5.私室にて その1
その後泣きつかれて眠ってしまった聖女様を、わたくしが王城に賜っている私室へと運ぶことにした。
本来であれば客室へ案内するところであるが、聖女様の手が離れなかったのだ。わたくしの服から。抱きしめたときに胸元をがっしり握りこまれ、そのまま寝落ちてしまったのだ。ちなみに涙やその他諸々でわたくしの胸元は大変なことになっていた。
そんな状態の聖女様を客室でお一人にするのは憚られた為、わたくしの部屋に連れて行く事にしたのだ。
手が離れないため、身体強化魔術を使って聖女様を姫抱っこする。……これお互いに記憶があったら黒歴史になりそうなので、聖女様には黙っておきましょう。うん。
そっと寝台に横たえると、わずかに身じろぎをした後、そのまままた深く寝入ったようだ。眉間に刻まれた深い皺が彼女の苦悩を物語っている。
とんとんと幼子にするように胸元を軽く叩くと、その振動が心地よかったのか、眉間の皺が緩んでいった。そして、胸元を握りこんでいた手も、力なく寝台に沈んでいく。
「なんだか妬けるね」
聖女様に覆いかぶさるようになっていた体を起こすと、背にしていた扉のあたりから、そんな声が聞こえた。
「何をおっしゃいますことやら。それにしても女性が寝ている寝室に、不用意に入り込むものではございませんわよ」
「ふふっ。そうだね。本来の持ち主が寝ているのであれば遠慮はしないのだが、今回はそうではないからね。さて、隣の部屋でお茶でも飲もう。先ほどは色々中途半端になってしまったからね。皆も待機させていることだし」
そう言って、エスコートの為に手を伸ばしてくる。
「……本来の持ち主にも安眠は必要なので、不用意に入り込むのはご遠慮いただきたいですわ」
ツンと顔を上げて伝えてみたが、わかっているのか、いやわかっていて敢えてなのだろう。
「安眠には適度な運動が必要だろう。手伝いを買って出るのはやぶさかではないよ」
そう言って、長い指先で顎をそっと撫でられる。
「なっ!?」
若干どころかかなり赤くなった顔のままセルジュ様を仰ぎ見ると、そのまま軽い口づけが降ってきた。
この方がわたくしに甘いのは今に始まったことではないが、最近さらに加速している気がする。これは前世でいうところの溺愛というやつではなかろうか。
そしてそれが心地よいと思ってしまうあたり、わたくしもセルジュ様から離れられそうにない。
「って、これ以上はダメです!聖女様は向こうで寝ておられますし、皆さまお隣の部屋でお待ちなんですよね!?」
ぼんやり(うっとり?)していたら、口づけが深くなってきたので、慌てて押しとどめる。
さすがに人を待たせている自覚はあるのか、素直に離れたセルジュ様のエスコートで、隣の部屋に移動することにした。
隣の部屋と言ってもここの一部屋はかなり大きい。大きな部屋の中にまた小さな部屋があるしつらえになっていて、廊下に面する扉の距離は中々長い。その距離の間ほてった顔の熱がうまく引くことを期待するしかない。
「……アシュリー嬢、顔が赤いみたいだが、体調がすぐれないのか?」
(……こういうのもデジャヴュっていうのかしら……)
隣室に入って早々、ヘリオンに指摘され、さらに顔が赤くなるのがわかる。
「……ヘリオン…貴方って人は…」
カインお兄様の視線が痛い。
「まぁ、ヘリオンだからね。さて話の続き、というか今後の動きを話しておこうか。アシュはこちらへ」
この部屋はセルジュ様の私室の応接室に当たる部分だ。あくまでも私室なので、親しい家族や友人と軽い食事をしたり談話したりする部屋だ。
その隣には浴室などの水回り、さらに隣に個人の寝室がある。その奥には王太子夫妻用の寝室があり、そこには人が5人ほど共寝をしても大丈夫な大きな寝台が設えてある。そう、セルジュ様に既成事実を作られたあの部屋だ。
その寝室を中心として、隣室となるわたくしが賜った部屋に繋がっており、間取りはセルジュ様のお部屋と対称となる形になっている。なので各部屋は中の扉でつながっているが、外の廊下に出るためには、各々の応接室の扉から出る必要があるのだ。
王太子殿下のお部屋と隣接し、中で繋がっている部屋。それすなわち王太子妃の部屋だ。
最初この部屋に案内されたときは、その事実に恐れおののいたものだが、もうなんだか悟りの境地だ。そこに至るまでには例の既成事実の存在も大きいが。
若干チベスナ顔になっていると、応接セットのソファーに座るよう促される。隣はもちろんセルジュ様だ。
その他のメンバーは勝手知ったるとばかりに席に着き、既に各々お茶や菓子を食べてくつろいでいる。ちなみにルイ神官は既に神殿に戻られたようだ。ルイ神官はセルジュ様の側近ではないのもあって、この部屋には入れない。その為、この部屋で話をとなった時点で、ルイ神官はいないものとわかってはいたが。
「さて、いよいよ聖女様が現れたわけだけど、皆どうだったかな?聖女様から愛を捧げられそうかい?」
いつものキラキラ王子風を台無しにするような、ニヤニヤとした趣味の悪い笑みを浮かべながら、話を切り出すと、まずはカインお兄様が話し始めた。
「一先ずは、『聖女』が異世界から来るというのは本当だったんだなと言ったところでしょうか。あのような服装や、黒目黒髪はこの世界で見たことありませんし。それにしても予めアシュリーから聞いていたとは言え、さすがにあの取り乱し様は心に来ますね。それでも我々は我々の為に聖女様を求めざるを得ない……
『覚醒者』の候補の一人としては、あの短い時間では聖女様の人となりも何もあったものではないですし。これからと言ったところでしょうか」
「自分もそうですね。ただ本当に『聖女』なのかと言われると疑問ですね。ご本人もおっしゃってましたが、戦いの訓練なども受けたような様子は見られませんし、本当に魔障を浄化する旅に出られるのかどうなのか。
……そのための『覚醒者』なのでしょうが。いささか不安です」
そうヘリオンが続けると、今までひたすら菓子を貪っていたテオも顔を上げた。
「そだねー。今のところ、格好が変わっている普通の子って感じー。そうなるとやっぱり『覚醒者』の存在が重要になってくるのかなぁ?そのあたりはある意味伝承通りだねー。
ところで今日いた神殿のおっさんも『候補』なの?」
「いや、ルイ殿が『候補』だという話は、特に神殿からは言われてないな。聖女殿とは年が少し離れているし。ただまぁ、彼としては私に『覚醒者』になって欲しいのだろうとは、これまでの言動からも垣間見れるな。様子を見るに神殿全体の総意ではなく、彼独自の思惑のようだが」
「うぇ。命知らずなヤツだなー。殿下を『覚醒者』にしたいって、なんかスーコーな理由でもあるわけ?それとも俗物の塊?」
テオが呆れたように言い、手に持っていたスクエアクッキーを口に放り込む。
「どちらかと言えば後者だな。少し遠いとは言え彼はナイトレイ侯爵の縁戚だ。彼の息がかかっていると思ったほうがいいだろうな」
若干苦笑しながらのセルジュ様の発言に、部屋にいた人間の顔が各々歪んでいくのがわかる。




