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とある落伍者の話 その一

 その日は朝からどんよりと雨雲が立ち込めた日じゃった。

 そのくせ雨が降り出す気配を一向に見せん。


 嫌な天気じゃ。

 この儂、バンザ・ジルベールはボソリと呟く。


 まぁ雨が降ろうと降るまいと、儂らのやる事は鍛練あるのみじゃがな。


「師匠、もう一本お願いします!」


 我が愛弟子、バキア・シャックは声を張り上げて槍を構える。

 既に十本以上、組手を繰り返しておる。


「ようし、体も温まって来たわ。来るが良い、バキア。」


 そう言って、ハルバードを振り上げて構えた時じゃった。


「ご主人様、鍛練中に失礼致します。エルナ様がお見えになっております。」


「ほぉ、そうかの。バキア、今日はここまでじゃ。」


「わかりました。本日も手解き、ありがとうございました。」


 執事が差し出した手ぬぐいで汗を拭い、儂は自室へと向かった。


 *


「おお、エルナ! しばらく見ぬうちにまた凛々しくなったようじゃな。」


「お久しぶりです、バンザ叔父様。使いも寄越さず急な来訪をご容赦ください。」


「畏まらんでも良い。お主はいつでも大歓迎じゃ。」


 今日の来客、エルナ・ジルベールはジルベール侯爵家本家の一人娘、儂の姪じゃ。

 この娘の事は幼子の頃から知っておる。


「して、今日はどうしたのじゃ? お主も忙しい身の上、ただ顔を見に来たわけでもあるまい。」


 彼女はヴェイパール追討大隊という犯罪者を追い詰め摘発する治安維持部隊で一つの隊を預かる身じゃ。

 暇を持て余しておるとも思えん。


「はい、実はご相談したい事がありまして、こうして罷り越しました。」


「……それは、今、お主の部隊におる『落伍者』の事かの?」


「ご存じでしたか。」


「話だけはの。」


 エルナが最近、暗黒騎士の修行を脱落した者『落伍者』を、ヴェイパール追討大隊での自分の部隊であるレークヴィエム隊で拾ったという事は耳にしておった。


 そして儂は老いとるとは言え、現役の暗黒騎士をしておる。

 となれば話はそれしか無いじゃろう。


「確かゴザレスの小僧が放り出した者だと聞いておる。なんじゃ、手に負えんようになったか?」


「いえ、そうではありません。彼は…、フレルク・ヴァーンシュタインは優秀で忠実な男です。」


「ふむ……」


 エルナの口ぶりじゃと、困ったからなんとかして欲しい、という類のものでは無いようじゃった。


「それで、ご相談というのは、……彼に暗黒騎士としての手解きをお願いしたいのです。」


 儂は目を細めてエルナの顔を見た。

 ……どうやら本気で、その男に儂の教えを受けさせようと思っているようじゃった。


「お主、それはつまり、一度落伍した者を儂の弟子にして欲しいと、そういう事かの? もしそうであるなら、ゴザレスの小僧の面目を潰すだけでは話は収まらんようになるのう。」


 ゴザレスの小僧の面目などたかが知れておるゆえ、それはどうでも良い。

 じゃが……


「そうではないのです。彼は今、己の力のみで暗黒騎士の技を納めようと励んでおります。その一助を授けて頂きたいのです。」


「ふぅむ……」


 この娘も、しばらく見ぬうちに無茶振りをする様になったものじゃ。


「エルナよ、暗黒騎士の戒律の一つに『暗黒騎士の御業を他者に教えるべからず。 』というのがあっての、暗黒騎士は基本的に弟子以外に技を伝授する事は固く禁じられておる。」


