魔女は子猫に悪戯を捧ぐ
生まれて初めて感想をいただきました!
嬉しさのあまり調子に乗ってハロウィンに絡めた小話を……
お楽しみいただければ幸いです。
それは夏の暑さも遠くなり、王城の庭木が色づいてきたある日の午後。
少し時間が空いたので、みゃーちゃんと王太子妃の部屋でお茶をしていた時の事だった。
「ねぇ、あーちゃん。そう言えばこの国の暦って、向こうと同じ12ヶ月なの?」
お茶請けに用意していた丸いバタークッキーを手に取りながら、みゃーちゃんが首を傾げた。
「そうねぇ。この国の暦も12ヶ月だけど……向こうと違って、30日の月と31日の月があったり、4年に一回うるう年があったりはしないわねぇ。1ヶ月は30日、1年は360日って感じかしら」
そう答えると、テーブルにサーブされていたお茶を手に取る。
ティーカップに注がれたお茶の馥郁とした香りを少し楽しんでから、そっと口を付ける。甘めの茶菓子に合わせた少し渋みのあるお茶が美味しく、ほぅと息をついた。
ちなみにこの国にも四季のようなものがある。春と秋に当たる過ごしやすい季節が長く、夏は日本のような湿度の高いものではなく、カラッとした暑さが一月ほど続く。
冬に当たる部分は降雪もあるが、人々の行き来が出来なくなるほどではなく、寒いのは二月程と短い期間だけだ。
今は秋に当たる時期で、過ごしやすい気温の日が続いている。
「ほぉん。とゆーことは今月は10月に当たる月で間違いないよね?」
「そうね。今月はディの月だから、日本でいうところの10月に当たるわね」
ちなみに今日はディの月を半分ほど過ぎた頃だ。この国も7日を1週間として向こうの日曜日に当たる日は大半の人が休息日としてお休みを取っている。
「ほぉんほぉん。なるほどなるほど……」
そう告げるみゃーちゃんの顔に悪だくみをするようなにやりとした笑みが浮かんだので、少し心配になる。
「……みゃーちゃん?」
「んふふふー。イイ事思いついちゃった!お茶飲んだらちょっと魔術研究所に行ってくるね!」
そう言うと一転してご機嫌な表情を浮かべるみゃーちゃんに不安しかない。
「……みゃーちゃん、何を思いついたかわからないけど程々にね」
「もっちろんだよ!任せて!!」
……限りなく不安しかないし、何をするにしても任せられない気がする……でもこの状態になったみゃーちゃんを止めることは難しいのも確かなので、後はトーマに任せよう。うん。
そう気持ちを切り替えると、みゃーちゃんとのおしゃべりに花を咲かせるのであった。
そして迎えたディの月最後の日。
この日は外に出る公務もなく、セルジュ様の執務室で書類仕事を片付けていた。
今この部屋にいるのはわたくしの他に、セルジュ様とカインお兄様が机に向かって書類仕事を片付けている。
扉の所にはトーマとスレイが立って護衛にあたっている。
何故わたくしも王太子の執務室に机があるかと言うと、この国の王太子妃の公務における位置付けが王太子付きだからだ。
日本の企業でいうことろの、王城部王太子課の一員みたいなものだ。セルジュ様を筆頭に、わたくしと側近達が王太子課のメンバーになる。といっても、ヘリオンはまだ学苑に通っているので今日ここにはおらず、テオは魔術研究所の方に普段は常駐している。
ちなみにみゃーちゃんはまた別で、浄化の旅が終わった今は魔術研究所の特別研究員的な位置づけで、魔術師団長やテオを始めとした魔術師団員と何やら色々しているそうだ。
……みゃーちゃん、無茶していないといいのだけれど。
今朝魔術研究所へ向かうみゃーちゃんとすれ違った時、妙に浮かれていたのを思い出して、思わず遠い目をしてしまう。
何となくみゃーちゃんの狙いは読めたので、こちらも準備はしているが、魔術研究所が絡んでいる時点で嫌な予感がするのだ。
「アシュ?どうかしたのかい?何か難しい案件でも?」
みゃーちゃんの暴走に思いを馳せていたら、どうやら書類をめくる手が止まっていたらしい。それに気づいたセルジュ様が声を掛けてきた。
というか、手を止めたのは数秒なのになんで気づかれたんだろう?セルジュ様もかなり集中して書類を読んでいたように思うのだが……
はて?と内心疑問に思いながら、セルジュ様に返事をすべく顔を向ける。
「特に問題ありませんわ。そろそろお茶の時間ですし、休憩いたしますか?先ほどからセルジュ様もお兄様も随分集中されていたようですし」
