍学校にも引けは取らないだろう。」


「おお、ありがとうございます。」


 とある教室の前で足が止まった。

 何かが気になり、教室を覗く。


 先程の教室と変わりなく、生徒らは勉強に打ち込んで……。


 不意に一人の生徒がこちらを見た。

 視線が合って一瞬、ぞくりとした。


 その生徒は、どこまでも澄んだ、その奥にとても暗い闇を抱えた、綺麗な眼をしていた。


 少しの間、視線を逸らす事が出来ず、ただ見入っていた。

 あの子には、ただならぬ何かを感じたのだ。


 だが、私はそれでもどうにか目を逸らし、次の教室へと向かった。


「今の教室の、奥から三列目、後ろから二番目の席の生徒は?」


「え? あ、はい、少しお待ちを……。あぁ、ありました。えぇと名前は、リコス…ユミア、女児ですね。どうかされましたか? 」


「ふむ……、その生徒を、後で呼んでもらえるか?」


「あぁ、はい、判りました。カインズ君、言われた通りに。」


 校長が付き添いの教師に指示を出す。


 後はサクサクと他の教室を覗いて、私達は校長室へと向かった。


 待つ事十分、リコス・ユミアについて簡単に説明を聞く。

 そして彼女はやって来た。


『……ぅおほんっ、お連れ致しました。』


 校長室の扉の向こうから、咳払いと教師の声がする。


「入りたまえ。」


 私は入室を促し、扉がゆっくりと開かれる。


「失礼致しますっ。」


 緊張で声が上擦った教師と、彼女。


「失礼します。」


 入って来た瞬間に、背中に冷たいものが走った。


「リコス・ユミアをお連れ致しました。」


「御苦労でした。下がって宜しい。」


「えっ、は? あ、あぁ、失礼致します。」


 彼女を連れて来た教師は慌てて一礼すると、いそいそと扉の外へと出て行った。


「リコス、だね? こちらに座りなさい。」


 彼女は頷くと、警戒をしつつ正面のソファーに腰を落とした。

 一瞬の沈黙。


「……私はオルテア・エディアル、暗黒騎士だ。」


「リコス・ユミアです。僕にどのような御用でしょうか。」


 正直な話、彼女に何かを感じ取ったが、何がどうとは判らなかった。

 だから、私は彼女を試す事にした。


 私は目の前に短剣を置くと、この部屋を殺気で満たした。


 通常の子供ならば、これだけで恐怖で体が震えて動けなくなる。

 ……最悪、泣き出すかもしれんが……。


 だが、彼女は予想外の行動を取った。

 いや、ある意味では予想通りの行動だった、とも言える。


 彼女は、リコスはなんの躊躇も無く一瞬で短剣を掴み、私の首を狙って切り掛かって来た。


 その彼女の手を掴む。

 短剣の刃は、私の喉に後1mmのところで動きを止めた。


 殺気を消すと、リコスからも力が抜け、彼女はその場にへたり込む。


「ふむ、やはりそうか……。」


 彼女は、私の殺気に反応して、咄嗟に動いたのだ。


 私はかがみ込んで、彼女の顔をじっと観た。


「……申し訳、ありません……、僕は、なんて事を……」


 彼女は目を逸らし、謝罪の言葉を口にする。


 正直言って、彼女は危険だ。

 とても13才の少女の反応では無い。

 殺気に対して先程の反応、これは、何かの弾みで重大な事件を引き起こしかねない。


 その反面、これは才能だ。

 戦闘に関するならば、天賦の才と言える。

 この才能を引き出せば、この子は帝国を護る力となるはずだ。


 ……あぁ、そうだ。

 師父が私に言った言葉を思い出した。


 ……だがな、貴様は実直で誠実だ。それは美徳であり類い稀な才能でもある。弟子を取り導け。貴様は必ず良き師となるだろう。


 あの時は、若さ故に暗黒騎士として大成する事を夢見ていた。

 師父の言葉に反発して、弟子を取る事よりもがむしゃらに任務をこなし、結局は五指にも数えられない。

 交友を持つフギン卿やアンヴァーク卿にも実力では及ばない。


 暗黒騎士として大成する事に、何か諦めを覚えていたが、ここに来て師父の言っていた事が解った。


 この子との出会いは、きっと運命であり転機なのだろう。


 私はあの時の師父の言葉に従い、この子を教え導く事を決めた。


「リコス、君は今日から私の弟子になりたまえ。」

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