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『力』との向き合い方

 聖華暦833年 9月16日


 第8特戦隊駐屯基地での訓練も残すところ二週間になった。

 これまでに魔獣と戦ったのは全部で3回。

 8月前半は僕の軽機兵スパーダの修理と改修の為、巡回には出られず、最初に巡回に出た7月末、機兵の改修が終わってからの8月後半と9月の頭に一回づつだった。


 人間と殺し合う機会が無かった事は、なんとなくホッとしている。

 経験が無いわけではないけれど、やはり出来るならしたくない。


 今でも、なんの感慨も無く人を殺せてしまうと思うけれど、人殺しを好んで行うようになったら、それはもう人間としてお終いだ。


 幸い、僕の師匠であるオルテア・イディエル様は分別があり理知的だ。

 暗黒騎士という極めて重大な役職に、自らを厳しく律して臨まれている。

 この方の下なら僕も道を踏み外さずに済みそうだ。


 さて、僕の今現在の仕上がりはというと……、暗黒剣技の基礎である『ソウルイーター』の習得に、甚だ難儀しているところ。


 とりあえず、セコいナイフ程度の刃が、約20秒維持出来るようになった、というくらいだ。

 当然、こんなのは修得したとは到底言えず、師匠からも一日のうちに暇さえあれば修練するようにと言われている。


 二週間でこの程度、だったらキチンと修得出来るのはいつになるやら……。

 本当に道のりが長く険しい事だけはよく分かった。

 コツコツと繰り返し、地道に修練するしかないんだなと。


「リコス、今日はお前に暗黒魔法について教えようと思う。」


 やっぱり唐突だった。


「暗黒魔法、ですか?」


「うむ、暗黒魔法は『魔法』とついているように魔法と同様な使い方をする。だが、実の所は下位五属性の魔法とは全く異なるものだ。まずは通常の魔法はエーテルを介してイメージを具現化させる方法をいう。一方、暗黒魔法はエーテルではなく反物質でイメージを具現化させるのだが、時として術者のイメージを超えた現象を引き起こす事もある。」


「それは……、制御が上手くいかず暴走した、という事でしょうか?」


「必ずしもそうとは言えない。以前にも言った事だが、反物質が何なのか『解らない』から元から完全な制御が出来ないのかもしれない。」


「どうして、そこまでして反物質を操る事に拘るのでしょう。」


 そこまで危険なモノだと解っていて、それでもなお執着しているように思えてしまう。


「簡単な事だ。反物質(これ)が三女神の加護、光の魔素を上回るほど強大な『力』だからだ。」


『力』………。

 得体の知れない『力』。

 けれど、その『力』無くして暗黒騎士たり得ないのは事実だ。


「決して『力』を侮ったり過信をするな。『力』はこちらが少しでも隙を見せればあっという間にこちらを飲み込んでしまう。『力』に飲まれれば、あとは『力』の奴隷となって自滅するだけだ。だが、『力』は正しく認識し、正しく用いればこれ程心強いものは無い。」


 たしかにそうかもしれない。けれど、口で言うのは簡単だけど、それを実行するのは生半可な事では無い。


「師匠、『力』を律するにはどうすれば?」


「己自身を律する事だ。常に心に留めおき、事ある毎に思い出し、ゆめゆめ忘れぬ事だ。」


「つまり、常に意識し続ける事が重要だと。」


「そうだ。何事も自分の心次第なのだ。『力』に飲まれるとは己の弱さに敗れたという事でしか無いのだからな。」


 ここで師匠は言葉を切り、一呼吸おいた。

 自分自身、『力』に負けないよう、強くならなくてはいけないという事なのか。

 そう思いかけた直後。


「だが、自分の弱さを否定してはいけない。弱さの否定は『力』に飲まれるキッカケになる。」


「それは……、何か矛盾していませんか?」


「何も矛盾などしていない。己の弱さを認める事も心の強さだ。リコス、人は弱い。弱いから『力』を求めてしまう。だが弱いからこそ、己を厳しく律し、自分の求める『力』を正しく理解して、何のために用いるのかを決して忘れない事が重要なのだ。」


 それは……つまり……


「つまり、自分自身が弱いという事を常に忘れず、『力』に対して謙虚に接して驕ってはいけない、という事ですか?」


「そうだ。理解が早いのは良い事だ。自分が強いと思うようになれば、必ず驕りに繋がる。それはやがて『力』を過信する事になり、必ず身を滅ぼす。」


 常に謙虚に。

 この事は両親からも、軍学校の先生からも、繰り返し言われ続けて来た事だな。

 そういう事なのか。


「残念な事に、暗黒騎士となった者の中には謙虚さを失い、『力』を過信する者も少なからず存在しているのも事実だ。それだけ『力』の誘惑は強い。その事は肝に銘じておくように。」


「はい。」


「さて、話が逸れてしまった。暗黒魔法を教えるのだったな。とは言え、私自身は暗黒魔法は得意分野では無い。よって教えられるのは初歩的な暗黒魔法である『魔弾』だけだ。」


「そうなんですか?師匠にも苦手があるのですね。」


 自分にとって、師匠は暗黒騎士としてはなんでも出来る人だと思っていたが、どんな人にも苦手はあるのだなと、改めて思った。


「暗黒魔法に興味があるなら、アーダルベルト卿に教えを乞うといい。私から頼んでおこう。」


「ありがとうございます。でもまずは、『魔弾』がちゃんと使えてからですね。」


「ふっ、そうだな。ではよく見ておけ。『闇よ 貫け』。」


 師匠が詠唱すると、突き出した右手の先に人の頭ほどはある真っ黒い球体が出現した。

 あれが反物質の塊であるのはすぐに判った。


「『魔弾(シェイド)』。」


 解き放たれたそれは目にも止まらぬ速さで真っ直ぐに飛び、標的の金属塊に当たった。

 反物質が触れた部分はまるで削り取ったかのように大きく、消え失せた。


 何度目かになるけれど、改めて反物質を使った技の威力を目にして、冷や汗が流れる。

 本当にこれは、人が扱って良い『力』なのか、疑念が湧く。


 得体が知れないけれど、使う方法がある。

 だから使う者には知識と、理解と、自制が必要なんだと、何度も教えられて来た。


「ではやってみせろ。基本は魔法と同じだ。結果を強くイメージしろ。」


「はい!」


 僕は深く息を吸い込み、気を落ち着かせる。

 右手を標的に向けて突き出し、フッと息を吐いてから、詠唱を始めた。

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