「そうだね。そろそろ一息入れようか。アシュ、すまないがお茶を淹れてくれるかい?」
「もちろんですわ。今日はちょっとしたものも用意しておりますの」
そう言って席を立ち、執務室に用意されていたティーワゴンに近づいた時、軽快なノックの音が部屋に響いた。
この妙なリズムを付けた叩き方をするのは一人しかいない。来たなと思った次の瞬間、扉が大きく開けられ、黒い人影が室内に飛び込んできた。
「お菓子をくれなきゃいたずらするぞ!!」
そう言って、お手製なのか星型の付いた魔女っ娘が持っているようなステッキをくるくる回すのは、案の定。黒いローブに三角帽をかぶった魔女スタイルのみゃーちゃんだった。
聖女なのに魔女のコスプレとかこれ如何に。
その様にぽかりと口を開け驚きの表情を浮かべるトーマを尻目に、ティーワゴンから素早く準備していた物を取り出すと、みゃーちゃんに手渡した。
「はいどーぞ魔女さん。ご所望のお菓子ですよー。だからいたずらは勘弁してね」
「ば、バレていただと……?!そしてこのオレンジ色のパウンドケーキ、もしかしてかぼちゃ味?!」
「そうよー。せっかくみゃーちゃんが可愛く企んでいたから、全力で乗ってみたの。久しぶり……というか、前世振りにお菓子を作ったから、お味の保証は致しかねまーす」
「あーちゃんの手作り!?歓喜!!ていうかやっぱりバレてた!!」
そう、今日はディの月最終日。二週間程前に10月であることを頻りに確認してきたみゃーちゃんを見ていて思い出したのだ。10月最終日、正確に言うと31日なのだが、は前世の世界ではハロウィンだと。
そして、何らかの仮装?をしてお茶の時間に現れるだろうみゃーちゃんを想定して、もてなし用のお菓子を用意しておいたのだ。せっかくなので、かぼちゃを使ったパウンドケーキにしてみたのは、わたくし自身も何となくハロウィンを楽しみたい気分だったからだ。
「……あー、全然話が見えないのだが、二人とも説明してくれないか?」
突然飛び込んできて、こちらの方々からすればよく分からない黒い服に身を包み、お菓子を脅迫する台詞を吐いたみゃーちゃんに若干引き気味のセルジュ様が、苦笑いを浮かべながら尋ねると、みゃーちゃんが飛び込んできてから硬直していた他の方々も驚きから戻られたようだ。
「前世のお祭りのようなものですわ。今お茶を用意いたしますので、皆さまテーブルにどうぞ。お茶菓子もお祭りの一環で今日はわたくしの方で用意いたしましたの。みゃーちゃん、お茶を用意するから、その間皆様にハロウィンの説明をお願いしてもいい?」
「はいはーい!お任せあれ!」
「アシュリー嬢の手作り菓子と聞いては食べないわけにはいかないねー。で、さっきの台詞って……」
みゃーちゃんの背後からひょこりと顔を出したのはテオだった。どうやら魔術研究所からみゃーちゃんと一緒に来ていたらしい。いそいそと執務室にある応接セットのソファーに腰を下ろした。
「なんでテオまでいるんだ。お前は厨房のコックが作った茶菓子でもいいだろう?アシュのはやらん!」
「殿下、心狭すぎー」
みゃーちゃんがぼそりと呟くと、セルジュ様が例の瞳の奥が笑っていない笑みを浮かべてみゃーちゃんを見やる。
「聖女殿の手元にある菓子、没収しようか?」
「あげませーん!ほらほらそれよりハロウィンが気になってたんじゃないんですか?説明しますから、座って座って!」
そうみゃーちゃんが促すと、セルジュ様とカインお兄様もソファーに腰を下ろした。
皆の前に淹れ終わったお茶を各々サーブし、テーブルの中央に厨房が用意してくれた焼き菓子と、わたくしが焼いたかぼちゃのパウンドケーキを並べる。
「で、はろうぃんとは何なのだ?その聖女殿の格好と先ほどの台詞がそうなのか?」
セルジュ様の隣に腰を落とすと、すかさずセルジュ様の腕が腰に回され、軽く引き寄せられた。
「ハロウィンはですねー、向こうの私のいた国とは別の国発祥のお祭りで、元々はちゃんとした?宗教儀式だったんですが、私達のいた国では、仮装して盛り上がろうってお祭りみたいなものです。んで、『お菓子をくれなきゃいたずらするぞ』って言うのが合言葉になってて、元々は仮装した子供たちが各家を訪ねてこの台詞を言うと、お菓子が貰えるって感じですー。んで、かぼちゃのお菓子は……なんでかぼちゃ?」
みゃーちゃんがいぶかし気にこちらを見る。確かにわたくしも何の疑問にも思わずかぼちゃを使ったお菓子を用意してしまったが、なんでかぼちゃなんだろう?