 エルナの表情が曇る。

 まるで今日の天気のようじゃ。


「そうさな、直接教える事は出来ん。じゃが『観て』ゆく事はまぁ良かろうて。ただ四日後、儂らは勅命で出立せねばならん。ゆえに明日から三日間だけじゃぞ。」


「叔父様、ありがとうございます。」


 エルナの表情にぱっと光が差す。

 我ながら甘い事じゃて。


 *


 今日もどんよりと曇っておる。

 そして儂の前に、件の落伍者がおる。


 名前はフレルク・ヴァーンシュタイン。

 暗黒騎士の末席を汚しておるガストーネ・ゴザレスの弟子であった者。


 話では三年修行を行なって暗黒剣技の片鱗も納める事が出来ず、焦った挙句に脱走兵の捕縛に失敗、その責を負ってゴザレスの小僧のところを追い出されたと聞く。


 まぁゴザレスの小僧の師匠も大概いい加減な男であったゆえ、その弟子であるゴザレスも知れたもの。

 師匠が師匠じゃから弟子達への指導が行き届いておらず、練度も低く素行が悪いというのはよく聞く話じゃ。


 しかし……、目の前の男は、そのような雰囲気を持ってはいない。


「フレルク・ヴァーンシュタインと申します。落伍者の身でありながら、ジルベール卿の鍛練を見学させて頂ける事、感謝を致します。」


「ふむ、ではフレルクよ、一切の質問は受け付けんし記録する事も許さん。この場でお主に許されるのは儂らの鍛練をつぶさに観察し、見聞きした事を己が頭に叩き込む事じゃ。良いな?」


「はい。よろしくお願いします。」


 良い返事じゃ。

 悲観や不満など、そういった色を浮かべてはおらん。

 むしろ礼節を持ち、謙虚に、真摯に向き合い、僅かでも何かを拾い上げようと真剣そのものじゃ。


 落伍し、放浪するうちにある程度は成長もしておるのかもしれん。


「さて、バキアよ。今日はまず、反物質についてのおさらいじゃ。説明してみせい。」


「はい、師匠。反物質は『同化』をする事で自身の生命力と引き換えに生成する、暗黒騎士の力の源、暗黒剣技や暗黒魔法を使う為の要です。」


「うむ、そうじゃ。暗黒騎士の力は反物質無くしては成り立たん。反物質を生成し、反物質を操る事で力と成しておる。ではな、反物質とは何か、同化とはどういう事か、説明は出来るか?」


 儂らの問答を一言も聞き漏らすまいと、フレルクは食い入る様に儂らの問答に聞き入っておるのがわかる。


「師匠、これについては以前から考えておりますが、自分がいったい何と同化しているのか、命を削って生成出来る反物質がなんであるのか、やはりどう考えても『解りません』。」


 バキアの答えに、フレルクは得心がいかないという表情を浮かべる。


「うむ、その通りじゃ。そもそも、儂らが『同化』するもの、そして反物質とは何か、その答えを明確に出せる暗黒騎士は、今のところ存在せん。かつて帝国最強の暗黒騎士と呼ばれたシークヴァルド卿や、『神人殺し』の異名を持つファリオン卿のような天才であっても、正確なところは全く解ってはおらんのじゃ。」


 儂の説明を聞き、フレルクは心底驚いておるようじゃ。

 ゴザレスの小僧は、本当に何も教えておらんようじゃ。


「儂らは『同化』や反物質について、全くと言って良いほど何も知らん。じゃが、魔眼で反物質を見、そして操る術を身に付けておる。解らんが解らんなりに使える。それが今の暗黒剣技や暗黒魔法じゃ。ゆえに儂らはこれらを扱うにあたっては細心の注意を払う必要があるのじゃ。」


 反物質や『同化』については、本当に説明した通りじゃ。

 これらについて正確に説明出来る人間など皆無じゃろう。

 もし、説明出来る者がおるのなら、儂も聞きたいくらいじゃからな。


「さてバキアよ、今までの話を踏まえて暗黒剣技の実践を行うとしようかのう。」


「判りました。」


 フレルクは前のめりになっておる。

 彼奴がもっとも知りたい事なのじゃろう。


「反物質を操るさいに注意する事はイメージを明確に持つ事じゃ。これは魔法を操る事と似ておる。エーテルと反物質を置き換えただけじゃからな。」


「では師匠、今から俺は自身の得物である槍をイメージして、ソウルイーターを生成します。」


「うむ、始めよ。」


 バキアは右手を突き出し、反物質を集め始める。

 濃い闇が形を現し、すぐに一本の槍を作り上げよった。

 フレルクを見やると彼奴は目を見開いて、槍のソウルイーターが出来る状を見ておる。


「うむ、そこから形状を変化させるのじゃ。そうさな、儂のハルバードを真似よ。」


「いきます。」


 漆黒の槍の穂先が形状を変え、集まった反物質が斧の部分を形成し、槍はハルバードへと変化した。

 フレルクが息を呑み、その変化に驚いておる。


 やはり基礎を教わっておらぬのでは、無理からぬ事かも知れぬな。


「今更言う事では無いがな、反物質にイメージを反映させる事こそ、暗黒剣技に必要な基礎じゃ。よおく覚えておくのじゃぞ。」


「はい、師匠。」


 バキアが元気よく返事をする。

 フレルクの方はただ黙って、すぐにでも試したい、という表情を浮かべておった。

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