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実戦

 聖華暦833年 7月30日


『第八特戦隊駐屯基地』にやって来て4日経った。

 僕は今日もボルサ中尉の第四小隊『ヤークトフント』で連携訓練を行っている。


 第四小隊は機装兵『ヴァント・フェアデルブ』3機で構成されている。

 ヴァント・フェアデルブはフォーレンハイト家の直営機兵工廠で生産されている帝国軍主力機装兵の一機種だ。

 他国の主力機兵に対して8割程度のスペックであるが、高度な連携システムにより集団戦闘においてその真価を発揮する機体だ。

 そして特筆すべきは非常に高い地形踏破能力で、水中以外に踏破出来ない場所は無い、とまで言われている。


 同一機種で構成された部隊のその中に、一時的とはいえ僕の乗機であるスパーダを加えた変則的な4機編成となり、2機でのペアとなって連携訓練を行なっている。


 経験の少ない僕のペアは必然的にボルサ中尉が務める事となった。


『反応が遅い!! 次は右方向30度から60度で魔導砲一掃射!』


「了解! 斉射開始!」


『次、フント3の突撃に合わせて支援射撃!前方の標的を狙え!」


 次々と目まぐるしく指示が飛び、それに着いて行くのがやっと、ううん、若干遅れ気味だ。


「了解!援護開始!」


『どこ狙ってる!! フント3の進路を予測しろ!』


「すみません!」


『もういい、次だ!』


 ボルサ中尉の、と言うか第八特戦隊『オルトロス』での訓練はスパルタだ。

 課せられた訓練メニューを次々とこなして行き、僕が失敗してもお構いなく次へ進み、失敗から学ぶ時間すらも与えてくれない。


 そして今日とて朝から3時間、ぶっ通しでこの調子。

 精鋭部隊というのはこんなにも苛烈に訓練をしているんだと、今更ながらに思い知った。

 なにせ僕以外の隊員はボルサ中破の指示を難なくこなして、時にそれ以上のパフォーマンスを見せている。


 凄いと思う。


 だけど、僕も暗黒騎士を目指しているんだ。

 今は経験が大きく隔たっているけれど、彼ら以上に強くならなくてはいけない。


 ここで吸収出来る事はいくらでもあるんだ。

 だから必死に食らい付いて行く。


 昼食前に訓練もひと段落し、ようやくスパーダから降りたところで午後から哨戒に出る事を告げられた。


 ここへ来て初めて基地の外へ出るみたいだ。

 激しく機兵を乗り回したのでヘトヘトではあったけど、何故か気分は上向いた。


 昼食が終わる頃にはスパーダに液体エーテルを満載した増槽が括り付けてあった。

 それを見ただけで、これからの哨戒が長時間に及ぶ事は容易に想像出来る。

 やっぱりそんなに甘くはないな。


 出発まで、まだ30分ある。

 15分前にはブリーフィングがあるから、それまでは目を閉じて身体を休めよう。



 *



 やっぱりそんなに甘くははないな。

 ふっとそんな考えが過ぎった。


 僕はスパーダに急旋回させて、突進して来たツィカーダの背後に回り込み、突剣で突き下す。

 深々と刺さった刃は一撃でツィカーダを絶命させた。

 これで3匹目。


 僕達は基地の北側方向へ哨戒に出て、1時間かけて基地から18kmの地点、帝国国境とカナド地方の境界ギリギリまで来ていた。

 ここから西側へ移動しようとした時に、中型魔獣ツィカーダのテリトリーに踏み込んでしまったのだ。


 ツィカーダは十数匹で群を作る魔獣で、厄介な事に地中に埋まるようにして獲物が通りかかるのをじっと待ち伏せする習性を持つ。

 その上、定期的に待ち伏せ場所を変える為、安全なルートというのはほぼ存在しないと言っていい。


 第四小隊はコイツらの待ち伏せ場所にノコノコと入ってしまったという事になる。

 唐突に魔獣に囲まれてしまったのだけど、ボルサ中尉は慌てる事なく、「各個撃破」と指示を出し、他の隊員も速やかに行動に出た。


 僕は少し驚いたけれど、小隊の三人に援護されて落ち着きを取り戻し各個撃破に勤しんでいる、という状況だ。


『クリア! 全周警戒を怠るな!』


『『了解!』』


「了解」


 ほんとうに凄いな。

 僕が三匹のツィカーダを仕留めている間に、ツィカーダの群れは全滅してしまった。

 周囲を警戒したが、もう脅威は無くなっている。


『良し、では哨戒を続行する。行くぞ。』


 ボルサ中尉は指示を出して、皆それに従った。

 僕も遅れないよう、短く深呼吸をして後を追った。


 それからまた30分は歩き続け、南へ向いて基地への帰還ルートに入った時、また魔獣の群と遭遇した。


 今度は地響きを立てながら、ラムグリッターが8匹、小隊目掛けて突っ込んで来た。


 ラムグリッターは正面に強固な攻殻を持つ大型の魔獣で、高速での突進攻撃は機兵さえも一撃で撃破されてしまう。