別にハロウィンでかぼちゃ味の指定はなかった気がする。かぼちゃを食べるのは冬至だったような……?
「……ジャック・オー・ランタンを作るときに中身が余るから?」
「……それだ!」
……何となく違う気もするが、もう調べようがないので一先ず置いておこう。
「じゃっく・おー・らんたんとは?」
セルジュ様が早速かぼちゃのパウンドケーキを確保しながら聞いてくる。
「ハロウィンで飾るかぼちゃで作った飾りですわ。大きなかぼちゃの中身をくりぬいて、ちょっと怖い顔になるように皮の部分に目鼻と口を付けるのですわ。そして内側に火のついたろうそくを立てて、家の戸口に置いておくそうです。なんでもハロウィンは元々死者のいる国との境界があいまいになる日で、外に死者の霊や悪霊の類が闊歩するとか。そこでジャック・オー・ランタンを玄関に置くことによって、恐ろしい霊が家に入ってくるのを防ぐとか……」
「ふぅん。なかなか面白い考え方だね。年に一度死者のいる国との境界が曖昧になるとか……なかなか怖い日だな」
セルジュ様が苦笑を浮かべる。
「それにしてもさー、『お菓子をくれなきゃいたずらするぞ』っていい台詞だよねー。僕も今後それで行こうかなー?」
両手にパウンドケーキを持つという、マナー教師に見つかったらお説教間違いなしの状態のテオがウキウキとした表情で告げると、部屋の中にいた全員が微妙な表情になった。
「……テオの悪戯は、洒落にならんからやめておけ」
セルジュ様が皆の内心を代弁すると、思わず深く頷いてしまった。
「というかテオ!アシュの焼き菓子を食べ過ぎだ!!」
「いいじゃんこれくらいー!いたずらするよ!!今日の為にせいじょさまと新しい魔術を作ったんだからねー。殿下に使っちゃうよー」
テオが何やら不吉な事を言い出した。この日の為にみゃーちゃんが編み出した魔術とは一体……?
「テオ、その魔術って……」
「お!あーちゃん気になる?気になるよね?!お菓子を貰ったからいたずらしない予定だったけど、あーちゃんが気になるなら使うしかないよね?!」
みゃーちゃんが妙にキラキラした目でこちらを見やると、例の魔女っ娘ステッキを取り出した。
「い、いえ!結構で……」
「『トリックオアトリート』!!」
制止の声は間に合わず、いや間に合っても聞きとめるつもりはなさそうだが、みゃーちゃんがわたくしに向かってステッキを振ると白い煙がわたくしを包み込んだ。というか呪文が……
「アシュ!?」
セルジュ様の慌てた声を聞きながら、段々白い煙が晴れていく。何やら頭の上と臀部がムズムズするのは気のせいだと思いたい。
「ア、アシュ……?」
煙が晴れると、戸惑いを大いに含んだ声でわたくしの名を呼びながら、こちらを見やるセルジュ様と目が合った。
「よっしゃせいこーう!!トーマ!鏡!鏡持ってきて!!」
みゃーちゃんの勢いに押され、トーマが鏡を取りに行くのを尻目に、先ほどからムズムズする頭部に手を伸ばすと、そこには本来ないものの存在を感じた。
手を滑らせると、ふわふわな長毛に包まれた、三角の柔らかいものが頭頂部にほど近い左右に生えているのがわかった。というかこれは……
「ネ、ネコミミ?」
「せいかーい!!やっぱあーちゃんにはメインクーンとか長毛種のお耳が似合うと思ってたけど、想像以上!我ながらいい仕事した!!ネコミミあーちゃん尊い!!」
そこへ鏡を取って戻ってきたトーマが、わたくしにそっと鏡を手渡す。その目には多分な憐れみが含まれているように思える。というか嫁の暴走を止めるのは夫の役目では?
八つ当たりにも似た心情を視線に込めながら、トーマから鏡を受け取り、そっと己の姿を写すと……
そこには銀の髪色にそっくりな長毛に包まれたネコミミが鎮座するわたくしが写っていた。
「へぇ。あの術式こうなるんだー。ねぇねぇアシュリー嬢、それちょっと触っていい?」
そう言って伸びてきたテオの手をセルジュ様が叩き落とす。
「触るな!……それにしても、猫の耳を見ても愛らしいという感情を抱いたことはないが、アシュに付いているとなるとこれはこれで……毛足が長いのもまた……」
そう言うと、妙な雰囲気を醸し出したセルジュ様がわたくしのネコミミにそっと指を這わす。その触り方に背中をぞくぞくとしたものが走り抜けるのがわかった。え?このネコミミ感触も受け取れるの?
