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帝都ニブルヘイムへの帰還

 聖華暦833年 9月29日


 スパーダの手にする突剣に濃い反物質を纏わり付かせ、一気に振り抜く。

 機兵の装甲よりも分厚く強固な前面攻殻をあっさりと切り裂かれ、ラムグリッターが息絶える。

 振り抜いた剣には何かに触れたような感触が無く、まるで素振りでもしたのかという感覚だった。


 殺した個体の、さらにその向こうにもう一体のラムグリッター。


「闇よ 貫け 魔弾(シェイド)!」


 詠唱とともにスパーダの突剣の切先に機兵サイズで握り拳大の黒い反物質の塊が生み出され、もう一体のラムグリッターへと吸い込まれる。


 黒い塊はいとも容易く攻殻もろとも貫通し、その個体を絶命させた。


 これが『ソウルイーター』と『魔弾』の威力か。

 自分で使ってみるまで漠然としたものでしかなかったけれど、改めて暗黒騎士の技が恐ろしいものだと思い知った。


 相手の装甲や防御など関係無く、触れたものを削り取るが如く消失させる。

 暗黒騎士が最強と謳われる所以。


 たしかにこれは、『力』に溺れてしまうのも頷ける。

 弱い人の身には余りにも過ぎた『力』だと、そう実感した。


 まだ未熟な僕でさえ、これだけの事が出来るのだ。恐ろしいと思う反面、得も言われぬ高揚感が込み上げてくる。


 これが『力の誘惑』というやつなのだろう。

 この高揚感に浸るようになったら、それは『力』に溺れ始めたと思っていいのだろう。


 これは本当に気をつけなければ。


『クリア、魔獣残存個体無し。』


『了解、状況終了。全機全周警戒しつつ駐屯基地へ帰投する。』


「『『了解!』』」


 明日はいよいよ、帝都ニブルヘイムへ帰る日だ。

 今日は最後の巡回任務へと出て、6体の魔獣ラムグリッターと遭遇した。

 僕はようやく使い物になるようになった『ソウルイーター』と『魔弾』を駆使し、ラムグリッター三体を危なげなく倒した。


 今お世話になっている第八特戦隊『オルトロス』の隊員達は、流石は暗黒騎士だと褒め称えてくれるけれど、いまだ正規の暗黒騎士では無いし、師匠に言わせればまだやっと半人前になったばかり。


 そう、半人前なのだ。

 半人前だからこそ、今はまだ、そしてこれからも謙虚に、真摯に『力』と向き合って、その付き合い方を模索して行かなければならないんだ。


 ここでの軍隊生活と実戦は、とても有意義なものだった。

 得るものも多く、考える事も多く、成長も実感出来た。


 駐屯基地に帰り着いたら、今日の任務は終わり。

 明日の帰還まで、また鍛錬に勤しもう。


 *


 9月30日 10:20


「アメルハウザー少佐、世話になった。心より礼を言う。」


「こちらこそ、光栄です。」


 アメルハウザー少佐は僕達に敬礼を送り、僕達も敬礼で返す。

 それから少佐は僕を見据えて言った。


「ユミア、これからも鍛錬に励み、師匠に劣らぬ暗黒騎士を目指しなさい。もし、仮に暗黒騎士を落伍するような事があれば、私の隊に来ると良い。その時は歓迎しよう。」


 キツい冗談だ。


「アメルハウザー少佐、ありがとうございます。そうならないよう、いっそう励みます。」


 僕の言葉に少佐は口角をわずかに吊り上げた。


「それではイディエル卿、ユミア、無事の帰還を。」


 再び、お互いに敬礼を送り、僕達は重巡航艦ラスハーへと乗り込んだ。


 発艦の時、少佐と、僕がお世話になった第四小隊の隊員達が敬礼で見送ってくれた。

 僕も甲板から敬礼で返した。


 二ヶ月、長いようで短かったように思う。

 帝国に戻る頃には涼しくなっているだろうか。

 エミリさんにまた会えるのを心待ちにしてる自分を自覚していて、なんだか落ち着かない。


 早く会いたいな……。


 *


 10月2日


 帝都ニブルヘイムの軍港へ到着したのは午後2時を回った頃だった。


 艦から降り、伸びをする。

 軍港の外では、すでに迎えの馬車が待っていた。

 僕達が乗り込むと、馬車は走り出す。


 窓から街の景色が流れて行くのが見える。

 なんだかとても懐かしい気がする。

 帝都では半年ほどしか暮らしていないのだけれど。


 ほどなくして、お屋敷が見えて来た。

 お屋敷に到着すると、懐かしい彼女が出迎えてくれた。


「ご主人様、お帰りなさいませ。長期の任務、お疲れ様でした。」


 師匠は軽く右手を上げて答える。


「ただいま、エミリさん。」


「はい、リコス様、おかえりなさいませ。」


 彼女の優しげな微笑みを見て、胸の内が暖かくなるのを感じた。

 あぁ、帰って来たんだ、そう実感した。


「留守中、変わりないか?」


「はい、……あ、そういえば……、この一ヶ月の間に貴族街で三件の殺人事件が起こっております。いずれも使用人ばかりが狙われていて、警邏の方が警戒を呼びかけておりました。」


 殺人と聞いて、何か嫌な感じがした。

 帝都の、しかも貴族達が住む貴族街でそんな事件が起こっているなんて。

 僕達も住んでいるのだから、決して他人事では無い。


「ふむ、ならばお前達も気をつけねばならんな。」


「そうですね。……あ、そうだ。ご主人様、しばらくの間、出掛ける時はリコス様も一緒に来て頂いてもよろしいですか?」


 そう言って、エミリさんは縋るように僕を見た。


「僕は構いません。師匠如何でしょう。」


「良いだろう。」


「ありがとうございます。」


 エミリさんは嬉しそうにお礼を言って、不意に僕の手を取った。

 ドキリと胸が鳴る。


「それではリコス様、しばらくの間、よろしくお願いしますね。」


「は、はい。お願いします。」


 彼女と一緒にいられる時間が増えた事が、なんだかとても嬉しかった。

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