 普段は大人しいと言われているけれど、走り出したら手を付けられないくらいに危険な魔獣だ。


『くっ! 全機回避に集中‼︎やり過ごして背後から仕留めるぞ!』


「『『了解』』」


 普段大人しかろうと、やはり危険な魔獣には違いない。

 今後の安全の為にも排除しておかなければならないだろう。


 1回目の突進を躱し、まだ後ろを向いているラムグリッターに対して一斉に魔導砲を撃ち込む。

 直線的とは言え、流石に高速で動くラムグリッターに弾を当てるのは難しく、今の攻撃で仕留めれたのは1匹のみだった。


 今の攻撃で逆上したのか、ラムグリッターは二手に別れて僕達を挟み込むように突進をして来る。


 そして今度も突進を躱し、再度魔導砲による射撃で3匹を仕留める事が出来た。

 残りは4匹。


 再び突進して来るラムグリッターに身構えた時、別行動を取っていたのか、背後からもう1匹ラムグリッターが現れた。


 思いもかけない事にフント2はギリギリで回避が遅れ、跳ね飛ばされてしまった。


 ゴスンっ、という鈍い音とともにフント2の乗るヴァント・フェアデルブが吹っ飛び、地面に転がる。


『やりやがったな! 畜生が!!』


 フント3が魔導砲を掃射して今のラムグリッターを仕留める。


『フント2! 無事か⁈』


『……イチチ、なんとか。ですが機兵の方は…ダメだ、動けません!』


 だけど、もう4匹のラムグリッターは転身して目前まで迫って来ていた。


『くそッタレ! 迎撃するぞ‼︎』


『中尉、私に構わず回避をっ!』


 このまま回避すれば動けないフント2を見捨てる事になる。

 そうすれば、彼は間違いなく……死ぬ。


 ふいにエミリさんの顔が浮かんだ。

 彼女との約束、贖罪の誓い。

 彼を護らなければ。見捨てる事なんて、出来ない‼︎


 何かに突き動かされるように、僕は前へ出た。


 時間の流れが遅い。

 皆が何か言っている。

 ゆっくりと、けれども真っ直ぐに突っ込んで来るラムグリッター。

 無我夢中で、僕は先頭のラムグリッターの前に立ち塞がり、そして……


 そして、全身でその突進を受け止めた。


 凄まじい衝撃に意識が飛びそうになる。

 けれど、ここで引く事なんて出来ない。

 全ての魔力を絞り出すように、僕の持てる力を機兵に叩き込む。


 スパーダの魔導炉が唸りを上げ、前身の魔導収縮筋が軋む。

 それでも突進は止まらない。


 まだだ! まだ諦めるものか!

 もっと力を、もっともっと力を出すんだ‼︎


「うあぁあぁああー‼︎」


 叫び声と共に気を吐きだす。

 瞬間、ラムグリッターの力が見る間に抜けてゆき、そして止まった。


 後続のラムグリッターは先頭が止まった事で横へと外れ、そのまま走り去った。

 僕の止めたラムグリッターは僕から数歩後退り、身を翻して走り去っていった。


 良かった……止められた。


『すげぇ、あれが暗黒闘気の力か。』


 誰かが言った。


 そこでようやく気が付いた。

 僕の機兵が、何か炎のようにうねる黒いモヤに包まれている事を。


 それは全身に纏わり付き、動きに追従している。

 僕自身、力が漲っているようだ。


 これが、暗黒闘気。

 暗黒騎士としての基本となる、最初の技。

 習得には早くても一年以上と言われているけれど、今、僕は暗黒闘気を身に纏っているんだ。


 この時、僕は大きな一歩を踏み出せたんだ。



 *



 この後、ボルサ中尉の打ち上げた信号弾によって救援が駆けつけ、僕達は回収された。

 ラムグリッターに跳ね飛ばされたフント2の機体と、僕のスパーダは損傷が酷く、とても基地まで移動出来る状態では無かったからだ。


 僕達は基地に着くなり検査を受け、ボルサ中尉とフント2から感謝され、アメルハウザー少佐から礼を言われ、そして師匠からこっ酷く叱られた。


「一歩間違えれば、死んでいたのはお前なんだぞ! 自分の力量をもっと弁えたまえ!」


 正直、叱られた事はとてもショックだった。

 助ける事が出来たのに……


「お前にもしもの事があったら悲しむ者がいるという事を自覚したまえ。」


 その一言で、はっとした。

 浮かんだのは両親と、エミリさん。


「申し訳ありません……」


「以後はこのような無茶をしないように。」


 その後は、ゆっくり休むようにと言われ、僕は僕に割り当てられている兵舎の寝台へと向かった。


 兵舎には誰も居らず、僕はそのまま寝台に倒れ込んで………


 気がつくと真っ暗になっていた。

 いつの間にか、誰かが毛布をかけてくれていたらしい。


 今日は色々あって疲れた。

 もう一度寝よう。

 そう思って目を閉じた。

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