「でしょー?!こっちの猫はアレだけど、ホントは猫は可愛いものなんですー!あーちゃんと猫!可愛い×可愛い!サイコー!!」
妙にテンションが荒ぶってこぶしを突き上げるみゃーちゃんを、思わずジト目で見てしまう。
「……聖女殿。いい仕事っぷりだ」
向こうの親指を立てるジェスチャーでも出てきそうな満面の笑みを浮かべてセルジュ様がみゃーちゃんをほめているが、掛けられた方としては遺憾の意を表明したい。
「ねぇねぇせいじょさまー。ケチな殿下がアシュリー嬢の耳触らせてくれないから、ちょっと僕にもかけてくれないー?」
「いいですよん。『トリックオアトリート』!!」
みゃーちゃんがテオに向かってステッキを振ると、テオが白い煙に包まれた。
煙が晴れると、そこにはうさ耳を生やしたテオがいた。
「あれー?これアシュリー嬢の耳とちょっと違う?長い??」
生えたうさ耳を軽く引っ張りながら確認するテオに、持っていた鏡を渡す。
うさ耳の生えた成人男性(19歳)って……と思ったが、ちょっと童顔気味のテオにはそれなりに似合っている……気がする。
これがヘリオンだったらまた違う感想になりそうだけど。
「おぉー。これ騎獣の耳だねー。短期間で作った術式だけど、完成度も汎用性も高いねぇ。さっすがせいじょさまー」
「……お二人とも、いたずらと悪事には使わないでくださいね」
思わず念を押してしまう。みゃーちゃんの発想力は、魔術という日本になかった技術に対しても遺憾なく発揮されるらしい。彼女なら知識チートもお手の物かもしれない。
そしてセルジュ様、いい加減わたくしの頭から手を離してください。
「ねぇねぇせいじょさま。この術式もうちょっと研究していいー?ちょっと試したいことがあるんだけどー」
「いいですよん。それじゃそろそろ研究所に戻りますかー。あーちゃんお茶とお菓子ご馳走様ー。あ!ちなみに魔術の効果は12時間ね!」
そう言うと、みゃーちゃんとテオが連れ立って扉へ向かった。
「あ!殿下ちょっとちょっと!」
扉の所で振り返ったみゃーちゃんがセルジュ様を手招きで呼ぶと、近づいたセルジュ様に何やらぼそぼそと伝えている。
みゃーちゃんの内緒話にセルジュ様が悪い笑みを浮かべたのが見えて、何故かぞくりと悪寒が走った気がした。
その悪寒の理由がわかったのは、夜になってからだった。
「アシュ、こちらへおいで」
寝る準備を整えて、王太子夫妻の寝室に赴くと、寝台に腰掛けたセルジュ様が満面の笑みを浮かべて手招きをしてきた。
あまりの機嫌の良さに疑問符を脳内に浮かべながら、セルジュ様に近づくと、すいっと手を取られ、反対の手で腰を引かれて、気づけばセルジュ様を跨ぐ形で向かい合っていた。
「セ、セルジュ様?この体勢は……」
昼間感じた悪寒が蘇る。
「聖女殿に聞いたんだけどね……今アシュには素敵なしっぽが生えているんだって?」
悪い笑みを浮かべたセルジュ様に思わず身体が逃げを打つが、しっかりと腰に回された手に阻まれた。そしてその手は悪戯にさわさわと蠢き始める。
そう、確かに今のわたくしの臀部にはネコミミに合わせたようなふさふさのしっぽが生えているのだ。
「セ、セルジュ様……!?」
「ふふっ。アーシュ。お菓子をくれなきゃいたずらするよ?」
「こ、こんな時間にお菓子は持っておりませんわ!」
「じゃあ……いたずらだね」
「へっ?……ふみゃ!」
色を乗せたセルジュ様の笑みに混乱しているうちに、悪戯な手は夜着の中に潜り込み、わたくしのしっぽまで伸びていたのだ。ふわふわとしっぽを甘く撫でられ、そのままいたずらを重ねられたのは言うまでもない。
翌朝顔を合わせたみゃーちゃんが、
「効果は抜群だ!」
とどこかで聞いた事のある台詞を言いながら、治癒魔術を掛けてくれたのは言うまでもない。
というか、わたくしちゃんとお菓子を用意したはずなのに、もっぱらいたずらの被害者になっているのは気のせいだろうか……いやホントに。
後日、みゃーちゃんから件の魔術を教わってきたセルジュ様が妙にご機嫌だったのは言うまでもない。




